出口治明氏が語る少子・高齢化対策と、イノベーションを生み出す方法論「タテ・ヨコ・算数」とは?

ライフネット生命保険の創業者であり、現在は立命館アジア太平洋大学(APU)学長として、グローバル社会に対応できる人材を育成する出口治明さん。ビジネス・働き方に関する講演も数多く行っている出口さんが語った「日本の課題」と、その課題を解決するために私たちができることをレポートします。

立命館アジア太平洋大学(APU)学長 出口治明さん

1948年生まれ。日本生命で経営企画を担当した後、還暦でライフネット生命を開業。社長・会長を10年勤める。2018年1月より、立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任。歴史に関する著書が多数ある。Twitter:p_hal

世界をフラットに見るための方法論「タテ・ヨコ・算数」

「人間は見たいものしか見ない」と言ったのはカエサル(共和政ローマ期の政治家・軍人)ですが、実は皆さんも世界を色めがねで見ています。例えば、安倍さんという総理大臣がいますが、好きな人も嫌いな人もいますよね。

同じ人に対して、なぜ評価が分かれるのかといえば、皆さんが色眼鏡をかけて見ているからなんです。つまり、人間は全員自分の価値観でしか見たいものしか見ていないので、ものごとをフラットに見るためには方法論が必要になります。それが「タテ・ヨコ・算数」です。

まず、タテは昔の人がどう考えていたかという歴史です。ヨコは世界の人がどう考えているか。例えば、僕は中学校で源頼朝は平政子と結婚して、鎌倉幕府を開いたと習いました。ということは、昔の日本は夫婦別姓の国だったわけです。

では世界はどうかと言えば、OECD(経済協力開発機構)の先進国35国の中で法律婚の条件として同姓を強制している国はどこにもありません。タテ・ヨコで考えれば、夫婦別姓のような考えは家族を壊すとか、日本の伝統ではないというイデオロギーや思い込みは間違いだとわかりますよね。どんな問題でもこのように、タテ・ヨコで見れば、簡単にわかるのです。

もう一つの方法は算数です。なんでも数字で考えたらわかりやすい。平城京と平安京は途中でつくることを止めた未完の都です。これも簡単で唐の首都・長安を見本としたと言われていますが、当時の中国の人口は日本の約10倍、一人あたりGDPは日本の2倍だったので、日本の国力は20分の1だということがわかります。20分の1しか稼いでいない人が4分の1の大きさの建物を作ったらどうなるかといえば、途中でお金がなくなるのは当たり前。算数で簡単に説明ができます。

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少子高齢化社会は消費税とマイナンバーがインフラに

日本の問題は「少子高齢化」だと言われて久しいですが、若い人には「将来が明るくない」と言う人が多いようです。その原因は何かと聞くと、大体このグラフに行きつきます。昔は若者10人で高齢者1人を支えていたのに今や騎馬戦が崩れて、肩車に向かっているじゃないかと。これは若者が高齢者の面倒を見るのは当たり前という考え方がベースになっています。

僕はこの考えを「ヤング・サポーティング・オールド」と呼んでいますが、これって正しいですか?人間は動物です。動物の中で若者が高齢者の面倒を見ている動物っていますか?いないですよね。ということは、ヤング・サポーティング・オールドという考え方人口が増えた時代の産物だと言えます。

少子高齢化が先に進んだヨーロッパでは、20年も前に「オール・サポーティング・オール」になっています。つまり年齢に関係なくみんなで社会を支えて、シングルマザーとか困っている人に給付を集中したらいい、という考え方に変わっているんですね。みんなで社会を支えるには消費税しかありません。

シングルマザーや本当に困っている人に給付を集中するなら、マイナンバーを整備するしかありません。少子高齢化社会とは、所得税と住民票で回っていた社会から、消費税とマイナンバーが社会のインフラになるパラダイムシフトのことを意味するのです。

でも日本では消費税は弱いものいじめだと言われますが、それが嘘だというのは簡単に説明できます。

世界の先進地域は3つあり、アメリカ、ヨーロッパ、日本です。この3つの中でどこが一番弱者に優しく、バリアフリーですかと聞いたら、ほとんどの人がヨーロッパと答えます。ヨーロッパの社会は全部消費税で組み立てられているので、消費税が弱者に厳しいというのは事実ではないということがすぐわかる。「オール・サポーティング・オール」で考えたら、別に未来が暗いわけではないのです。

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定年を廃止することで一石五鳥のメリット

とはいえ、日本ではあと5年も経てば、団塊世代が後期高齢者になるので、介護が目も当てられないという人もたくさんいます。介護の問題です。介護を定義すると、「平均寿命-健康寿命=介護」ですから、健康寿命を伸ばす以外の解はないんですよね。

