子どもと一緒に職場へ行くと、仕事にも教育にもプラスなんです――島根のワーママが活用する「子ども同伴出勤制度」とは?

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都市圏を中心に保育園が不足していることもあり、託児所を設けるなどした職場に子どもを連れて出勤するお母さん・お父さんが時々メディアに取り上げられています。仕事に専念できるよう、子どもは親と隔てられた場所で過ごすことが多いようですが、豊かな自然に囲まれた島根県浜田市の老人ホームには、親が職場で働く姿を間近に見て過ごす子どもたちがいます。託児所とも職場体験とも違う、ちょっとユニークな取り組みをレポートします。

老人ホーム職員の休日出勤時のための制度

「子ども同伴出勤制度」がある「高齢者生活支援住宅 サンガーデン 輝らら☆」は、島根県の西部、広島県との県境が近い山あいの丘の上に2011年7月オープンした有料老人ホームです。47ある個室は現在満室。介護職や調理、事務など43人のスタッフは、ほぼ全員が正社員として勤務しています。運営会社の取締役で施設理事長の髙村奈津代さんと、施設長の長峯妙子さんに、制度のあらましを聞きました。

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施設理事長・髙村奈津代さん(右)と施設長・長峯妙子(左)さん

―子ども同伴出勤制度とは、どのようなものですか。

髙村さん 職員の子どもが親の出勤にあわせて施設へ来て、他の職員やファミリーさん(利用者の呼び名)と一緒に過ごす制度です。おおむね保育園の年長から中学生までが対象で、近隣の学童保育がお休みの日曜日や、今日のような春休み(注:3月29日に取材)・夏休みといった長期休暇、あとは台風や大雪などでの臨時休校時に利用されています。

長峯さん 保育サービスを提供するのとは趣旨が異なり、いわば「子どもの居場所が自宅かここかの違いだけ」です。ファミリーさんが過ごす共用のリビングで宿題をしたりDVDを観たり、子どもたちは基本的には自由に過ごしていますが、けじめを付ける意味でも毎回「何か1つ手伝おうよ」と声をかけています。庭を掃くとかテーブルを拭くとか、あとはファミリーさんの話し相手になるといったことですね。なので、来た子たちを「子どもボランティア」と呼んでいます。

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目指した「女性の働きやすさ」。対象スタッフの半数弱が利用中

―制度はいつごろから、どのくらいの割合で利用されていますか。

髙村さん 施設のオープン翌年くらいから、保育園に預けられない日曜日出勤のスタッフが子どもを連れてくるようになったのが始まりです。個人的にはここを開いた当初から「スタッフが子どもを連れてくるのは普通のこと」という気持ちでいたので、施設長とも話し合いながら、だんだん今のような形になってきました。

長峯さん 対象年齢の子どもを持つスタッフが現在は12~13人いて、そのうち5人ほどが利用しています。全員がいつも来るのではなく、代わる代わる顔を見せるような状況ですが、夏休み中はほとんどここで過ごすという子もいます。

―子どもを受け入れるにあたって、何か特別な配慮が必要でしたか。

髙村さん 老人ホームですから、設備はもともとすべてバリアフリー設計。家具の角などもすでに丸く、子どもを迎えるための改修は特にしていません。スタッフの中には保育士の有資格者がいるものの常駐するわけではなく、また子どもに保護者の目がいつでも届く状態にあるため、保育関連の届出も特に必要ありませんでした。

長峯さん 高台にこの施設だけという立地ですので門扉や塀はもともとなく、しかも日中の施設内はあまり鍵をかけないようにしているため、子どもたちは大体どこでも出入りできます。注意するのは屋内で走らないことくらいですね。やはり、お年寄りとぶつかると大変ですから。あとは「下の道路まで行かないように」とは言っています。

子どもの食事は、ファミリーさんやスタッフと同じものを毎回実費(1食250円)で提供しています。子どもの人数が多いときはまとめて別室で、そうでないときはファミリーさんと一緒に食べています。

