世界の起業家にも選ばれた彼女は、まだ25歳。社長としての苦悩と課題との向き合い方

アプリを通して飲食店の予約をするだけで、1人の予約につき1食の給食が途上国の子どもたちに届くサービスをご存じですか?

累計で16万食以上の給食を途上国7か国の子どもたちに届けています。提供する株式会社テーブルクロスの城宝薫社長は、大学在学中に起業し、まだ25歳。世界の女性起業家にも選ばれ、一見順風満帆に見える彼女にも悩みはあったんでしょうか?

創業時の苦労、経営を軌道に乗せるまでの葛藤に迫りました。

プロフィール

城宝薫(じょうほう・かおる)

株式会社テーブルクロス 代表取締役

1993年生まれ。大学在学中は企業と新商品開発を行う学生団体Volante(ボランチ)を創設し、関東・関西・台湾と支部を拡大。その後、途上国で見た子どもの貧困とアルバイトで知った飲食店の広告費の課題を同時に解決する現在の「テーブルクロス」の仕組みを考案。投資家などからの出資を受けて、大学3年時に起業。2017年にはグローバルEY主催「世界の女性起業家」に選出される。

「自分はとても幸せ」昔からボランティアが好きだった

―子どものころから募金やボランティアが好きだったそうですね。何か始めるきっかけがあったのでしょうか。

小学生のとき、インドネシアへ家族旅行に行ったんです。そのとき、自分と同じ年ごろの7、8歳の子どもたちが、学校にも行かずにゴミ山にゴミを拾いに行くのを見かけて。それをお金に変え、生活していると知り、衝撃を受けました。その子たちがかわいそうだなというより、「自分はとても幸せだったんだな」と初めて気づいたんです。

その経験から「何かしなければ」という気持ちが芽生え、町の清掃活動のボランティアに参加したり、盲導犬や赤い羽根の募金箱を見つけたら10円入れたりしていました。

―小学生のときから、社会貢献に関心を持たれてたのですね。今の「テーブルクロス」のサービスにつながるようなエピソードはありますか?

社会貢献に対する考え方の転機は、高校一年生ときです。親善大使として渡ったアメリカで障がい者支援をするNPO法人の打ち合わせに参加をしました。その団体は「団体の価値を社会に提供し、その対価としてお金をもらうにはどうしたらよいのか?」を課題にしていました。

当時、私は「支援をするために寄付や私たちのようなボランティアを増やせるか」を考えなくてはいけないと思っていたので「社会課題を解決するために継続して利益を出しつつ、社会貢献できる仕組みを創る」という発想はなかったんです。

自分が寄付やボランティア活動に参加していくのではなく、誰でも寄付やボランティアに参加できる“仕組み”創りをしたいと漠然と考えるようになりました。

大学を卒業したら就職するつもりだった。別プロジェクトの失敗から学んだこと

―夢が見つかった瞬間ですね。大学生になっても、その想いは消えなかったのでしょうか?

大学生活を利用して、色んな国に行きながら「どんな仕組みを創ろうか」と考えてました。今のテーブルクロスのサービスの仕組みは、海外に行くお金を貯めるためにしていたアルバイトの中で思いついたんです。飲食店に広告を販売する電話営業をしていたのですが、飲食店の困りごとを解決する方法と社会貢献がリンクしました。

―すぐ起業に向けて準備されたんでしょうか。

いえ、まずは企業に就職しようと思っていました。社会人のいろはも知らないのに起業なんて難しいと思っていましたし、方法もわからなかった。実際に、テーブルクロスで起業したいと考える前に、着手したものの事業化できなかったプロジェクトがあったんです。順調とは言わないまでも、なんとかプロジェクトをスタートさせる準備が整ったのですが、最終的に出資者からの「今までの話はなかったことにしてほしい」というメールで、すべてが白紙になるという経験をしました。

当時の私はリスクヘッジをしておらず、事業の出資者はその人しかいなかったんです。この経験から、次に事業をスタートさせるなら、単にお金を出してくれるのではなく、同じ想いがある人。そして、一緒に働きたいと思う人。そういう人と出会ったら起業しようと考えていました。

好きなことが「仕事」になったとき、初めてモチベーションが左右された

―では、どうして学生の時に起業されたのでしょうか。

起業は早いと思う一方で、思いついたこのサービスをどうやって事業にしていくか、着々と考えていたんです。その中で、家族や学校の先生などに新しい事業の話をしたら、みんな共感してくれて、「出資をしたい」という声が想像以上に集まりました。これが“同じ想いがある人”だというのがわかって…思ったより早く出会えたので、そのまま起業に向けて準備することにしました。

―なるほど(笑)

とはいえ、慎重に起業を進めようとしていた中で、いきなり舵を切ったようにも見えますが、苦労はなかったのでしょうか?

