キャリアを重ねる中で、「このままでいいのかな」「これは本当に自分がやりたいことなのかな」と迷いを感じることは誰にでもあるでしょう。そんなときに役立てたいのがキャリア・アンカーの考え方です。そもそもキャリア・アンカーとは何を指し、どう活用できるものなのでしょうか。一般社団法人プロティアン・キャリア協会 でCCO(最高キャリア事業責任者)を務める眞殿裕美さんが解説します。

目次
キャリア・アンカーとは?キャリア・アンカーの基となる3要素
キャリア・アンカーとは、個人が自らのキャリアや働き方を選択する際に、どうしても譲れない「価値観」や「欲求」「コアコンピタンス(能力)」を指します。
組織心理学者で、マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院名誉教授でもあるエドガー・H・シャイン氏が提唱した概念で、アンカーは英語で「錨(いかり)」という意味です。
錨がしっかりと海底に下りていると船は安定してとどまることができます。そのことから、キャリア形成においても軸となる「アンカー」(仕事に関する価値観)を把握することにより、仕事や人生に求めているものを明確に自覚でき、納得のいく働き方を選びやすくなる、と考えられます。
キャリア・アンカーは、基になる3つの要素で構成されます。

動機:本当のところ何をやりたいのか。
動機とは、自己実現に向けた欲求であり、これがないと仕事に対する満足感や達成感が得られにくいといわれています。動機には、給与や昇進といった外的な報酬を求める外発的動機と、自らやりがいを感じているから取り組むという内発的動機の2種類があり、この2つを満たすことが大切です。
価値観:何をやっている自分に意味や価値が感じられるか
自分は何を大切にしたいのか、何に意味や価値を感じているのかなど、自分の行動や意思決定の判断軸となるものが価値観や信念です。価値観を満たす選択をすることで、納得感につながり、目標達成への意欲が高まると考えられています。
コアコンピタンス(能力):自分はいったい何が得意か
コアコンピタンスは、自分が得意なことや、核となる才能や能力を指します。これが明確になると自分に自信が生まれ、仕事のモチベーションが上がっていきます。
これら3つの要素が重なった部分がキャリア・アンカーであり、「どうしても譲れない」欲求がここに現れてきます。
キャリア・アンカー8つのタイプ
キャリア・アンカーの8つのタイプについて紹介します。
1.専門・職能別能力
「専門家」としての能力を発揮したいタイプです。
専門領域で自分の技能を活用し、高いレベルまで伸ばしていくこと、自分の技術に磨きをかけることによってアイデンティティの感覚が生まれます。専門領域で挑戦課題を課されるようなときに幸せを感じる、挑戦的なタイプです。才能を発揮できるかが重要で、自分の能力や技能を試せないと退屈します。
2.全般管理コンピタンス
組織で責任のある地位につきたいタイプです。
責任のある立場に立って、組織全体の方針を決定し、自分の努力によって組織の成果を左右してみたいという願望を持っています。責任のある仕事を望み、リーダーシップを発揮できる機会、組織の成功に貢献できる機会を望みます。ゼネラル・マネージャーとしてのキャリアを目指す、真の「組織人」といえます。
3.自律・独立
自分のやり方、ペースを重視するタイプです。
どんな仕事に従事しているときでも、自分のやり方、ペース、自分の納得する仕事の標準を優先させます。目標が明示され、それを成し遂げる手段は一任されることを望みます。きめこまかく監督されることには耐えられません。
4.保障・安定
安定した仕事や報酬など安定性を重視するタイプです。
安全で確実と感じられ、将来の出来事を予測することができ、ゆったりとした気持ちで仕事が出来るようなキャリアを送ることを最優先させたいと望みます。仕事そのものの性質よりも、仕事の周囲の状況の方に関心が向かいます。内発的動機より、給与や作業条件、福利厚生などの外発的動機にこだわるタイプです。
5.起業家的創造性
新しいことを生み出すことに充実感を覚えるタイプです。
