変化のスピードが加速する時代、多くの企業が生き残りをかけて「イノベーション」の創出に力を入れています。同時に、未来の創発を生み出す、個人と組織の関係にも変化が起きつつあります。
「モノづくり×イノベーション×はたらく」をテーマとする本連載企画では、日本のメーカーにおいてイノベーションの現場の最前線で活躍する方々をゲストに迎え、『リクナビNEXT』編集長・藤井薫と対談。「イノベーションを生み出すために必要なものとは」「個の力と組織の力が響き合う鍵とは」について語ります。
第1回となる今回は、シーメンスの専務執行役員としてインダストリー4.0を推進した経験を持ち、2018年より東芝でデジタルトランスフォーメーションを推進する島田太郎氏です。
プロフィール
株式会社東芝 執行役常務 最高デジタル責任者
島田 太郎氏(写真左)
1990年に新明和工業に入社し、航空機開発に10年間従事。ボーイング777などの大型旅客機から飛行艇のUS-2などの開発に携わる。US-2では機体の形状の設計を担当した。99年、PLM(製品ライフサイクル管理)会社であるSDRC(後にシーメンスPLMソフトウェア、現在はシーメンス)に転職。2010年、日本法人社長に就任。シーメンスによる買収後はドイツ本社駐在を経て、専務執行役員に就任。インダストリー4.0を推進 した。18年10月、東芝に入社し、コーポレートデジタル事業責任者としてデジタルトランスフォーメーション事業の指揮を執る。19年4月からは、執行役常務としてサイバーフィジカルシステム推進部をけん引。
株式会社リクルートキャリア 『リクナビNEXT』編集長
藤井 薫(写真右)
1988年にリクルート入社後、人材事業の企画とメディアプロデュースに従事し、TECH B-ing編集長、Tech総研編集長、アントレ編集長などを歴任する。2007年からリクルート経営コンピタンス研究所に携わり、14年からリクルートワークス研究所Works兼務。2016年4月、リクナビNEXT編集長就任。リクルート経営コンピタンス研究所兼務。著書に『働く喜び 未来のかたち』(言視舎)
イノベーションを起こす上での、日本の風土の強み・弱みとは?
藤井薫編集長(以下、藤井):島田さんは20年近く外資系企業に在籍され、ドイツ企業であるシーメンスでは「インダストリー4.0(※)」にも取り組んでこられました。「イノベーションを生む」という観点において、外資系企業と比較した日本企業――特に大手企業の課題や特徴をどう捉えていらっしゃいますか。
島田太郎氏(以下、島田):まず、日本ならではの強みと感じる部分でいうと、「他国で失われたものが日本には残っている」ということです。日本には「もったいないオバケ」が棲みついていますからね。アメリカやドイツの企業であれば合理主義のもとに廃棄されるような事業や技術が蓄積されている。
藤井:観阿弥・世阿弥の時代から650年の命脈を保ってきた「能」などが象徴的ですよね。日本は世界でも老舗企業の数が多く、創業1000年以上経つ企業の半数以上が日本にあると聞きます。
島田:古いものを棄てずに蓄積していくのは、資本効率でいえば悪とされますが、必ずしも悪いことではないと、私は最近感じています。イノベーションとは、ゼロから生み出すことに限らず、既存のものを組み合わせることで生まれることも多いですから。
藤井:イノベーションの概念を提唱したシュンペーターも、「新結合」がその本質を言っていますね。
島田:特に、「モノ」をネットでつなげる「IoT」の世界においては、日本で蓄積された技術が活かされます。アナログとデジタルを融合させるIoTの構造は非常に複雑であり、サイバーに強いグローバル企業でも手に負えない部分が多い。海外企業は自国・自社で開発するより、他国が作ったものを導入するほうが効率的と判断する可能性も高い。その点で、何でも自分たちで作ろうとする日本、しかもなかなかあきらめない日本は、強みを発揮するでしょう。だからIoTは日本なくしては実現しないと、個人的には思っています。
藤井:では、イノベーションを起こす上で、日本が弱み・課題と感じる部分はどこでしょうか。
島田:「基本概念を生み出し、それを標準化する」という点においては、日本は後れを取っていますよね。「概念」の重要性を、日本人はもっと認識したほうがいい。
世界的ベストセラーとなった『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』の著者であるユヴァル・ノア・ハラリ氏は、人間が進化を遂げてきた3つの重要な柱として「処理能力」「共通概念」「データ」を挙げています。古くは、処理能力=人口を増やし、神・貨幣・文字といった「共通概念」を持ち、共通概念が印刷・翻訳などでデータ化されて広がっていきました。そうした人類の進化の過程を踏まえ、ハラリ氏は「デジタル化」が人間の宿命だと語っています。
