「モノづくり×イノベーション×はたらく」をテーマに、日本のメーカーでイノベーションの現場や最前線で活躍する方々をゲストに迎え、『リクナビNEXT』編集長・藤井薫が「イノベーションを生み出すために必要なものとは」「個の力と組織の力が響き合う鍵とは」についてお話を伺います。
今回は、東京エレクトロン先端データ企画部部長の守屋剛氏です。
プロフィール
東京エレクトロン株式会社 Corporate Innovation本部 先端データ企画部 部長
守屋 剛氏(写真右)
1995年筑波大学第三学郡工学システム学類卒業(工学学士)、1997年筑波大学大学院理工学研究科修士課程修了(工学修士)、1997年4月に日本電気株式会社へ入社、2001年7月 東京エレクトロン株式会社へ入社し、現在に至る。2005年9月、広島大学大学院工学研究科博士課程修了(工学博士)、2008年3月 英国国立ウェールズ大学経営大学院修士課程修了(経営学修士)。
株式会社リクルートキャリア 『リクナビNEXT』編集長
藤井 薫(写真左)
1988年にリクルート入社後、人材事業の企画とメディアプロデュースに従事し、TECH B-ing編集長、Tech総研編集長、アントレ編集長などを歴任する。2007年からリクルート経営コンピタンス研究所に携わり、14年からリクルートワークス研究所Works兼務。2016年4月、リクナビNEXT編集長就任。リクルート経営コンピタンス研究所兼務。著書に『働く喜び 未来のかたち』(言視舎)。
目次
半導体メーカーに勤めて、半導体製造装置の重要性を実感
藤井薫編集長(以下、藤井):守屋さんは先端データ企画部の責任者を担いながら、論文や国際学会における発表も積極的に行っていると伺っています。そして、大学時代は人工知能の研究をされていたとか。
守屋剛氏(以下、守屋):人工知能のプログラミングとロボット工学を学んでいました。一番思い出深い研究は、大学2年のときに1年かけて取り組んだ「逆上がりロボットの制作」です。1992年でPCのハードディスク容量は5~600MBという時代。このスペックでディープラーニングをしなければならないので非常に苦労しました。
結局逆上がりに成功したのは10班中1班だけ。私の班は失敗してしまいました。でも、この経験を通して「そう簡単に物事は成功しないんだ」ということを学びました。試行錯誤を繰り返しても全く歯が立たなかった。
藤井:なるほど。会社に入ってからぶつかることの多い「頑張ってもどうにもならない壁」を、大学時代に経験することができたのですね。
守屋:その通りです。その後、修士課程では半導体の研究に勤しみました。大学時代、ロボットや人工知能を学ぶ中で、「どんなに効率のいいプログラミングを書いたところで、半導体がぐんと進歩したらソフトは勝てない。これらの肝になるのは半導体だ」と気づいたからです。
そして、大学院修了後は、半導体メモリを開発している電機メーカーに就職。当時世界最先端のDRAMという半導体メモリを開発している会社でした。装置メーカーと共同研究しながら「より良い半導体メモリを作るにはどうすればいいか」試行錯誤していました。
その中で、半導体の歩留まりを下げる理由を探っていたところ、製造過程に発生する微小な粉体が原因であることがわかりました。そのとき「いくらいい半導体を設計しても、製造装置の性能を上げないことには意味がない。装置メーカーに転職すべきだ」と確信。自社に掛け合い、開発した粉体を可視化するソフトウェアや手掛けていた研究テーマごと東京エレクトロンに転職しました。
藤井:研究テーマごと、転職したということですか。マネジメント・バイアウト(MBO:経営陣や従業員による自社の株式買収)ならぬ、ナレッジ・バイアウト。スケールが大きいですね。
守屋:転職後は、1年間マーケティング部門でお客さまのニーズなどを探ったうえで、山梨工場の研究部門に異動しました。
改めて、「半導体製造装置は面白い」と思いました。世の中の製造装置の中で唯一、化学と物理学、ハード、ソフトすべての要素が含まれているのが半導体製造装置。今までの経験がすべて活かせる分野であり、日々ワクワクしながら研究に取り組むことができました。
イノベーションのヒントは「失敗」にある
藤井:当時手掛けたものの中で、思い出に残っているものはありますか?
