テロから一夜にして、大好きだったアメリカが変わってしまった―『沈みゆく大国アメリカ』著者・ジャーナリスト堤未果氏の仕事論

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報道されないアメリカの真実の姿を暴いた
『ルポ・貧困大国アメリカ』シリーズは
累計70万部を超えるベストセラーとなり、
海外でも翻訳されている。
気鋭のジャーナリストとして大活躍する堤未果氏だが、
その転機は、「9・11アメリカ同時多発テロ」にあった

テロから一夜にして、大好きだったアメリカが変わってしまった

 大好きだった人が急に変わってしまった。そういう時ってショックながらも理由を知りたくなるでしょう? 私がジャーナリストになったのも、その理由が知りたかったからです。この場合の大好きだった人とは人間ではなく、“アメリカ”という国でした。

 2歳で渡米して以来、私にとってアメリカは憧れの存在でした。アメリカに恋をしていたと言ってもいい。自由の国で、貧乏でもマイノリティでも誰にでもチャンスがある。実際に住んでみると女性差別やアジア人差別もありましたが、それでもチャンスだけは無限にある。そう信じていました。それが9・11アメリカ同時多発テロで、何もかも変わってしまったんです。

 2001年9月11日。テロリストにハイジャックされたと言われる旅客機が世界貿易ビルに衝突。当時私は米国野村証券に務めていて、そのオフィスが世界貿易センターの隣、世界金融センタービルの20階にあったんです。

 そのビルからなんとか脱出し、ニュージャージーの家に帰りついた。翌朝アパートの扉を開けた時、そこには今まで一度も見た事のないアメリカがあったのです。さまざまな国から来た住人たちが玄関のドアにそれぞれの国の国旗を飾っていたのが、星条旗一色になっていた。あわてて外に出ると、町全体も同じように星条旗とアメリカ国歌のオンパレード。トワイライトゾーンに入ったみたいでした。テロ直後にマンハッタンには2000台、アメリカ全体では3000万台の監視カメラが設置されました。会話も盗聴され、インターネットも当局がチェックするように。対テロ戦争が国の最優先事項になり、テロ対策という名のもとに警察の権限が拡大し、国の体制を批判するような記者やジャーナリストは次々に逮捕されていきました。私の知り合いの大学教授も突然、解雇されて。

 自由の国だったアメリカが一夜にして“全体主義”国家のようになってしまった。私が大好きだったアメリカはどこに行ってしまったのか。私が信じていたものは何だったのか。突然起きた変貌に、私はパニック状態でした。

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1カ月間、誰とも話さず、「何をしているときが幸せか」を考え続けた

 ニューヨークの大学院では国際関係を専攻し、「不当な暴力をなくしたい」という思いから、国連やNGOで働きました。米国野村証券に務めたのも、その思いをよりスムーズに実現するために、お金のルールを方法論として身につけたいと思ったからです。

 9・11が起こるまで私は、「世界をより良き場所にしたい」だと本気で思っていた。でも、やっぱりある種の平和ボケしていたのでしょう。頭のどこかでは、自分だけはある日突然、家族が消えたり、逮捕されることなど絶対にないと信じていた。安全圏にいながら、若い私は世の中の不当な暴力と闘おうとしていたのです。でも9・11後に目の前でどんどん変わってゆくアメリカへの幻想が崩れ、何を信じたらいいかわからなくなり、平和や自由や、これまで自分が追っていたことが急に薄っぺらく感じるようになってしまった。

 人間にとって本当に大事なものは何なのか?自由とは何か?アメリカに対し今後どうやって向き合っていけばいいのか?自信を失い、自分が誰だかわからなくなったことで、初めて先が見えなくなってしまったんです。

 すべてをなくした私は、自分を取り戻すために帰国するしかなかった。文字通り空っぽでした。

 同時多発テロのPTSDもあり、体はどんどん痩せてゆく。医師に診てもらっても「ストレスでしょう」といわれるだけ。西洋の薬を飲んでも東洋の薬を飲んでも効かなかったんです。

 そこで、思い切ってやってみたことが「人絶ち」。1カ月ほど、誰とも話さず、ネットも一切しない。人や社会や情報とつながっていないと最初はものすごく不安になるけれど、そのうち五感が働くようになり、深いところにある自分自身がもう一度顔を出した。直感が再び働くようになり、そのおかげで素の自分を取り戻すことができました。自分が見えなくなったときは、ほかにどれだけ解決策を求めても答えは出ないんだなと気づかされましたね。彼氏も親友も、家族もネットの情報もダメ。自分で自分の中に入っていかなくちゃ、やっぱり答えは出ないんです。

 私が「人絶ち」をしたあと最初に始めたこと、それは「書くこと」でした。自分が感じたさまざまなことを、とにかく自由に思ったまま書いてみようと。私は昔から「書いている」ときが一番幸せだからです。そういうものって誰にでもありますよね?料理しているときが一番幸せとか、計算していて数字がピタッと合ったときが幸せとか。理屈や常識抜きに時間を忘れて夢中になれるもの、人生の途中で迷った時は、それをしている時の自分をまず取り戻す事で、目の前にもう一度道がみえてくるんですね。

その後、堤さんは、アメリカをテーマに、
ジャーナリストとして仕事を始める。
メディアが書かない衝撃の真実を
赤裸々に伝え、数々の賞を受賞した。
仕事をする上で、大切にしていることとは、
いったい何だろうか。

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人と話をするときは、茶室で武士が刀を抜くように、先入観をすべて外す

