仕事の中で「思考」しなければならない機会が増えたけれど、なかなか思考が続かない…と感じる人は少なくないようです。東京大学の西成活裕教授によると「ビジネスに必要な思考力は鍛えられる」とのこと。西成先生に、思考力を鍛えるために必要なものと具体的なトレーニング方法などを伺いました。

西成活裕(にしなり・かつひろ)さん
東京大学先端科学技術研究センター教授
東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、博士(工学)の学位を取得。その後、山形大学、龍谷大学、ドイツのケルン大学理論物理学研究所を経て現職。ムダどり学会会長、MUJI COLOGY!研究所所長などを併任。専門は数理物理学。さまざまな渋滞を分野横断的に研究する「渋滞学」を提唱し、著書『渋滞学』(新潮社)は講談社科学出版賞などを受賞。日本テレビ「世界一受けたい授業」に多数回出演するなど、多くのテレビ、ラジオ、新聞などのメディアでも活躍している。今春発売の著書『東大教授の考え続ける力がつく思考習慣』(あさ出版)が話題を集めているほか、『東大の先生! 文系の私に超わかりやすく高校の数学を教えてください!』『東大の先生! 文系の私に超わかりやすく数学を教えてください!』(ともに、かんき出版)など著書多数。
『東大教授の考え続ける力がつく思考習慣』
「思考力」がビジネスに必要である理由
現代社会は、AIの進化などによる社会の変化や新型コロナウイルスの世界的な感染拡大、自然災害の増加など、先々が全く予測できない時代にあります。ビジネスの世界では、この状況を「VUCAの時代」(Volatility/変動性・不安定さ、Uncertainty/不確実性・不確定さ、Complexity/複雑性、Ambiguity/曖昧性・不明確さ)と呼んでいます。
このような時代においては、先々を読む力が重要。しかも、1歩先程度ではなく、5歩先、10歩先を読むことが必要とされます。1歩先を読むぐらいで読み切れるような簡単なものは今のご時世ほとんどないですし、あったとしても他の誰かにすぐ真似されてしまいます。
5歩先、10歩先を読める人は、将来のために今、何をするべきなのか、さまざまな展開パターンを考えることができます。つまり一つの事象に対する打ち手を、「前もって」「複数」考えることができるのです。
先々を読むには、思考する力が必要です。1歩先を「考える」だけでなく、さらに先、さらに先…と「考え続ける」ことが求められるからです。ただ最近では、わからないことがあったり問題にぶつかったりしたら、すぐスマホやパソコンで答えを求めてしまい、考え続ける習慣が身についていない人が多いのが現状です。
複雑で不確実で、変化が激しいこれからの時代は、考え続けられる人と、考えられない人の差がどんどん広がっていくと予想されます。この思考する力は、筋トレなどと同じで、日々の思考習慣で誰にでも鍛えられるもの。これからの時代を生き抜く選択肢を増やすためにも、ぜひ多くのビジネスパーソンに思考習慣を身につけてほしいと思っています。
考え“続ける”力がつく!7つの考える力で思考力を鍛えよう

「思考力」は、次の7つの「考える力」で構成されています。これらの力を磨くことで、思考するための体力が鍛えられ、思考力そのものが磨かれます。
問題を解決したいとき、7つの力のいくつかを組み合わせて思考することによって、その効果が発揮されます。普段から、この7つの考える力を意識して、物事を考え続ける思考習慣を身につければ、悩みや困難の解決が容易になるでしょう。
1.能動的に考える力=自己駆動力
2.常にもう1段先を考える力=多段思考力
3.あらゆることを疑ってみる力=疑い力
4.全体を俯瞰して見る力=大局力
5.物事を分類して選び取る力=場合分け力
6.思考の階段を何段も飛ばす力=ジャンプ力
7.物事を細分化して考える力=微分思考力
この後、それぞれの力の解説と、磨き方についてご説明します。
「自己駆動力」は、好きなものと組み合わせることで磨かれる
自己駆動力とは、自分で考え、動き出す力のこと。これがなければ何も始まらない、思考体力の基礎と言える力です。自己駆動力が高ければ、自分で自分を鼓舞し、駆り立てながら思考を走らせることができます。
他人に指示された目標では、壁にぶつかったときに「自分が決めたことではないから」と言い訳したり、指示した相手に責任転嫁したりしてしまいがちですが、自分で目標を設定して、自ら動き出すことができれば、どんな困難にぶつかっても「自分で決めたことだから」と覚悟を持って考え続けることができるでしょう。
どうしても気が乗らない、動き出せない…というような場面のときは、「自分が好きなもの」と組み合わせるといいでしょう。自分が時間を忘れるほど没頭できるものを、自己駆動力の燃料にするのです。
