【編集長対談】創業以来100年以上受け継がれてきたAGCの「イノベーション魂」とは? 挑戦し続ける企業が教える「世の中を変えるイノベーション」を起こす方法

「モノづくり×イノベーション×はたらく」をテーマに、日本のメーカーでイノベーションの現場や最前線で活躍する方々をゲストに迎え、『リクナビNEXT』編集長・藤井薫が「イノベーションを生み出すために必要なものとは」「個の力と組織の力が響き合う鍵とは」についてお話を伺います。

今回は、AGC代表取締役専務執行役員CTOであり、研究開発や生産技術・新事業の責任者を務める平井良典氏 です。100年超の老舗素材メーカーが、どんどん新規事業を生み出している理由を尋ねました。

AGC平井氏対談メインカット

プロフィール

AGC株式会社 代表取締役専務執行役員CTO
平井良典氏(写真右)

1987年4月旭硝子株式会社(現AGC株式会社)入社、2012年1月執行役員事業開拓室長、2014年1月常務執行役員技術本部長、同年3月取締役兼常務執行役員技術本部長、2016年1月取締役兼常務執行役員CTO技術本部長、2018年1月より現任。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。

株式会社リクルートキャリア 『リクナビNEXT』編集長
藤井 薫(写真左)

1988年にリクルート入社後、人材事業の企画とメディアプロデュースに従事し、TECH B-ing編集長、Tech総研編集長、アントレ編集長などを歴任する。2007年からリクルート経営コンピタンス研究所に携わり、14年からリクルートワークス研究所Works兼務。2016年4月、リクナビNEXT編集長就任。リクルート経営コンピタンス研究所兼務。著書に『働く喜び 未来のかたち』(言視舎)。

 

世界最大手のガラスメーカーであるAGC。創立は1907年、日本で初めて板ガラスの工業生産に着手・成功し、その後自動車用ガラス、電子部品、化学品、セラミックスなど数々のイノベーションを起こしながら事業領域を広げてきました。2018年7月に旭硝子からAGCに商号変更。「なんだし、なんだし、AGC」のテレビCMも話題になりました。

創業から110年以上を経て、今なお新たな挑戦を仕掛け続けるAGCの深部から、イノベーションと新しい「働く」のヒントを探ります。

 

社歴や年齢に関係なくチャレンジさせてくれる風土

 

藤井薫編集長(以下、藤井)
AGCは日本を代表する素材メーカーとして、創業以来、イノベーションを繰り返してこられたという印象があります。

平井良典氏(以下、平井)
創業100年を超える日本企業の中で、新事業を生み出し続けている例はあまりないようですね。それを経営陣が先導して行っているというケースも珍しいようです。
現在、オープンイノベーションに注力していることもあり、イノベーションをテーマにした取材や講演の依頼を受けることが増えてきました。

AGC平井氏インタビューカット

藤井:まさにその先導者が、CTOとして新事業創出を担っておられる平井さん。AGCにおけるキャリアも、AGC中央研究所の研究員からスタートしたと伺っています。

平井:実は、元々は物理学者になりたいと思っていたんです。大学院時代に結婚し、先に社会人になっていた妻の扶養家族になりましたが、将来を考えたときに「やはりビジネスの世界に進もう」と決意。いっそのこと大学院の専門とは全く異なるフィールドの会社を選ぼうと考えAGCに入社しました。先輩もいないし学問フィールドも違う会社に入ったことで「研究者として新しいことにどんどん挑戦してやろう」という気持ちになれたし、会社も「何をやってもいいよ」とチャンスを与えてくれました。

藤井:AGCには、社歴や年齢に関係なくチャレンジさせてくれる風土があるのですね。

平井:はい。私自身、研究所時代に数々の新事業に着手し、35歳のときにはシリコンバレーの半導体ベンチャーとの共同開発の責任者を任されました。シリコンバレーのカルチャーとベンチャー企業ならではのマネジメントスタイルを実地で学べたことは、今も財産になっています。結果、ここでのチャレンジは失敗に終わりましたが、この時の経験を学びにして自動車分野とIT分野で新事業を立ち上げることができました。

藤井:Try&Error&Learn。挑戦と失敗と学びの量と質こそが、新規事業の種なのですね。

平井:その後、2011年 にAGC全社の新事業責任者である事業開拓室長に就任しました。この前年の2010年、AGCは過去最高益を更新したのですが、そのほとんどがディスプレイ用ガラス事業によるものであり、経営トップは「このままでは先がない」とわかっていた。そこで、「AGCの次の柱を創る」をミッションに事業開拓室を新設。以来、この部署で次世代のAGCを担う新事業の探索に注力し続けています。

 

8,568通り、あなたはどのタイプ?

