【スポーツを仕事にする】私が異業界からプロバスケットボールクラブに転身した理由

日本中を熱狂させたラグビーワールドカップの大成功は記憶に新しい。2020年には東京五輪も控え、スポーツの世界はますます盛り上がりを見せそうだ。そしてそれは、“スポーツをとりまく業界”で働いている人たちも同じ。この業界には、どんな人が働いているのか。どんな仕事があり、どんな魅力があるのか。一般企業からバスケットボールのBリーグ、川崎ブレイブサンダースに転職したビジネスパーソンに聞く。

板谷さんメイン画像
株式会社DeNA川崎ブレイブサンダース
社長室
板谷陽子さん

前職で、会社大好きを公言していた

川崎ブレイブサンダース試合会場

(c)KAWASAKI BRAVE THUNDERS

クラブ創設は1950年。川崎に拠点を置くバスケットボールの名門として知られてきたブレイブサンダース。2016年から国内男子プロバスケットボールリーグ「B.LEAGUE(Bリーグ)」に加わり、「B1(1部)」に名を連ねる。2018年からは東芝に代わってDeNAの傘下に入り、新たなスタートを切った。

この年、この関東の強豪チームの運営を手がけるDeNA川崎ブレイブサンダースに、8年務めた会社から転職、戦略立案やマーケティングなどを担当しているのが、板谷陽子さんだ。

「2016年にたまたまブレイブサンダースのゲームを見に行ったら、すっかりハマってしまいまして。何度もホームゲームを見に行っているうちに、こういう場を作るために働いている人たちもいるんだなぁ、とひらめきました。親会社がDeNA に代わると決まったとき、これは求人募集が出るかもしれないぞ、と思ってホームページを調べたんです」

2010年に東京大学教育学部を卒業、新卒で入社したのはサントリーホールディングス。就職活動では、飲料のプロダクトを持っているBtoCの会社を中心に回った。

「飲料というものがとても身近にあったことが大きな理由です。テニスをやっていたので、日常的にスポーツドリンクを飲んでいましたし、夜はみんなでお酒をワイワイ飲んだりするのが好きでした。働いた成果物がこんなプロダクトになって、友達や家族のところに届く。これは毎日きっと張り合いがあるはずだ、と思ったんです」

具体的な仕事としてイメージしたのは、ブランドマネージャーや営業。一方で、社員がキラキラしていて、会社も仲間も大好きという雰囲気に惹かれたこともあって、人に関わることにも興味があると会社には伝えていた。配属になったのは、人事だった。

「1年間、採用を専任で担当して2年目からは労務担当として人事制度設計や組合交渉、労働時間管理などを担当しました。厳しさ、苦しさも感じることはありましたが、とてもありがたい経験をさせてもらえたと思っています」

商品やお客様に近いところで仕事をしたい、と希望を出していた。6年目、それが叶ってお客様リレーション部門へ。ここで3年を過ごす。

「お客様からのさまざまな声に対応していく仕事でしたが、そこには改善のヒントがたくさん潜んでいるんですね。また、社内のモチベーションを大きく上げる声を聞くことも多かった。やりたいと思っていたことのど真ん中をやらせてもらうことができました」

お客様からの声は、嬉しい声も、厳しい声も刺激的だった。関わったプロダクトがどう世の中に届いているのか、よくわかった。飲料メーカーを志望した動機が、まさに体感できる部門。自分自身も大きくモチベーションが上がった。

もともと会社の雰囲気も大きな魅力に感じていた。まさに充実した日々。会社大好きを公言していた。ただ、やりたい仕事ど真ん中の仕事ができたことが、もやもやも生み出すことにもなった。

「お客様からの声で最も多いのは、やっぱり商品の中味について、だったんです。味がおいしい、感動した…それは私にとっても嬉しいことですが、考えてみたら私は商品の中味づくりの業務には関わっていないわけです」

お客様から最も喜んでもらえているところに、自分は直接関われていない…。その距離感にもどかしさが募るようになった。プロダクトを介さず、お客様に直接なにかを届ける仕事にチャレンジできないか。そんなことを考えるようになった。

一方でこの頃、プライベートで自分自身がのめり込めるものを見つけた。それが、川崎ブレイブサンダースのゲームだった。

初めて見たプロのゲームに感動

板谷さんインタビューカット

2016年、Bリーグがスタートしたとき、たまたまテレビで開幕戦が生中継されていた。中学、高校とバスケットボールをやっていたことから、久しぶりに見るバスケットボールにワクワクした。盛り上がっているうちに、生の試合を見に行ってみたいと思った。