新しい製品やサービスを開発したり、財務上の工夫で新しい組織をつくったり、新しい事業を起こす欲求が強くあります。自分自身の生み出したものとして重視し、経済的に成功することが重要です。休みなく、常に新しい創造に挑戦し続けることを望みますが、一方で飽きっぽい傾向も見られます。
6.奉仕・社会貢献
世の中をもっと良くしたいと考えるタイプです。
医療、看護、社会福祉、教育、聖職など、ひとを助ける専門職に多い傾向があります。企業内でも“ひとのために“働く人。根幹的な想いは「社会貢献」です。金銭的な報酬よりも貢献度にしたがって、より影響力があり、自律的に仕事ができる自由な職位を望みます。
7.純粋な挑戦
極めて困難な問題、手ごわい相手に勝つことに満足するタイプです。
挑戦こそ唯一の大きなテーマ。戦いや競争では勝つことがすべてで、変化にとんだキャリアを持つことが大切だと考えます。高度の戦略や経営のコンサルタントなどに多いタイプです。ハードワークも可能ですが、ルーティンワークは苦手な傾向があります。
8.生活様式
生活様式全体の調和を望むタイプです。
私生活と仕事のバランスをとるだけの意味ではなく、個人/家族のニーズ、キャリアのニーズなど上手く統合させる方法を見出したいと考えます。柔軟であることを望みますが、組織のために働くことには前向きです。ただし、自分の時間の都合に合わせた働き方が選択できることを望みます。
キャリア・アンカーの診断方法とは
8つのタイプを詳しく見てきましたが、自分のタイプを知るにはどのような方法があるのでしょうか。自分のキャリア・アンカーを知る方法3つのステップに分け、紹介します。
Step1:キャリア指向質問票に回答する
エドガー・H・シャイン氏の著書「キャリア・アンカー 自分の本当の価値を発見しよう」(金井壽広訳 白桃書房 2003年出版)に「キャリア指向質問票」というものがあります。40問のチェックシートを使い、数字で集計する方法です。
まず各タイプがわかる質問に対して、0~5 の6段階評価で回答します。
質問に対してそれぞれ自分がどのくらいそう思うかなどの観点で得点をつけ、合計得点が多いものを「自分のキャリア・アンカーのタイプ」と考えます。
ここでは質問票に近い内容の一部をご紹介しましょう。
1.「専門・職能別能力」の質問例
2.「全般管理コンピタンス」の質問例
3.「自律・独立」の質問例
4.「保障・安定」の質問例
5.「起業家的創造性」の質問例
6.「奉仕・社会貢献」の質問例
7.「純粋な挑戦」の質問例
8.「生活様式」の質問例
40問のチェックシートは、キャリア・アンカーの提唱者であるシャイン氏の著書「キャリア・アンカー 自分のほんとうの価値を発見しよう」(金井壽広訳 白桃書房 2003年出版)に掲載されています。
これらの質問からキャリア・アンカーのタイプはわかりますが、タイプがわかるだけでは不十分であり、キャリアの中で活用しにくいと私は考えています。なぜなら、キャリア・アンカーは「自分が何を基準に判断してきたのか」を明らかにするものだからです。
さらに明確化するために、自分のこれまでの決断を振り返るステップに進みましょう。
Step2:周囲の人間に頼んでインタビューを行う
自分を振り返る方法として、キャリア・アンカーを知りたい人が周囲の人に頼んでインタビュア(質問者)になってもらうインタビュー方法があります。過去のあらゆる局面の選択を振り返ることで共通点を明らかにし、自分のキャリア・アンカーのタイプを確かめる作業です。
例えば、「人生の大きな節目」「特に楽しいと感じたこと」「これから10年に起こると思うこと」などこれまでのキャリアの出来事や、これからのキャリアに関わる以下のような質問をしてもらえるとよいでしょう。
1.これまでどういった教育を受けてきたか?
2.最初の仕事はどうだったか?
3.人生の目的をおいているか?おいているとしたらどのような内容か?
4. 次の仕事はどうだったのか、または人生の大きな節目のできごとは何か?
(5つ以上答えてもらう)
5.特に楽しいと感じることはあるか?どういったときにそう感じるか?
6.特に楽しくないと感じることはあるか?どういったときにそう感じるか?