例えば、商談が苦手でなかなかうまく交渉できないという場合。もしゲームが好きなのであれば、商談をロールプレイングゲームと思って楽しんでみればいいと思います。商談相手をボスキャラと捉え、相手がこう切り返して来たら、こう返してやろう…などと攻略方法を考えれば、苦手意識が軽減できるでしょう。少なくとも、一発でノックアウトされることは減り「もう1回トライしてみよう」という意欲が湧くと思います。それを繰り返すことで自己駆動力が徐々に磨かれ、能動的に考え続けられるようになるはずです。
「多段思考力」は、言葉つなぎゲームで鍛えられる
「自己駆動力」をもとに走り出した後は、ゴールを目指すことになりますが、その過程であきらめることなく、「もう1段先、あともう1段先…」と考え続ける力が「多段思考力」です。自己駆動力がエンジンならば、こちらは思考のアクセルを踏み続ける力になります。
粘り強く考える多段思考力があるかないかで、決めたことを最後までやり抜けるかどうかも決まります。すぐに短絡的に考えてしまう人や、他人の意見や情報に影響されやすい人は、特に鍛えたほうがいい力です。
多段思考力を鍛えるには、「言葉つなぎゲーム」がお勧め。まったくタイプの違う言葉を2つ挙げ、それを論理でつなげるというゲームです。
やり方はいたって簡単。紙に「リンゴ」「犬」「パソコン」「ドア」「クリップ」「雨」など、全く関連性のない言葉を思いつくままに書き、箱や紙袋などに入れてくじ引きのように2枚取り出します。そしてその2つの言葉を、どうにかつなげて文を作ってみましょう。
例えば、リンゴとドアであれば、「リンゴを保管していた倉庫が火事になり、閉じ込められてしまった。炎の中、一生懸命非常口を探し、どうにか外に出られるドアを見つけた」などの文章が作れるでしょう。このように、2つの言葉の間をつなげる方法を考えることが、多段思考力のトレーニングになります。
この方法で多段思考力を鍛えると、世の中のあらゆる出来事が「自分と関わりがあるもの」として捉えられるようになります。自分とは関係ないと思っていたニュースも、何段かで間を埋めれば自分とつながるのだと気付けるようになるからです。今まで見逃していたニュースも目に入るようになり、インプットできる情報量が圧倒的に増え、それが思考をさらに豊かにしてくれるはずです。
また、ビジネスにおいては、一見関係ないと思えるものを結びつけることでビジネスチャンスが生まれます。言葉つなぎで多段思考力を鍛えれば、そのチャンスを自ら生み出せる人として評価されるようになるかもしれません。
「疑い力」を養うには、プログラミングが有効
疑い力とは、車のブレーキのように、思考のアクセルを踏み過ぎないようにいったん立ち止まる思考のこと。進んでいる方向が間違っていないか確かめるのにも必要な力です。
疑い力があれば、起こりがちなミスを回避し、より良い選択肢を考えることができるようになります。間違った情報に振り回されたり、目先の利益に惑わされたりするリスクも減ります。ネット上にある玉石混交の情報を見極めるうえでも重要な力です。
疑い力を鍛えるのにうってつけなのが、プログラミング。今は子どもがプログラミングを学ぶための簡単なツールが多数用意されているので、経験のない人にこそぜひ試してほしい方法です。
コンピューターは、何か1つ間違っているだけで正常な動作ができなくなります。人間相手であれば、多少間違ったことを言っていても「実際はこういうことを言いたいんだな」と想像で補完できますが、コンピューターは完ぺきな指示を出さないと動いてくれません。
今度こそ絶対にミスなくプログラムを書けた!と思ったのに、なぜか動かない。またすべての工程を一つひとつ見返さなければならない…このような経験は、日常生活ではなかなかできないもの。自分自身を疑わなければならない状況に自ら持っていくことで、立ち止まって冷静に現状を見渡したり、振り返ったりする習慣がつき、抜け漏れやミスを防ぐことができるようにもなります。
または、一つの仕事をやり終わった際に、「これは間違っている」と口に出してみるのもお勧め。「間違っている」ということで客観的な視点に切り替わり、「間違っている前提」で見返すことができるようになり、疑い力が鍛えられます。
「大局力」をつけるため、なりたい未来を仮置きして今を考えてみる
一つひとつの事象に対し、アリの目のようにズームインして見るのではなく、鳥の目でズームアウトして全体を俯瞰する力が「大局力」です。
人はどうしても目の前のことばかりに気を取られがちです。一つのことに集中するのはいいのですが、ややもすると全体像が見えなくなる恐れがあります。その結果、場当たり的な思考に陥り、間違った方向に進んでしまう可能性もあります。
大局力があれば、今やっていることだけでなく、その周辺を見渡して、その分野における立ち位置まで把握することができます。今いる場所を俯瞰できれば、次に進む道や次に取るべき行動もわかり、思考の方向性も明確になるでしょう。
大局力を鍛えるには、バックキャスティング思考が有効。「未来」を起点として、そこから逆算して今何をするべきかを考えるという思考法です。
