人的資本の情報開示義務によって、企業はどう変わり、働く人はどう対応すべきなのか?─「人的資本経営」の時代【第二回】

近年、注目されている「人的資本経営」について解説するシリーズ第二回は、企業は「人的資本の情報」をどのように開示しようとしているのか。ビジネスパーソンは、それに対してどう対応していけばいいのか。人的資本経営の時代に、ビジネスパーソンが実践すべきことについて、企業を対象としたビジネススキル研修を手がける株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズ代表の高田貴久氏が解説します。

会議をする若手ビジネスパーソンイメージ画像
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企業に求められている「人的資本の情報開示」

第1回でもお伝えしたとおり、これからの時代、企業の価値は財務状況や事業戦略だけでなく「非財務資本」で判断されるようになります。非財務資本の一つが「人的資本」です。

そこで企業に迫られる対応は、人的資本に関する「情報開示」です。2023年3月期決算から、上場企業など約4000社に対し、人的資本の情報開示が義務付けられました。有価証券報告書などに「従業員の状況」の記載欄を新設し、「女性管理職比率」「男性の育児休業取得率」「男女間の賃金格差」といった「人材の状況に関する」指標の記載が求められるようになったのです。

なお、グローバルでも人的資本情報の開示に向けて、さまざまな指標が示されています。代表的なのが、国際標準化機構(ISO)が人的資本情報開示のガイドラインとして公表した「ISO30414」です。

人的資本経営に本格的に取り組もうとする企業では、ISO30414で示されている11領域の指標をもとに、自社内の状況を調査・整理し、開示へと動いています。11領域の指標とは、以下が挙げられます。

  • コンプライアンスと倫理
  • コスト
  • ダイバーシティ(多様性)
  • リーダーシップ
  • 組織文化
  • 組織の健康、安全
  • 生産性
  • 採用、異動、離職
  • スキルと能力
  • サクセッションプラン(後継者育成)
  • 労働力の利用可能性

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重要なのは、単なるデータ羅列ではなくストーリー性

これらの指標について、上場企業を中心に「サステナビリティレポート」などで情報が開示されるようになっています。しかし、「とりあえず出せる指標について情報を出してみた」という状況であり、「ただデータが羅列されているだけで、ストーリー性がない」と指摘する声がよく聞かれるのが現実です。

「ストーリー性がない」とはどういうことか。つまりは、「経営戦略」と開示されている情報のつながりがあいまいなのです。本来であれば、企業の中長期ビジョンにもとづいて組織戦略や人事戦略が策定され、採用や育成の具体計画に落とし込んでいく必要があります。

ところが、経営と人事がつながっていないケースが多数見られるのです。わかりやすく言えば「会社としてこんな未来を実現したい。だから、それを支える人材をこうやって強化していきたい」という意図や関連性が読みとれないという感じでしょうか。

今後は、経営と人事の関係に納得ができるストーリー性を持たせられるかどうかが重要になっていくでしょう。

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人的資本経営の全体像を把握し、整合化させる

では、具体的に「経営と人事」を整合化させるためには、どうすればよいのでしょうか。

人的資本経営に必要な視点は、大きく6つあります。事業で成果を挙げるための「戦略企画」「戦略実行」、将来を担う人材を確保するための「人事企画」「人事運用」、それらをつなぎ合わせる強い組織を作るための「理念浸透」「組織開発」です。これらの6つがパズルの「ピース」のように整合することが重要で、私たちはこれを「人的資本経営の6pieces®」と呼んでいます。

株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズ_人的資本経営の6pieces
出典:株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズ代表の高田貴久氏作成資料「人的資本経営の全体像」より抜粋

この6つのピースの要素をさらに細かくまとめたのが以下の図です。経営理念や企業のミッションを起点に、中期経営計画を策定し、部門・個人の年次目標に落として実行し、事業成果につなげる流れとなります。

要員計画を策定し、人事制度に基づき採用・育成・配置をしながら、将来人材を育成する流れ。組織に落とし込み、社員の行動特性を明らかにし、企業文化を醸成して強い組織を作る流れ。これらの要素をつなぎあわせることが、「経営と人事の整合化」です。

参考までに「サステナビリティ/SDGs」「働き方/改革」「エンゲージメント/D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)」「ウェルビーイング」といった、近年の経営・事業戦略におけるトレンドをオレンジで示していますが、これらもトレンドの波に乗ってやみくもに取り入れるのではなく、全体像のどの部分に影響を及ぼすのかを考えながら整理してみるとよいと思います。

株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズ_人的資本経営の全体像
出典: 株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズ代表の高田貴久氏作成資料「人的資本経営の全体像」より抜粋

