狙うのは時代の「半歩先」、1歩先では遠すぎるんです。ーー訪日客に人気「お寺ステイ」の仕掛け人に聞く

1~9月の累計として初めて2,000万人を超えるなど、日本を訪れる外国人の数はいま、過去最高のペースを更新し続けています。滞在地のリアルを体験したい観光客から人気の「民泊」は、空いた設備を有効活用する「シェアリングエコノミー」の一種として世界的に拡大中。さらに国内では、深刻な過疎化に対応する地方創生の仕掛けとしても民泊が注目され始めています。そんなタイミングを見計らったように、日本文化を象徴する寺院に泊まれる「お寺ステイ」のプロジェクトを全国展開するのが、昨年6月設立のベンチャー企業「株式会社シェアウィング」(東京都港区)です。取り組みの狙いを、代表取締役の雲林院奈央子さんに聞きました。

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【プロフィール】

雲林院 奈央子(うんりいん・なおこ)

1980年岩手県生まれ。幼少期をサウジアラビアで過ごす。上智大学文学部卒業後ワコールに入社し、下着の企画・開発・新規事業を担当。2006年に友人と設立した商品企画の会社ではブランディングや女性消費者のコミュニティづくりに携わり、下着やボディケアの専門家としてメディア出演なども行う。16年6月、寺社による滞在の受け入れや文化体験の企画を支援する「株式会社シェアウィング」を設立して代表取締役に。大学時代からの友人である佐藤真衣代表取締役とともに「シェア社長」として経営に携わっている。2歳・4歳の息子を育てる母親。

友人と意気投合した1ヶ月後に会社設立

-まず「お寺ステイ」のプロジェクトを始めた経緯から教えてください。

私はこれまで、女性向けの消費財を中心にマーケティングの仕事をしてきたのですが、ここ2、3年で「今あるものを生かす」というシェアリングの分野にも興味を持ち、何か事業をしたいと思っていました。

「お寺ステイ」を展開するこの会社は、私と、やはり起業経験がある大学時代からの友人(佐藤真衣代表取締シェア社長)とで社長業も「シェア」しています。始まりは昨年のゴールデンウィーク、彼女がFacebookに書き込んだ投稿がきっかけでした。

「友人の実家である広いお寺に親子で泊まり、とてもいい体験になった」という彼女の書き込みを見た私は「お寺での民泊を広めればビジネスが成り立つのでは」とひらめき、すぐに「会おうよ」と連絡。2人の間で話はすぐまとまり、翌月には会社を設立していました。

-すごく早い展開ですね。もともと伝統文化に興味があったのですか。

そうですね。古文の授業に出てくる「方違え」のように、日本には方角の吉凶を占って出かける風習がありますが、私も20歳くらいから、縁起のよい方角を確かめながらさまざまな土地の味覚や温泉などを楽しむ「吉方位旅行」をよくしていたんです。

全国各地を訪れた中で、文化を伝えるかけがえのない存在であるはずのお寺が、檀家の減少や住職のなり手不足によって寂れている様子をたくさん目にしてきました。数百年にわたって火災や地震、津波などを免れてきた建築が残り、今でいう学校や病院として、地域の中心的役割を果たしていた歴史を持つところも多い。そうした場所に、再び人が集まるきっかけを作りたいと考えました。

そこで会社を設立後、まず首都圏のお寺で講話を聞いたり、伝統文化を体験したりといった催しを企画し始めて、これが現在、事業のひとつの柱になっています。さらにもうひとつの柱が宿泊関連で、具体的にはお寺の宿泊施設のプロデュースや運営支援、宿泊客とのマッチング、受け入れるお寺の新規開拓などに取り組んでいます。

私たちが宿泊施設の運営を支援する最初のプロジェクトとなったのが、この9月にオープンした岐阜県高山市の「TEMPLE HOTEL 高山善光寺」です。ご本尊の阿弥陀如来像が安置された本堂はそのまま、参拝客を泊める伝統があったお寺の和室を快適な設備にリニューアルしました。世界的に人気の観光地・高山ということもあって、利用者の95%を占める外国人で連日にぎわっています。

高山に続く第2弾として、瀬戸内海を間近に望む広島県竹原市でもお寺の再生プロジェクトが進行中です。こちらは来年早々にも宿泊客の受け入れを始める予定で、近くの島に住む野生化したウサギを目当てに訪れる観光客などの利用を見込んでいます。

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“ビジネスライク”に進まないお寺の世界

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-お寺が参拝者を泊める「宿坊」は昔から各地にあり、さらに今は民泊が注目されています。にぎわいを取り戻したいお寺からの問い合わせが多いのではないですか?

