会社の辞め方・競合との付き合い方──転職時のマナーを考える

あっと驚くような会社の合併が増えてきている。ついこの間までライバルとして鎬を削っていた会社と一緒になったり、過去に在籍した会社の同僚や上司と再び働くことになったりするケースも珍しくない。今や辞め方、さらには辞めた会社とどう向き合うかが問われてきている。
そこで、NTTデータを皮切りに6つの会社を経て独立、元ZOZOのコミュニケーションデザイン室長、田端信太郎さんに、田端さん自身が考える転職時のマナーについて、若手から管理職まで役立つアドバイスを聞いた。

田端信太郎

オンラインサロン「田端大学」塾長 田端 信太郎氏

1975年石川県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。99年、NTTデータ入社。2001年、リクルートに転職し、フリーマガジン『R25』を立ち上げる。05年、ライブドア入社。ライブドア事件を経て執行役員メディア事業部長に就任。18年2月までLINEで上級執行役員を務める。18年3月よりスタートトゥデイ(現ZOZO)コミュニケーションデザイン室の室長に就任。19年12月に退職。最新著に「これからの会社員の教科書」(SBクリエイティブ)。

【マナー①】辞める会社の悪口を言って去ってはいけない

どこでどんなふうにつながるかわからない。合併などによってまた一緒にかつての同僚や上司と働くこともありうる。転職が当たり前になった時代だからこそ、「会社の辞め方」マナーの重要性がますます高まっている、と田端さん。

「会社を辞めることは個人の決断です。だから、お詫びをしたり、謝ったりする必要はありません。ただ、辞める会社に残っている人たちに対して会社の悪口を言ったり、みんなもこんな会社なんて早く辞めたほうがいい、などと言ったりすることは、絶対にやってはいけないことですね」

これは会社の辞め方の最低限のマナー。しかし実際には、転職がうまくいって舞い上がってしまい、周囲をシラけさせるケースは少なくないという。

「今いる会社より大きな会社や有名な会社に決まって、いわゆるステップアップ転職に成功すると、いきなり元いた会社の同僚を見下し始めるような人もいるわけです。言葉にしなくても、態度に出たり。こんなふうになったら、もう周囲の印象は最低ですよね。そもそも会社なんて、概念であり、看板でしかないわけですから」

どんなことをして会社を去っていったか、人はよく見ている。そして、それは噂になってしっかり残る。辞めるからとモラルが崩れ、経費を使いまくる、なんて行動もそうだという。会社の辞め方で、その人の本性が出てくるのだ。

「私が最悪だと思ったのは、辞めるカードをちらつかせて、給与の交渉や、ポジションの交渉をされたことでした。そんなものに応じられるはずがない」

逆に、“立つ鳥、跡を濁さず”を意識している人は、転職するタイミングも見計らって考えている。

「いきなり辞められても、会社は困るわけです。役職がない人でも、引き継ぎなどで辞めるまでに1~2カ月はかかると思っておいたほうがいい。転職先も常識的な会社であれば、一方的に期限を区切ったりはしません。円満退職して来てください、というのがまともな会社の態度ですから」

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【マナー②】退職意向を伝えるタイミングは熟慮せよ

“立つ鳥、跡を濁さず”のスムーズな会社の辞め方は、まず直属の上司に退職の申し出をするタイミングから始まる、という。

「僕の場合、これはいつも決めていたんですが、上司には金曜日の夕方に話をすることにしていました。退職したいと伝えるときは当然、引き留めの話が出てきたりして、どうしても長引いてしまいがちです。話がややこしくなることもある。しかし、金曜の夕方なら『では、週末にゆっくり考えてみます』という逃げが使えるわけです。そうすることで、長引くことなく30分から1時間ほどで話をひとまず終えられるんです」

もし例えば水曜日など平日のど真ん中、しかもお昼の時間に伝えたりしたら、残念ながらバツもよろしくない、と田端さんは話す。

「お互いに大人として、そんなことはおくびに出さずに変わらず仕事をする、というのが理想的なのかもしれませんが、そうはいかないですよね。当然、上司の機嫌が良くなるはずはないし、自分もいつも通りの平常心、というわけにはいられないでしょう」

