澤は数多くの登壇をこなし、プレゼンに関する書籍も出版し、多くの人に読んでいただいております。今回はそんな読者の一人でもあり、かつ澤のプレゼンレクチャーを直接受けてくださった方へのプレゼン体験を紹介したいと思います。
目次
講演経験がなくても、プレゼンの結果を出すことができた秘訣は?
皆さんこんにちは、澤です。
今回紹介するのは阿部茉梨藻さんといって、私が顧問を拝命している会社で、今はエンジニアとして働いている女性です。
阿部さんはビズリーチ社内でのSalesforce のシステム管理に関わる仕事をしており、その活躍が認められて「Salesforce World Tour Tokyo」のプレゼンターとして東京でプレゼンテーションを実施する機会を得ることになりました。
タイトルは「Salesforceを活用した”働き方改革” ~定着までのシステム管理者奮闘記~」。ご自身の体験をもとに、Salesforceの活用についてお話ししたそうです。
阿部さんのセッションには100名を超える参加者がいらっしゃったそうで、大変な盛況だったとのことです。
このイベント全体では、80セッションを超えるプレゼンテーションが実施され、それぞれのセッションにおいてはアンケートがとられて満足度が測られました。
阿部さんの結果は素晴らしいスコアだったことが報告され、本人も大変喜ばれていました。
ただ、阿部さんはプレゼン慣れをしていたわけではなく、外部イベントでのプレゼンテーションは、これが初めての登壇だったそうです。
登壇寸前は、緊張のあまり文字通り食事も喉を通らない状態になっていたとのこと。
緊張の原因は、「オーディエンスにとって自分の話が役に立つかどうかが分からない」ということと、「オーディエンスと自分との間にある共通項がつかめない」ということの二つだったそうです。
たしかにこれは、経験が浅い人には難しいことかもしれません。そんな緊張感の中でも、しっかり結果を出すことができた秘訣はどこにあったのでしょう。
スライドの文字を徹底的に減らし、画像を増やした
まずは、ステージに立つ前の話から。
スライド作りもかなりの紆余曲折があったそうです。
「40分の登壇時間に対し、第一版としてできあがったスライドは55枚。文字量も多く、絶対に話しきれない量でした」
「なんとなく『あれも話したい』『この情報も入れたい』と思っているうちに、資料が肥大化してきて…」
「上司にフィードバックをもらいに行くと、『何を伝えたいのか、よく考えて最低でもスライドの文字が36ポイント以上にできるよう情報を絞り込んで』とのコメントをもらいました」
「初版は捨てて、作り直す決心をしたのですが、最初に作ったスライドのフォントサイズは12~14ポイントで、どうすればそこまで情報を絞り込んで文字を大きくできるのか、皆目見当もつかず…」
もう失敗プレゼンのスライド作りのテンプレートのような展開が最初は繰り広げられたそうです。
私のプレゼンを聴いたことがある方はご存知だと思いますが、私が作るスライドには、ほとんど文字はありません。
イメージを喚起する写真やイラストと、最低限に絞り込んだ言葉で表現するようにしています。
阿部さんもそれを思い出してくれたそうで、なんとも光栄なことにYouTubeで澤の動画を探して研究をしたそうです。
作ったものを一度ゼロにするのは、非常に勇気のいることです。しかし、阿部さんの成功のためには、絶対に不可欠な痛みだったと言えます。
もし、最初の膨大な量のスライドを使って本番に臨んだなら、おそらくはスライドを読むのに必死で、オーディエンス不在のプレゼンになっていたことでしょう。
「苦渋の決断でしたが、結果的にはすっきりしたスライドを作ることができました」
「最終的な枚数は48枚だったのでそれほど減ったわけではないのですが、とにかく画像を増やして徹底的に文字を減らしました」
さぞや大変な時間を要したのでは…と思いきや、作業自体は一日で完了したそうです。
話したいことが脳内で固まっていたので、それをダウンロードする作業してスライドに表現するだけだったとのこと。いかに「考え抜くのが大事か」を物語るエピソードですね。
ご本人はあまり意識をしていなかったかもしれませんが、このスライド作りのプロセスは、そのまま「脳内リハーサル」になります。
脳内で仮想的にプレゼンテーションを進めていくことで、実際のステージの上でもより精度の高いプレゼンテーションを行えるようになります。
オーディエンスは敵ではなく味方である
さて、スライドができた後はいよいよ本番です。どんな体験や気づきがあったのでしょうか。
「まず、『皆さんこんにちは!』と挨拶してから少しだけ間を空けてみました。そうしたら、客席からパラパラと『こんにちは~』という返事が返ってきたんです!これで一気に緊張がほぐれました!」
この「挨拶の後に少し間を空ける」というテクニックは、私もよく使います。こうすることで、オーディエンスとの距離を縮める効果があると思っているからです。
私にとってはその効果はもはや当たり前に感じつつあったのですが、阿部さんは新鮮な体験として受け取ったそうです。
オーディエンスの反応は、自分のペースをつかむために一番の良薬です。
挨拶というシンプルな言葉のやり取りだけで、ポジティブな影響を得られるのであれば、やらない手はありません。
阿部さんは見事にその効果を得ることができたようです。