未来を「予見」し続けることが、次のイノベーションにつながる

藤井:業績好調でもそれに満足せず、先を見据えてチャレンジし続ける。だからこそ、100年以上トップを走り続けて来られたのですね。そんな平井さんから見て、日本の製造業、特に伝統的大企業がイノベーションを起こすには何が必要だと思われますか?

平井:我々のような素材産業は、世界の中でも比較的競争優位性を保てています。短期間ではできない業務の積み重ねなので、新興国にとってなかなか手が出しづらい分野であり、簡単に模倣もできないのです。歩みを止めることなく変化を先取りし続ければ、大きなイノベーションにつながる成果が得られます。

藤井:AGCはどのような方法で、「変化を先取り」し続けてきたのでしょう?

平井:当社ではマクロトレンドからビジョンを描き、そこからさらにバックキャスト(未来を想定したうえで現在に立ち戻る)して、今やるべきことを決めています。世の中はどんどん変化しているので、この方法を取らないといずれ変化についていけなくなります。特に素材の開発は、10年20年とかかるもの。将来を見据えて変化を予見し、その変化への対応にかなり手前から着手しないと立ち行かなくなります。

現在、収益の柱として存在感を放つバイオ医薬CDMO(※)なども、研究開発に着手したのは私がAGCに入社するより前の1985年。ようやく事業として形になったのがここ10年、そして「事業の柱にする」と決めたのはわずか3、4年前のことです。もちろん、これまでに「収益を生まないなら止めるべき」との声も上がったと思いますが、経営陣が未来を見据え、「将来の柱になる」と確信して突き進んだ。大きな会社であってもこういうマインドを持ち続けないと、新しいものは生みだせません。一昔前までは、企業の寿命は約30年と言われていましたが、今や10数年とどんどん短くなっているのは、多くの企業が既存事業に頼り、新しいことにチャレンジしなくなったことに一因があると思います。

藤井:日本企業は特に、過去や現在の延長線に想定される未来だけに投資するフォアキャストの傾向が強いですね。御社のように、ガラスのような透徹した哲学でバックキャストし、ありたい未来を見据えて新たに仕掛けないと、企業の寿命はますます短命化してしまう恐れがあります。

平井:スタンフォード大学経営大学院教授のチャールズ・A・オライリー先生は、成熟市場にある既存事業での競争(知の深化)と、新規事業におけるイノベーション(知の探索)を両立させることで持続的な成長ができるという「両利きの経営」の提唱者として知られていますが、AGCを「両利きの経営を実践している会社」として著書で取り上げてくださっています。内部で生み出した事業をしっかり育成し既存事業として深化させながら、一方で新しい分野を探索し開拓し続けてきたことが、AGCが100年企業であるゆえんだと自負しています。

 

(※)CDMO : Contract Development and Manufacturing Organizationの略。製薬会社から医薬品の開発・量産を受託する「医薬品製剤開発・製造支援事業」と呼ばれる業態で、医薬品のバリューチェーンの中で存在感が高まり、急成長している。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

経営陣が現場を回り、一人ひとりの「頭の中の自由度」を上げる

AGC平井氏対談風景

藤井:平井さんから見て、イノベーションを加速させるためには個の力、そしてそれを結集する組織の力をどのように発揮していくべきだと思われますか?

