「上司の顔ではなく顧客の顔を見ろ」理論はかっこよく聞こえるが、普通に考えると間違いであるという話

The Staring Contest

The Staring Contest by Christopher Michel, on Flickr

サラリーマン社会において、「上司の顔ではなく顧客の顔を見ろ」という、教訓めいた言葉がよく口にされます。どことなくかっこいい言葉のように聞こえますね。

変奏として「上司は顧客ではない」「上司の声よりも顧客の声を優先しろ」なども耳にする機会が多い言葉です。その意味するところはわからなくもないとはいえ、なんとも謎の多い言葉です。

■ 誰が誰に対して言っているのか謎の言葉

まず、この言葉は誰に対する誰からの教訓なのかが謎です。

もし、管理職が部下に伝えているとするのであれば、管理職自ら「わたしはマーケティングができません」と告白しているようなもので、正直なところはよいのかもしれませんが、それならもう少し言い方というものがあるはずです。たとえば「現場の細かいところまでは見られてないから、顧客の実態について教えてほしい」と言えば感じもよく、単純にビジネスマナーの問題と言えるかもしれません。

また、会社の先輩やコンサルタントが若手社員に言う言葉としても、その先輩やコンサルタントの「顧客をわかっているのは上司よりも自分である」という確信がどこから来ているのか、これもまた謎が深まります。

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■ 上司と顧客は同じ顔をしているはず

上司というものは、一般的に顧客のことを知り尽くしているか、顧客の状況を捉える方法を熟知しているからこそ上司になっており、部下が顧客の意向に沿わないものを提案した場合は、顧客に成り代わって「違う、そうじゃない」と言ってくれるはずなのです。

いや、うちの上司は顧客のことを知らない、と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、それは企業にとって是正すべき問題であって、「上司の顔ではなく顧客の顔を見ろ」は、不適切な状況への応急処置としてしか機能しません。

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■ 「値引きするな」と言う上司は間違っているのか

たとえば、「顧客は値引きを要求しているのに、上司は値引きするなと言っている」という状況を考えてみましょう。典型的な「上司の顔ではなく顧客の顔を見ろ」シチュエーションのように思えるかもしれません。

しかし、ここで上司は、値引きをしてしまうとブランド価値が損なわれ、永遠に値引きしなければ売れなくなることを心配しているのかもしれません。そう考えた上で「値引きをするな」と言っているのであれば、値引きをしたら顧客がどう思うかを緻密にシミュレートしているので、顧客の顔をよく見ていると言えるはずです。

■ 背景にあるのは、「上司=悪」という先入観

この言葉が広まってしまう背景には、権力者である上司を悪とみなし、顧客を善とする物語の流行があります。

どんなに素晴らしい上司でも、部下の仕事の進捗を確認し、ときに叱責などもするわけですから、一般的には嫌われがちです。しかも、ノーマルな企業では上司よりも部下の数が圧倒的に多いので、「部下の俺たちの判断の方が正しい」という結論が導かれることもあるでしょう。無茶を言う顧客から守ってくれる上司もたくさんいるはずなのに、です。

「お客様は神様です」という言葉はよく否定的に語られますが、お客様を神様とみなすことで、上司を悪役と見なすことが許される、という仕組みです。

■ 「顧客の意向を上司にわかりやすく伝えて相談しよう」が正しい

このように、ビジネスにおけるイレギュラーな状態をそれらしくビジネス論として語っても、得られるものは少ないです。上司の見解が顧客の意向とマッチしない場合は、「顧客の意向を上司にわかりやすく伝えて相談しよう」の方が汎用性があります。語呂があまりよくないですが、正しいことが常に語呂がよいとは限らないのです。

上司の見解が顧客の意向と異なっていたとして、上司の許可なく顧客の意向を叶える行動を取っても、少なくとも上司からは評価されないでしょう。さらに残念なことに、顧客の評価が得られるという保証もありません。少なくとも1人(上司)はそうでないと言っているのですから。

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このように、一聴するとかっこよく聞こえるビジネスの格言が間違っていることがままありますが、鵜呑みにせず、冷静にやりすごしていきたいものです。

著者:ココロ社 (id:kokorosha)

ココロ社 (id:kokorosha)

大阪生まれ。東大文学部卒業後、テレビゲーム製作を経て平凡な窓際サラリーマンとなる。傍らで珍妙なブログ「ココロ社」を運営。書籍の執筆もしており、著書に『マイナス思考法講座』(阪急コミュニケーションズ)『モテる小説』(阪急コミュニケーションズ)『忍耐力養成ドリル』(技術評論社)など。好きな犬はヨークシャテリア。

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