デジタルの世紀にあって、日本は処理能力=ロボットやAIなどの領域は得意、データの収集・解析・活用もまずまずのレベルです。しかし「概念」については、世界に共有するようなものを生み出せていません。
藤井:日本独自の進化を遂げながら、世界標準とはならなかったガラパゴス・ケータイも、象徴的ですね。以前MITメディアラボの石井裕教授には、蛇口というメタファーを使ってお話いただきました。モノ=蛇口は、入出力機能に過ぎない。注目すべきは、流水としての情報の循環系=エコシステム。蛇口からクラウドへ情報をアップすると、世界と、そして未来の人類と共有できると。
島田:「通信」の世界では、他国が共通概念を生み出し、標準化・プラットフォーム化を実現しました。そして、通信で起きた標準化を「製造業」に持ち込もうとしているのが、ドイツによるインダストリー4.0であるわけです。それに対し、もともと「製造業」に強みを持つ日本がどんな概念を打ち出していくか。より長期的な視点を持って考えなければならないと思います。
藤井:新たな流水の共通概念を生み出し、空想を現実化する。SF (Science Fiction)をFS(Feasibility Study)する。そんな「未来の製造業」を期待したいと思います。
これからの時代の組織強化に「ダイバーシティ」は欠かせない
藤井:イノベーションを生み出そうとする企業は、「個の力」をどう活かすか、そしてそれを結集する新しい「組織の在り方」を考える必要があるかと思います。例えばGEにおいては、「集合天才(Collective Genus)」という組織運営の考え方がありますね。「各専門分野の才能を集めれば、1個の天才をもしのぐ存在を作り出せる」と。
島田さんはこれまでのご経験から、「個の力」と「組織の在り方」をどう考えていらっしゃいますか。
島田:キーワードの一つは「ダイバーシティ(多様性)」であると思います。日本企業では「女性活躍推進」を主眼に語られることも多いのですが、ここで言いたいのは「異なる考え、価値観を持つ人々を受け入れる」ということです。一定の方向や目標に向け、異なる考えを持つ人たちで議論し合うことが新たな力を生み出します。皆が同じような考えを持ち、異なるものを排除しようとする組織は、これからの時代は弱体化していくでしょう。
藤井:未来が確実な社会なら、同質統制組織が機能したかもしれませんが、未来が不確実な社会では、異質共鳴組織が不可欠なのですね。
島田:私が在籍していたシーメンスの例を挙げると、10年前は30万人の従業員のうち20万人がドイツ人でしたが、今ではドイツ人は10万人にとどまっています。わずか10年の間に、それだけ多国籍化が進んでいるということです。
先が見えない時代だからこそ、多様性を持った戦略が必要であり、多様性を許容する文化であることが重要です。そうした文化を築くには、トップに立つ人間は自分の考えを押し付けてはいけないし、下にいる人も言うことを聞いているだけではいけない。
藤井:スポーツだとすれば、ベンチにいる監督が次の攻撃を指示するのではなく、フィールドにいる選手たちが自分のポジションの役割を踏まえて判断して動くということですね。
島田:知人のプロアスリートからこんな話を聞いたことがあります。日本人は、アイススケートや体操のように決められたルールに沿って得点を積み上げる競技では、練習どおりに本番で力を出せばメダルを取れる。しかし、サッカーのように多くのメンバーが瞬間瞬間で判断して動くチーム競技ではトップに届かない、と。これを製造業に置き換えれば、一定の法則に従って、前よりも高性能化・コンパクト化した製品を作ることにおいて、日本人は長けている。けれど、カオスの中でのチームプレーでは競り負ける、ということですね。
藤井:カオスに強いチーム作りの第一歩が「多様性」。ラグビーW杯で躍進した日本代表チームが「多国籍」であったのは、象徴的といえるかもしれませんね。
島田:日本は長い歴史を見れば、決してクローズな民族ではありません。遣唐使の時代より、中国から思想も文化も技術も導入し、それをベースに独自のものを築き上げてきたわけですから。再度、スイッチを切り替える時期が来ていると思います。
イノベーションは「特定専門部署」の取り組みにとどめるべきではない
藤井:イノベーションの手段の一つとして、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が注目を集め、多くの企業がDXを推進する部署を設けるなどして取り組んでいます。ところが、大手企業のDX推進担当者が、提案をしても経営陣あるいは現場が動かないことに悩み、転職を考えるケースが見られるのです。
