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「自由に出勤・欠勤できる制度」で職場の争いごとをなくす!人間の本質的な感情と向き合った食品工場の大改革

株式会社パプアニューギニア海産
取り組みの概要
パートスタッフを対象とした「フリースケジュール」制度では、連絡なしで好きな日・時間に出勤でき、欠勤も自由。休憩時間も自由に取れる。定期的に「作業についての好き嫌いアンケート」を実施して好きな作業だけを担当したり、一律の賃金でフラットな職場にしたりという改革も実施。
背景にあった課題
職場での人間関係の悪化によって、パートスタッフの離職が相次いでいた。
取り組みによる成果
定着率が大幅に向上し、年間のパートスタッフ人件費は約3割減少。メディアに注目されるようになり、過去4年間は求人にコストをかけることなく採用を行っている。
担当者の想い
争いをなくし、見栄や妬みといった人間の本質的な負の感情が沸き起こらない職場を作ることで会社を変えられると信じ、改革を実行していった。

震災からの再出発でフリースケジュールを考案

大阪・茨木市にある、えび加工工場「パプアニューギニア海産」。同社で働く約20名のほとんどがパートスタッフという一見何の変哲もない食品工場だ。しかしここに所属する人たちの働き方は、まったくもって普通ではない。

パートスタッフは好きな日、好きな時間に出勤でき、いつでも自由に帰ることができる。会社への事前の連絡は必要なし。勤務中にいつ、どれくらい休憩を取るかも自由。何一つ縛りがない中、スタッフはみんな自己判断で会社へやってくる。「今日は雨だから家にいたいな」と思うなら出社しなくてもいい。

「会社や仕事に縛られるストレス」「やらされ感」をなくすために

同社が「フリースケジュール」と名付けるこの制度がスタートしたのは2013年のこと。

工場長を務め、実質的な経営者でもある武藤北斗さんが発案した。当初は「週に3〜4日は来てほしいけど、休む曜日は自由に決めてください」と投げかけた。やがて最低出勤日は「1カ月に15日」へ。新しい制度のもとでも、スタッフは扶養控除の範囲内で稼ぎたい分だけ出勤したという。そのため武藤さんは最低出勤日の縛りをなくし、完全なフリースケジュール化へと踏み切った。

「好きな日に休めるということは、自分の生活を主体として自由に仕事ができるということです。そうなれば『会社や仕事に縛られるストレス』や『やらされ感』がなくなるのではないかと考えていました」

「自分の生活を中心に、自由に働けるようになったことで、スタッフは周りの人を気にする煩わしさからも解放されていったのだと思います。ストレスなく働けるようになったことで負の感情が起きにくくなり、スタッフ同士が自然と協力し合うようにもなりました」(武藤さん)

大阪で経験した決定的な出来事

パプアニューギニア海産はもともと、宮城県石巻市で事業を営んでいた。しかし東日本大震災で甚大な被害を受ける。

「工場も在庫もすべて流され約5000万円の被害を受けましたが、それでも長年続けてきた会社をたたむ気にはなれず、新たに銀行から借り入れをしました。二重債務で総額1億4000万円の借金を抱え、大阪で再出発したんです」(武藤さん)

石巻での操業時や大阪に移ってきたばかりの頃は、一般的な工場と同じように、出勤から退勤まで会社がきっちりとパートスタッフを管理していた。しかし、せっかく人を採用しても定着せず、中には2週間ほどで辞めてしまう人も。辞めていく人の不満は会社や他のスタッフに対するものがほとんどで、パートスタッフの中で誰かが権力を持ち、派閥が作られる中で、ささいなことでも争いが起きるような状況だったという。

そんな中で決定的な出来事が起きた。石巻時代から付いてきてくれていた、武藤さんの右腕とも言える社員までもが会社を去ってしまったのだ。

「会社も自分自身もスタッフから嫌われ、まったく信用されていないことは自覚していました。どんなに良い商品を作り、信念を持っていても、人がどんどん離れていってしまう会社に価値があるのだろうか。大阪にやってきてまで事業を継続しているのに、自分はいったいこの会社で何がしたいんだろうか。そんな悩みを抱えて取り組んだのが、スタッフの働き方を見直すことだったんです」(武藤さん)

働きやすい環境を作るだけでは、争いはなくならない

人が争わない職場にするためには何をするべきか。武藤さんはそれをずっと考え続けていた。パプアニューギニア海産を離れていく人が多いのは、見栄や妬みといった人間特有の感情から来る「争い」が原因だということは分かっていた。単に働きやすい環境を作るだけでは争いはなくならない。必要なのは、「負の感情」が湧き上がらないような働き方にすることだ。

「自分の生活を中心にした働き方ができる。そんなことが実現すればスタッフに負の感情が湧き上がらず、争いも起きなくなると考えたんです。それがフリースケジュールを導入した唯一の目的です」(武藤さん)

