適職発見に役立つ「キャリア・アンカー」とは?──自分の仕事観を核に「変わり続ける」ために

変化が激しく、先の見通しがあいまいで将来の予測が困難な現代において、組織心理学者であるエドガー・H. シャイン氏が提唱するキャリアデザインの手法「キャリア・アンカー」が注目されています。キャリア・アンカーとは、企業が求めるスキルや経験に合わせて自分を高めるのではなく、自分の価値観や欲求、能力を核に適職を発見しようとする概念。自分らしいキャリアを築くために、キャリア・アンカーをどのように活用すればいいのか、キャリア理論に詳しい雇用ジャーナリスト、海老原嗣生さんに聞きました。

キャリア・アンカーイメージ
Photo by Adobe Stock

キャリア・アンカーは、生涯キャリアの拠りどころとなる

「キャリア・アンカー」とは、個人がキャリアを形成・選択する上で絶対に譲れない価値観や欲求、能力などを指します。「アンカー」は、船の錨(いかり)の意。船が停泊する際にアンカーを沈めるように、個人にとって生涯のキャリアの拠りどころとなるものとして、「キャリア・アンカー」と例えられています。

キャリア・アンカーは、次の8つの型に分類されます。多くの場合、仕事の経験を経て20代後半くらいに固まり、70代までほぼ変わりません。このうちのどの要素が強いかによって、仕事へのこだわりが変わってきます。

<キャリア・アンカー8つの分類>
経営者志向……幅広い職務への関心と昇進意欲が高い
起業・創造……新しいものを生み出すために創意工夫する
競争・挑戦……難題・苦境を乗り越えることに生きがいを感じる
自立・独立……干渉を嫌い、自分のやり方・ペースを重視する
スペシャリティ追求……指向する職務の熟練を重視する
社会奉仕……人助けや社会に役立つことを指向する
保障・安定……危険を回避する。組織との一体性を重視する
ワークライフバランス……生活と仕事の調和を求める

キャリア・アンカーは「性格特性から診断する」という誤解

キャリア・アンカーは「性格特性」と捉えられがちですが、そうではありません。キャリア・アンカー以外にも、性格特性から適職を診断するアセスメント(評価・査定)ツールなどがありますが、私は「性格特性は仕事に関係ない」と考えています。

世の中にあるアセスメントにおいて、チェックされている項目を図で表してみました。

●アセスメントで見ているものの一例(氷山モデル)

アセスメントで見ているものの一例(氷山モデル)
出典:海老原嗣生氏提供資料をもとに編集部で作図

この図では、上部に「変わりやすいもの」、下部に「変わりにくいもの」を配置しています。「知識」「スキル」などは勉強すれば身に付きます。「価値観」も時代の変化に応じて、あるいは置かれた環境や立場、周囲にいる人の影響で結構変わるものです。

一方、「基礎能力」「性格特性」は生来の特性に加えて、その後の環境や努力など長年かけて培われたもので、20代ともなると変えるのに時間がかかるもの。この2つを「資質」と呼びます。そのさらに奥の方に個人のパーソナリティの核があるわけです。情緒傾向などはかなり固定的な部分であり、その少し上にある「動因」、つまり「自分が何に心を動かされるか」も、早いうちから固まって、なかなか変わらないものと言われています。

これを踏まえて、「コンピテンシー」に目を向けてみましょう。「コンピテンシー」は、よく「性格特性」「行動特性」などと言われますが、実際には「職業能力」と捉えるのが正しいと考えます。職業能力は、図に示した要素のすべてが混ざり合って表れるものです。

例えば、もともとはシャイな性格特性で人と話すのが苦手な人が、営業場面では見事なプレゼンテーションをして契約を成立させていたりしますね。その人の営業力は、苦手意識から努力し、「知識」「スキル」を身に付け、幾度か成功を「経験すること」によって培われ、発揮されているのです。

