人的資本経営の実現を担う専門職「HRBP」というキャリア価値──「人的資本経営」の時代【第三回】

近年、人的資本経営が注目されるようになった背景、企業が求められている変化、ビジネスパーソンがどのように対応すればよいかについて紹介するシリーズ第三回のテーマは、人的資本経営を実現するための専門職「HRBP」です。人事職以外からも目指せるキャリアであり、企業ニーズも高まっているHRBPについて、企業を対象としたビジネススキル研修を手がける株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズ代表の高田貴久氏が解説します。

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「経営」と「人事」の橋渡し役を務める「HRBP」

HRBPとは、「Human Resource Business Partner」の略で、「人事に関するビジネスパートナー」を意味します。経営層や事業部門トップのビジネスパートナーという立場で、経営戦略・事業戦略に基づく人材戦略をマネジメントする専門職を指します。

近年、経営層や事業部門トップの直下に、直属の参謀として「HRBP」を設置する企業が増えてきました。HRBPを設置していない場合は、事業部門の中に置かれる「部門人事」と呼ばれる人々がHRBPに近い役割を担っていることもあります。

HRBPは、トップと現場の橋渡し役を務めます。事業部門トップは非常に多忙ですから、どんなメンバーが所属していて、どのような活動をしているか、仕事はどんな状況で、能力はどの程度で、モチベーションはどんな状態かなど、細かい部分を把握するところまでなかなか手が回りません。

そこでHRBPが現場のメンバーの状況や課題を集約して事業部門トップに伝え、人事面の戦略や課題解決策を提案・協議するのです。あるHRBPの方がお話をされていたのが印象的でしたが、「HRBPとしてあなたが情報を提供してくれたからこそ、大きな組織を効果的・効率的に動かし、事業成果を出すことができた。ありがとう」と事業部門トップから感謝されることも多々あり、本当にやりがいのある仕事だとおっしゃっていました。

このように人的資本経営への取り組みが本格化していく中、HRBPは経営陣や事業部門トップの「参謀」として、なくてはならない存在になっていくでしょう。専門職としてのニーズが高まっており、今後は企業の各部門に1名ずつ配置されるなど、数が増えていくと見込まれます。

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業界の枠を越え、専門職としてキャリアを構築できる

HRBPは、業界の枠にとらわれず活躍できる専門職です。実際、エネルギー会社でHRBPを務めていた方が半導体メーカーのHRBPに転職したり、金融機関のHRBPとして経験を積んだ方が製薬企業のHRBPとして活躍したりしているケースがあります。

もちろん転職をしなくても、HRBPとして社内のさまざまな部門を渡り歩くキャリアもあるでしょう。HRBPとしてのキャリアを積んだ先には、「CHRO(Chief Human Resources Officer:最高人事責任者)」のポジションも見えてきます。

CHROと人事部長の違いを説明しておくと、一般的に「人事部長」は労務管理、給与支払、人事制度の企画・運用といった人事業務だけを統括するのに対し、CHROは経営全体を見渡し、強い組織づくりや着実な事業成果創出を実現するために、戦略と人事を整合化させる役割を担います。

HRBPとしてトップと現場をつなぎながら課題分析、課題解決への提言を繰り返していけば、最終的には「CHRO」という意思決定者のポジションも見えてきます。また人材の能力を最大限に活かすのがこれからの人的資本経営で求められるとするならば、さらにその先には「経営者」のキャリアも視野に入ってくるでしょう。

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「人事」以外のキャリアからも、HRBPを目指せる

HRBPのポジションに就くのは人事としての経験を積んだ方が多いのですが、人事以外の職種からHRBPを目指すことも可能です。では、具体的にどのような仕事経験がHRBPを目指す上では活きてくるのでしょうか。

前回「人的資本経営の6pieces®」として、人的資本経営の全体像をお伝えしました。

  • 事業で成果を挙げる:「戦略企画」「戦略実行」
  • 強い組織を作る:「理念浸透」「組織開発」
  • 将来を担う人材を確保する:「人事企画」「人事運用」
株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズ_人的資本経営の6pieces
出典:株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズ代表の高田貴久氏作成資料「人的資本経営の全体像」より抜粋

例えば、事業深くに携わっていた方は「戦略企画」「戦略実行」の2つのピース、経営企画に携わっていた方は「戦略企画」「理念浸透」の2つのピースには知見がありますので、残る4つのピースを理解するとHRBPとしての活躍が期待できます。実際にHRBPを設置している多くの企業で、「人事がわかる人に経営や事業を理解させるよりも、経営や事業がわかる人に人事を理解させたい」という声をよく耳にします。

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現場の仕事からでも、HRBPを目指せる

このような企画関連の部署ではなく、例えば営業・事務・エンジニアなど現場で働く職種であっても、「戦略実行」の一端を担っていますし、自分自身も「人事運用」の中で評価されたり報酬を受けたりしていますので、2つのピースには何らかの知見があるはずです。

日頃の仕事の中で、現場の情報を集約してしっかりと上司に報告する、広い観点から課題を発見・分析して解決法の提案をするといった取り組みを主体的に行うことで、HRBPとして必要なスキルが養われるようになります。

