2020年の東京五輪は日本経済の転機となることが期待されています。世界中から集まる人々の消費を誘発し、経済を加速させるため、今からさまざまな取り組みが展開されています。その中でも注目の一つが「ハラール認証」に関するビジネス。今回は、知っているようで知らないハラール認証についてご紹介します。
ハラール認証とは?
「ハラール」とはアラビア語で「許容」を意味します。すなわち、イスラム法で合法的なものを指します。ハラールはもともと、社会生活全般にわたって、合法な行為などを定めています。しかし、日本でいう「ハラール認証」の文脈においては、主に摂取しても良い食品という意味に限定されています。
ハラール食品の定義は、「自然の状態で育てられ、イスラム法にしたがって処理された」鶏、牛、羊などです。「自然な状態」ですから、養殖や遺伝子組み換え食品はハラール食品から除外されます。また、「イスラム法にしたがって処理される」とは、屠殺の際にアッラーの御名を唱えて処理されることをいいます。
同時に「ハラール認証」では、「ハラーム」が含まれてはなりません。ハラームとはアラビア語で「禁止」を意味し、イスラム法で非合法なものを指します。ハラームな食品としては、先に挙げた遺伝子組み換え食品のほかにも、豚や有毒物、アルコールなどが挙げられます。またハラームを含まないということは、ハラームな食品とともに処理、調理されてはならないことを意味します。例えば、とんかつを揚げた油で牛や鶏の揚げ物をすることはできません。こうした厳しい基準をクリアした食品や飲食店はハラールと正式に認められ、認証マークを表示させることができます。
ハラールは宗教上合法であることを認めているだけではありません。同時に安心して食べられることも意味します。したがってハラールには、「イスラムの教えにしたがってハラールであること」と「衛生上、安全であること」の2つが審査基準となります。
企業がハラール認証を取得する必要性
なぜ今、日本の企業がハラール認証に注目しているのでしょうか?その答えは大きく3つに分けられます。
●イスラム教徒の人口増
世界的にイスラム教徒(ムスリム)の人口が増加しているという点が1番目の理由です。現在ムスリムは16億人以上います。この数は増加の一途にあり、2020年には世界人口の4分の1を占めるといわれています。さらに、ムスリムの居住地域の半数以上を占めるのは中心地の中東ではなく、アジアです。アジアの中でも、日本に地理的にも経済的にも近い東南アジアにムスリムは過密しています。インドネシアでは人口の8割はムスリムだという統計が出ています。
●ハラール認証の有効性
2番目の理由は、これほどまでに数の多いムスリム消費者を相手にする際に、ハラール認証が欠かせないからです。ハラール市場は食品分野だけでも約60兆円規模と試算されています。これは、ボーダーレス社会における経済活動の中では無視できない、巨大な規模です。実際、食品のような特定分野だけでなく、輸送や運搬、原材料の保管、包装などにも「ハラール性」を要求する取引相手国も存在します。逆にいえば、ハラール認証を取得できれば、ムスリムへの安全性アピールにもつながり、取引拡大のチャンスにすることもできるでしょう。
●日本の観光立国化
3番目の理由は、観光立国を目指す日本の姿勢と合致するからです。近年、訪日外国人の数は増加し続けていて、2015年度に日本を訪れた外国人観光客の数は前年度比45.6%増の2135万9000人となり、初めて2000万人の大台を超えました。政府は「2020年に4000万人、2030年に6000万人」という目標を定めています。その中にはもちろんムスリムも含まれています。現在のムスリムの人口増加を考えると、訪日外国人数の割合においてもムスリムが中国・韓国と並んで上位を占めるようになるでしょう。その最初のポイントは、2020年の東京オリンピックです。オリンピックはインバウンド消費を刺激する絶好の機会です。幅広い国の人々に対応するためにも、ハラール認証の必要性は高まっています。
●ハラール認証の課題
ハラール認証がビジネスとして過熱する一方で、問題も生じています。それは、ハラール認証に統一された明確な基準が日本にはなく、国内にハラール認証団体がいくつも存在することです。団体の中には審査基準が不明確なところもあり、もしハラールの概念から外れたものが認証されているという事態になれば、日本のハラール認証ビジネス全体の信用問題につながります。巨大な市場規模を誇るムスリムからの信用を失えば、日本経済に大きな悪影響を与えることになるでしょう。
企業が取り組むハラール認証ビジネスの事例
日本企業が展開するハラール認証を利用したビジネスモデルを事例としてご紹介します。
●マルコメ
味噌で有名なマルコメは、マレーシア・ハラール(JAKIM)認証を取得した味噌を2014年から国内外に発売しています。この背景には、「和食」がユネスコの世界無形文化遺産に登録されたこともあり、外国人から日本食への関心が高まっているという事情があります。これを受けてマルコメは、ムスリムでも安心して「日本の味」を食べられるように商品を工夫したものを展開しています。
●おかやま工房
おかやま工房は、2015年に東京・三田の慶応義塾大学前に日本初のハラールベーカリーカフェをオープンしました。特徴はハラール認証を取得した丸正製粉の小麦粉を使用したパンやスイーツを提供している点にあります。また、ムスリムにとっての安心感やサービス向上のために、製パンや販売を行うスタッフに在日ムスリムを雇用しています。
●資生堂
化粧品の大手ブランド資生堂でも、2011年からバングラデシュを拠点にしたハラールビジネスが展開されています。具体的には、現地のムスリマ(女性のイスラーム教徒)の生活をリサーチし、彼女らの生活に合う日焼け止めを含むスキンケア商品を販売しています。これは、バングラデシュ農村部の女性活躍支援の一環として行われている側面もあり、国際的に評価されています。さらに、2012年にはベトナム工場でハラール認証を取得し、新ブランドによる化粧品販売を展開しています。
日本とイスラムの架け橋となるハラール認証
日本のハラール認証ビジネスは、訪日ムスリムの増加とボーダーレス経済の潮流の中で、2020年のオリンピックに向けて一層過熱していくことが予想されます。時代の波に乗り遅れないことも大切ですが、ムスリムを相手にさらなるビジネスチャンスを獲得するためにも、ハラール認証というパスポートの重要性は今後、ますます高まるでしょう。