島田さんはDX推進の責任者として東芝に入社されて以来、役員や事業部長などへの説明会をはじめ、100回以上ものプレゼンをされてきたそうですね。企業はどうすればDXを確実に推進できると思われますか。
島田:大手企業がイノベーションを起こそうというときには、よく「専門部署を作る」という発想になりがちですが、注意が必要なのは「出島」のようになってしまうこと。長崎の出島は江戸幕府による外国人流入防止策として築かれたものですが、それと同様に「異なるもの」を本丸から引き離した状態に陥りがちです。
私は、「デジタルは全員でやるもの」と考えています。専門部署の10人でやるより、東芝の全社員13万人でやったほうがいいに決まっています。そこで『みんなのDX』と称して、デジタル化の定義を共有するところから始めました。
会長とは、「東芝の企業価値を倍増させる」というビジョンを語り合っています。それは今の延長線上の考え方ではできません。それを従業員全員に腹落ちさせなければならない。
藤井:全員で腹を割らなければ、全員で腹をくくれない。専門家だけが集まってやるのではなく、いろいろな部署・ポジションの人が参加する。しかも「自らの存在目的」をトップダウンでなく、互いが当事者として語り合う。まさに『みんなのDX』こそダイバーシティ&インクルージョンですね。
島田:「こういうことは若い人にやらせればいい」というのも間違いです。シリコンバレーなどに行けば60代のスタートアップ起業家だっています。中高年層にイノベーションができないと思い込むのも、日本の悪いクセ。どんなところからでもイノベーションは生まれる。「innovation around the corner:角を曲がればイノベーションがある」です。
藤井:「全員参加」ということですが、どのように関わればいいのか、戸惑う人もいるのではないでしょうか。一個人はどんなことから始めていけばいいと思われますか。
島田:私の場合は、まず「概念」を伝え、「こういう概念をあなたの事業に当てはめるとどうなりますか」と投げかけています。これまでにいろいろなパターンの成功事例がありますから、「業種が違うからうちではできない」ではなく、どのパターンなら自分の仕事に当てはまるか、どのエッセンスなら取り入れられそうか、考えてほしい。もちろん事業形態によっては難しいこともありますが、「考えてみる」ことが重要です。
藤井:島田さんが東芝で取り組みを始められて1年が経ちますね。社内にはどんな変化が表れているのでしょうか。
島田:「DXをやりたい」という手がどんどん挙がってきています。
また、9月に『みんなのDX』で第2回目のピッチコンテスト(アイデアや技術を発表する場)を開催し、2月に行った第1回と合わせて100件を超えるアイデアが寄せられました。その品質も上がっていると感じます。
何より私がうれしかったのは、「うちの事業部ではできないのですが……」というアイデアも挙がってきたことです。自分の事業のことだけでなく、広い視野で考えられているということですからね。それらは一旦本部で預かり、該当する事業部門を検討することになりますが、そうした発想で考えられているのは、とてもいい兆しだと思っています。
東芝はもともと、自主的に研究開発に取り組んでいる人がたくさんいる風土。だから、きっかけを与えたことで、潜んでいたものがわっと表に出てきている感じですね。
私としては、生まれてきたアイデアを収益へ結びつけること、アイデアをベースに部門を横串でつないでいくこと、そしてイノベーターたちが活動しやすいように組織の仕組み上の問題を解決していくことにも力を入れていきます。
藤井:中途入社で入られた島田さんと東芝にいらっしゃった皆様との化学反応で、東芝は大きく変わろうとされているのですね。これは中途入社者の皆様にも、大きな勇気を与えてくれます。
島田:今後の5ヵ年計画で、「世界有数のサイバー・フィジカル・システム(CPS)テクノロジー企業を目指す」と宣言しています。サイバーとフィジカル(実世界)が融合した技術で社会課題を解決する――東芝が目指す姿です。近年、GAFA(Google・Apple・Facebook・Amazon)が世界をリードしてきましたが、人々のリアルな生活があるかぎり、サイバーだけでは限界があります。実際、サイバー企業がハードを開発する動きも出てきていますね。ハードに関しては東芝が強い。我々はフィジカルから得られるデータを活用し、そこから生まれる新たな価値を提供しきたい。ハードを製造販売してきた従来とはまったく異なるイノベーションが起こせるのではないかと思っています。
藤井:モノと概念を繋げる×異質と異質を繋げる×みんなで創る。島田さんが仕掛ける東芝の未来、日本のものづくりの未来、はたらく未来が楽しみになりました。貴重なお話を有難うございました。