人間の本質は時代を経ても変わらない。だから、過去に学ぶといい。【脳科学者 中野信子さんの仕事論】

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テレビなど数多くのメディアに出演する一方、
大学でも教鞭をとる、注目の脳科学者である。
世界で上位2%のIQ所有者が入会できる
MENSAの会員としても知られている。
多方面で活躍する彼女に、
仕事で成果を出すための秘訣を聞いた

■今、調子がよさそうな人のまねをしないこと

人とコミュニケーションをとることが苦手な人が増えていますよね。それが仕事で成果を出しづらくしている大きな要因だと思います。

昔はコミュニケーションというのは、生きていくうえで必要不可欠なものでした。天災、飢餓、猛獣、感染症などの人類の脅威に対抗するためには、群れを作って立ち向かうことが生存に有利だったからです。そのために人はコミュニケーション手段をどんどん発達させていきました。でも現代、特に都市部では一人で生きていけるようになりました。すると、コミュニケーションをとる必然性はない。逆に、下手にコミュニケーションをとると危害を加えられかねないという、人類史上始まって以来の難しい時代がきてしまったんです。

本当の自分を見せないように、若い人はペルソナ(外界に適応するための社会的・表面的な人格)を作りますよね。 “人当たりがよく、怒らず、地味で主張しない”というペルソナ。本心を見せず、そのペルソナを通じてコミュニケーションをとり合うから、余計に相手のことがわからなくて不安になるわけです。仕事で出会う人だって仮面をかぶっているわけですから、本心はわからない。その状態で消費者ニーズをつかむのはとても難しいでしょう。

では、どうしたらいいか。ひとつには、「数値化したものを分析して答えをあぶり出していく」という方法があります。これはすでに多くのコンサルティング会社がおこなっていますし、この記事を読んでいるくらい意識の高い人たちはすでにやっているでしょうから、私からの説明は省きます(笑)。

私が脳科学者という立場からアドバイスするとしたら、「今、調子がよさそうな人のまねをしないこと」です。まねをするなら「自分がいいと思った人」のまねをすることです。

テレビでも出版でも、ネットでバズったことであっても、「これがイケる」と思うとみんないっせいにそうし始めますよね。話題になった人がいるとどの番組でもこぞって取り上げようとするし、売れた本があると似たようなタイトルの本がたくさん書店に並びます。ゲームでもそうですよね。ヒットしたゲームがあると、次から次へと同じようなつくりのゲームがたくさん出てくる。

確かに2匹目のドジョウは、ある程度は売れます。でも、それを続けていると、その業界自体が疲弊してしまうんです。消費者は「どうせ同じものばかりしかない」と思い、テレビを観なくなり、本も買わなくなっていきます。

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■歴史をひも解き、本能的に欲しがるものを探す。そこにチャンスがある
先日サッカーを見ていて思ったのですが、小学生くらいのサッカーだと、弱いチームは、みんないっせいにボールがあるほうに走っていくでしょう? ボール回しのうまいチームが対戦相手だったら、右往左往させられて簡単に負けてしまいます。同じことが仕事でも言えるんです。要は、「負ける人は、自分の頭で考えていない」ということです。

テレビでも出版でも草創期は違っていたと思いますよ。ボールがどこにくるか予測して、そこで待っていられる人がたくさんいたはずです。だからたくさんの大ヒットが生まれたし、時代をけん引できたのだと思います。

草創期にはロールモデルがいないから活躍するのが難しいと言う人がいますけど、ロールモデルなんていないほうがいいんです。誰もいなければすぐに一番になれるんですから。探せば、今は誰もいないけど待っていたらボールが飛んでくるところが必ずあります。そんな場所を見つけてしばらく待っていればいいんです。

自分では見つけられないという人は、歴史から学ぶことです。歴史は繰り返すと言いますが、まさにそうなんですよ。戦国時代でも幕末でもいい。時代は問いません。「昔あったサービスだけど、今あったらいいよね」というものを探すという手があります。

例えばリサイクルなんてそうですよね。江戸時代にはいろんな形でものがリサイクルされていました。その後、消費をあおるような時代が続いたため廃れてしまいましたが、今あったらいいなというものがたくさんあります。そんなシステムを収益化できるようにアレンジしたら、いくらでも需要のあるビジネスを生むことができるでしょう。

ポイントは、「人間が本質的に欲しがるものをあぶり出すこと」です。人間の本質は、時代を超えてもそう大きく変わるものではありません。特に感情や欲求に関することは同じです。

人間の本質は変わらない。
そのなかの一つに「妬み」がある。
このやっかいな感情こそが
いい仕事をする上で、大きなトリガーとなるのだそうだ

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■実は女性より男性のほうが妬みを感じやすい
さきほど人間の本質は変わらないと言いましたが、そのなかの1つに「妬み」という感情があります。小さいころから妬みはよくないものだと教わりますよね。でも決してなくなることはありません。それこそソクラテスの時代から、目立つ奴は妬まれて毒殺される、みたいなことがあったわけです。妬みをなくすことはできず、あるのが自然な状態です。

では、男性と女性、どちらが妬みを感じやすいと思いますか? 女へんがついているから女性のような気がしてしまいますが、実は男性のほうが妬みを感じやすいんです。それは男性のほうが“社会的報酬”を感じやすい生き物だからです。仕事で認められると嬉しいですよね。それはお給料をもらえるからではなく、社会的報酬をもらえるからなんです。つまり、仕事の本当のモチベーションは、お金ではなく、「社会から自分の存在意義を認めてもらうこと」なんです。