平井:個の力を発揮してもらうためには、個のマインドをどのように高めていくかが大事。現在、当社はCEOの島村、CFOの宮地、そしてCTOの私のスリートップ体制を取っていますが、会社のやるべきことや方向性をトップダウンで伝えるのではなく、「トップダウンとボトムアップの両方がうまくかみ合わさることで、会社のパフォーマンスが最も上がる」と捉えています。

当社では2016年に、「2025年のありたい姿」とその実現に向けた長期経営戦略を策定しました。この経営戦略を浸透させるために行ったのが、トップと社員との直接対話。3人で手分けをしてAGC グループの数多くの現場を回り、さまざまな国籍・職位・職種の多くの社員と話をして、直接想いを伝えました。

イノベーションを起こすには、一人ひとりの「頭の中の自由度」を上げる必要があります。直接会って話をするのは、経営戦略の浸透だけが目的でなく、「うちの経営トップは怖い存在ではない。会社の枠組みに縛られたり、上の言うことだけをやるのではなく、自由に意見を言い、やりたいことを自由にやって大丈夫なんだ」と思ってもらいたいという気持ちもありました。

藤井:なるほど。一人ひとりの頭の中にある思いを、包み隠さず表現しやすくする。まさにガラス張りの風土・文化づくり。トップ自ら、一人ひとりのマインドセットを変えに行ったのですね。

新規事業を成功させるポイントは「発案者は事業化にかかわらない」「社長直轄」「頑張らせない」

平井:ただ一方で、新事業はマインドセットだけでは生み出せないもの。2011年に私が立ち上げた事業開拓室では、「どうやったら大企業において新事業をうまく起こすことができるか」という命題にチャレンジしています。「新事業の生み出し方」に正解はありませんが、当社には過去の挑戦と失敗事例がたくさん蓄積されています。それを見れば、少なくとも何が失敗要因なのかは明確にわかる。それを回避するのが一つの方法であるとわかり、社内に取り入れています。

具体的には、これまでシーズベースで考えていたものを、完全にマーケットベースに切り替えたほか、自身のフィールド内だけでアイディアを練るのではなく「オールAGC」の視点でさまざまな部門のメンバーを巻き込むことを推奨するなど。そして、「新しい事業を発案した人は、事業化には携わらないこと」もルール化しました。

藤井:0→1を担った人が、1→10には携わらない、ということですか?

平井:1→10の事業化までの間には、必ず越えなければならないインキュベート・ステージ、通称「死の谷」があります。この「死の谷」を超えるには、専門知識を持った人による精緻なマネジメントが必要。新事業を起こしたことのある経験者や、Ph.D.、MBAホルダーといった専門家集団が担う必要があります。

もうひとつ、「既存組織と必ず分ける」ことも徹底しています。既存事業の中に新事業開発部隊を設けるケースが見られますが、新規事業は初めの数年間はネガティブキャッシュフローに陥ります。既存事業の中にあるとそのネガが許容されにくく、事業責任者が「新規事業がうちの足を引っ張っている」などと潰しにかかる。これは多くの日本企業で繰り返されてきた不幸な歴史です。

それを回避するには、新事業開発を社長直轄の組織にして、「誰にも文句を言わせない」状態を作ること。こうして0→1と1→10それぞれの専門部隊を集め、ロジカルに事業化のシナリオを検証して実行。現時点までで、仕掛けたものの約半数は黒字化しており、年商数十億~百億円規模の事業に育ってきています。

藤井:「頑張ってイノベーションを起こせ」という掛け声だけではダメで、組織設計も風土もガラス張りに検証・実行できるように、ロジカルに組み立てることが重要なのですね。

平井:日本人って、よく「頑張れ」っていうでしょう。でも、頑張ってビジネスなんか作れない。ロジカルに考え、検証の結果正しいと判断できれば成功確率は上がります。ただ、「100%成功」とはなり得ないので、失敗を許すカルチャーがないと、イノベーションなんて起こせない。しかし(失敗を)容認できない経営者が未だ多い点も、日本企業の課題と言えそうですね。

 

人と人、技術と技術を「つなげる」役割を重視する

AGC平井氏インタビューカット

藤井:AGCの既存事業の代表格に「自動車用ガラス」がありますが、近年、この分野でさまざまな挑戦が行われていると伺っています。

平井:少し前の事例から話しますと、現在、自動車に広く採用されているUVカットガラスは、当社の女性社員が中心となって開発したものです。当社のビジネスは、顧客であるメーカー各社の要望に合った素材を提供するBtoBが基本ですが、その先のエンドユーザーの気持ちを考え、ニーズを探り当てた製品。BtoBtoCの視点で考えることが、世の中に受け入れられる製品開発につながるということが証明できた事例です。