ここで大切なのは、「人事が行っている教育と自部署で行っている教育の整合性がとれていない」「中期経営計画で提示された会社の方向性と、今自分がやっている仕事が連動していない」といったように、人的資本経営の全体を俯瞰した上で、トップと現場の乖離に気付けるということです。

くれぐれも「現場の愚痴や不満を集め、現場の代表者として上に文句を言う」という動きにならないように注意し、意思決定者の判断材料として役に立つような客観的な現場情報を届けるようにしましょう。

全体を把握するには、第2回でもご紹介した「人的資本経営の6pieces®」の具体的な要素・つながりを意識しておくとよいでしょう。

株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズ_人的資本経営の全体像
出典: 株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズ代表の高田貴久氏作成資料「人的資本経営の全体像」より抜粋

「採用」への関わりからスタートする方法も

それ以外にも、会社における「採用」に積極的に関わっていくことにより、HRBPを目指すという方法もあります。

「採用」は「人事運用」のピースに属しますが、そこだけを考えていたのでは、本当に中長期的に活躍できる人材は採用できません。自社の企業文化に合う人か、自社に求められる行動特性を持ち合わせた人なのかという「組織開発」の観点も必要となりますし、きちんと目標を達成し事業成果を出せる人なのかという「戦略実行」の観点も必要となります。

新卒採用・中途採用などに際し、求める人材像を決める議論や、カジュアル面談、面接などに参加することで、「人事運用」のみならず「組織開発」や「戦略実行」といった、幅広いピースについての知見を身につけていくことができます。

具体的には、積極的にOB・OG訪問のリクルーターや面接官に名乗りを上げたり、求人募集の文面作成に関与したりすると良いでしょう。

HRBPのキャリアを積みたい人が身に付けたい知識・スキル

HRBPとしてキャリアを積みたい人は、どのような知識・スキルを身に付けるべきなのでしょうか?

経営戦略に関する知識

HRBPは経営と人事の両方の領域でトップと現場の橋渡しを務めるため、まずは経営に関する知識が必要となります。環境分析のためのフレームワーク、競争戦略やビジネスモデルの考え方など、「戦略企画」に関する知識だけでなく、それらを部門や個人の目標に落とし込み成果を管理していく「目標展開」「会議設計」などの知識が求められます。

人事に関する知識

人事の領域では、労務管理・給与計算・研修の企画運営といった「人事運用」の知識だけにとどまらず、経営理念・ミッションから要員計画や人事制度に落とし込む「人事企画」の知識も求められます。

データ分析スキル

経営戦略にせよ人事戦略にせよ、策定するためには、データの収集・分析が欠かせません。社内外の膨大のデータの中から、事業部門トップが意思決定に活用できる意味合いを抽出できる力が求められます。特に人事領域においては、これからの時代の人事は「データドリブン」でなければならないと言われており、データ活用をサポートすることもHRBPの役割の一つです。

課題解決スキル

単にデータを分析し、現場の情報を集約して伝えるだけでは、事業部門トップの意思決定のサポートとしては不十分です。自らあるべき姿を描き、現状を把握した上で、課題に対する解決策を提案できる力も欠かせません。日頃から課題意識を持ち、解決策を考える習慣を持ちましょう。

多様性の中でのコミュニケーションスキル

トップと現場の橋渡しを務めるためには、いずれかの側に偏ることなく立ち回らなければなりません。経営的なものの見方もあれば、現場的なものの見方もあります。それぞれの価値観や立場を理解し、多様性を受け入れながらコミュニケーションを取り、双方の連携を取りながら物事を推進する力が求められます。

以上、今回はHRBPについて解説をしてきましたが、ここでご紹介した知識・スキルが重要なのは、実はHRBPだけに限ったことではありません。人的資本経営の実現に向けた「経営と人事の整合化」「トップと現場の橋渡し」はどの企業でも求められていることであり、現場で働く一人ひとりがこれらを理解し行動していくことが大切なのです。

そして、所属する企業が人的資本経営を実現することができれば、みなさん自身の「キャリア自律」も実現しやすくなり、より明るい将来につながっていくと私は信じています。

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株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズ
グローバルCEO・代表取締役社長 高田 貴久(たかだ・たかひさ)氏

高田貴久氏_プロフィール画像東京大学理科Ⅰ類中退、京都大学法学部卒業、シンガポール国立大学Executive MBA修了。戦略コンサルティングファーム、アーサー・D・リトルでプロジェクトリーダー・教育担当・採用担当に携わる。マブチモーターで社長付・事業基盤改革推進本部長補佐として、改革を推進。ボストン・コンサルティング・グループを経て、2006年にプレセナ・ストラテジック・パートナーズを設立。トヨタ自動車、イオン、パナソニックなど多くのリーディングカンパニーでの人材育成を手掛けている。著書に『ロジカル・プレゼンテーション』『問題解決―あらゆる課題を突破するビジネスパーソン必須の仕事術』がある。
▶プレセナ・ストラテジック・パートナーズ 公式サイト

取材・文:青木典子 編集:馬場美由紀
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