7.昇進の機会を断った経験はあるのか?その理由は?
8.長期的な目標を変えたことはあるか?その理由は?
9.これから楽しみにしていることはあるか?その理由は?
10.これから10年に起こると思うことはどのようなことか?
11.従事してきた職種を説明するとどのようになるのか?
上記の回答全般を通して考えてみると、自分が人生の節目の中でどのように決断を下してきたのかが整理され、パターンやテーマが見えてくるでしょう。
Step3:キャリア・アンカーの優先順序を付ける
自分のキャリア・アンカーのタイプとこれまでの自分の決断について振り返ったら、改めて「キャリア・アンカーの8つのタイプ」を確認し、優先順位をつけましょう。
タイプの優先度は「捨てられそうなもの」「捨てるのは難しそうなもの」で分けましょう。どんな環境にあっても、とことんこだわりたい唯一の考えはどのタイプがもっとも当てはまるかを考えていきます。そこで出た1位のタイプが“どうしても譲れない”軸になるでしょう。

キャリア・アンカーの活用方法
自分のタイプを把握することは、キャリア形成にどのように活用できるのでしょうか。5つの活用方法をご紹介します。
1.自分自身について、さらに深く学ぶための方法にする
キャリア・アンカーは、自己理解を深めるためのツールです。新たな経験をするたびに自分の行動や意思決定を分析することで、自分の軸を常に明確にすることができるでしょう。
2.自分の現在の職務を分析する
現在の職務がキャリア・アンカーと一致しているかを見極めることができます。自身のキャリア上の欲求を満たしているか、価値観を満たせているかを考えてみましょう。
3.将来の計画を考える
職務を分析し、自分の価値観との不一致や違和感があるのであれば、これからの職務を設計しなおす必要があるかもしれません。
キャリア・アンカーと一致させるために、どんな教育訓練が必要か、異動や転勤を望むか、
避けるべき行動は…などの観点で、将来の計画を考えていきましょう。
4.自分の欲求について人にも伝える
自分の内面や大事にしている価値観を共有することにより、適切な協力者や援助者を見つけることができるでしょう。
5.自分自身でキャリアを積極的に管理する
自分の手で選択できる領域がどこにあるかを見極めることで、キャリアオーナーシップを持てるようになるでしょう。
キャリア・アンカーは経験を積んだ社会人にこそ向いている
キャリア・アンカーとは、能力、欲求、価値についてのセルフ・イメージ(自己像)です。組織、仕事を変遷しても組織、仕事を変遷しても「自分としては絶対に捨てたくない」コア(核)であり、「キャリア・ダイナミクス(様々な要素が絡みあって形成されていく個人のキャリア」の中の基軸(不動点)とも考えられます。
何か節目といったきっかけがないと、はっきりと自覚されない自己像なので、社会人経験をある程度積んだ方に向いた考え方かもしれません。
一人で自己内省するより、同僚や配偶者との対話から浮かび上がる自己像ですので、他者からのインタビューを通して見えてくることが大きいでしょう。ぜひ、周りとのコミュニケーションを通じて、自分にとって譲れない価値観を知り、これからのキャリア、豊かな人生につなげていってほしいと思います。
一般社団法人プロティアン・キャリア協会 CCO(最高キャリア事業責任者)
4designs株式会社 執行役員 CCO
一般社団法人 HRテクノロジーコンソーシアム
眞殿 裕美(まどの・ひろみ)さん
システムエンジニアとして四輪自動車メーカーの本社部門/研究開発会社に常駐し、3D CADシステムのコンサルティング、設計、導入、運用業務に従事。事業所長拝命後は社内評価制度設計、人材育成制度設計、各種研修設計・講習講師等々、幅広く対応。2019年国家資格キャリアコンサルタントを、2020年2級キャリアコンサルティング技能士資格を取得。プロティアン・キャリア協会 認定ファシリテーター1期生。現在は、女性のリーダーシップを発揮するためのキャリア支援に力を入れている。著書に『IKIGAI LIFE -キャリアをデザインするIKIGAIチャートの活用ガイド-』がある