ビジネスの課題解決や新たなアイデアの創出に役立つ思考法として「ラテラルシンキング」が注目されています。「ロジカルシンキング」との違い、ビジネスでの活用法、トレーニング方法について、ラテラルシンキングの研修・書籍執筆で豊富な実績を持つ木村尚義さんに解説していただきました。

目次
ラテラルシンキングとはどのような思考法か?
「ラテラルシンキング」とは、直訳すると「水平思考」。どんな前提条件にも支配されない自由な思考法、発想の枠を広げる思考法です。1967年、イギリスのエドワード・デ・ボノ博士によって提唱されました。
ラテラルシンキングで重視するのは「プロセス」より「結果」。これまで行っていたプロセスは習慣化されていて「常識」や「伝統」となっていることも多いのですが、それらにとらわれず「最終的にこうなっていればよい」という考え方をすることで、プロセスの中で不要なものに気づくこともあります。
こうした特徴から、問題を最短ルートで解決できるメリットがあり、コスト・時間・手間などの節約につながるほか、今までにない価値を生み出すことも可能となります。
ロジカルシンキングとの違い
ラテラルシンキングと「ロジカルシンキング(論理的思考)」の違いは次のとおりです。
- ラテラルシンキング──物事をさまざまな視点から水平に広げる
- ロジカルシンキング──物事を1つの側面から垂直に掘り下げる
デ・ボノ博士は、次のような例え話をしています。
「バターにお湯をかけていくと、溝ができ、どんどん深くなっていく。その溝が深くなればなるほど、そこからジャンプするのは難しい」
バターの溝が深くなった状態は「専門家」を指します。専門家はロジカルな視点で考え、概念を分類していきますが、ときにはその分類が誤っていることも。しかし溝が深いと、横への発想が広がりにくいと指摘しています。
なお、ラテラルシンキングとロジカルシンキングは対立するものではなく、いずれか一方しか使えないわけではありません。ラテラルシンキングによって多くの選択肢を出したうえで、「それを実現できるか」をロジカルシンキングで検討するのが有効と考えます。
クリティカルシンキングとの違い
「クリティカルシンキング(批判的思考)」は、ロジカルシンキングのマイナス面をカバーするという点ではラテラルシンキングと共通しています。
ロジカルシンキングで、深くなった溝から出られなくなっている状態に対し、「本当にそうなのか」を問うのがクリティカルシンキングです。ある考え方に対し、客観性を持って判断しようとするものです。
ラテラルシンキングが注目されている背景
昨今、ラテラルシンキングが注目されている背景には、次のような課題があります。
変化のスピードが加速。柔軟な対応力が求められる
今の時代、変化のスピードが加速しています。特にITの進化がめざましく、今日は「常識」だったことが明日には「非常識」になってしまうような環境にあります。最近では、「ChatGPT」に代表される生成系AIが、さまざまなコンテンツ制作の常識を変える引き金となりました。
常識がくつがえされれば、一からロジックを組み立て直す必要があります。その点、初めから常識にとらわれないラテラルシンキングを用いることで、変化にも柔軟に対応することができるのです。
以前の成功体験が通用しなくなっている
変化のスピードが速くなっていることにより、以前の成功体験を再現しても通用しづらくなっています。つまり、上司が自身の経験をベースに部下を指導することができなくなっているのです。
若手が「こんなとき、どうすればいいのだろう」と課題や壁にぶつかったとき、20年くらい前までは上司が「ベストプラクティス(目的達成のための最適な手法やプロセス)」を伝授することができました。
ところが、ここ10年ほど、上司が言うとおりにしても成果が出にくくなっています。そこで過去の成功体験や手法を一旦捨てて、新たに作り直す必要があるわけです。こうした取り組みは「リスキリング」とも呼ばれ、多くの企業が注力し始めています。
また、「ミドル・シニア層へのリスキリング」を課題として抱える企業も増えています。世の中の常識が変わり、過去の経験・スキルが通用しなくなっているなか、役職定年や定年を迎えるミドル・シニア層は子会社への出向や未経験部門への配属といった環境変化に不安を抱いています。
こうした不安を払しょくし、これまで培った知識や技術を新たな形で活用できるようにするために、ラテラルシンキングを身につけてほしいというニーズが高まっているのです。