変化の激しい世の中で、先々を考えるのは難しいと思われるかもしれませんが、まずは仮置きでいいので、20年後、30年後どういう人生を送っていたいのか考えてみましょう。そして、その「将来像」に至るにはどんな道をたどればいいのか、そして今、何をすればいいのか、考えてみるのです。
例えば、「50歳ぐらいには、会社に頼らず一人で戦えるスキルを身に付けていたい」と思ったのであれば、AIに関する知識をつけておくとよさそうだ→まずはこの週末にAI搭載ドローンでも買ってみようか…というような発想ができるようになるはず。まずはやってみて、もし合わなければまた考え直せばいいだけの話。バックキャスティング思考で見て考え、行動した経験を積むごとに、大局力が強化されていきます。
「場合分け力」も、プログラミングに親しむことで養われる
人生は選択の連続です。一本道で目標にたどり着けることは無く、必ず分岐点に出くわします。最適なルートを選ぶには、分岐点に選択肢をきちんと分類・整理して思考する「場合分け力」が必要になります。
場合分け力に、先の「疑い力」が加われば、自身の選択肢を増やすことができるうえに、正しい選択ができるようになります。重要な場面で決断を迫られても、複数の選択肢をもとにより良い判断ができるようになるでしょう。
場合分け力を鍛える際にも、プログラミングが役立ちます。プログラムを組むには、「もし~だったら~する」という指示をする「If~Then~」という条件式が欠かせません。プログラミング自体が場合分けの積み重ねであり、プログラミングに親しむことで場合分け力を磨くことができます。
「ジャンプ力」は、発想を飛ばす習慣で鍛えられる
壁にぶつかったとき、思考を何段も飛ばし、全く違う角度から問題解決の方法を見つけ出す力が「ジャンプ力」です。
ジャンプ力がある人は、誰も打ち手が思い浮かばず行き詰まっているようなときに、パッと解決策を提示することができます。逆境に立たされた時にも、ピンチをチャンスに変えるようなひらめきを発揮することができます。
ジャンプ力は、多段思考力のパートで紹介した「言葉つなぎゲーム」で鍛えることができます。まったく異なる種類の言葉同士をつなげるには、発想を何段も飛ばして考える必要があるからです。
先ほどのように、自分で言葉を考え、くじ引きして鍛えるのもいいですが、例えば同僚2人に、それぞれ適当に言葉を挙げてもらうというのも一つの方法。まったく接点が見つからない言葉が上がってくる可能性が高いので、よりジャンプする思考が養われます。
毎朝オフィスに出社したときに、同僚2、3人に1つずつ言葉を投げかけてもらってはいかがでしょうか。もしくは、有志を募り、朝活の一環として皆でトレーニングするのもいいかもしれません。言葉つなぎを毎日の習慣にすることで、多段思考とジャンプする思考がより一層磨かれることでしょう。
「微分思考力」は、普段の業務を細分化する習慣をつけるのが◎
全体を見る「大局力」とは反対に、何がどうなっているのか理解しづらい物事を細分化して考える力が微分思考力です。
階段を1段ずつ上がっていくように考える力を「多段思考力」とすると、微分思考力は段差の大きい階段の1段を数段に分けるイメージです。
どんなに複雑で難解な現象であっても、1段を細かく分けてみれば、単純なことの組み合わせであることがわかります。例えば、「人工衛生を月に飛ばす」という壮大で難しそうな計画であっても、実現までにやるべきことを細分化してみると、「真空状態でも外れないねじを作る」「遠隔操作できるカメラを作る」などに分解でき、一つひとつは決して不可能ではないことがわかります。
微分思考力を鍛えるには、日常において細分化して考える習慣をつけるといいでしょう。難易度の高そうな仕事を任されたとき、やるべき業務を細かくわけて考えるのはもちろん、長いプロジェクトを細かく分解して今やるべきことを考えるなど「時間」を分けて考える癖をつけるのも有効です。
思考力を鍛えれば、変化に振り回されない人生を歩める

思考力がないと先々が読めず、今やるべきことも見失い、変化に振り回される人生になってしまう恐れがあります。考え続けることに年齢やキャリアなどは関係ありません。前述のように7つの考える力を意識して磨けば、誰でも思考力を磨き、高めることができます。
7つの考える力を鍛えれば、思考する体力も身につき、考え“続ける”ことが容易になります。考え続ければ、思考はどんどん広く、深くなり、最良の答えに近づくことができるようになります。
7つのうち、優先的に鍛えてほしいのが、すべての思考の出発点となる「自己駆動力」、走り出した後に一段先を考え続ける「多段思考力」、そして正しい方向に進むための「大局力」の3つ。その後、残りの4つを鍛えて思考の精度を高めるのがお勧めです。
ぜひ思考力を鍛えて先を読み、自ら人生を切り開けるようになってほしいと願っています。
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