【今、気になるビジネス書の要約】『僕たちは「会社」でどこまでできるのか? 起業家のように企業で働く 実践編』 

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今ではベンチャー企業の登竜門の一つとして定着した感もある「モーニングピッチ」。日本経済新聞など各種メディアで取り上げられているため、目にした方も多いのではないだろうか。その起源は、会社を跨いだ20代の3名の有志連合が、仕事を抱えながら行なった企画・運営にあった。

日本のベンチャー業界が抱える問題は数多いが、最も大きく難しい問題は大企業との連携の難しさにあるだろう。新サービスを積極的に使うシリコンバレーの文化とは異なり、日本の多くの企業では取引基準など厳格なルールがあり、商売することはおろか話をライトパーソンに届けることも簡単ではない。ベンチャー企業はプロダクトを作り、初期の資金調達などのハードルを越えたら、自身のサービスを伸ばす方策を打ち続ける。その成長の機会は多い方が良いに決まっている。

ベンチャー企業と大企業を高い熱量でマッチングする「モーニングピッチ」は、日本のベンチャーシーンで大きなうねりを生み出した。初めは小さな取り組みだったにも関わらず、巨大なビジネスを運営している野村證券という大企業で、それをどのように行っていったのか。本書で語られる、実体験に根差した言葉の数々は味わい深い。起業ブームとはいえ、日本において圧倒的多数の有能な人は大企業の中にいる。その大企業が著者の塩見氏のように起業家精神を持つ人材で満たされれば、「モーニングピッチ」を超えるような、日本経済を本当に動かす巨大なうねりになるだろう。本書を読みその一翼を担う人が増えることを、願ってやまない。(大賀 康史)

モーニングピッチというイノベーション(小杉氏)

我が国におけるベンチャーを巡る環境

2000年前後のITバブル期においては、年間の上場企業数は203社に及び、多くのベンチャー経営者がIPOにより膨大な富を得るも、ITバブルが崩壊。その後はITという分類は投資家から避けられるようになる。

リーマンショックで2009年にはIPO数が19社まで落ち込むが、2014年には80社程度に回復し、ベンチャー環境の改善が進んでいるように見える。しかし、まだ日本で起業することは依然としてハードルが高い。

ベンチャー企業で事業化ができていないシード期では、そのフェーズを支援する個人エンジェル投資家が十分育っていないため資金調達が困難だ。また、銀行からの融資では原則個人の不動産が担保になるなど、会社と個人のリスクが同一となってしまう。さらにベンチャー・キャピタルから資金提供を受け、送り込まれた取締役の要求への対応に四苦八苦するベンチャーも多い。

その他にも、資金繰りが事業の存続を決めるというプレッシャーから、ワークライフ・バランスとは無縁となり、年間稼働日数が360日になるような例もあるなど、四六時中事業のことを考えることになる。

このように日本の起業家は、今もなお決して良好ではない起業環境に直面していると言える。

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モーニングピッチとは何か?

そのようなベンチャーを取り巻く過酷な環境を救うべく、モーニングピッチは創られた。毎週木曜日の7時~9時という早朝に、ベンチャー経営者5名が企業の事業開発担当者やメディア関係者などに、事業のプレゼンテーションを行うというものだ。2014年8月時点で既に累計300社のベンチャーが登壇しているという。

この場を野村證券という大企業が支援をすることで、ベンチャー企業の信用を補完するという意味は大きい。今では、ニコン、ホンダなどの老舗企業や、国会議員や経済産業省の官僚も参加するようになり、国を挙げての取り組みになっている。この流れで他証券会社もベンチャー支援のイベントを積極的に開催するようになり、今、日本中を動かすムーブメントになりつつある。

野村證券はこの場も活かしてIPOの主幹事を獲得するなど、実際の事業への貢献も進んでいる。そのような意義の大きいモーニングピッチは、当時27歳の塩見氏が、会社は異なるが同じ志を持つ2人と手を組み、会社も巻き込みながら日本経済全体のムーブメントにしたシンボリックな事例なのである。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

サラリーマンが自律する時代(塩見氏)