守屋:プラズマを使って半導体の表面を削るプラズマエッチング装置において、歩留まり向上ソフトウェアを開発しました。そして、アメリカの半導体メーカーに高く評価され、導入が決まりました。
このこと自体もとても嬉しかったのですが、もう一つ、私にとってイノベーティブなできごとがありました。歩留まりが低下するトラブルは世界中で起きていて、その都度、世界各地のサービスエンジニアが客先に飛んで行って作業するのですが、歩留まりがなかなか改善しないこともあり長期出張になることも多かったのです。しかし、先のアメリカの半導体メーカーが、私が開発したソフトウェアを導入したことで出張期間が劇的に短縮した。Tokyo Electron America, Inc.のエンジニアだった米国人の同僚から「モリヤのおかげで出張が減り、家族と一緒に居られる時間が増えた。ありがとう」と言われたんです。これが本当に嬉しかったですね。
イノベーションとは、技術的・金銭的なメリットだけではなく、「そのイノベーションによってさまざまな人が幸せになる」というのがポイント。同僚からこのようなフィードバックがもらえたことが本当に嬉しくて、今も心の支えになっています。「感想をどんどんフィードバックすれば、皆がイノベーティブな働き方を実現できる」と感じた瞬間でもありました。
藤井:守屋さんの今を形作っている、素敵なお話ですね。クライアントのことだけでなく、そこに関わるエンジニアやその先にいるご家族にまで、イノベーションの地平を広げている。そんな守屋さんから見て、日本の製造業、特に伝統的な大手企業がイノベーションを起こすには、何が必要であると感じますか?
守屋:巨大な組織においては、まず「イノベーションとは何か」を定義し、浸透させる必要があると思っています。
経済学者のシュンペーターは「イノベーションを生み出す一つの方法は、すでに存在している知と知を組み合わせることである」と述べていますが、単に知識と知識を組み合わせてもイノベーションは起こりません。では、イノベーションとは何なのか?私もずっと考え続けているのですが、今までの経験を振り返り、ヒントになりそうだと思っているのが、「失敗」です。
いかにして粉体をなくし、歩留まりを上げるかという研究をしているとき、ある実験で逆に粉体が増えてしまったことがありました。実験としては大失敗ですが、私と部下は「この結果は面白い!」と意見が一致したんです。粉体が「増えた」ということは「逆のことをすればいい」ということ。すなわち、すべての失敗は「発見」の可能性があり、失敗したから止めるのではなく、失敗を引き上げて検証し、成功に導くことがイノベーションにつながるのではないかと考えています。
藤井:イノベーションの定義も失敗の定義も、再定義したほうがいい。思いもつかないような結果が出たときがイノベーションのチャンスということですね。
守屋:イノベーションとは不連続的なものなので、思いもよらないことが起こったときがチャンス。経済的な余裕がある大手企業こそ、「失敗はイノベーションの種」と捉え、拾い上げることが重要。成功したら逆に「そんなもの止めろ」というぐらいが、イノベーションという観点では正解だと思います。
藤井:守屋さんは、失敗を「面白い」と捉えましたが、その一方で周りからはいろいろな意見を言われたのではないかと想像します。大手企業は特に、少数意見が多数の意見に巻き取られてしまう可能性があると思いますが、それをどのように突破したのですか?
守屋:そもそも周りは「できるわけがない」という評価だったので、失敗したときは半ばあきれていました。でも「止めろ」とは言われなかったので、そのままやり続けたんです。自分たちがあきらめさえしなければ、やり続けられる環境があったのは大きかったですね。
本気でやりたいことだったら、失敗しても突っ走れ
藤井:多くのビジネスパーソンは、たとえ「止めろ」と言われなくても忖度して自らブレーキを踏んでしまう。守屋さんが「止めろと言われていないから、アクセルを踏んでしまえ」と思えたのは、東京エレクトロンの風土が影響しているのですか?
守屋:メンターの存在が大きいですね。当時の理事が私のメンターだったのですが、「本気でやりたいことだったら止めるな。突っ走れ」と言い続けてくれました。上の人は、結果を見ているのではなく、本気でやりたいかどうかを見ているのだとも言われ、「やりたいことに向けて突っ走ってしまおう」と決めました。
藤井:「イノベーションを生み出せるか否か」は、会社の体制ももちろんですが、個人の意識やスタンスも大きく影響を及ぼすのですね。
守屋:皆が「そうじゃない」と言っているときに、大逆転は起きる。個人がそういう意識を持つことも重要だと思います。もちろん、会社組織として「今は突っ走りにくい…」というときもあります。そんなときは、いったん自分の中の「棚」に入れて保管しておくことも必要だと思います。
今、私の「棚」には、以前研究していたけれど中断しているテーマなどが保管されています。でも、止めたわけではなく、いったんしまっているだけ。タイミングがあれば、すぐにでも続きに着手できるようにしておくのが大事です。
社会人こそ勉強し、「ひらめくテクニック」を磨くべき
藤井:イノベーションを生み出すには個の力も重要であり、それを結集する組織の力も重要だと思いますが、それぞれどのようなスタンスで力を発揮すればいいと思われますか?
