今、ビジネスシーンで輝いている20代、30代のリーダーたち。そんな彼らにも、大きな失敗をして苦しんだり、壁にぶつかってもがいたりした経験があり、それらを乗り越えたからこそ、今のキャリアがあるのです。この連載記事は、彼らの「失敗談」をリレー形式でご紹介。どんな失敗経験が、どのような糧になったのか、インタビューします。
リレー第28回:Crevo株式会社代表取締役 柴田憲佑さん
(株式会社おかん 代表取締役CEO 沢木恵太さんよりご紹介)
1985年生まれ。大学卒業後、ソフトバンクグループに入社し法人向け営業を担当。在職中に孫正義社長が設立した後継者養成学校「ソフトバンクアカデミア」に入校し、経営学を学ぶ。2012年6月に、前身となるPuepleCow株式会社を創業し、デザインのクラウドソーシングサービス「designclue」を提供。その後、動画制作を主軸として事業転換し、2014年3月に動画制作サービスの「Crevo」をリリース、2015年2月にCrevo株式会社に社名変更。
▲デジタル動画時代の新しい動画制作プラットフォームサービス「Crevo」。あらゆる動画のニーズに対して、世界約5千名のクリエイターネットワークを活用して制作に対応。明瞭でわかりやすい料金体系も支持され、現在約850社との取引実績を持つ。
目次
孫社長のビジョナリーな考え方に刺激を受け、起業に踏み切る
大学卒業後に入社したソフトバンクグループを2年半で退職し、2012年6月に今の前身であるPuepleCow株式会社を起業しました。学生時代から「いつかは起業したい」という漠然とした思いはあったものの、20代のうちに起業に踏み切れたのは、ソフトバンク時代での経験が大きく影響しています。
最も大きな影響を受けたのは、在職中に入校したソフトバンクの後継者養成学校の「ソフトバンクアカデミア」での経験です。この学校は、ソフトバンクグループを担う後継者発掘・育成を目的に、孫正義社長が立ち上げたもの。そこで、孫社長ならではのビジョナリーな考えに触れ、「事業作りにチャレンジしたい!」と思ったのが、起業の理由です。
孫社長が講義の中で語っていた、「会社員として働きながら、力がついたら起業しようと考える人は多いが、社長の力は社長にならないと身につかない」という話に感銘を受け、「あれこれ考える前に、まずは起業しよう!」と考えるようになったのです。
また、入社2年目に「新30年ビジョンを創る」というテーマの社内のプレゼンコンペに参加したことも、大きな転機になりました。
このコンペは、今後30年の間にどんな世の中になり、その中でソフトバンクが何をすべきなのかを考え、プレゼンするというもの。コンペに際して、日本経済のこれからについてさまざまな角度から調べ、日本の労働人口が急激に減少し経済がシュリンクしていくこと、その中で組織より個人が尊重され、パラレルキャリアが当たり前になること、そして多国籍の人々と働くことも当たり前の世の中になること…などがわかり、「こういう流れに乗れる会社を創りたい」という大きなビジョンを抱くようになったのです。
なお、同時期に東日本大震災を経験、「人はいつ死ぬかわからない。後悔のない人生を送るためにも、今やりたいことをやろう」と思ったことも、一歩踏み出すきっかけになりました。
退職後は、半年ほどかけてさまざまな事業テーマをじっくり検討。そしてたどり着いたのが、世界のクリエイターにグラフィックデザインを依頼できるクラウドソーシングサービス「designclue」でした。ビジュアルデザインは、ノンバーバル(言語以外のコミュニケーション手法)であり、言葉ができなくても世界とつながりやすいという側面があります。デザインを通して、世界とつながるきっかけを作れるのではないかと思ったのです。
また、「designclue」を通じて、世界のプロフェッショナル人材の力が借りられるシステムを作ることができれば、日本経済を再び活気づかせることも可能であり、自身が描いたビジョンにも合うのではないか…とも考えました。
「designclue」の可能性を測るために、サービス開始直後に出たピッチコンペティションIVS LaunchPad 2012に出場し、「いいコンセプトだ」と高い評価を得て、賞もいただくことができました。準備は万端、評価も上々、「絶対にうまくいく!」と自信を持ってサービスを開始しました。
しかし…ふたを開けてみれば、ユーザー数は増えず、売り上げも伸び悩み、結果的には事業開始後約1年で、資金ショート寸前にまで追い込まれてしまったのです。
失敗経験を踏まえ、「真逆のアプローチ」でピポットを目論む
敗因は明らかで、「顧客がこのサービスを求めていなかった」ということ。
「designclue」のウリは、世界中の優れたクリエイターにデザインを発注できることでしたが、別にアメリカやヨーロッパの人にデザインしてほしいわけではなく、「日本人でも外国人でも誰でもいいから、素敵なデザインにしてほしい」というのが顧客のニーズ。別に隣町に住んでいる人が作ったって、作品さえ良ければそれでいいわけです。
いくらコンセプトが良くても、ニーズに合っていなければ意味はない。こんなシンプルなことに、全く気づけていませんでした。ビジョン先行で動き、顧客に向き合えていなかったことを、今さらながら後悔しました。
ただ、失敗に気づいたのに、すぐにはピポット(方向転換)できませんでした。並々ならぬ思いを持ち、自信満々で市場に投入したサービスだけに、失敗をなかなか受け止められなかったのです。