だから、少なくとも朝イチで伝える、などは、相手の立場を考えると“マナ―違反”かもしれない。

田端信太郎

また、言い出すときには、転職することになったと単刀直入に伝えるべきだという。仮にガチンコの同業他社だったとしても、社名もきちんと伝えたほうがいい。

「週末に考えてきますと伝えて、上司から何も言ってこなかったとしたら、1~2週間以内に“私の件、どうなりましたか?”と声を掛けたらいいと思います。そして、じっくり考えましたが、気持ちは変わりません、と率直に伝える

もちろん社員が辞めるのは痛手だけに引き留めるが、社員をずっと縛っておけるものではない。辞めると言い出したら、遅かれ早かれ社員は辞めるものだと上司は思っていると田端さんは言う。

「話をする時間をもらったら、もう決意を伝えるだけですから、次のステップに移れます。誰にいつどんなふうに公表するか、引き継ぎをどうするか、相談したほうがいいですね。退職はいずれわかることですが、やはり組織に衝撃も走る。上司の考えをちゃんと聞いて行動することです」

逆に言えば、それまでは周囲の同僚には言わないほうがいい、ということだ。そして同僚に伝えるときには、ポジティブに伝える

「この会社でありがたい経験をさせてもらったけど、次のステップに行くことになった。一緒に仕事ができて感謝している。今後も個人の関係は変わらない。これからも力になれることがあれば手伝わせてほしい…。こんなふうによく言っていましたね」

同僚に伝えるときには、特に聞かれなければ、社名は言わないほうが印象はいいという。どうせ後でわかるのだ。

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【マナー③】外部のパートナーとの顔つなぎを忘れずに

引き継ぎは必要事項を文書で残しておくのがベターだが、時間的にもなかなか難しい。大事なポイントを後任に口頭で伝えるだけでも十分だと田端さん。

「それよりもLINEなりでつながっておいて、何かあったときには返答する、と伝えておくといいですね。その場で全部、というよりも、後からでも連絡を取れるようにしておくと、後任には安心ですよね」

プロジェクトの引き継ぎでは、意外な盲点があるという。それが、社内ではなくプロジェクトに関わってもらっている外部のパートナーの引き継ぎだ。

「特に自分の関係性で引っ張ってきた外部のパートナーだったりすると、うまく引き継いでおかないと残された担当者が困ってしまうんです」

そして外部のパートナー側にも、退職することはきちんと伝えておかないといけない。

「会社でもフリーランスの方でも、それを聞いていないと会社への不信感につながってしまいます。こうなっては、みんながアンハッピーですから」

とりわけパートナーとの発注条件の策定に関わっていたりした場合は、その背景や理由もきちんと伝えておかないといけない

「最もデリケートなところ。これは後任と共有していないとパートナーは不安になると思います。その上で、ちゃんと後任を連れて顔つなぎの挨拶に行ったほうがいいですね」

あとは退職日まで、淡々とやるべきこと、できることをやっていくことになるが、退職した後に環境がどう変わるのか、しっかり確認をしておいたほうがいいという。特にデジタルツール関連だ。

「会社のメールアドレスは使えなくなりますから、社外に周知をしないといけません。退職後は、過去メールも見られなくなります。LINEのグループからも外れますね。また、後々のトラブルを防ぐためにもいつまで見られるか、確認をしておいたほうがいいですね」

そしてもうひとつ、注意をしなければいけないのが、クラウド系のサービス。さらに、会社支給のパソコン、さらにはスマートフォンも返却しなければいけない。初期化を前提とした準備が必要になるのだ。

「例えば名刺管理のアプリがありますが、会社契約になっていると、もうアクセスはできなくなります。培った人脈をどう管理するのか、自分で考えておかないといけません。例えば、個人のLINEは使えますが、会社でアカウントをもらったLINEやコミュニケーションツールは使えなくなります。これも要注意ですね。お世話になった取引先企業などに退職の挨拶をする際は、在職中に済ませておきましょう」

【マナー④】前職の会社からの引き抜きは、注意が必要

そして“立つ鳥、跡を濁さず”の退職は、実は新しい会社に移ってからも、しばらくは問われることになる。

「会社に社員を紹介すると報奨金がもらえるリファラル採用を導入している会社も少なくありませんが、同僚を前職の会社から次々に引き抜いていく人がいるんです」

もちろん、やってはいけないことではないが、前職の会社からはどんな印象を持たれるか、認識しておいたほうがいいだろう。

「そもそも転職して来てもらっても、全員がうまくいく保証はありません。その責任も取れない。向こうから行きたいと話が来た場合は別ですが、あまりこちらから積極的にやり過ぎるのもどうか、と思いますね。それをやってしまったために、自分が後からその会社を辞めにくくなったりすることもありえます」