近年、このような特殊なガラスが車の内装に多数採用されています。ある欧州の自動車メーカーでは、車載ディスプレイ用カバーガラスに当社が開発した三次元曲面形状のガラスを採用いただきました。立場上、私はクライアントのキーマンとやり取りすることがよくありますが、これは、やり取りしていたクライアントの内装責任者と、以前から曲面ガラスの加工技術について研究している当社の社員をつなげたことで、製品化が実現しました。

藤井:平井さんのように、社内だけでなく社内外の壁を乗り越えて「つなげる」ことができる人は、イノベーションを活性化させるために必須な人材であると感じます。

平井:事業開拓部ではインキュベーターだけでなく、人と人、技術と技術をつなげる「マーケッター」も育てたいと考えています。クライアントのまだ顕在化されていないニーズを引き出して、我々が持っているたくさんの技術というアセットとうまくつなげる…ここから世の中に大きな変化を及ぼすイノベーションが生まれると考えています。

藤井:AGCの中には、研究開発、生産技術、新規事業開発などのほか、「つなぐ役割」のマーケッターなど、さまざまな打席が用意されているのですね。全ての社員にチャンスがあり、活躍の場を自ら広げていける会社だと感じました。

平井:社員にチャレンジと活躍の場を提供するのが経営陣の仕事。次の時代を担う若手がどんどん活躍できる場を作っていきたい。日本人だけでなく、グローバルで多様な人材が集まり、互いに刺激を与えあいながら活躍できる場にしたいと思っています。

 

AGCの新たな提供価値を、オープンイノベーションで創り上げたい

藤井:社員一人ひとりのチャレンジと活躍を支援する…これまでのお話を振り返ってみても、創業来脈々とAGC内で引き継がれてきた「イノベーション魂」を随所に感じます。
現在、200億円以上をかけて横浜に新しい研究所を作っておられるとか。この研究所が、次の100年につながるイノベーションの拠点になりそうですね。

平井:まさにそれを目指した施設です。新しい研究所は、「この先さらに1世紀以上、グローバルに活躍していきたい」というAGCの思いの表れ。これまでも注力してきたオープンイノベーションの取り組みにも、拍車がかかると考えています。

BtoBの現場ではクライアントとの共同開発も多く、オープンイノベーションにより様々な分野で新しいものを生み出してきた実績があります。ただ、物事の進化のスピードが早まるにつれ、自前で開発した技術、素材を提供するだけでは間に合わないというケースも増えてきました。そこで、横浜の研究所を拠点に「我々が提供する価値を、オープンイノベーションで創り上げていく」ことにも挑戦したいと考えています。クライアントはもちろん、大学などの研究機関や、新進気鋭のベンチャーともどんどん組んで、素材やソリューションを提供し、イノベーションにつなげていきたいですね。

AGC平井氏対談風景

 

【取材を終えて・・・】
今回の取材を通して、ガラスは5000年前のメソポタミア文明まで遡ると言われるほど、人類と長い歴史を共有してきたこと、そして、その長い時間軸の中で価値を再定義し、知の探索を繰り返してきたことを知りました。
キリスト教とともに生まれたステンドグラスは、天国と地上をつなぎ、20世紀から普及した住宅・TV・クルマ用のガラスは、暮らしと景観をつなぎ、そして今、スマートデバイス用ガラスは、私たちの指先と未来への好奇心をつないでいます。
つなぐガラス、見えるガラス、見せるガラス、つながるガラス。まさに、ガラスは、未来と現在、企業と社会、働く一人ひとりと組織の関係を見える化して、再定義する透明な結晶力を持っていると感じます。
企業の挑戦の歴史と、今後のイノベーションの土台となる”ガラス張りの経営と組織文化と個人の自由な思い”が、世界と日本のモノ作りをキラキラと輝かせる未来が楽しみになりました。(藤井)

 

WRITING 伊藤理子 PHOTO 刑部友康
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