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【20代の不格好経験】起業して早々に400着ものワイシャツの在庫を抱え、電話営業や行商に奔走~ライフスタイルアクセント株式会社CEO山田敏夫さん

今、ビジネスシーンで輝いている20代、30代のリーダーたち。そんな彼らにも、大きな失敗をして苦しんだり、壁にぶつかってもがいたりした経験があり、それらを乗り越えたからこそ、今のキャリアがあるのです。この連載記事は、そんな「失敗談」をリレー形式でご紹介。どんな失敗経験が、どのような糧になったのか、インタビューします。

リレー第18回: ライフスタイルアクセント株式会社CEO 山田敏夫さん

株式会社FiNC 代表取締役社長 CEO溝口勇児さんよりご紹介)

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(プロフィール)
1982年熊本県生まれ。実家は老舗婦人服店。大学在学中、フランスへ留学しグッチ・パリ店で勤務。2006年ソフトバンク・ヒューマンキャピタルに入社し、営業マネージャーとして活躍した後、東京ガールズコレクションの公式通販サイトを運営する「fashionwalker.com」の事業開発担当者に。2012年、メイドインジャパンの工場直結型ファッションブランド「Factelier(ファクトリエ)」を手掛けるライフスタイルアクセントを設立。

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▲メイドインジャパンの工場直結型ファッションブランド「Factelier(ファクトリエ)」。3%になってしまったメイドインジャパンの国産比率と激減する工場を守るべく新しい流通構造を展開。全国500以上のアパレル工場に山田さん自ら訪問、世界で戦える高い技術や誇りを持っていると判断した世界レベルのアパレル工場と直接提携し、商品開発・販売を行っている。

日本から世界的なブランドを作りたい!との情熱に任せて起業。しかし…

 2012年に起業しライフスタイルアクセント(株)を設立。メイドインジャパンの工場直結型ファッションブランド「Factelier(ファクトリエ)」を立ち上げました。

 大学在学中にフランスに留学し、グッチのパリ店でアルバイトをしていたのですが、そこで「日本には本物のブランドがない」と言われました。もちろん、日本のいろいろなブランド名を挙げてみたのですが、実際は海外で生産していたり、モノづくりではなくマーケティングで洋服を作っていたりして、全て否定されてしまったのです。その時、「自分の手で日本から世界一流ブランドを生み出したい」と思ったのが、ファクトリエが生まれたきっかけです。

 実は日本のアパレル工場の縫製技術は非常に高く、世界トップブランドからも認められているにもかかわらず、安価な東南アジアの工場との価格競争に巻き込まれ、採算は大幅に悪化。結果的に1990年には約50%あったアパレルの国産比率は、現在3%台にまで低下しています。ブランドができるまで100年はかかると思っていますが、それを待たずにアパレル工場が絶滅しようとしている。日本に帰ってきてその事実に気付き、まずは「日本の工場の現状を変えなくてはいけない。そのためにはどうすることがベストか」と考えた結果、立ち上がったのが今のファクトリエブランドであり、会社です。

 当時29歳、6年も社会人として営業や事業開発などさまざまな仕事を経験した後での起業でした。しかし、強い課題意識を持ち、心から「やりたい」と思っていることをやろうとすると、人ってまるで赤ちゃんみたいにピュアに、思いだけで突っ走ってしまうものなのですね…。今考えると無謀すぎる起業だったし、起業当初はたった一人だったので、失敗の連続でした。

 高い技術を持ったアパレル工場と直接提携するため、初めは工場をひたすら回りました。国内のアパレル工場はどこも苦境にあえいでいる状況。きっとみんな大歓迎してくれて、「ぜひ提携したい!」と言ってくれると思っていました。しかし現実は、うさんくさい奴が来たとばかりに、門前払いの連続。

 …そりゃそうですよね。何の実績もない若いお兄ちゃんが、いきなり「提携させてくれ」「ブランドを作ろう」なんて言っても、信用できるわけがない。そもそも、資本金はたった50万円、工場から見れば「おカネ、ちゃんと払えるの?」ですよね(苦笑)。でも当時は、「利益率の高い新しい販売先ができるのに、なぜみんな引き受けてくれないんだろう?」と不思議に思っていました。

ECで400着の在庫がはけない…段ボールの隙間で眠る日々

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 何十軒もの工場を回り、ようやく1の工場と提携。手始めにワイシャツを400着作っていただき、「Factelier」ブランドとしてECで1着1万円で売り出すこととなりました。型や縫い合わせなど、細部にまでこだわり抜いた、メイドインジャパンブランドの初商品の誕生です。でも、この時も「そんなこと、普通しないでしょ!」ということをやってしまうんです。

 男性用のワイシャツは、首周りと裄丈により、大きく9サイズに分けられますが、400着を9で割り、全てのサイズを同じ枚数分、作ってしまったんです。つまり、Mサイズに相当する標準的なサイズと、3Lのようなビッグサイズを同じ枚数作ってしまった。…当然、Mサイズばかり売れ、ビッグサイズは残るに決まっていますよね。でも当時は、そんな知識もなく、単純に均等割りで作ってしまいました。