しかし、見切りをつけることができず、なんとか軌道修正できないかと模索し続けた結果、数カ月後には資金ショートするという危機的状態に陥り、現実を受け入れざるを得なくなりました。そして既存のサービスを捨て、新しい事業にチャレンジすることを決めました。
ピポットのために行ったのは、「designclue」立ち上げ時とは真逆のこと。すなわち、ビジョンはいったん横に置き、いろいろな人に片っ端から話を聞きに行きました。現サービスのユーザーはもちろん、ユーザー登録はしたものの利用いただけなかった方にもアプローチして、我々に求めているものは何か、どんなサービスなら利用してみたいのか、一からじっくりヒアリングしました。
そして、ユーザーの声をもとにしたピポット案をメンバーとすり合わせ、アニメーション動画、3DCG制作、インフォグラフィックス制作、建築パースの4つに絞り、さらにそのうちの1つに絞り込みをかけたのですが、その際、少し思い切った方法を取りました。
リーンスタートアップの考え方で、4つのサービスそれぞれ最低限の体制を整え、売れるように営業用の資料を詳細に作り上げ、手分けして企業に売り込みに行ったのです。クライアントとなる企業の反応がダイレクトに得られるし、もし本当に受注しても、繋がりのある世界のクリエイターネットワークの中で対応できると考えたからです。
結果的には、4つの中で圧倒的に反応がよかったのがアニメーションのサービス紹介動画でした。「すぐにやりたい」と前のめりな企業が多く、「このサービスは求められている」と確信。2014年3月、デザインから動画へと方向転換を決め、サービス名を「Crevo」にし、世の中にサービスを発表しました。
料金プランをパッケージ化、制作費もすべてオープンに
実は起業した当初、自社の企業動画を作ってPRしようと考え、いくつかの動画制作会社から見積もりを取ったことがあったのです。しかし、料金がバラバラで、しかもものすごく高い。当時の資本金が350万円なのに、300万円の見積もりを出してきたところもありました。それなのに、なぜその料金なのか内訳も不明瞭で、不信感を抱き発注することができませんでした。
中小企業やベンチャーこそ、PR動画を作る必要性が高いのに、既存の業者を利用することができない…という現状を解消したくて、「Crevo」では料金プランをパッケージ化して29万円から動画を作れるように設計しました。かつ、制作費をすべてオープンにして透明化を図り、安心して利用いただけるよう工夫しました。
一方で、世界に構築したクリエイターネットワークはそのまま活用。数千名を超えるクリエイターが所属し、案件ごとに最適なチームをマッチングするというシステムも支持され、すぐに受注が舞い込むように。3年経った現在では、導入企業数は約850社に増え、売り上げも右肩上がりに拡大。ユーザーにしっかり向き合った結果、ここまで支持をいただくことができ、とても嬉しく思っています。
若手クリエイターの育成で、クリエイティブから日本経済を盛り上げたい
今後、動画制作の需要はさらに高まると考えています。
日本企業はコミュニケーション下手で、情報発信やブランディングもあまり得意ではないところが多いのですが、今後グローバルで戦うためにも、ノンバーバルな動画の活躍余地は大きいと思われます。
さらに、第5世代の移動通信システム「5G」の開発が、2020年の実用化に向けて進んでいます。実現すれば今より快適にサクサクと動画が見られるようになり、コンテンツのリッチ化も可能になるため、ますます「クオリティの高い動画」の必要性が増すでしょう。われわれCrevoへのニーズもさらに広がりを増すと予想されます。
一方で、今後はクリエイターの育成にも着手する計画です。若くて優秀なクリエイターは多いですが、経験が足りないという理由でチャンスがなかなか回ってこないのが現状。そういう方々にチャンスを与え、成長するきっかけを増やしたいと考えています。
仕事の供給による経験値の向上はもちろん、クリエイターが抱えている課題…たとえばスキルアップなど技術的な支援や、機材購入など資金的な支援、そして確定申告のサポートなども考えていきたいと思っています。
幸いにもCrevoは多くの企業から支持をいただいていますが、好環境にあぐらをかくのではなく、積極的にクリエイティブの現場を盛り上げ、ひいては日本経済の活性化にもつなげていきたい。当初描いていたビジョンに向かってようやく歩みを進められることに、改めて喜びを覚えています。
情熱の在り処がわからなくても、動き出せば見えてくるものがある
今思い返しても、創業事業を畳み方向転換するときは、本当に辛かったです。
でも何とか乗り越え、今につなげることができたのは、失敗の原因を冷静に見つめ、それを解消すべく重い腰を上げて一歩を踏み出したから。
よく「情熱があれば、何でもできる。アクティブに行動できるし、夢だって叶えられる」といいますが、必ずしも「情熱起点」でなくてもいいと思っています。私は失意のどん底の中、資金ショート寸前にようやく行動しましたが、そんな中でも確実に見えてきたものがありました。そして、さまざまな人からたくさんのアドバイスを得る中で、少しずつ「次こそは!」という情熱が湧いてくるのを感じました。
日本企業には、「意図がある失敗」は寛大に受け入れる土壌があると感じます。もしも現状を変えたいと思うならば、情熱なんてたいそうなものはなくてもいいから、まず一歩だけ動き出してみてはいかがでしょう?失敗してもいいから動いてみることで、きっと見えてくるものがあるはず。さらにもう一歩踏み出す原動力も、きっと得られるのではないでしょうか。
EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:平山諭