まだそれほどでもありません。首都圏と、京都のような著名な観光地を除くと、民泊への関心そのものがこれからという段階で、民泊に関する法的なグレーゾーンが解消する来年以降が本番だと思っています。

その一方、私たちより先にお寺への民泊事業を考えた企業で、すでに取り組みをやめた例もあると聞いています。実際にお寺への提案をして分かったのは「一般の企業とかなり違う世界」だということ。ビジネスパーソンとして慣れ親しんだやり方やスピード感が、そのまま通じない難しさがあります。

例えば、ご住職の多くは、私のように外からやってきた人をすぐには信用してくれません。地域で敬われるお寺としての権威もあるので、新しい、やってみないと分からない民泊の取り組みに理解を示されたようでも土壇場で断られてしまうケースが何度もありました。あとは教えを説くお仕事柄、話好きな方が多く、1回の訪問時間が長くなりがち(笑)。ダイレクトメールのような機械的な方法も通用しません。寺社への営業活動を効率だけでみると、なかなか思うようにいかない面もあります。

-そうした難しさもある中、お寺とのプロジェクトを相次いで形にしているポイントは何でしょうか。

いくつか心がけていることがあります。まずはお寺のリサーチ。やみくもに各地を回るのではなく「多数の寺院が集中する『寺町』がある」「特に日本の伝統文化への関心が高い欧米系の観光客が多い」「宿泊施設が足りていない」などの条件で、アプローチする候補地をあらかじめ絞り込んでいます。私たちの提案に対するお寺の反応には地域差が大きく、例えば港町のように古くから人の往来が盛んだったところは比較的話を進めやすいといった印象があります。

ただ、いきなり“よそ者”がお寺を訪ねても耳を傾けてもらうのは難しいですから、「ここは」という候補地があると、そこで私たちに賛同してくれるキーパーソンを探しだし、この方からのご紹介という形でアプローチするようにしています。現在進んでいるプロジェクトも、地元で不動産業や葬祭業を営んでいる経営者から協力をいただき、広島については当社とお寺、地元企業による共同事業という形を採っています。

あとは「シェア社長」の2人が女性であることもよかったかもしれません。お寺は伝統的な男性社会ですが、そこへ男性が提案に行くと、お互いかしこまってしまう面があり「女性相手だからこそ気軽に話せる」とおっしゃるご住職が多いのです。マーケティング面でも「女性が集まるところには男性も集まる」という鉄則があるので、女性がお寺に泊まりたくなる雰囲気をつくっていくのが大切だと考えています。

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PRの視点で魅力を引き出す

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▲お寺での書の体験など、外国人観光客が日本文化に触れる場にもなっている(写真提供:株式会社シェアウィング)

-素晴らしい文化、魅力的なコンテンツをどれだけ広められるか。マーケティングの手腕が左右する部分は大きいですね。

はい。特にPRとの関係で、打ち出すタイミングはとても重要です。「お寺ステイ」の場合、日本でシェアリングエコノミーが注目されだした今年から展開できたのがよかったと思います。

どれほど鋭い感覚で隠れたビジネスチャンスに気づけても、自分たちの立ち位置が時代の「1歩先」まで行ってしまうと成功は難しいです。そろそろ流行が拡大するという「半歩先」、ライバルも2、3社現れだしたような状態から集中して取り組めるのが理想的です。1社だけではさほど話題にならなくても、いくつかが一体になればムーブメントを起こせるからです。

実は私は5、6年ほど前、女性の「デリケートゾーン」のケア用品を企画したのですが、このときは小売のバイヤーに「ニーズは分かるけど・・・」と相手にしてもらえませんでした。今でこそ多くのブランドがそうした商品を手がけているものの、当時はまだ早すぎたのです。反対に数年前の「朝活ブーム」では早朝予約できるネイルサロンを開き、ブームを紹介するテレビ番組の中でジムや市民大学などとあわせて繰り返し採り上げられたこともあります。

ブームが来るか来ないか、ブレーク直前のトピックを深掘りしてきた経験が「お寺ステイ」にも生きています、PR的な視点も持って時代に受け入れられる商品をつくっていくことが、これからはもっと必要になっていくと思います。

-広がりだしたお寺ステイのプロジェクトを今後どう育てていくか、抱負を聞かせてください。

国内に7万7,000あるといわれるお寺のうち、宿坊を営まれているのは現在500カ所程度。一方で、おひとりが複数の寺の住職を兼務したり、まったく住職がいなかったりして新たな運営を模索しているところが相当な数にのぼっています。

2020年のオリンピック開催前後には、外国人観光客向けに民泊を開く動きが全国規模で進むというのが私の予測です。その流れに乗って宿泊・滞在できるお寺を、あと100カ所増やすことが目標です。日本の良さを海外に発信する活動として、またお寺を地域の交流拠点として再生する試みとして、これからも長期的に取り組んでいくつもりです。

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▲参拝者を泊めていた寺院がリニューアルした「TEMPLE HOTEL高山善光寺」(写真提供:株式会社シェアウィング)

WRITING/PHOTO:相馬大輔

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