東京駅の「京葉線」はなぜあんなに離れているのか?

ビジネスパーソンにとって、取引先との打ち合わせや出張時の鉄道路線の乗り換えは、日常的な行動スタイル。1分1秒を無駄にできないビジネスパーソンにとって、この路線乗り換えの時間もまた、できる限り効率的かつスムーズに乗り継ぐことによって無駄な時間を省き、有効活用したいものです。

しかしこの路線乗り換え、駅によっては「非常に厄介な曲者」となって、先を急ぐビジネスパーソンの前に立ちはだかることに…。

今回、そうした路線乗り換え時に厄介となる代表的な駅の一つである、東京駅をピックアップします。

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東京駅の中で「異次元の存在」である、京葉線地下ホーム

一般的にターミナル駅のような、複数路線が乗り入れる大規模な駅になれば、路線によって乗り換えに時間を要してしまう傾向があるのは構造上避けようがなく、ある意味仕方がありません。

しかし、その中でも「ちょっとこれは離れすぎでは?」と思うほど特異なケースがいくつか存在します。

日本を代表するターミナル駅・JR東京駅には山手線や京浜東北線・東海道線をはじめ新幹線や地下鉄など多彩な路線が乗り合わせています。

その中で、大幅に距離が離れている路線が「中央線」「横須賀総武快速線」、そして「京葉線」です。

中央線は高層階にホームがあり、横須賀線は丸の内側の地下に。

さらに京葉線に至っては隣の有楽町駅とほぼ中間地点の地下深くにホームが存在するという、ある意味「雲の上の存在」ならぬ「異次元の存在」。山手線などのホームとは300~400メートル離れていて、乗り換え時間は10~15分を要する。つまり、ほぼ「別の駅」としてカウントしてもおかしくない位置にあるのです。

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「成田新幹線の遺構」が原因?建設の経緯をちょっとひも解く

ではなぜこのような配置になったのか?

中央線の場合、元々は山手線と同じ階層にホームが並んでいましたが、新たに東北・上越新幹線ホームを1面2線⇒2面4線に拡張するのに合わせて、元のホームが新幹線用ホームの建設用地として転用。

そのため平成7年、新たに高層階にホームを新設・移動したことによるものです。

横須賀総武快速線は昭和47年開通と比較的新しく、その時点で地上にホームを増設できるスペースがなかったことから、地下鉄丸ノ内線のさらに地下深くにホームを建設することになりました。

そして「最大の難敵」である京葉線については、建設に至るまでの歴史的な経緯が複雑に入り組んでいることが、その背景にあります。

今の位置にホームが完成し、電車が乗り入れたのは平成2年。そしてそれより前の昭和49年、東京駅と成田空港を結ぶ成田新幹線が着工された際に東京側の起点として、そしてその先、さらに新宿や中央線方面に延伸することを想定した上で、その延長線上の最適なルートにある今の位置で工事がスタートしました。

しかしその後、採算性や国鉄の財政悪化の影響などの紆余曲折があって昭和58年、工事が凍結。

一方、当初貨物線として開業した京葉線は、湾岸エリアの急速な発展や東京ディズニーランドの開園などによって、旅客線として運行されることが新たに決定しました。その際、都心側の起点として浮上したのが「東京駅の成田新幹線設置予定部分に京葉線用新ホームを設置する」というもの。

結果的に、今の位置に京葉線が乗り入れることになったのです。

つまり今の位置に京葉線ホームがある理由は、前身である成田新幹線時代が目指した、
成田空港~東京駅~新宿駅~中央線を見据えた最短ルートを設定したことに起因します。

今回は東京駅を例に紹介しましたが、他にもこのような「乗り換えハードルの高い駅」は多く存在するので、もし好評を博すことがあれば続編としてご紹介したいと思います。

WRITING:山田モーキン イラスト:海月あいる

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