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「健康経営ができなければ会社を辞める覚悟でいた」―アスリート会社員の「健康への想い」が大企業を変え、渋谷を動かす

渋谷ウェルネスシティ・コンソーシアム
取り組みの概要
ディー・エヌ・エー社内に設置された社員の健康サポート専門部署CHO(Chief Health Officer)室を起点に、渋谷にオフィスがある東急電鉄やKDDI、サイバーエージェント、ミクシィなど9社が集まるコンソーシアムを結成。経済産業省や渋谷区、商工会議所の協力も得て、渋谷で働く人の健康増進に向けたノウハウ共有やアクション実施に向けた取り組みを進めている。
背景にあった課題
ディー・エヌ・エー社内では、悪い姿勢での作業による腰痛や肩こり、慢性的な睡眠不足といった「生産性に悪影響を与える状況」が散見されていた。
取り組みによる成果
渋谷区長や商工会議所といった団体、さらに渋谷にオフィスを構える9社とともに健康を考えるコンソーシアムを結成。健康経営に関する情報共有を進め、参加各社で新しいアクションが起きている。
担当者の想い
発起人はプロゴルファーを目指しているアスリート会社員。「成果を出すためには健康でいるのが当たり前」というメッセージを発信し続けている。

人事としてではなく、アスリートとしての視点で健康経営を考えた

「人生100年時代」と言われ、健康寿命を伸ばすことがキャリア形成においても重要だと指摘されるようになった昨今。大手を中心にトップ主導で健康経営施策に取り組む企業は増えているが、株式会社ディー・エヌ・エーの場合は少し事情が違う。専門部署「CHO室」を立ち上げ、社内だけでなく地元・渋谷区の周辺企業をも巻き込む大きな取り組みに発展させたのは、たった1人の「アスリート」だった。

「腰痛が原因で1週間会社を休む」役員も

「僕はディー・エヌ・エーというIT企業で働いているものの、お恥ずかしいながらITをはじめ、ゲームやエンタメの知見が非常に浅いんです」

そう打ち明けるのは、同社でCHO室を立ち上げ、現在は室長代理を務める平井孝幸さん。ちなみにCHOは代表取締役会長の南場智子氏だ。

平井さんは学生時代からプロゴルファーを目指し、現在も活動を続けている。学生時代にディー・エヌ・エーでインターンをし、その後ゴルフ事業などを経験した後、2011年に入社。人事部にいた平井さんが強く興味を持ったのは、社員の歩き方や歪んだ姿勢をはじめとする健康状態に関することだった。

「執行役員の中には、腰痛が原因で1週間会社を休んでいる人がいました。社内を見渡してみれば、猫背で頭を前に突き出したままPC作業をしていたり、膝を緩ませて下半身に大きな負担がかかる歩き方をしている社員がいたり。これらを改善できれば、さまざまな痛みから解放でき、皆のパフォーマンス向上につなげられるのではないかと思いました」

「人事・労務部や産業医は通常、『病気にならないようにする』という観点で健康経営を考えていることが多いですが、僕はスポーツ経験が長かったこともあり、『体を正しく使って健康になれば、もっと集中力を高められる』という観点で見ていたんです」(平井さん)

試しに姿勢の悪い20代の女性社員にプロゴルファーが使っているトレーニング機器(ゴムチューブ)を紹介し、日頃の姿勢や歩き方の改善を提案したところ、姿勢の改善以外に「冷え性も改善した」と喜ばれたという。平井さんはこうしたアドバイスをエンジニアを中心に行ったり、専門家を紹介したりといった活動を広げていった。

トップの南場氏に「CHO就任」を直談判

「パフォーマンス向上のための健康化」に意欲を燃やす平井さんは、人事責任者に専門部署設立を提案。同社で展開するヘルスケア事業の役員など経営層も巻き込み、トップの南場氏には直談判してCHOに就任してもらった。こうして2016年1月にCHO室を発足させ、社内アンケートにより腰痛や睡眠に関する悩みを持つ人の割合を見える化し、それをゼロにするという目標を立てて活動を開始した。

「社内セミナーを開催するときは、『クリエイティビティ向上につながる食事の仕方』など、健康に関心のない20代にも注目してもらいやすいテーマにしました。1人でできることには限界があったので、健康推進部という部活を作り、健康に興味のある人にどんどん入ってもらっています。現在では約100人が在籍しています」(平井さん)

そんなある日、平井さんは自社の施策をさらに拡張するため、健康経営政策に取り組む経済産業省の担当者と会った。「一企業だけではなく、渋谷の企業を巻き込むような形で活動を広げてくれれば、経済産業省としても何らかの支援ができるかもしれません」。

そのアドバイスを受け、平井さんは即座に「次のアクション」を開始したのだった。

流行を発信する街・渋谷から、「健康の大切さや価値」を広げていきたい

平井さんはまず、渋谷区の長谷部健区長に接触を図る。伝手も何もないところからの直接アプローチだったが、想いに賛同し話を聞いてもらえたという。健康取組みの意義を理解してくれた区長からの紹介で、平井さんは渋谷区医師会会長や地元商工会議所ともつながりを持った。