―「普通のこと」とのことですが、親と子どもが一緒に過ごせる職場は、現状ではかなり珍しい存在だと思います。

髙村さん ここは女性の多い職場なので、女性が働きやすい環境をつくりたかったんです。子どものことを大事に考えるお母さんは、働く意欲があっても夏休みや土日の出勤には心が揺れる。そこで1人仕事に来たとしても、やっぱり家に残した子どもが気になるものです。かといって、そうした問題がない年配や独身、男性のスタッフに頼りきるのもよくない。安心して楽しく働いてほしいというのが、子ども同伴出勤を採り入れた第一の目的です。

また、老人ホームというのは生活の場で、小さいけれどもひとつの社会ですから、お年寄りやケアする大人だけではなく、いろんな人がいたほうがいいんです。子どももいるのが自然で、逆にそうじゃないとおかしいと思っていました。

長峯さん かつて私自身が子育てしていたとき、一生懸命働いているのに「いざというとき子どもの事情で休む」という理由で認めてもらえなかった悔しさが今も忘れられません。それだけに「母親が責任ある仕事を続けられる環境づくり」を、いつも考えています。子ども同伴出勤も、そうした中の一つですね。

子どもが「親の背中を見て育つ」ことも大切です。私も幼いころ、父が働く工場へよく遊びに行っていた記憶がありますし、親になってからは3人の子に介護の体験をしてもらい、それがきっかけで次男がこの道に進んでいます。介護業界は慢性的に人手不足。小さいうちからこの仕事を身近に感じ、やりがいを理解してほしいという願いも込めています。

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大人はとても助かる。子どもにも得られるものを

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―子ども同伴出勤を導入したことで実感するメリットは何ですか。

長峯さん 子どもを連れて来られてうれしい・安心できるというスタッフ本人の声はもちろんですが、休日も含めてしっかり働ける仕組みがあることで人手が確保しやすくなり、余裕のある勤務体制が取れていると思います。今日もいまから、ファミリーさんとスタッフ、子どもたちで近くの農園へイチゴ狩りに出かけるのですが、人手にゆとりがあるからこそ、こうした外出も積極的にできています。ファミリーさんと浜田市街のホールで歌謡ショーを観るため、夕方から車を出すこともありますよ。

髙村さん やっぱりお年寄りは子どもが大好き。交流を楽しみにしていますね。あと、ちょっと変わったところでは就職活動中の女子学生からいい反応が返ってきます。就職フェアの会場で子ども同伴出勤の説明をしていると、すごく関心を持って食いついてくるんですよ。

―最後に、この制度の課題や展望をお聞かせください。

髙村さん もっと考えていきたいのは、子どもにとっての、ここでの過ごし方です。マンガなども置いていますが、ただ読むだけじゃなく内容をファミリーさんと話すとか、何か得て帰るもの、学んで帰るものがあってほしい。そこのきっかけを工夫したいですね。お手伝いにしても無理強いはしません。自然に何かやってみたいという気持ちを持ってくれたらと思います。

長峯さん いまの子は「手伝って」って言われても、平気で「やだ」って言いますからね(笑)。「キッズスペースのような場所に子どもが集まっていればファミリーさんからも近づきやすいかな」などと考えているところです。いつかはここに来ている子どもたちの中から、介護士になる人を出したい。それが子ども同伴出勤の最終目標だと思っています。

お母さんが安心して働ける環境だからこそ人手に余裕が生まれ、行事にも積極的に取り組める。そんなお話を聞き終えたところで、ちょうど出発するイチゴ狩りにご一緒させていただきました。ファミリーさんをお世話する母親と一緒に過ごす子どもたちは、どんな表情をみせているのでしょうか。約束の「お手伝い」は、ちゃんとできているのでしょうか。そして、子ども同伴ワーママの本音とは。詳細は次回に。

WRITING:相馬大輔

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