失職するとひどく落ち込みますよね。それは社会から「いらない人間」と烙印を押されたような気になるからです。つまり失職によって失ったと感じるのは、お金ではなく“人間の尊厳”なのです。失職をきつく感じるのはそのためです。

もしあなたが、今いる場所が自分に合っていないと感じているなら、それはその場所と自分の能力が合致していないのではなく、「自分は正当に評価されていない」という気持ちが大きいのかもしれません。そういう状況では、自分を求めてくれる場所があったら、嬉しくなってそっちに行きたくなってしまうということが起こり得ます。たとえそこが社会的に問題のある場所であっても。人はそうやって道を間違ってしまうこともあるんです。

■妬みは必然。人と比べないで幸せを感じられる人はいない
面倒なものなら妬みの感情なんてなければいい、と思うかもしれませんが、実は妬みは人が生きる上で必要不可欠なものなんです。なぜなら、人は他人と比べることでしか、満足を得られないからです。人と比べず自分の中だけで満足できればそれに越したことはないけれど、残念ながらそういう人はいない。

環境に満足する人としない人、環境に変化があった時に生き残れるのはどっちだと思いますか? 正解は満足しない人です。なぜなら、常にもっと良くなろう、変わろうと準備しているので、環境の変動にすぐに対応できるからです。長い時代を経て、満足する人の多くは淘汰されてしまったと考えられます。

このように妬みというのは必要不可欠なものなのですが、同時に苦しい感情でもあります。私たちは、妬みとどのように対峙していったらいいのでしょうか。有効な方法の1つは、妬みの対象の相手を引きずり降ろす、です。でもこれは個人にとっても組織にとっても短期的にしか有効性が発揮されません。繰り返されると組織はやがて壊れてしまいます。では、どうしたらいいか。それは、「いい仕事をして、その人に勝つこと」です。それが、長期的に誰もが得をする唯一の解といえるでしょう。

■「どうしてその人に妬みを感じるのか」。分析すれば勝つ方法が見つかる
妬みを持った人に勝つために必要なのが、「自分はどういう観点でその人に妬みを感じるのか」を自分に問うてみることです。妬みを感じるポイントはいくつもあります。自分よりも上位の何かを持っている――例えば、自分より収入が多い、容姿が優れている、異性に人気がある、みんなに評価されている、新しいことを次々と思いつく発想力がある、人の気持ちを踏みにじれる力強さがある、など。自分が相手に対して何に一番、妬みを感じているのか、そのポイントを見極める。苦しくともじっくり考えてみるんです。

頭の中で考えるだけでははっきりしませんから、書き出してみるといいですよ。言語化することで整理ができていきます。

自分が嫌だと思うポイントがわかったら、次はその人を越えるための戦略を立ててみる。超えるということは「自分がその人よりどうなれば満足できるのか」ということです。収入がその人より多ければいいのか、社会的地位が高くなればいいのか、知名度が高くなればいいのか、かっこいい男と結婚することなのか。“妬みを晴らすゴール”を考えるんです。

そして、そこにたどり着く道を探ります。超えたいものが自分のなかに明確にあれば、必ず道は発見できます。その道を丁寧にたどっていけばいい。

自分の置かれている状況を客観的に見るのはしんどい作業ですが、それを可能にするのが、人間の知性です。脳のなかに前頭前皮質の背外側部というところがあるのですが、そこがこの役割を担っています。だいたい25歳で完成すると言われていますが、トレーニングしないと育ちません。若いうちに自分を客観視することで鍛えないと、中高年になってからではなかなか鍛えられないんです。でも、いったんできてしまえば、将来、多くの人に羨ましがられる才能になると思います。

【Profile

なかの・のぶこ●脳科学者、医学博士。東京大学工学部卒業、東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。2008年から2010年までフランス国立研究所で研究員として勤務。2013年から東日本国際大学客員教授、横浜市立大学客員准教授、2015年4月から東日本国際大学教授。研究のかたわら、さまざまなテレビ番組のコメンテーターとしても活動している。著書に『コミックエッセイ 脳はなんで気持ちいいことをやめられないの?』『世界で活躍する脳科学者が教える! 世界で通用する人がいつもやっていること』(アスコム)、『脳はどこまでコントロールできるか?』(ベスト新書)など。

information

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『正しい恨みの晴らし方 科学で読み解くネガティブ感情』
中野信子、澤田匡人著
「なぜ人は恨みの感情を持っているのか」この疑問を、脳科学、心理学それぞれの立場から問うた本。妬みは人間に必要なものとしたうえで、妬みを仕事や生活に活かす方法が具体的に書かれている。「妬みに操られないための方策」「いじめの構造」「リア充が気に入らない理由」「正しさで鈍る正しさ」「他人の不幸を喜ぶ脳」など興味深い内容が満載。日常生活のみならず、恋愛、ビジネスにも使える話がたくさん載っているので、ぜひご一読をお勧めする。
ポプラ新書。

※リクナビNEXT 2015年3月11日「プロ論」記事より転載

EDIT/WRITING高嶋ちほ子 PHOTO栗原克己

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