守屋:では、まずは「個の力」から。私は若い人と話す機会が多いのですが、その際に「学生時代よりも、大学卒業後のほうがより勉強したほうがいい」と伝えています。
部下や同僚に「一番勉強したのはいつか」と聞くと、「高校3年生」と答える人が多いのですが、私は大学に入って勉強し、大学院ではさらに勉強し、そして就職してからはもっと勉強しました。本だけでなく論文にも積極的に目を通し、現在までに2000本は読み、メモを取って記録しています。すると、10年前、20年前に読んだものでも、メモを読み返すとすぐに内容が思い出せるんです。
しかし、社会人になり、個の力をさらに伸ばすべきステージなのに、ほとんどの人は勉強しなくなるんです。ただ、勉強すればするほど、いち早く、イノベーションに近い仕事ができるようになる。そのためには、勉強とともに「ひらめくためのテクニック」を磨くことも重要だと考えています。
藤井:「ひらめくためのテクニック」はどのように磨けばいいのでしょうか?
守屋:私の経験上、4つのポイントがあると思っています。
1つ目は、「新しいことを0から考える」。ひらめきを偶然のものにしないために、0から考えるトレーニングをするといいと思います。
2つ目は、「できないことがあったら、過去の知識にパターンを当てはめる」。過去の経験やナレッジに似たようなパターンがないか探し、突破法を検討してみるといいでしょう。
3つ目は、「まったく違う分野の、似たような現象を探す」。これは、視野が狭まっている場合に、頭を切り替えるきっかけになります。
私はこの会社に転職してからも大学院に入り、応用化学を学びました。会社では「なぜ製造過程で粉体ができてしまうのか」を考え続けていましたが、大学院での経験をもとに「どうやったら粉体を作れるのか」という逆の観点に立つと、「なぜ粉体ができてしまうのか」が見えてくるんです。粉体をなくしたい!ではなく、「どうにかしてこの装置で粉体を作ってやろう」と考えると、頭が切り替わる。ぜひ皆さんに勧めたい方法です。
そして4つ目は、「ロジカルに、論理的に科学的に分析する」。これがないと、すべてが破たんしてしまう重要な項目です。
以上4つが揃ったときにひらめくことができて、それが個の力となり、イノベーションに近づくことができると考えています。
「暗黙知」を持っている人は、若手でもプロジェクトの中心に置く
藤井:では、「組織」の力についてはいかがでしょう?
守屋:私自身がイノベーティブな技術開発に成功した経験や、イノベーションを起こした人たちから伺った経験談を分析すると、ある共通点が存在すると気づきました。
半導体製造装置内の粉体を研究していた当時、私と部下は共通する「暗黙知」(経験などによる個人的な知識で、他人に伝えるのが難しい知識のこと)を持って研究に臨んできました。その研究結果をレポート化しても暗黙知は言語化されませんが、研究者の中には「これは」というものが確実に存在しています。
私は、「この暗黙知を持っている人が研究開発の中心にあり続けるときに、イノベーションが起きる」と考えています。
特に大きい組織だと、年齢や社歴を考え、リーダークラスを中心に据える傾向があります。しかし、そのリーダーが「暗黙知」を持っていないことには、プロジェクトは先に進みません。「暗黙知」を持っている人を中心に置き、自由に動けるようにマネジメントすることが重要であり、組織は常に「誰が暗黙知を持っているのか、だれが今回の主役なのか」を把握する必要があります。
藤井:スポーツの試合を観ていると、その人の持ち味を殺してしまうようなポジション決めをしているケースが見受けられ、批判を浴びたりしています。しかしビジネスの場では、持ち味を無視して年次の高い人をリーダーに据えるという例はよく聞きますね。階層的な慣習が、暗黙知を殺しているケースも多そうです。
守屋:今、私が開発に携わっているものに「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」がありますが、この分野における社内の一番の専門家は、実は昨年新卒入社したばかりの中国人エンジニア。「MIにおいては、彼を中心にして進めるべきだ」と確信し、国内外の大学やAIメーカーとやりとりする際には、彼にもSkypeで参加してもらうようにしたら、どんどん意見を言うようになり、全体をリードするようにもなりました。
ただ、彼の場合は上司の理解がありました。部下の考えがわからないとき「わからないから止めさせる」管理職も一定数存在します。ですから、暗黙知を持つ若手を守り、上司の理解を仰ぐのも、私の仕事だと思っています。
藤井:多様な人が集まる組織の中で、暗黙知を理解するのは難易度が高そうです。「暗黙知を感じて評価する側」のセンサーも、磨く必要がありそうですね。
新事業提案制度など、若手が発案しやすい仕組みや風土がある
藤井:若手メンバーのイノベーションをサポートするような取り組みや、アイディア発案を促進するような仕組みはありますか?