たとえ高度な営業力を身に付けていても、プライベートの場などで「素」の状態になると、やっぱりうまく喋れないという人がよくいます。性格特性はなかなか変わらないものだからです。人間とはそういうものなのです。

●基礎特性と発現形式の違い

基礎特性と発現形式の違い
出典:海老原嗣生氏提供資料をもとに編集部で作図

ですから、「性格特性」「基礎能力」といった資質が「向いている仕事」を全て決めてしまうというのは早計です。人間はそんな薄っぺらいものではありません。何かの要素が足りなければ、別の要素でカバーする。複数要素を掛け合わせながら、職業能力=コンピテンシーが形成されていきます。(ちなみに、適正度合いが低いはずなのに好業績を上げる人を「オーバーパフォーマー」、その逆を「アンダーパフォーマー」といい、どちらもよく見られます)。

つまり、自分の努力や工夫によって、未来はある程度変えられます。だから、皆さんには、性格特性の診断だけを見て、「向いている仕事・向いていない仕事」を決めてほしくありません。それでは未来の可能性を狭めてしまいます。

キャリア・アンカーは成功や失敗を体験することで培われる

先ほど示した図の中で、「変わりにくいもの」としている「動因」。キャリア・アンカーはこれに近いものです。動因とは「人が何に対してモチベーションを感じるか」。分類すると28個 あると言われます(※「マレーの心理発生的要求リスト」より)。

●モチベーションの源となる28の動因

モチベーションの源となる28の動因
出典:海老原嗣生氏提供資料をもとに編集部で作図

例えば、「裁量権を手に入れて、多くの人に影響力を与えたい」という人は「やる気がある」、「権力も影響力もお金もいらない」という人は「やる気がない」と見られがちです。しかし、後者のタイプは、他者をサポートしたり奉仕したりする役割に対して意欲を持っていたりする。誰もが何らかの「動因」を持っていて、人それぞれ異なっているだけなのです(この動因の違いを理解していない管理職は、マネジメントに失敗しがちですね)。

この動因は、かなり早い段階──10歳くらいまでに固まり出します。ただ、仕事をしたことがない段階では、それがどう発現するかはまだわかりません。だから、人が働き始めてから、成功や失敗を体験する中で、時間をかけて動因がキャリア・アンカーを育んでいくと考えられています。

28の動因のうち複数のものが、ブロックのように組み合わさって形成されていくのです。そして、20代後半くらいにキャリア・アンカーの型が決まります。そこに成功も失敗も繰り返すことでブロックを積み上げ、「自分自身の核となるキャリア・アンカー」は30歳くらいで固まってきます。もともと変わりにくい動因が集まって形成されるので、その型はかなり強固なもの。そこから60代、70代になるまで変わらないだろう、と言われています。

なお、キャリア・アンカーは8つの型のうち、どれか一つに絞られる使い方をしていますが、私はもう少しダイナミックにレーダーチャート化して全要素を見るようにしています。診断では、それぞれの型について「高い」「低い」の評価が示されます。高い型が複数あり、同率になるケースもあるわけです。例えば「スペシャリティ追求」と「保障・安定」、両方の志向が高い、といったように。

その組み合わせに「自分らしさ」が表れるものだと理解しておいてください。

キャリア・アンカーを指標に「自分流」で仕事を変えよう

では、キャリア・アンカーが定まったら、それをどのように活かせばいいのでしょうか。アメリカやヨーロッパでは主に「仕事選び」「会社選び」に使われています。「ジョブ型雇用」が定着していて、採用時点から仕事が固定され、しかも中身のタスクまでかなり細かく規定されるアメリカやヨーロッパなら、キャリア・アンカーに合致した仕事や会社を選ぶことで、心地よく楽しく働けるわけです。

しかし、日本においては、キャリア・アンカーに基づいて仕事選び・会社選びをするのはお勧めできません。まず、入ってどの仕事をするかわからないし、就いた仕事でも職務定義書で細かくタスクが決められることなどないのです。逆に言うと、いくらでも仕事は自分流に変えられる余地があると言えるでしょう。

例えば、営業職として同じ商材を扱っていても、売り方には個性が表れています。論理的・合理的なプレゼンで契約を獲得する人もいれば、人情で顧客との関係を築いて受注につなげる人もいます。MVPを獲る営業スタッフは、それぞれ皆個性的で「自分流」の仕事の仕方を持っているじゃないですか!