自分の人生は自分で決める

いま勤めている会社に毎日の仕事をやらされている、と思っていないだろうか。塩見氏も入社当時、会社にいるのが苦痛で外交に行ってきますと言い出かけ、カフェや公園のベンチで休んでいたこともあったという。ただ、冷静に考えれば「会社」「仕事」「毎日の行動」の全ては自分で選択したものである。

だから塩見氏は今では将来の目標から、年間、月間、日々の目標に落とし込み、毎日を無駄にすることなく過ごすことを心掛けるようになったという。

一度社会に出ると、偏差値、学歴、給料、肩書き、経験年数などで見られることもある。ただ、社内で身の回りの「ものさし」に振り回されてはいけない。自分では激務に耐えているように思えても、社内にも社外にももっと厳しく働く人がいる。だから自分の「ものさし」は、社外を含めて幅広い方の刺激を受けながら、磨き上げていかなければならない。

企業の決定に振り回されない

サラリーマンをしている以上、企業から指示があるのは当たり前である。人事異動はその典型であり、愚痴をこぼしてもしょうがないので、受け入れるときはサクッと受け入れるのが良い。

塩見氏は入社後最初の配属はなんば支店で、「名刺集め」という任務において入社早々壁にぶつかった。名刺の集まりが良い日も悪い日も会社に戻りたくないと感じていた。ようやく名刺の集め方を学び、新規のお客様の契約を取るも、目立った成果がないままだった。社会人2年目に入り、先輩社員になれると考えた矢先、人事異動が下される。その先はできて間もない支店で、新規開拓が中心となる。納得がいかない中、様々な人の説得を受け、覚悟を決めた。そして異動先で同期2位の成績を残した。

その経験を踏まえれば、どうしようもない出来事も受け入れてしまうことで、未知の未来を作り出す可能性が広がると言える。だから、会社の決定はまずはやってみて、それでもダメなら別の行動に出る、ということで良いのではないだろうか。会社には、最後には一緒に頭を下げてくれる上司や先輩がいる。そのようなありがたいサポート環境が存在しているのである。

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【必読ポイント!】大きな仕事は企業でこそできる(塩見氏)

企業で働く上での最大の醍醐味とは?

企業で働く上での最大の醍醐味であり、メリットのひとつは、会社のリソースを使って大きな仕事ができることだ。モーニングピッチの構想は、塩見氏が2013年1月3日にSkyland Venturesの木下氏とランチをしていたときに生まれた。木下氏は国内証券会社を経て、独立しベンチャー・キャピタルを設立したベンチャー・キャピタリストである。2012年後半からトーマツベンチャーサポート株式会社の斎藤氏と一緒に行なったベンチャー・イベントは、参加者が200名を超えて盛り上がりつつあった。当時は有識者のパネラーを4名程呼び、若手のベンチャー企業経営者が聞きに来るという形態である。

問題は、イベントを野村證券のビジネスに活かせていないことだった。何か新しい仕掛けがほしい。そのため、イベントの形態を見直し、まずはベンチャー経営者が野村證券のIPOチームにプレゼンテーションを行い、フィードバックを受けるという形式でリニューアルした。今の形とは異なるが、これがモーニングピッチの原型である。

モーニングピッチでは、3分間という限られた時間で事業内容をプレゼンテーションする真剣勝負の場として構想。他にも、朝7時という意識の高い人しか集まらない時間で設定したこと、更に「毎週」とすることでPDCAを高速で回すことを特徴とした。

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オープン・イノベーションの威力

モーニングピッチの最大の特徴は、木下氏、斎藤氏と塩見氏という別の会社に所属する人が自発的に集まって運営したことである。まさにオープン・イノベーションの考え方である。誰に言われたわけでもなくこの概念を共有し、考えを持ち寄り、出世や組織内のヒエラルキーと無縁だったことが運営に活かされた。

モーニングピッチの第一回を終え、IPOに向けた議論よりもサービスに対する議論にニーズが強く、オブザーバーとして参加していた2人の事業会社の方のアドバイスが良かった、というフィードバックを得る。そこで、第二回からはベンチャー企業と事業会社の橋渡しをして、新しい価値を生む出すマッチングプラットフォームとして再定義した。

わずか1回にしてその形態を変えることができたのも、社外メンバーで運営していたことが大きい。遠慮ともポジショントークとも無縁で、イベントの価値を上げるために徹底して議論を重ねたのである。それぞれの仕事があるため、開催日以外に運営者で会うことは難しく、コミュニケーションはSNSを中心に行っていた。隙間時間を上手く使い、密度の濃いコミュニケーションを行った。