 私が仕事をする上で大切にしていることは2つあります。1つめは「相手を人間として見る」こと。会社の偉い人であっても、米軍の兵士であっても、いったん肩書きを排除して、その人を見る。そうしないと素顔が見えてきません。茶室では武士も刀を置いていきましたよね。そんな感じですべての先入観を外す。これをやらないと、無意識に心でなく頭で向き合ってしまう。ペンの力って本当にこわいんですよ。相手に対する想像力を忘れれば、取り返しがつかないほど人を傷つける凶器にもなり得ますから。

 もうひとつは「一次情報で裏を取る」こと。例えば、「ある人がこんな法律でこんなコメントをした」という情報があったら、その法律がどういうものかを、“発信者からの1次情報”で確認する。新聞にその法律に関することが載っていたとしてもそれで判断してはダメ。それは1次情報ではありません。必ずオリジナルドキュメントを見ること。新聞もテレビもブログも発信者のフィルターがかかってますから、情報が歪んでいるんです。

 私の本もそうですよ。本は最後のページの参考文献や1次情報をみて、自分の目でぜひ確認してほしいですね。

 先ごろ上梓した『沈みゆく大国アメリカ<逃げ切れ!日本の医療>』という本では、日本の医療を商売にして100兆円市場を狙うマネーゲームのプレーヤーたち、そして日本人の私たちが、手にしているけど気づかない、たくさんの宝物について書きました。でもこれは、アメリカという国や特定の業界を批判するために書いた本ではありません。

 資本主義が進化した、アメリカ発の「強欲資本主義」が、いま自国アメリカだけでなく世界中を飲み込もうとしている。そして日本もそのターゲットのひとつである今、世界がうらやむ国民皆保険制度を儲かる市場として差し出すのか、それとも宝ものを守るのか?日本の未来を決めるのは、外資のマネーゲームのプレイヤーではなく、日本国民の手であってほしい。

 ジャーナリストの役目とは、事実を切り取り、そこから透けてみえる今より広い世界、未来の選択肢を差し出すことだと思います。最近よく耳にする「民主主義」という言葉も、世界を見渡すと、たくさんの選択肢の中から、私たちが自分の意志で選ぶ事ができる社会で初めて息づいてゆく。そうやって、時間をかけて「本物」に育ててゆくものなんですね。

デジタル絶ちをすると、直感が戻ってくる

 ひとつ効果的なのは、「SNS絶ち」をすること。これは同調する人同士が集まるときには便利である反面、気づかないうちに世界が狭くなってしまうリスクがあるのです。その代わりにリアルに人と会うこと。今は情報をデジタルからとれるようになって、記者でも取材に行かない人が多くなった。でもデジタルの情報って、はっきりいって9割はカス。自分に取捨選択できるスキルを磨かないと、簡単にカスをつかんでしまう。

 ではどうやってそのスキルを身につけるか?例えば人と直接会って話してみれば、情報を五感でつかむことができ、直感も働きます。地道に見えますが、これを経験値として積み重ねた人間は強いですよ。そういう人は表面的な情報に惑わされず本物と偽物を見分ける嗅覚が身についているので、簡単にだまされません。

 スマホでネットのニュースを見れば、世の中を知った気になれますが、ネットニュースなんていくらでも順番を変えられるし、都合の悪い内容が1時間後に削除されているなんてザラです。自分がクリックして開いたもの以外は目にしないから存在しないと同じになる。これが例えば新聞なら全く読む気がなかった小さな記事でも、目に飛び込んできます。新聞社のデスクが読ませたい記事は大きく、読ませたくない記事が小さくなっていたとしても、読み手が自主的にすみずみまで読む事で、そういう記事もちゃんと見つけることができる。

 私も週末は「デジタル絶ち」をして外に出ています。一人で街を歩くだけでも、「考えず」に、「感じる」事で、野生の直感が戻ってきます。「デジタル絶ち」、お勧めですよ。ぜひやってみてください。

【Profile】
つつみ・みか●東京都生まれ。ニューヨーク州立大学国際関係論学科卒業後、ニューヨーク市立大学大学院国際関係論学科修士号取得。国連婦人開発基金(UNIFEM)、アムネスティ・インターナショナル ニューヨーク支局員を経て、米国野村證券に勤務。在職中に、9・11アメリカ同時多発テロに遭遇。以後ジャーナリストとして発言、執筆・講演活動を続ける。『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命~なぜあの国にまだ希望があるのか』(海鳴社) で、2006年日本ジャーナリスト会議黒田清新人賞受賞。『ルポ・貧困大国アメリカ』(岩波新書)で2008年日本エッセイストクラブ賞受賞・新書大賞2009受賞。

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f:id:k_kushida:20150727111737j:plain『沈みゆく大国アメリカ<逃げ切れ!日本の医療>』

堤未果著
ベストセラーとなった『沈みゆく大国アメリカ』の続編が発売された。アメリカではウォール街と多国籍企業が、マスコミと政治を支配している。彼らが次に狙うのは、「世界一の国民皆保険」を持つ日本だ。次々に進む医療と介護報酬切り下げなど、猛スピードで次々に法律が成立する昨今。これは誰が仕掛け、誰が利益を享受しているのか。『沈みゆく大国アメリカ』ではオバマ・ケアの実態と問題点をあげ、反響を呼んだ。本書では、高齢化社会・日本に迫りくる危機、そこから逃げきる方法が具体的にわかりやすく書かれている。日本の将来に不安を感じている人、必読の書。集英社新書。

※リクナビNEXT 2015年7月15日「プロ論」記事より転載

EDIT/WRITING高嶋ちほ子 PHOTO栗原克己

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