つまり、自分の型に合わせて仕事のやり方を変えられた人が、ビジネスでは勝者になり得るのです。ですから、キャリア・アンカーで自分の型をつかんだら、それに合う仕事や企業を選ぶというより、選んだ仕事を自分の型に合わせて変えていくことを考えてほしい。それによって築いたものこそ、本物の「キャリア」だと私は考えます。

一言で言い換えてみます。

「あなたらしさで仕事を変えよう」

「今の仕事は自分に向いていない」と、転職を考えている人も大勢いると思います。けれど、安易に転職に踏み切る前に、目の前にある仕事を「自分流」に変えるチャレンジをしてみませんか。それでもダメなら転職するもの選択肢の一つとしてありでしょう。何が「自分流」「自分らしさ」なのかを認識するために、キャリア・アンカーを活用してほしいと思います。

ちなみに、皆が「自分流」に仕事を変えていけば、会社にとってもメリットがあります。会社としては、皆を同じ型にはめれば、マネジメントは楽になりますが、それでは将来のリスクにつながります。

10年後、20年後、社会がどう変化しているかは予測できません。「うちの会社にはこんなタイプの人材が必要だ」と、一つの型にはめても、10年後には必要な人材が変わっている可能性もあります。

ですから、「明らかにダメ」というやり方は是正するにしても、さまざまな型の人がそれぞれのやり方で活動して成果につなげていくほうが、リーダーシップに多様性が生まれます。そうすれば、時代がどんな方向に転んでも、ぴったりな人材がリーダーとして育っている。会社としては助かるわけです。

課長クラスになったときが勝負どころ

これは持論ですが、特に「課長」クラスの人は、いかに自由に課を運営するかによって、将来のキャリアが左右されます。上のポジションに行くほど、自由度が低くなっていくのが会社です。会社組織において自由なのは、「社長」と「課長」だけ。部長は各課のとりまとめに追われますが、課単位であれば、ある程度自由に施策を打てるものです。

ですから、言われたとおりのマネジメントを粛々とやるだけの課長ではなく、「課を運営している社長」になったつもりで「自分流」を実践し、成果を挙げることをお勧めします。会社にもよりますが、企業で上のポジションの昇りつめている人は、大体、課長時代に何かを成し遂げています。

自身のキャリアと会社、WIN-WINの関係を築けますから、自分流・自分らしさで目の前の仕事を変えていってほしいと思います。

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プロフィール

海老原 嗣生氏
サッチモ代表取締役、厚労省労働政策審議会人材開発分科会委員
大正大学特命教授、中央大学大学院戦略経営研究科客員教授

海老原嗣生氏1964年東京生まれ。大手メーカーを経て、リクルートエイブリック(現リクルート)入社。新規事業の企画・推進、人事制度設計等に携わる。その後、リクルートワークス研究所にて雑誌「Works」編集長を務め、2008年にHRコンサルティング会社ニッチモを立ち上げる。『エンゼルバンク-ドラゴン桜外伝-」(「モーニング」連載、テレビ朝日系でドラマ化)の主人公、海老沢康生のモデルでもある。人材・経営誌「HRmics」編集長、リクルートキャリアフェロー(特別研究員)を歴任。著書に『AIで仕事がなくなる論のウソ』(イーストプレス)、『人事の成り立ち』(白桃書房)、『人事の組み立て~脱日本型雇用のトリセツ~』(日経BP)等。

WRITING:青木典子 EDIT:馬場美由紀
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