高機能繊維／10兆円市場の繊維産業が先端開発の舞台に

破れない、汚れない、薄くても暖かい……従来の繊維の常識を打ち破る高機能繊維に注目だ。布や建材といった
従来用途に加え、潤滑、ナノマテリアル、コンポジット材料向け素材など、新たなジャンルでの活用も進む。
10兆円という巨大市場を抱える繊維産業が、先端技術開発の舞台に躍り出す。

（取材・文／伊藤憲二　総研スタッフ／高橋マサシ）　作成日:05.01.26

　水を通さずに水蒸気は通す、包丁で突いても破れない、薄手なのに氷点下20度でも保温性が維持される……。従来では考えられなかった高機能をもつ繊維が今、マテリアルの世界で注目されている。
　繊維といえば衣料品、内装材、建材といった直接用途がイメージされるが、高分子化学やナノテクノロジーの発達により、素材自身にさまざまな化学、物理的特性をもたせることが可能になり、繊維の活用法はどんどん広がりを見せている。例としては、ベアリングの摩擦を削減する表面材、人工透析、海水の脱塩、排気ガス浄化などのフィルター部材、コンポジット材料化、さらにキャパシタや二次電池向けマテリアル用途などが挙げられる。

　繊維産業が成熟分野といわれるようになって久しいが、マテリアルの分野に踏み込んだ高機能繊維の登場で、繊維産業は新たな成長段階に入ったと見なす気運が高まっている。
　もともと繊維分野の市場規模は、国内に限っても10兆円規模と巨大だ。アパレル、流通まで含めれば50兆円以上にも達する。その繊維分野の中でも高機能繊維は付加価値が高く、優れた特性をもつ素材を開発すれば、高水準の利益を確保できる。このことから、多くの繊維メーカー、化学メーカーが技術開発に乗り出しているのだ。

　化学分野の製品は開発に高い技術力と長いリードタイムを要するため、コスト安を背景に攻勢を強めるアジア企業では、容易に追従できない分野である。つまり高機能繊維は、オンリーワンの立場を確立できる技術としても注目されている。衣料品向けからナノデバイスまで、幅広いモノづくりに携われるという点では、エンジニアにとっても大いに興味のそそられる分野であろう。

　布地、建材向けだけでなく、マテリアルとしての利用も視野に入る高機能繊維の開発を手がけているのは、主に繊維、化学メーカーだ。高機能繊維に限定した求人はあまりないが、研究開発型の企業では着手していないほうが珍しく、高機能繊維チームがエース級の扱いとなっている企業も多い。リクナビＮＥＸＴは「繊維」「高分子」などをキーワードに検索し、求人内容を吟味することで求人情報をゲットできる。

　求められるスキルは化学系を中心に多様だ。新素材開発のベースとなる高分子化学はもちろんのこと、例えば芳香族紫外線を熱エネルギーに変換する、セラミックが赤外線を吸収するといった反応系、粉塵、有害物質、臭気などをトラップする無機化合物など、創意工夫次第でさまざまな知識が生きる。
　化学以外でも、高い質感をもつバイオミメテックス（天然模倣）繊維材料の構造を考案するには、天然素材の知識も必要となる。電池、コンポジット材料などのマテリアル向け部材開発では、要求特性に適合するような化学組成を考案する、物性化学の知識も有用だ。
　また、自動車内装向け材料も大いに伸びが期待される分野で、高い難燃性、防汚性、防湿性を示すオレフィン系など、ポリマー材料開発を手がけた経験があれば、繊維の経験がなくとも転職可能性は高くなる。

　これまでは撚糸（ねんし）というイメージが強かった繊維業界だが、高機能繊維は発明の領域にまで踏み込む技術として、今後も躍進が期待されている。マテリアル系エンジニアにとっては繊維は、もう一度チェックすべき技術対象になってきたようだ。