「実家から20分ほどの場所に川崎市とどろきアリーナがあったんです。そこで川崎ブレイブサンダースのホームゲームを初めて見ました。懐かしいなぁ、と思いながら」

チームのこともよく知らない。選手もまったくわからなかった。

「ただ、プロのプレーの凄さはわかりました。身近で見る試合の迫力にも驚きました。それでもう一回、見に行ってみようかなとホームページで次の試合予定を調べたら、ちょうど予定が空いていて、2回目もやっぱりプレーに感動して。名前はわからないけど、あの0番のプレーいいなぁとか、33番のプレーはシブいなぁ、とか」

何度もゲームに足を運び、そのうち応援の掛け声も覚えてしまった。そうなると、行くのがますます楽しくなる。気が付けば、年間30試合のホームゲームのほとんどを見に行っていた。翌2017年のシーズンも、同じように試合を楽しんだ。

「2シーズンも通い詰めていると、意識して見ていなくても、そこで働く運営の人の顔がわかるようになります。あの人、いつもあそこにいるな、とか。ちょうど、次にどんな仕事がしたいのか、もやもやし始めていたタイミングでしたから、ああ、こういう場を作る仕事に就くという選択もあるな、と思うようになっていったんです

楽しんでいたのは、バスケットボールのゲームだけではなかった。開始前にいろんなイベントが行われていた。運営会社は、こうした企画も手がけるんだと想像した。

「その努力があってこその、ゲームの盛り上がりだと思いました。実際、来場者の数は試合を追うごとに増えていると感じていました。しかも、1シーズン目はチームが好調で、2シーズン目は苦戦しましたが、それでも応援の熱量はまったく落ちていなかった。むしろ上がっていました」

来場者の心を捉えていた運営は、板谷さんの心も捉えていた。

「試合を見るだけなら、テレビ中継でもいいわけです。でも、テレビが切り出せないものがそこにはあった。目立たないところで頑張っている選手の姿、ベンチで大きな声を出してチームを鼓舞している選手の姿。そして、楽しいイベント。それも合わせて、見に行く醍醐味なんです」

運営会社に行けば、それを作り出す仕事に携われる。サントリーという会社をとても気に入っていた。だが、それ以上にやってみたい仕事に出会ってしまったのだ。

「だから、悩みました。いざ転職するかも、となると簡単には動けませんでした。8年も過ごした大好きな会社。社内のいろいろな人を巻き込んだ大きなプロジェクトも走っていて、道半ばでした。ここで転職したりしたら迷惑をかけるかも、とも思いました」

8年間で培ってきた社内外の人脈によって、仕事がスムーズに回っているのも、わかっていた。今の自分の最大の宝である人脈を捨てて、新しい職場でやっていけるのか、という不安もあった。

「だから逡巡していたのですが、しばらく経って再び求人募集ページを見に行ったら、6部門ほど募集があったものが、半分くらいになってしまっていて。迷っている時間はない、と背中を押されました」

試合会場で「ケーキ食べ放題」イベントを企画

板谷さんのイベントの模様

(c)KAWASAKI BRAVE THUNDERS

転職活動をした経験はなかった。転職サイトで「転職とは」を調べた。体験談も探してみたが、スポーツ業界への転職事例は少なかった。

「ただ、新卒のときと比べて、面接で特殊なことを聞かれるわけではないんだな、とわかりました。実際、あまり堅苦しくなく、面談のような雰囲気でした。中途採用は即戦力のイメージがありましたが、異業種転職でもあり、結局、熱量やポテンシャルを見てもらえたのだと思います。」

入社後、当初は即戦力にならねば、と気負ったが、途中でやめた。

「実際、業界未経験者ですから。開き直って、わからないことはわからない、だからとにかく周りの人が話していることをよく聞くことから始めよう、と思うようになりました」

仕事は、社長室での戦略立案とマーケティング。ファンの属性やモチベーションなどを調査、分析し、企画につなげていく。試合前のイベント、試合以外のイベントをどう作っていくか。ホームゲームをどう盛り上げていくか。

「試合日は、全社員総出で設備の設営、撤去もやります。あ、こんな仕事も社員がやるんだ、と(笑)。がっつりハマっていた試合も、運営側に入ってしまうと、ほぼ見られないということがわかって。想定外ではありましたが、試合を見るためにここに入ったわけではなく、このクラブの力になりたいと思って、入ったわけですから」

最初に主導して手がけたイベントは、2018年のクリスマスのスイーツを全面に押し出した企画。

「来場者は試合前のケーキバイキングが無料になるという、ケーキ食べ放題イベントです。クリスマスには女性のためのイベントを、と考えて、女性が好きなスイーツ食べ放題をそのまま会場でやってしまおうと提案したのですが、こんな企画が通るんだと驚きました」