では、どうやったら健康寿命が伸びるのか。医者に聞くと全員答えは一つで、「働くことが一番いい」が解です。ということは、この国の政策は定年の廃止以外にはありません。一石五鳥です。

まず一番に定年を止めたら介護が減って、みんなが健康になるわけです。素晴らしいですよね。2番目はもらう方から払う方に変わるので、医療、年金財政が好転します。

3番目に年功の考え方がなくなります。年功序列型の賃金制度を続けていたら、毎年給与が自動的に上がるので、絶対に続きません。僕は、野球の松坂大輔選手のように働くのが理想だと考えています。松坂選手は大リーグで華麗な経歴を持ちながら、中日ドラゴンズの二軍の試験を受けて入り、年俸が大幅にダウンしようが、野球がやりたいので現在の実力で活躍できる場を見つけている。

日本では高齢者が働くとなると、みんな自分は昔役員やっていたとか、私は部長やっていたとか、そんな過去の経歴は使えないのですが、松坂はそんなこと言っていますか?年齢フリーで考えるということは、昔何していたかは関係がない。今の体力・能力・意欲で何ができるかということです。定年を止めることで、年功序列の考えが消え、同一労働・同一賃金の方向に進むことができるのです。

4番目は中高年の意欲が増します。人生100年と言われていますから、50歳・60歳はまだまだ真ん中くらいです。定年があるから人生そろそろ終わりだなんて言っている中高年のモチベーションが上がると思います。

5番目は労働力不足の解消ですね。日本は団塊世代200万人が消えるにも関わらず、新社会人は100万人しかいないので、2030年には800万人の労働力が不足すると言われています。まだAIで仕事を埋めるには時間がかかるので、定年を廃止することで労働力不足が解消されます。邪魔をしているのは、定年は当たり前だという社会常識だけですよね。

少子化対策はフランスのシラク三原則に学べ

少子化も日本の大きな問題です。日本ではいまだに会社の上司に「仕事をとるか、赤ちゃんをとるか」を問われることが少なくないようですが、2択の問題であるはずがないですよね。仕事も育児もどちらも必要に決まっています。

先進国ではフランスのシラク三原則が最もうまくいっている政策の一つといわれています。シラク第一原則は、女性が望む「本当に産みたい時に産める」支援。女性が産みたいときと、その女性の経済力が一致し、その差は政府が給付します。どんな状態で赤ちゃんを産んでも貧乏にはしませんということです。

第二原則は「保育所の待機児童ゼロ」です。フランス人に聞くと、日本ほど待機児童ゼロにしやすい国はないといいます。なぜかというと、少子化で小学校・中学校を統廃合しているじゃないか、なんで余っている教室を保育園に変えないのかと。日本の待機児童問題は政策の問題ではなくて、政権担当者に希望者全員義務保育にする見識と覚悟がないだけじゃないかと言うのです。

第三原則は、育児休暇から職場復帰した人は留学と同様に賢くなって帰ってくるので、キャリアの中断やランクダウンは法律で禁止するというもの。シラク三原則はこれだけです。これで出生率が10年で0.4ポイントほど上がり、2.0の大台を回復しました。

必要となる財源はGDP比1~1.5%と言われていますが、フランスの家族予算のGDP比は3~3.5です。日本は1.5前後ないので、フランスはさらに家族への待遇が厚いということがわかります。

日本の経済力を上げる鍵は女性の活躍

とはいえ、日本は世界で一番高齢化が進んでいるので、一年経てば予算ベースで考えても毎年約5~6千億円の上乗せが必要となります。ということは、日本の選択はみんなで貧乏になるか、経済成長してこの金額を取り戻すことの2択しかありません。経済成長は「人口×生産性」ですが、人口は簡単には増えませんし、生産性も世界20位前後とG7最下位です。競争力は26位です。

でも、このグラフを見ただけで嬉しくなった皆さんも多いのではないでしょうか。今が1991年だったら日本は世界一ですから、いくら頑張って働いても落ちるしかない。女性の社会的地位は先進国144か国中、114番なんですよ。女性の皆さんが頑張って男性より仕事をして活躍したら、あとは順位が上がるだけなので楽しいでしょう?