参加企業であるサポーターの数は増え続け、今では数十社にも及んでいる。熱量の高いサポーターが運営にも携わるようになり、参加者が当事者に変わっていき、チームは拡大した。そして、サポーターがモーニングピッチを自社内で主催する「出張モーニングピッチ」も立ち上がり、企業の社長以下役員陣にベンチャー企業がピッチする機会が生まれるようにもなった。

どのように「会社」を巻き込んでいったのか

ビジネスは価値の提供の対価として収益をいただくことが原則だ。そのため、企業で評価される一番重要なものさしは、収益への貢献となる。その点から、新しい取り組みで収益をすぐに出すことは難しく、仲間を見つけることは簡単ではない。

ではどのように塩見氏は野村證券の中で協力を得たのか。それは、使命に共感してもらった相手に、業務時間やリソースの一部を無償で投資してもらったのである。相手の負担は「このくらいであればそれほどダメージを受けない」という程度が丁度良いのだ。多くを求めず、リスクは自分で抱える。小さいイエスを積み重ねていき、急がば回れの近道を辿る。

ただ、上司から許可を取っておくことは必要である。自分の時間を使ってよい、という許可をもらっておく。上司が止めはしないけど協力もしない、という状態を作り出すことが、上手くいった際の展開時に効いてくるのである。そして、あくまでもリスクは上司に押し付けず「自分でとる」ことも、大切な心構えだ。

企業を巻き込むために必要なこと(塩見氏)

出る杭になる

出る杭は打たれるという言葉があるが、なぜ出る杭は打たれるのだろうか。一つめの理由は杭に対する認識の違いだ。経営側から敵と見られて勝負するのは難しい。そのため、正々堂々王道を攻める、そのアプローチ先は経営側である。正面から意見を言い、伝わるまで訴え続け、経営が振り向かないならさらに価値を上げて持って行く、というプロセスを繰り返していくのである。

出る杭が打たれるもう一つの理由は、価値が感じられないため中途半端に出ている杭を叩く、という行為だ。経営にとって、優先順位が低いことや見当違いの提案をしているケースである。経営側がしっかり価値を認めるところまで達すれば、「出過ぎた杭は打たれない」という状態に至る。

また、見方を変えれば、並べられた杭の中で一本だけ高いから打たれるのであって、周りの杭も自分に揃うように出してあげれば打たれなくなる。つまり、既存のビジネスモデルに自分の価値を組み込んでしまえば、それは本流となりイノベーションの成功に近づくのである。

塩見氏は、今はモーニングピッチの運営メンバーから外れている。企画の規模が0から1、1から10、10から100となり、成長フェーズが変わった。今はその運営を最適なメンバーに託して、モーニングピッチは更なる拡大を図っている。2014年12月18日にユナイテッドシネマ豊洲で開催された会では、400名もの人が参加するまでになった。この「モーニングピッチ」というイノベーションは今後も発展を続けていくに違いない。

今回紹介した本

『僕たちは「会社」でどこまでできるのか? 起業家のように企業で働く 実践編』 

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著者: 小杉 俊哉、塩見 哲志
定価:1,490 円
単行本: 192 ページ
出版社:クロスメディア・パブ
リッシング  (2015/2/1)

著者情報

小杉俊哉(こすぎ・としや)
慶應義塾大学SFC研究所上席所員 合同会社THS経営組織研究所代表社員
1958年生まれ。早稲田大学法学部卒業後、NEC入社。マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院修士課程修了。マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク、ユニデン株式会社人事総務部長、アップルコンピュータ株式会社人事総務本部長を歴任後独立。
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科准教授を経て、現職。

塩見哲志(しおみ・さとし)
野村證券株式会社 コーポレート・ファイナンス八部 Associate
1985年生まれ。成蹊大学経済学部経営学科卒業後、野村證券株式会社に入社。
なんば支店、大東支店、渋谷支店、新宿野村ビル支店における証券営業、エクイティファイナンス、M&A、IPO等業務を経て、現在投資銀行業務に従事。

※本記事は、本の要約サイトflierより転載しております。

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