ただ、2日間のイベント期間中、初日はトラブルが続出し、来場者から不満の声が寄せられた。その夜は「泣きそうになった」というが、同僚や協力会社の力を借りてすぐにオペレーションを見直し、翌日には改善。好評を得ることができた。

バスケの会場でこれやるか?みたいな記憶に残るイベントをやりたかったんです。バスケの試合はもちろん、イベントも面白かったからまた行きたいな、と思ってもらえたら、と。これからも様々なお客様に楽しんでいただけるイベントを企画し、川崎ブレイブサンダースにハマってくださる方を増やしていきたいですね」

社内では各担当者が、ターゲット、季節などを考えながらテーマを設定し、企画を練っていく。さまざまなリサーチを行い、ヒントになる情報も社内に提供していく。

「小さな組織ですから、自分でやらなければいけない仕事が大きく広がりました。大企業での仕事は、多くの部門が関わって進んでいくので、任された担当領域内でできる限りの価値を付加して次の部門に渡す、というものだと思います。小さな会社は、企画するところから、詳細を固め、手配、実行、さらには現場でお客様の反応を見て対応するなど全部見ることになります。そこが違うところであり、面白いところでもありますね」

今は、やったことのない仕事をたくさん任され、たくさん打席に立てることが楽しいという。

「前職では、お客さまから喜びの声をいただいても、数千人の社員が紡いだ仕事の結果だと捉えていましたから、嬉しさを数千人で分け合っているようなイメージだったと思います。今は大規模な企画でも3人ほどで企画から実行と最後までやりますから、手応えはとんでもなく大きいし、お客様の声がダイレクトに伝わってくる感覚があります」

スポーツ業界といっても特殊な世界ではない

板谷さんインタビューカット

スポーツ業界に転じて感じたのは、決して特殊な世界ではない、ということだ。

「入社前は身構えていましたが、入ってみたら思ったより普通の会社でした。もちろん選手がいたり、コーチやトレーナーがいたりと専門職の人も大勢いますが、私のポジションでは組織人としての仕事のやり方や段取りの付け方、コミュニケーションの取り方など、前職で身につけたことが活きています。いきなり過去の経験がゼロになるわけではない。来場者満足度などのリサーチのノウハウなども、前職の経験が活きています」

好きなことを仕事にすると、好きではいられなくなるのではないか。転職前、周囲からはそんなふうにも言われたという。

「だから覚悟はしていたんですが、試合があまり見られなくなったので会場でかっこいいプレーにときめくとかはなくなりましたが、クラブへの愛着は大きくなりました。あと、好きなもののほうがきっと力は出るんじゃないかと思います」

転職から1年半近く経ち、実感しているのは、クラブに対して力になれる部分が確実に増えているということ。どんどんチャレンジをさせてもらい、その一つひとつの経験が積み上げられている感覚があると語る。

「ちょっと時代に逆行してしまうのかもしれませんが、転職するときひとまず生活の中心を仕事に置こうと思ったんです。そうしたいと思える仕事だったから。前職では平日よく飲みに行きましたし、週末は仕事からは完全オフでプライベート、という生活でした。でも、今は土日に試合があることも多いので、平日に飲みに行く回数も減らしました。周囲からは驚かれていますが、気力、体力が充実しているこのときに、やりたいことに関われるチャンスをいただけた幸運を、存分に活かしたいんです。だから、毎日の仕事を楽しんでいますね」

今、手がけている仕事がいろんな人の手を借りてブラッシュアップされ、5年、10年後にクラブの魅力をさらに大きく高めることにつながれば、と考えている。

「入社してびっくりしたのは、30人ほどの小さな会社にこんなにも多様な経験や価値観を持つ人がいるのだということでした。関わる仕事の内容も多岐にわたっていて、ケーキバイキングのようなインパクトあるものもあれば、バスケ界が継続的に発展していくための地道な正攻法の取り組みもあるんですよね。そういうものもしっかり理解して、この先も新しいことに挑んでいきたいと思っています」

ほかのスポーツも盛り上がっているが、それはそれ。バスケットボールの魅力を、もっともっと多くの人に知ってもらいたいという。

「バスケットボールのゲームの魅力は、選手との距離が近いこと。私も体感していますが、生で試合を見ると、選手の表情まで見えるくらいに近いんです。また、試合展開が早いので、飽きない。屋内ですから、雨でも風でも、天候に関係なく試合が楽しめますよ」

人生で転職をするなんて、考えてもいなかった。それだけに、思うことがあるという。

「将来についてあまり難しく考えなくても、動くべきときがきたら自然に動くんだな、ということです。自分でここだと思える環境に出会えたら、いい意味で覚悟が決まります。誰に決められたことでもなく、自分が決めたことですから」

 

文:上阪 徹   写真:八木虎造
編集:伊藤理子

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