だから僕はいつも、日本の女性は「世界で一番幸せだ」と言っているんです。でも、なぜ日本経済がこんなに落ち込んだのかは問題ですよね。でも、これは簡単に説明できます。

ある出版社に、AとBという編集者がいるとします。Aは朝8時から夜の22時までパソコンにしがみついて仕事をしている。でも編集者がパソコンにしがみついていても、あんまりいい本はできないので、ベストセラーは出ません。

Bは朝10時くらいに来て、来たらすぐスタバに出かけて誰かと話をしている。夜になったら新橋に飲みに行って帰ってこない。でもいろんな人にアイデアをもらっているので、年間にベストセラーを3冊くらい出す。皆さんが出版社の社長だったらどちらを評価して給与を上げますか? Bですよね。

でもこれがメーカーの工場だったら、Aのコンベアは量産できますが、Bは全然できません。製造業の工場モデルが社会を引っ張っていたときは、力が強い男性の長時間労働でよかったのですが、サービス産業が社会を引っ張るようになってきた今はアイデア勝負の時代。「メシ・風呂・寝る」の長時間労働では、いいアイデアが出ないんです。

人間の脳は体重の2%しかありませんが、高性能のエンジンなので、注意力が持つのは2時間くらい。頭を使う作業は2時間×3~4コマが限界です。「メシ・風呂・寝る」の長時間労働では生産性が上がらないというこがようやく政府にもわかったので、「働き方改革」という政策を打ち上げたわけです。

早く帰っていろんな人に会ったり、本を読んだり、いろんなところに出かけていって、脳みそに刺激を与えなければアイデアは生まれないという世界になってきているわけですよね。僕はこれを「人・本・旅」と表現していますが、これからは「人・本・旅」で勉強しないかぎり、日はまた昇らないんです。

もう一つサービス産業化した社会には大事な問題があって、サービス産業のユーザーは大半が女性です。全世界、どんな統計をとっても6~7割が女性です。日本の経済を支えていると自負している50~60歳のおじさんには、残念ながら消費を牽引している女性がほしいものがわかるとは思えません。このミスマッチを防ぐために、欧米の先進国ではクオータ制をとっているのです。

イノベーションはすべて既存知の組み合わせ

アイデアの出し方の話をします。美味しいごはんとまずいごはん、どちらが食べたいですか?美味しいごはんですよね。では、美味しいご飯を因数分解したらどうなりますか?一番シンプルな因数分解は、いろんな材料を集めて、上手に調理すれば、美味しいごはんができます。

7年前に「ベジソバ」という、にんじんのピューレにムール貝で味をつけた美味しいラーメンを売り出して、ミシュランにも載り、店舗もどんどん増やしていったラーメン屋の店主がいます。みんなにんじんもラーメンもムール貝も知っているのに、この3つを足したら美味しいラーメンができると考えたのは、彼しかいなかったわけです。「知財×考える力」が美味しい生活には必要なのです。

ここから導きだされる結論は、イノベーションのすべては既存知の組み合わせだということです。早稲田の入山章栄先生は、既存知間の距離が遠いほど大きなイノベーションが生まれるといつも話されています。ラーメンで連想される味噌、醤油、とんこつ、ねぎ、ゆで卵、のり、チャーシューの組み合わせは既存知間の距離が近い。面白いラーメンは作れない。ラーメンと言われて誰がにんじんを連想しますか?ムール貝を連想しますか?距離が遠いほどイノベーションが生まれるのです。

このことがわかれば、何を勉強すればいいかわかりますよね。早く帰って、MBAに行くのですか?それも悪くはありませんが、好きなことをやればいいんです。みんなが好きなことをやっていれば、大きなイノベーションに結びつくかもしれない。日本の課題を解いていくためには、早く帰って、みんな好きなことを徹底してやればいい。それで自分の頭で考える。人のまねをしてもダメなんです。

みんなが「人・本・旅」で勉強して行動し始めたら、世界はいくらでも変わります。特に女性の社会的地位は、先進国144か国中114番ですが、女性の皆さんが頑張れば、世界で100位くらい上げることができる。未来は明るいですよね。だから、未来はどうなるかと予想するものではなく、皆さんがつくるものなのです。

僕はいつも「未来は明るい」と言っていますが、これには根拠があって、歴史を追っていると、悲観論は今まで一勝もしていないんですよ。全敗しているんです。全部楽観論が勝っているんです。特に日本は競争力26位ぐらいと湯加減もいいし、改善の余地も山ほどあるし、女性の皆さんが明るく頑張ればいい未来になります。ということで、「未来はめちゃくちゃ明るい」というのが、僕の結論です。

取材・執筆・撮影:馬場美由紀

※本記事はWindows女子部、日本人材マネジメント協会 HR Cafe 研究会主催により8月30日に開催された「HR Cafe 2018 日本の未来は明るいか 企業価値の創造」のセミナーのイベントをもとにレポートしています。

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