ラテラルシンキングをビジネスで活用する方法
ラテラルシンキングはビジネスのあらゆるシーンで活用することができます。今、多くの企業が取り組んでいる以下の活動にも有効です。
- 従来の仕事のやり方を見直し、改善する
- ビジネスモデルを変革する
- 新規事業、新規商品・サービスを生み出す
こうした取り組みにおいて、4種類の発想法 を使うことで課題解決やアイデアの創出が期待できます。
- 逆転の発想をする
- 別の用途を考える
- 拡大・縮小する
- 他のものと組み合わせる
例えば、新しい「書籍」のアイデアを出すとしましょう。
- 逆転の発想──「読む」のではなく「自分で書く」
- 別の用途を考える──重さを利用して筋トレに使う
- 拡大・縮小する──巨大化して大人数で一度に読めるようにする→デジタルサイネージにする
- 他のものと組み合わせる──付せん・ラインマーカーをつける
このような発想の広げ方が可能になるのです。なお、この発想法をトレーニングする方法として、トランプを使ったカードゲーム「フラッシュ@ブレイン(R)」を考案し、企業研修で活用しています。
ラテラルシンキングを身につける方法
ラテラルシンキングを活用できるようになるためには、次の3つの能力を養うことが重要です。
- 疑う力
- 抽象化する力
- セレンディピティ(偶然を偶然として無視しない力/偶然を何かに関連付ける力)
これらを身につけるために、日頃からどのような行動を意識すればよいのかをご紹介しましょう。
あらゆるものを疑ってみる
世の中には「~であるべき」「~になるはず」という先入観や思い込みがあふれています。そこで、あらゆるものを「疑ってみる」ことから始めてみましょう。
「それ、本当に正しいの?」
「なぜ、こういうことをしているんだろう?」
「もしかしたら、違う見方もあるんじゃない?」
「今はそれでよくても、10年後はどうだろう?」
言葉に出して繰り返していると、周囲からけむたがられるかもしれませんが、発想を広げる方法としては非常に有効です。自分の中に「なぜ?」「本当?」「今はね」というキーワードを常に持っておくといいでしょう。
なお、固定観念を打ち破るためには、「異世界の人」と積極的に対話することをおすすめします。例えば「異なる世代の人」「異業種の人」「外国人」など。自分の常識が常識でないことに気付き、現状を「疑う」という習慣を身につけやすくなります。
物事を抽象化する
抽象化とは、物事の「本質」や「機能」に注目することです。発想を鍛えるトレーニング法として、身近なものの用途(○○するもの)をたくさん挙げてみるのも有効です。
例えば「新聞」の用途であれば、以下が挙げられます。
- 情報を伝える
- 広告を載せる
- 包む(陶器・野菜など)
- 敷く(爪を切るとき・果物の皮をむくとき)
- 型崩れを防ぐ(カバンや靴に入れる)
- 着火時の火種にする
- 防寒具にする
- リサイクル資源にする
- 広告デザインの見本にする
- テストの時事問題の出題源にする
- キャッチコピー作成の参考にする
10個程度なら簡単に出てきますが、20個を超えるとなかなか出てこなくなります。それでも続けていくと、何かの拍子に「視点」が切り替わり、またアイデアが出てくるようになります。ぜひ試してみてください。
このほか、一見異質なものを抽象化して関連付けてみるトレーニングもおすすめです。例えば「笑点」と「AKB48」にはある共通点があります。「メンバーの入れ替えによって長く続いている」です。
お笑い芸人のねづっちさんが得意とする「なぞかけ」をしてみるのもいいでしょう。「○○とかけて、××ととく。そのこころは~」という言葉遊びです。○○と××がかけ離れているほど、その意外な共通点が面白く感じられます。これも「抽象化」の力を養う方法の一つです。
「偶然」を見逃さない
「セレンディピティ」という言葉があります。日本語に訳しづらいのですが、いわば「偶然を偶然として無視しない力」「偶然を何かに関連付ける力」です。
より簡素に言い換えるなら「こじつけ力」です。抽象化にも似ていますが、偶然見つけたものに対し、「これは私たちの課題にも使えるんじゃないか」とわざと口に出してみる。すると、脳が勝手に「どうして?どのように?」と考え始めるので、それを繰り返すうちに面白い発想が生まれてくることがあります。
例えば、「台風が来る」というニュースを見たら、通常は「被害」が気になるものですが、あえて「メリット」を考えてみるのもいいでしょう。
このトレーニングには「ChatGPT」を活用してもいいかもしれません。通常は関連しないものの関連性を問うと、思いがけない答えが返ってくる可能性があります。間違った回答も多いのですが、それも含めて面白がってみることは、発想力を広げるのに役立つのではないでしょうか。

ラテラルシンキングで新たなアイデアを生み出そう
ラテラルシンキングを磨く方法としては、「ビジネスの活用法」の項で挙げた「フラッシュ@ブレイン」の発想法も活用してみてください。「逆転の発想」「別の用途」「拡大・縮小」「他のものとの組み合わせ」です。これは、くだらない発想でもかまいません。むしろくだらない方がいいのです。
発想が広がったら、「ロジカルシンキング」にモードを変更し、さらに「クリティカルシンキング」で検討を進めていきます。
モードを切り替えるときは、何らかの儀式を設けるのもいいでしょう。例えば、腕時計を「右に着けたときはラテラル」「左に着けたときはロジカル」といったようにです。儀式によりそのモードに入りやすくなります。
今回ご紹介した発想を、まずは使ってみてください。そうして発想したアイデアが職場で否定されたとしても、別の機会・別の領域で活かせるチャンスもあるはずです。とにかく「変えてみること」が価値になるのです。
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株式会社創客営業研究所 代表取締役 木村 尚義氏
日本一ラテラルシンキング(水平思考)関連書を執筆している著者。1962年生まれ。流通経済大学卒業後、ソフトハウスを経てOA機器販社に入社。不採算店舗の再建を任され、逆転の発想を駆使して売り上げを5倍に改善する。その後、IT教育会社に転職、研修講師としてのスキルを磨く。自身が30年以上研究している、既成概念にとらわれずにアイデアを発想する思考法を企業に提供し好評を得ている。また、銀行、商社、通信会社、保険会社、自治体などに「発想法研修」を提供している。遊ぶだけで頭がよくなる強制発想ゲーム「フラッシュ@ブレイン」の考案者。
著書に、『ずるい考え方 ゼロから始めるラテラルシンキング入門』(あさ出版)、『ひらめく人の思考術 物語で身につくラテラル・シンキング』(早川書房)など多数。