 クラウドファンディングなどを使って100着ほどは売れたのですが、案の定、売れたのはMサイズばかり。300もの在庫を抱えて途方にくれました。当時住んでいた駒沢の6畳一間のアパートは段ボールで埋まり、その隙間で寝ていましたね。ちなみに段ボールを家に入れるために、ベッドは捨てました。

 このままでは、工場にお金を支払う期日に間に合わない。そのとき、改めて市場をしっかりとリサーチしてみたんです。その結果…ワイシャツを購入する際、5000円以下のワイシャツを選ぶ人は全体の約85%。ワイシャツは多くの人にとって消耗品であることがわかりました。そして、残り約15%の人は、高品質や安心感を求めて百貨店で購入する。つまり、私はたった一人で、百貨店の市場をリプレイスしようとしていたんです。

 でも、もう後には引けない。支払期限は迫っています。頭をひねり、企業に行商に行くことを思いつきました。片っ端から電話をして、「無料でワイシャツの着こなし講座をさせてください」とお願いしたところ、約300社中、十数社にOKをいただくことができたんです。そしてその場で100着以上のワイシャツを買っていただくことができました。

 体格のいい参加者も多く、ビッグサイズのシャツも売れて、工場への支払い分を確保することができました。そして、在庫が減るごとに、少しずつ部屋の窓から光が差し込むようになってきたことが、本当に嬉しかったですね。

 それでも残った在庫は、地元・熊本の友人たちが売ったり買ったりしてくれました。知り合いのメガネ店や子供服店、蒲鉾屋までも、店先を使って売ってくれて…。本当に当時の私は赤ちゃん起業家。ヨチヨチと危なっかしく歩く私に、たくさんの人が手を差し伸べ、支えてくれました。

強い想いが周りを巻き込み、ゼロからでも経済圏を作り出せる

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「Factelier(ファクトリエ)」では、納品価格は工場に決めていただき、その価格の倍の値段でECで販売しています。これは消費者の方々にもすべてオープンにしています。

 通常、工場への発注額は販売価格の約2割でした。つまり、1着の商品価格が10000円ならば、2000円ですべてのコストを賄わなくてはなりません。

 近年では、安価な海外工場との価格競争が激化し、値引き要請が強くなっており、発注価格がどんどん下がっていました。工場の利益は減る一方ですし場合によっては赤字になることもあります。これでは工場は、疲弊していくばかりです。工場にしっかり利益を確保していただき、最高の技術を提供いただきたくて、このビジネスモデルを考えました。

 利益を確保できるだけではなく、工場に価格を決めていただくことで市場を見る目を養っていただけますし、コストの制限がないので、持ちうる最高の技術を余すとこなく使っていただける。市場の声に直接触れることでモチベーションが上がったという声も多く聞いています。モチベーションが上がれば、工場で働く人が辞めなくなる。つまり継続性が生まれるんです。そして高い技術に裏打ちされた、着心地がよく長く愛用できる製品が利益も生みながら適正価格で提供できる…みんなにとって幸せな、いいサイクルが確立できていると確信しています。

 ヨチヨキ歩きだった私が今日まで走り続けてこられたのは、「このサイクルを作りたい」という強い情熱で、周りを巻き込むことができたからだと実感しています。

 世の中への影響度は、企業規模や上場しているか否かなどではなく、理念や志、想いの強さで決まると思っています。起業当初の私の行動は非常識な面も多々ありましたが、「工場、消費者にとっていいサイクルを築き、日本から世界一流ブランドを生み出したい」という想いを伝え続けることで、工場の方々に理解していただき、消費者の皆様から応援していただき、賛同者が1人集まり、2人集まり…を繰り返して、全くのゼロから小さな「経済圏」を作ることができました。

自分の足で人生を歩むって素晴らしい。想いがあるなら、一歩踏み出してほしい

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 もし何かやりたいことができたならば、思い立ったが吉日です。お金がなくてもアイディアが確立していなくても、強い想いがあれば誰かが手を差し伸べてくれます。日本には我々が思っている以上に優しい人がたくさんいるんです。失敗しても、壁にぶつかっても、想いがあればきっと乗り越えられます。

 私の場合は、何も考えずに突っ走って起業して、壁の乗り越え方もすごく不器用だったと思います。300社に電話を掛けまくるとか、メガネ屋にワイシャツを置いてもらうだなんて、思い切り不器用ですよね。新橋で道行く会社員に「ワイシャツ買いませんか?」と声をかけたことだってあるんですよ(笑)。考えてみればもっとスマートな乗り越え方は、いくらでもあったはず。

 だから、普通の人ならば大丈夫ですよ(笑)。普通に準備すれば、少なくとも私よりはすんなり軌道に乗せられるはずです。

 でも、今振り返ると、起業当初たった1人で工場を回ったり、ワイシャツを売り歩いていたりした期間って、自分にとって大切な時間だったなと心底思います。在庫を抱え、お金もなく、土日はアルバイトをしながらしのいでいましたが、ものづくりの現場にどっぷり浸ることができた。人に決められた人生ではなく、自分の足で人生を歩んでいるという実感がありました。

 やりたいことに没頭して、毎日があっという間に過ぎていくって、とても貴重だし素敵なことですよ。もしやりたいことに出会ったら躊躇せず、ぜひ一歩踏み出してみてほしいですね。

EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:平山諭

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