工場で作るえび加工食品や原料は冷凍品なので、1カ月くらいストックしても問題はない。原料で置いておくか、商品で置いておくかの違いがあるだけなので、当日の出勤状況を見て柔軟に対応できる。そうした事業特性も手伝い、フリースケジュールは同社の標準となっていった。

「スタッフが気分良く働けること」が正解

他にも同社では「争いを起こさないため」の取り組みを進めている。2カ月ごとにスタッフからアンケートを取り、「作業の好き嫌い表」を作成して、それぞれが好きな作業だけを担当するという制度もある。

また、パートスタッフの時給は一律で同じ金額に設定し直し、全員フラットな同じ立場とした。

「時給で差をつけたり、『パート長』を置いたりするから争いが起きる。同じパートなのになぜ待遇が違うのか、といった不満の声は過去に何度も聞いてきました。これも争いごとをなくすための方法です」(武藤さん)

「スタッフが気分良く働けること」が正解。武藤さんはシンプルにそう考えている。争わない環境を作り、居場所を守り、苦痛をなくす。そうなれば人は自然と協力するようになり、結果的に生産性も上がる。

結果的に同社では、年間のパートスタッフ人件費が約3割減少した。以前は新しいメンバーが入ってくると、教えるスタッフはその役割のため、自分の実力を全て発揮しきれない状況があったが、今は定着率がよいため、教えるという必要がなくなり、一人ひとりが力を最大限に発揮できているという。新しいスタッフの入れ替わりなどがなくなったため、人件費削減にもつながったのだ。また、定着率向上やメディアで取り上げられたことによる応募者増加もあり、過去4年間で求人にかけたコストは0円。負債を返済しながら利益を出し続け、全員一律での時給アップも実施している。

職場で嫌われている管理職が幸せになれる可能性も

2011年に入社した30代女性のパートスタッフの方は、働き方が大きく変わる前からパプアニューギニア海産で働いている。

「2人の子どもを育てながら、家計を支えるために週4日は働くと決めています。夫がサービス業で働いており、平日休みが多いのですが、フリースケジュールが導入されてからはいつでも家族で予定を合わせられるようになりました。常に自分を中心に考えて働くことができるので、良い意味で『他の人のことを考えなくていい』という気楽さがあります」

2017年に入社した40代のパートスタッフの方は、テレビ番組でパプアニューギニア海産が取り上げられているのを見て、初めてその存在を知った。フリースケジュールについても番組で紹介されていたが、にわかには信じられなかった。

「前職は物流関係で、過重労働が続き体力的にも精神的にも限界が来ていました。何とか状況を変えたいという思いで、テレビを見た次の日には応募していましたね。今は週4日、17時まで勤務して、週1日は家の用事をこなしています。前職ではお金を理由にしないとやっていられませんでしたが、今は逆に、お金のことはどうでもよくなりました」

世にも珍しい取り組みだからこそ、武藤さんのもとへはさまざまな反応が寄せられている。「冷凍えびを扱う事業の特殊性があるからできることではないか」と言われることもあるという。しかし、と武藤さんは語る。

「食品でこれを実践できているということを考えてほしいんです。食品でできるなら、工業製品など腐らないものを扱っている現場にも導入できるはず。それに重要なのはフリースケジュールなど私達の取り組みを真似することではなく、それぞれの会社にあった形で社員が働きやすい職場を会社が考え実行することです。この考え方が広まっていけば、かつての自分のように嫌われている管理職の人たちも、職場で幸せになっていけるのではいかと考えています」(武藤さん)

人間の本質と向き合い、争いをなくすことだけに注力して生まれたパプアニューギニア海産の取り組みは、「人が職場に集まり働くこと」の根本的な意味を問いかけているのかもしれない。

(WRITING:多田慎介)

受賞者コメント

武藤 北斗 さん

基本的に私は「人は争い合い、信用できないもの」と考えています。それでも組織としてまとまっていくためにはどうするべきなのか。その結論が「働く人を縛らない」ということでした。最近になって「商品パッケージのシールを500枚貼ったらエビ1パックプレゼント」という取り組みを始めたのですが、「これまで働いたことがない」という男性が応募して、実際に作業してくれたんです。シール貼りの後で彼は「パプアニューギニア海産だったら自分も働けるかもしれない」と。その言葉に鳥肌が立ち、心からうれしく思いました。彼はその後、弊社でパート従業員として働くことになり既に3か月勤務しています。人を縛らないことによって、社会に良い影響を与えていけるのだと感じました。縛らない、競わない、争わないことから生まれるプラスの循環を広めていけたらと思っています。

審査員コメント

若新 雄純

人間は、自分で決めたことでも簡単に裏切ってしまう生き物です。ましてや人と関わる組織ならなおさら。世の中の多くの制度は、このことを踏まえずに「人は信頼できるもの」だという理想のもとに設計されていて、それに裏切られ、だから結局は「管理」せざるを得ないというのが現実ではないでしょうか。本取り組みは人間の未熟で不完全な本質と真剣に向き合うことで生まれたのだと思います。

※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。

第4回(2017年度)の受賞取り組み