守屋:誰でも参加できる「新事業提案制度」が用意されています。実は、この制度を利用したのは私。2件ほどアイディアを採択してもらい、事業化されています。私はメンターの影響もあって入社当初から「突き進んでいいんだ」という意識を持っていましたが、そう思っていない若手もいるので、自ら提案制度を利用することで若手のチャレンジを促しています。
ただ、このような制度を使わなくても、「意見やアイディアはどんどん上司に言えばいい」と伝えています。大手企業のメリットは、社内に知見があり、あらゆる専門家がいるということ。事業化できる資金力もあります。本当にやりたいことがあるならば、大手のメリットをフル活用してほしいですね。
藤井:若手ビジネスパーソンが面白い挑戦をしているという事例はありますか?
守屋:札幌事業所にいる若いエンジニアで、「量子コンピュータ」の研究をしているメンバーがいます。
量子コンピュータは、技術革新を経て近年急激に進化しました。ただ、技術的なイノベーションは起きましたが、有用な使い方がまだ見つかっておらず、本当の意味でのイノベーションにはなっていません。そこで、自分なりに有用な使い方を考え、「プラズマ分野で活用する」というアイディアを彼に伝えたところ、「自分もそう思っていました」と。
これこそが「暗黙知」であり、イノベーションの可能性を秘めています。彼にはぜひプラズマ分野での応用について、中心人物として研究を進めてほしいと思っています。
藤井:その方は、守屋さんという素晴らしい上司でありメンターがいて幸せですね。では、彼らが研究を進めている半導体、および半導体製造装置の未来と、研究開発部門の今後の戦略について、守屋さんのお考えをお聞かせ願えますか?
守屋:世の中に存在する「電気が通っているもの」には、ほぼすべて半導体が使われています。半導体が使われる範囲は爆発的に増えており、使われる量も、作る量も、右肩上がりで増えています。
そうなると、将来的には半導体の素材として使われるシリコンが足りなくなることが予想されます。そこで当社では、半導体デバイスの微細化を進め、サイズが小さくなっても同じ機能を維持する研究に取り組んでいます。
今後も半導体の需要は拡大の一途をたどるでしょう。5GやIoTの流れもそうですが、アフリカや南米など携帯電話の普及が遅れていた地域でスマホ需要が高まっていることも背景として挙げられます。これらのエリアのスマホは、より強度が高く、壊れないものが求められるので、ますます歩留まりが重要視されるようになります。従って歩留まりの研究もさらに進められるべきで、当社の研究テーマもどんどん広がっています。
また、技術を世の中のウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に満たされた状態のこと)に活用していくことにもチャレンジしたいと考えています。例えば、障がいのある人をサポートするロボティクス(ロボット工学)や、高齢者用の「着るロボット」パワーアシストスーツの研究など。このような取り組みに共感する人が集まり、知と知の融合が起こり、イノベーションが生まれる…そういう未来を実現したいと思っています。
取材を終えて・・・
IoT、AI,5Gで加速するデジタル社会の頭脳として、私たちの生活にも産業にも、新たな知能を与えてくれる半導体。辞書で調べると、「電気伝導性の良い金属などの導体(良導体)と電気抵抗率の大きい絶縁体(不導体)の中間的な抵抗率をもつ物質」(ウィキペディア (Wikipedia):フリー百科事典)とあります。守屋さんのお話を伺った今は、これはまさに“イノベーションを多出する組織”に意訳できると感じます。「個人の思いを忖度なく伝え、一方である時は、個人の思いを「棚」に保管して時流を伺える組織」。こうした個人の中に眠る暗黙知・働く一人ひとりの電子エネルギーの伝導組織体こそ、世界のイノベーションを先導すると確信しました。「本気でやりたいことだったら止めるな。突っ走れ」。個人と組織の間にある“思いの電子”を走らせる。そんな半導体製造装置の発明が待ち遠しくなりました。(藤井)