月間MVPは「取りにいく」ー入社5年で14もの受賞歴をもつ男の「実績の作り方」

社長賞や月間MVPなどに代表される社内タイトルを設定している企業は多いのではないでしょうか。一度でもタイトルを取れば個人のモチベーションにつながり、組織から特別な評価を得られます。だからこそ受賞には価値があり、そのハードルは非常に高いものです。しかし今回登場する飯田健史さんは「社内タイトルはある時点から『取りにいく』と決めて取りにいった」といいます。

新卒で入った企業の学習塾部門では科目講師からスタート、入社3年目には最年少塾長に就任。任期中は退塾者ゼロ、グループ内の生徒増加数トップを記録。生徒の成績を伸ばして進学校への入学者率を上げました。転職後の大手人材紹介企業では有効求人倍率が最低レベルになり、派遣切りが社会問題になったリーマンショック直後から売上を伸ばし、月間MVPや年間売上トップのタイトルを14回受賞。現在、人材採用のノウハウを生かして活動しています。

どんなマインドで仕事に臨めば、飯田さんのように目に見える結果を残せるのでしょうか。必要な思考や行動について詳しくお聞きしました。

飯田 健史さん

1980年埼玉県生まれ。2004年に愛知県の株式会社モノリスに入社、学習塾部門で入社3年目に最年少塾長となり、年間退塾者ゼロ・生徒数増加トップ校舎を記録。2007年に大手人材派遣企業へ転職し東京へ転居、リーマンショック直後の2008年から社内タイトルを数々受賞。2018年3月に退職し、現在は京大発ベンチャー企業 ティエムファクトリ株式会社 採用責任者とビジネスマッチング企業 株式会社SEASIDE取締役、個人事業Plustの3つの顔を持ち活動している。長女、長男の2児の父。

想定外の塾講師スタート、対人スキルが磨かれた

—飯田さんのキャリアを見ると、1社目、2社目とも華々しい実績が印象的です。

1社目は何もわからずがむしゃらに取り組んだ結果、実績がついてきました。学生の頃から起業に興味があったので、ベンチャーマインドを学ぶためにモノリスに入社したんです。多角事業を行っていたのでそちらに配属されるつもりでいたら、全く予想しない塾講師からのスタートを命じられた。それも、僕は文系なのに数学と理科を担当することになりました。

中学数学は「√の横にある±は何だっけ」というレベルから復習です。夕方4時から夜10時まで全コマの授業を担当しながら、空いた時間で勉強しなければいけない。他の先生も忙しいので頼れず、子どもと同じ参考書を使って独力で学び直しました。

—あらゆる面で想定外のキャリアスタート。

ええ、でも大人になると中学の頃より理解力が増していることを発見しました。たぶん皆さんも今勉強し直したら「何でもわかる感覚」になると思いますよ。むしろ、苦手だった理数科目を見直したおかげで子どもたちに教える方法がすぐわかりました。自分が理解したプロセスをそのまま伝えればいい。親御さんに対しても「僕は苦手だったけれどこの方法で克服したので、子どもたちにこう教えます」と説得できる。それが圧倒的な支持を生んで入塾生が増えていきました。

教え方が良ければ成績が伸び、実績が口コミを作って生徒数が増えます。その結果が、3年目の塾長就任とグループ内での生徒数増加率トップというタイトルです。当時は24時間塾のことばかり考えてつらかったのですが、あのとき全力で試行錯誤したおかげで今があるので、感謝しています。

—その間も起業マインドはずっと持ち続けていたんですか。

考えている暇がないほどだったんですが、ふと振り返ったときに「塾で起業はできる」と思いました。運営のノウハウ、科目の教え方、生徒や保護者との関係構築など必要なことは身についたからです。次に進もうと2007年に転職しました。

そのとき自然と興味が向いたのが人材系分野ばかりで。中でも株式上場を考えている企業があったので、年収や仕事についてあまり深く考えずに「ここだ!」と入社を決めました。それが2社目の大手人材紹介企業です。上場を目指すというだけでも「活気がある」「自分が成長できる」と連想できます。僕の物事の判断基準は「どちらが楽しいか、ワクワクするか」だけ。上場前の企業を体験できる機会は少ないので、やってみようと思いました。

「賞を取ってみよう」から始まる視点の変換

—この企業で14の社内タイトルを獲得、新事業立ち上げも行い、数億円規模のビジネスになるまで育てました。これは狙って求めた結果でしたか。

そうです。入社して人の転職斡旋をしていると、どんな人に市場価値があるか大体わかってきます。ビジネスパーソンとしての自分に当てはめると「実績を残すこと」が価値につながるとわかる。そこで「じゃあ、賞というものを取ってみようか」と考えたわけです。

初めてのタイトルは2008年11月の月間MVPです。ちょうどリーマンショック直後でしたが、売上達成率184%で取ることができた。そのとき試したことによって「こうすれば取れる」というプロセスがわかりました。2010年は年間トップ賞を取り、2年連続で年間トップを取った人がいなかったのでやってみようと思い、2011年も年間トップ賞を取りました。