「話し始めるまでは『こんな小娘の話なんて…』と思われているのではないかと心配していたのですが、話し始めてしまえばそれが杞憂であったことがすぐ理解できました。ステージに立ってしまえば、あくまでも一人のプレゼンターとして見られていて、むしろそれが自信につながりました」
自分がプロとして見られていることが、ほどよい緊張感とともに喜びになったということですね。
私は常に「オーディエンスは敵ではなく味方である」と言っています。
話し始めた人の失敗を心から祈る人はほとんど皆無で、「どんな話をするんだろう」「役に立つトピックはあるかな」と考えながら聴いてくれるものです。
プレゼンテーションをしている最中に、緊張をほぐすために効果的なのは「うなずいてくれているや、アイスブレイクで笑顔になってくれる人を見る」というテクニックです。
こうすることで、オーディエンスが敵ではなく味方だ、と自分自身を視覚的に納得させられるからです。
精神的に楽になれば、失敗のリスクも下がります。プラスのスパイラルに入って、大成功の確率がどんどん上がっていくことになります。
失敗のリスクは、たいてい自分の中に存在しています。その小さな悪魔のささやき声に耳を貸すことなく、目の前のオーディエンスに意識を集中したことが、阿部さんの成功要因だったと言えますね。
手の位置は「ホームポジション」に置く
「とにかく、手を定位置に置くことを意識しました。そうすることで、姿勢のバランスがよくなったり、ここぞというときに手の動きで話の内容を強調したりできました」
これは、私が「ホームポジション」と呼んでいる、手の位置に関する考え方ですね。
手をぶらぶらさせると、視覚的にだらしない印象を与えてしまいます。
それを見事に防ぎつつ、プレゼンテーションをより一層華やかにすることに成功したようです。素晴らしいですね。
阿部さんは、ITイベントではかなり少数派となる女性のプレゼンターでした。
そのため、ビジュアル的な「特別感」は最初から自然と高くなります。
それはプラスにも働きますし、場合によってはリスクにもなります。
しっかりと基本的な立ち居振る舞いを意識できたことが、大きな成功要因になったのではないかと思います。
「話をしているときに別人格を挟むテクニックも効果があることを実感できました。システムを利用しているユーザーの現場の声を紹介するときには、声色をかえて別の人になり切って話してみたりしました」
淡々とプレゼンをするのではなく、メリハリをつける意味でもちょっとした演技をさしはさむのは効果があります。
阿部さんは学生時代の部活で、英語で演劇をしていたそうです。
そういう意味では、もともとスキルを持っているという意味ではアドバンテージがあります。とはいえ、そのスキルを初めてのステージで実践するのはなかなかできることではありません。
私の講習の中で「別人格を挟むテクニック」を紹介したときに、阿部さん自身が持っている能力とのマッチングがイメージできたことが勝因でしょう。
それにしても、それをやってみようと思う時点で、トッププレゼンターとしての資質を十分に持っていたのかもしれませんね。
若手女性の英語トッププレゼンター誕生か!?
さて、そんな大成功をおさめた阿部さんですが、これからのことについても訊いてみました。
「またぜひ外部のイベントでプレゼンテーションをしたいと思います。このステージに立てたのは、まずは社内でのプレゼンでの成功体験がきっかけでした。
その成功体験をもって社員ではないオーディエンスに向けてプレゼンをして、かつ大きな成功ができたことは自身になりました。
今後は『インフルエンサーになりたい』という自分のパッションを昇華させる最高の機会をもっと体験したいと思います」
さらにはこんなことまで。
「今度は英語でのプレゼンテーションにもチャレンジしたいと思います。学生時代の活動や授業の経験から、人前で話すことの成功体験は英語が先でした。英語のほうがスマートでかっこいいな、と感じる冗談や表現もあります。ぜひ、それをステージの上でやってみたいと思います」
英語でのプレゼンテーションではかなり苦労をしている私としては、超強力なライバルの出現です(笑)。
英語でプレゼンテーションができれば、何十億人という人たちに対してアピールをすることができます。それは、今までとは比較にならない大きな成功体験ができることを意味します。
まだまだ日本には、英語でのプレゼンが得意という人材は極めて少数です。
ましてや、IT業界の女性、となればさらにその絶対数は絶滅危惧種と言ってもいいくらいです。
阿部さんが「若手女性トップ英語プレゼンター」となれば、日本のIT業界には大きな影響を与えてくれることでしょう。
これからの阿部さんのプレゼンテーションライフ、充実していくことは間違いなさそうです。活躍を楽しみにしたいと思います。
著者プロフィール
澤 円(さわ まどか)氏
大手外資系IT企業 テクノロジーセンター センター長。立教大学経済学部卒。生命保険のIT子会社勤務を経て、1997年より、現職。情報共有系コンサルタントを経てプリセールスSEへ。競合対策専門営業チームマネージャ、ポータル&コラボレーショングループマネージャ、クラウドプラットフォーム営業本部本部長などを歴任。著書に「外資系エリートのシンプルな伝え方」「マイクロソフト伝説マネジャーの世界No.1プレゼン術」
Twitter:@madoka510
※本記事は「CodeIQ MAGAZINE」掲載の記事を転載しております。