田端信太郎

また、前の会社の顧客を取らない、ということも田端さんは原則にしていたという。

「これはまったく同業他社で転職をしていたわけではないから、ということもあります。新しい会社からは期待されることかもしれませんが、やはり不義理だと私は思っていました」

新しい会社での受注欲しさに、前職の会社について顧客に悪しざまに言う、というのも印象は良くない。もちろん厳しい競争を繰り広げているとなれば、甘いことは言ってはいられないが、度が過ぎると後で痛い思いをすることになりかねない。

「実際、打倒××などと拳を振り上げて対決姿勢を露わにしていた会社と、いきなり合併することもあるわけです。結局のところ、我々はお釈迦様の手のひらに乗っているだけなのだ、ということを常に認識しないといけないですね」

もうひとつ、会社の辞め方で注意しなければいけないのが、立場が逆転したときだという。

「例えば、私はかつて広告営業をしていたわけですが、次に広告を発注する側の広告主となる会社に転職したんです。そうなると、前の会社の担当者から広告を入れてほしいとお願いされたりすると、間接的にでも影響を及ぼせてしまえる立場になるわけです」

これをやると、人間は勘違いが始まるという。

「誰のおかげで受注ができているのか、といった態度になりかねないんです。ここは、“李下に冠を正さず”で行かないといけない。願わくば、前職で直接人間関係があった人とは、できるだけ受発注には関わらないほうがいいと思います」

【マナー⑤】後任と合わない部下は、早めに異動させておく

最後に役職を持っている場合について、注意点を聞いてみた。

「まず、次の会社に移るまでのタイミングは、やはり長くなります。マネージャークラスで3カ月、執行役員や事業部長クラスで半年が目安だと思います」

そして部下がいるだけに、何より重要になるのは、権限を誰が持つようになるのか、明言できる状態を早く作ることだ。

「部下として最も困るのは、誰に指示を仰げばいいのか、誰が判断するのか、わからなくなってしまうことなんです。だから、それだけは避けないといけない」

田端信太郎

そのために必要なのは、後任人事を早く定めること。

「上司に退職を伝えたら、役職者の場合、最初にやらないといけないのが、後任をどうするか、の相談です。社内から昇進させるのか、外部から採用するのか」

だが、辞める人間にはそれを誰にするか、決める権限はない。

「だから、余計な口出しはしてはいけません。口出しできるのは、上司に聞かれたときだけ、です。そこで初めて、候補者の名前を明かせばいい」

社内で後任がいれば、上司の次に退職を伝える相手は、その後任にすべきだという。そして、社内に発表するのは、この後任が決まってから。そうすることで、この後、権限と意志決定権を誰が持つのかを明らかにできる。

「マネージャーをやっていれば、次は誰なのか、だいたいわかりますよね。だから、退職後にチームがうまくいくよう、その前から早めにいろんなことに手を打っていったほうがいいと私は考えていました」

例えば、後任とソリの合わない別の部下がいれば、早い段階で別の組織に逃がしておく。

「そうすれば、後任も別の部下もハッピーじゃないですか」

本気で“立つ鳥、跡を濁さず”を目指す上司はここまでやるのだ。

「退職を伝えたら、もう査定をすることもできませんから、会社のために本当に頑張ってくれた部下には、そうなる前に給与で報いたり、ポジションで報いたりしていました」

もちろん、そんなことは部下にはあえて言わなかったというが、おそらく気持ちは伝わっていただろう。辞めていった上司に悪い印象を持つはずがない。

部門単位でボーナスのプール額が決まる会社であれば、退職の報告をするタイミングにも気を付けないといけないですね。査定の前に報告してしまうと、いい査定が得られるわけがない。だから、査定後にする」

そうすることで、チーム全員のボーナスが減ることを防げる。デキる上司は、こんなことまで考えて転職していく。まさに、会社の辞め方「大人のルール」である。

WRITING 上阪徹 PHOTO 刑部友康
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