苦労だらけでした(笑)

起業のために何が必要なのか、何も知らなくて、大人たちに聞いて回ってました。中でもシステム開発に莫大な資金が必要で。時給950円の学生アルバイトだった私が、まさか1億円も動かすと思っていませんでしたし。とにかく、がむしゃらにお金を集めていました。銀行からも融資を受けようとしたんですが、「学生に出した前例がない」と3回も断られました。

―3回も落ちたら、めげてしまいそうです。そのモチベーションはどこから来たのですか?

周りの力を借りながら形にした創業計画書だったので、なんとか通したいと。同じ想いの人たちがたくさんいると知っていたので心強かったのもあると思います。このときは、めげずに頑張ることができ、融資も受けられることになるのですが…全部そろったとき、急にこわくなりましたね。多くの人に応援されている中で失敗したら…と考えてしまい「やっぱりやめようか」と迷ってしまって。

悶々とする中で、相談した先輩に言われたのは、「城宝の中で“失敗”って何?」という言葉でした。

確かに、私が思う失敗とはなんだろうと。「借金を背負うこと?」「仲間が離れること?」と自問自答してみました。そして行きついたのは、周りから「城宝、仕事で失敗したらしいよ」と言われるのが嫌だった、つまり“プライドだけだった”ことに気づいたんです。そこから迷わず行動できるようになってきました。

―目標だった「利益を出しながら社会貢献できる仕組み創り」は、起業により達成できたということですね。起業する前と“社会貢献”との関わり方が変わりましたが、気持ちの変化はありましたか?

起業前は、社会貢献も自分の「好きなこと」として、好奇心だけで動いてもうまくいってたんです。しかし、仕事になると、もどかしいことやイライラすること、不安とかでモチベーションが左右されることが増えてきました。

私の場合、怒りや不安を感じると17歳年上のビジネスパートナーにビンタしたり、頭から水をかけたり…(笑)うまくいかないことに対して、感情が噴き出てしまっていました。

このままじゃいけないと冷静に考えてみたら、イライラしていることや怒っていること、不安な気持ちを言語化できなかったのが原因でした。言葉を知らなかったんです。なので、出てきた課題や自分の不安をすべて言葉にしてリストし、紙に書いて“見える化”していこうと。そうすると解決策が探せるので、怒りや不安の中身を常に把握して行動することができモチベーションが維持できるようになりました。

―感情的な城宝さん…こうやって穏やかにお話しいただく中では想像できません(笑)

社会人になったら、同じような壁に誰もがぶつかると思うのですが、バリバリ勢いのある城宝さんでも、実は若い方らしい悩みを抱えていらしたんですね。

そうですね(笑)今はもう、ちゃんとコントロールしてますが(笑)

起業してから、仕事のパートナーと会話する回数が多いので、課題にぶつかることは多かったと思うんです。例えば「マーケティングがわからない」「SNSってどうやって運用してるの?」など。それすらも知らなかったんです。なので、課題が出たら解決するために、 まず「人に聞く」。1つの課題に対して、周りの大人5人にメールを投げると、30分後には解決策が出ているような仕組みを創りました。

それでもわからなければ、ネットの記事を読み、そこで紹介されている本を読みあさりたりもします。最初は、課題の量のほうが多くて、足がもたついてましたが、もともと統計学が専門なので、分析するのは嫌いじゃない。そんな性格も助けて、早く解決できるようになっていきました。

いつも目の前にいなくても、感謝できる先が見えるようになったらいい

―今後の課題や目標について教えてください。

テーブルクロスは、ベンチャー企業としてはまだまだ。社会的インパクトをもっと出してまずは事業を大きくしたいと思っています。そのために、訪日外国人向けのサービスも始める予定です。テーブルクロスを使って自分の国にも寄付ができると、国と国とが一歩近づくのではと考えています。

今の課題は、社会貢献や寄付を「透明化・見える化」すること。社会貢献したことに“実感”をもたらしたいんです。ITと掛け合わせることで実現できると思っています。
ときどき、女子高時代の友人たちと会っては、世間話をしているのですが、多くが「目の前の人を笑顔にする」お仕事をしているんです。

私の事業は、ときに地球の裏側という果てしなく遠いところにも及ぶので…寄付を受ける人たちがテクノロジーの進歩で「目の前の人」になってくれたら、もっと多くの人が、彼らを笑顔にしたいと思ってくれるのではないかと期待しています。

こうしてサービスを通じ、日本の寄付やボランティアの概念を変え、世界とつながるための架け橋になりたいと思っています。

インタビュー・文:倉島 麻帆  撮影:平山 諭

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