—「タイトルを取ろう」と決めてアクセルを踏んだ後は、その前と何が変わったんでしょう。

明確なゴールが見えるので、そこから自問自答が始まるんです。トライアンドエラーというか、何が良くてお客様がこの反応をしたのか、テレアポの会話、商談時の発言、メールの文面に至るまで本当に細かくPDCAを回していましたね。成功した事例は残して、くり返していく。失敗に対しては軌道修正というより「もうしない」と決めていました。

最初のタイトルを取った2008年後半は人を辞めさせたい話ばかりで、有料で新規雇用を検討する企業はほとんどありません。でも僕は「中小企業の社長を説得すれば道が開ける」と考えて、人事部門ではなく経営者に絞ってアタックすることにしました。不況なら能力が高い人材も市場に出てきます。中小企業からすれば、普段は給与面で雇用が難しい優秀な人にも声をかけるチャンスがある。働く人にとっても雇用してくれる企業があれば嬉しい。決裁権がある人に絞って説得し、マッチングに奔走して売上を伸ばしました。

—状況を正直に話して理解してもらうスタイルは、塾のときと一緒ですね。

そうですね、一貫して伝え方については力を入れてきたし、鍛えられていると思います。伝えるときは基本的に、目の前にいる人がその発言を聞いてシンパシーを感じるかどうかを考えます。伝えようとしている言葉が万人受けではなくその人に向かってきちんと表現できているか。それを突き詰めてきました。

たとえば人材雇用のケースで、48歳で6社経験という求職者がいたとします。経営者目線で見ると「転職経験が多い、またすぐに辞められたら困る」と考えるでしょう。でも年齢を考えたら、次が最後の就職先になる可能性が高いのも事実です。転職回数は多くても同じ業界に10年在籍していたとしたら彼なりの筋を通している。「この経験をこの条件で評価したら、彼は最後の就職先として懸命に働くと思う」と経営者には伝えます。

逆に求職者の彼には難しい労働市場の事実を伝えつつ「それでも会ってみたいと言ってくれる社長がいるのは貴重だと思う」と伝えます。経営者が期待していることや不安を事前に伝えて面接時の回答を一緒に考え、双方のニーズが最大限重なったところで会ってもらうと、採用率も受諾率も高くなるんです。

—どれも本当のこと、双方の目線に合わせて違う言葉を組み立てるんですね。

はい。無理やり押し込んで入れるようなやり方は信義則上できなかったので、自分が納得する方法、なおかつ相手にも真実が伝えられる言葉を考えて工夫していました。

長男の誕生が決断する背中を押してくれた

—2013年には顧問紹介事業、2015年には経営者支援事業を立ち上げて軌道に乗せました。このまま社内に残る道もあったと思いますが、なぜ2018年3月で退職したんですか。

理由は2つあります。1つは、この先へ進むには社内調整が必要だと上司にいわれたからです。かなり実績をあげた自負があったので、それでも何か政治的な手段が必要になるならもう離れようと考えました。

もう1つは2017年の長男の誕生です。2つ上の長女が生まれたときは「この子を一生守りたい」と思ったんですが、長男に対しては「この子に背中を見せていかなきゃ」という使命がわいてきました。同じ男として恥ずかしい生き方ができない、働き方も正々堂々としたいと思うようになったんです。

—退職時には、今在籍している企業のことは決まっていたんですか。

いえ、何も。フェイスブックで「3月末で辞めました」と宣言したあと、次の道を探し始めました。人材開発系企業で声をかけてくださったところもありましたが、結局決めたのは2社、それと個人事業主としての活動領域も残しています。

株式会社SEASIDEは企業とフリーランスのマッチングや企業同士のビジネスマッチングを行うベンチャー企業です。以前から社長と知り合いだったこともあり、取締役として事業戦略や展開を含めて任せてもらっています。ティエムファクトリ株式会社は京大発のベンチャー企業で、断熱新素材製品を開発・販売しています。この新素材に惚れ込んでいたので、ここの入社は「前の会社を辞めたので入れてください!」と僕から手を挙げてお願いしました。今はどうにかしてこの素材を世に広めたいんです。

—広めるためには人手が必要なので、その採用業務を担っている。

そうです。素材系メーカーでスタートアップというのは非常に難しく、売上ゼロ円の状態の企業が人材を集めるのはもっと難しい。でも素材自体のポテンシャルはあり将来必ず伸びると思っているので、その可能性を伝えながら高い能力を持った人に入社してもらうのが仕事です。そのためにこれまで培った僕のノウハウを全部投入しています。1企業の所属ではないのであらゆる人脈やリソースを活用でき、とてもやりがいがあります。

—新しい道へ進み始めたばかりですが、今後はどんな仕事をしていきたいですか。

世の中の仕組みを変える仕事には携わりたいと思い、今秋立ち上げに向けて準備を進めています。今後は資金を調達しながら上場を目指し、仕組みが浸透したらまた次の会社を育てたい。人よりも会社を育てる仕事をしたいのかもしれません。個人としても株式市場への進出をサポートできるキャッシュを出資できるようになるのが理想です。将来は、投資した上で「経営には口を出さないけれど、売上は作ってくるから任せて」といえる投資家兼営業の役をやりたいですね。

インタビュー・文:丘村 奈央子  撮影:是枝 右恭

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