その後は渋谷区にオフィスを構える企業へ、1件ずつウェブサイトの「お問い合わせフォーム」から地道にアプローチを続ける。反応を返してくれた会社に赴き、渋谷で実現させたい構想を伝えていった結果、現在では9社が参加する「渋谷ウェルネスシティ・コンソーシアム」の結成へとつながった。

コンソーシアムからの発信が渋谷の企業を動かした

柳沢雅三さん(KDDI株式会社/バリュー事業企画本部 戦略推進部 ヘルスケアグループ)は、KDDIの新規事業部隊が集まる渋谷ヒカリエの拠点に勤務している。平井さんからのアプローチに対して社内関係者が多忙で参加できなかったが、「自社でも健康経営の取り組みを進めているのだから情報共有するべきでは」と考えて自身の参加を決めたという。

「会に出るたびに社内関係者へ他社の取り組みを共有しているんです。たまに共有しないでいると『今回の分はないんですか』と聞かれるくらい、社内でも興味・関心が高まってきています(笑)。この機運が社内にもっと広がり、結果として早く『健康経営優良法人』に認定されるよう頑張りたいと思っています」(柳沢さん)

根岸久美子さん(株式会社ミクシィ/人事部 企画グループ 企画チーム)は、渋谷区観光協会からの打診を受けた社長の指示でコンソーシアムに参加した。もともと健康経営に大きな関心を持っていたわけではなかったが、会に参加するうちに健康が生産性向上に寄与することを知った。

「アブセンティズム(Absenteeism:欠勤や遅刻早退、休業を余儀なくされ、業務に就けない状態)やプレゼンティズム(Presenteeism:出勤していても、心身の健康上の問題によって十分なパフォーマンスを発揮できない状態)といった事例についても平井さんから学びました。学んだことは全社にフィードバックし、ヨガイベントなどの取り組みにつなげています。また、健康への課題が会社の損失につながることを明示して社内へプレゼンする機会も得ることができました」(根岸さん)

柳沢さん(左)と根岸さん(右)

健康経営にここまで純粋な人間もなかなかいない

渋谷ウェルネスシティ・コンソーシアムに参加している企業の間では、この他にも健康経営の具体的な取り組みに向けた動きが加速している。

その大きなきっかけを作った平井さんは、「もしCHO室を作る企画が通らなければ、会社を辞める覚悟でいました」とも打ち明ける。

「健康経営の取り組みは、誰に指示されることなく自分の想いだけで進めてきました。プロゴルファーを目指し、ゴルフコーチとしても活動を続ける中で得た『パフォーマンスを上げる知識や経験』を、働く人にも生かしたい。そのことだけを考えていたんです。渋谷区長をはじめさまざまな立場の人が協力してくれているのは、『ビジネス抜きで人を健康にすること』をここまで考えている人間はなかなかいないからかもしれません」(平井さん)

もちろん、行政や関連団体が参画していることでコンソーシアムへの参加を決めた企業もある。しかし多くの企業や関係者が動いたのは、PRや採用につなげようという意図もなく、ただひたすら純粋に健康経営の推進を考える平井さんがいたからこそ。着火点は個人の情熱だったのだ。

「渋谷はさまざまなムーブメントが生まれる流行発信基地です。ディー・エヌ・エーだけでなく、渋谷を代表する企業や団体が一緒に取り組むことで、『健康の大切や価値』を日本中に届けていきたいと思っています」(平井さん)

会員企業が合同で行ったヨガ&ヘルシーフードイベント

(WRITING:多田慎介)

受賞者コメント

平井 孝幸 さん

ディー・エヌ・エーでCHO室を作る際に全社アンケートを取りました。その結果、腰痛や肩こりで生産性が低下している人が約7割。他にも食事や睡眠、メンタルに悩みを持っている人がいて、「思っていた以上にみんな不健康なんだな」という状況でした。その課題感からスタートした社員を健康にする取り組みは渋谷に拠点を置く企業との会合につながり、現在では渋谷以外の企業も含めて50社以上という規模になりました。例えばミクシィさんと一緒にヨガをしながら健康的な食事を摂るイベントを開催したり、渋谷区にある公園を「大人が楽しめる健康的な公園」にプロデュースする構想を練るなどの活動をしています。こうした取り組みに興味を持っていただける方は、ぜひ一緒に活動しましょう。

審査員コメント

アキレス 美知子

平井さんは社内を見回し、「姿勢の悪い人が多い」と気づいたことがきっかけで、CHO室を作るために経営層に会いにいったり、渋谷区長に会いにいったりと、いろいろな人を巻き込んでこられました。イベントやアクティビティにとどまらず、各社の健康経営担当者の育成に取り組んでいることも重要なポイントだと思います。また、健康の実態は分かりにくいものですが、数字で語ることで、経営に対して大きなインパクトを与えることに成功しています。

※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。

第4回(2017年度)の受賞取り組み