先ほど「ストーリー性が重要」とお伝えしましたが、これらの要素がなかったり、整合性がとれていなかったりする企業も少なくありません。例えば、以下のようなケースがよく見られます。

  • 現場での育成(OJD:On the Job Development)と、人事が行う育成がバラバラ
  • 経営ビジョンに基づく会社全体の要員計画がなく、人員が不足したら補充するだけ
  • 成果評価と配置や報酬が連動しておらず、中期経営計画の達成にまじめに取り組んでも給料やポジションが変わらない
  • 行動特性(コンピテンシー)・企業文化(DNA)と採用戦略がつながっておらず、採用をした人が会社に馴染めずすぐにやめていく

人的資本経営の時代に、ビジネスパーソンが実践すべきこと

人的資本経営を実現する上では、もちろん経営者・管理職・企画担当・人事担当などが大きな役割を担います。しかし整合化させなければならない範囲は多岐にわたるため、限られた人たちだけで全体を把握するのは困難です。

従って現場で働く皆さん一人ひとりが、先ほどご紹介した全体像を理解した上で「ここがおかしいな、つながっていないな」というメッセージを周囲に発信していくことが、とても大切になってきます。

それらのメッセージを受けて、今後人的資本経営の強化を進める企業では、さまざまな施策や制度を取り入れていくことになるでしょう。そして、みなさんもこれらの施策や制度をうまく活用しながら、自分自身のキャリアを発展させ、「キャリア自律」していくことが重要になってきます。

前回、若手ビジネスパーソンに「キャリア自律」が求められること、そのために自己分析・自己理解が必要であることをお伝えしました。今回は、具体的にどのようなことに取り組むといいかをご紹介しましょう。

若手ビジネスパーソンイメージ画像
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能力や強みの診断ツールを活用する

キャリア自律のためには、自身の能力や強みを理解する必要があります。わからない場合は、能力や強みを診断するツールを利用してみるという方法もあります。

例えば「クリフトンストレングス®」では、177個の質問に答えると、「実行力」「影響力」「人間関係構築力」「戦略的思考」などの資質を数値化して把握することが可能です。

第三者に意見を求める

自己分析・自己理解は自分1人で行うだけでは見えないものもあります。企業によってはキャリアコンサルタントに相談できたり、上司との1on1が設けられていたりすることもあるでしょう。そうした機会を積極的に活かしてください。

そうした制度や仕組みがない場合も、自ら上司に働きかけ、自分の仕事ぶりへのフィードバックを求めたり、強みと評価しているポイントを聞いてみたりしましょう。

また、社外の人に意見を求めてみるのも有効です。私は企業研修を行っている立場上、多くのビジネスパーソンと接する機会がありますが、優秀な方から次のように問いかけられることがあります。

「私の係長としてのレベルはどれくらいでしょうか。高田さんはさまざまな企業の人と接していますよね。他社の係長と比較して、私ができていること・できていないことを率直に指摘してください」

このように、外部の人の客観的な視点から、自身を把握しようとしているのです。

例えば営業職の方であれば、取引先の担当者に「いろいろな会社の営業担当者と接していらっしゃると思いますが、他の営業職と比べて私のレベルはどうでしょうか」などと聞いてみてもいいでしょう。

社内外の仕事を知る

自己分析・自己理解ができたら、今後のキャリア、将来どんな人間になりたいかを描きます。

しかし、ロールモデルとなる人物を探そうにも、自分の部署や関連部署の上長・役員くらいしか視界に入っていない人も多いのではないでしょうか。まずは自分の社内にどのような部署があり、どのような職種の人が働いているかを知りましょう。

自社の採用情報ページには、さまざまな部署や職種の紹介がされていることが多いので、目を通してみることをおすすめします。年次報告書(アニュアルレポート)でも、他部署がどのような取り組みをしているかを知ることができます。

社内の仕事を把握したら、社外の仕事にも目を向けてみましょう。転職するつもりはなくても、他社の求人情報などを見てみると、多様な仕事を理解することができます。こうして視野を広げて情報収集することで、自身のキャリアを客観視でき、「キャリア自律」につながるでしょう。

次回は、人的資本経営の実現を担う専門職「HRBP」にフォーカスし、役割や必要なスキル、目指し方などをご紹介します。

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株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズ
グローバルCEO・代表取締役社長 高田 貴久(たかだ・たかひさ)氏

高田貴久氏_プロフィール画像東京大学理科Ⅰ類中退、京都大学法学部卒業、シンガポール国立大学Executive MBA修了。戦略コンサルティングファーム、アーサー・D・リトルでプロジェクトリーダー・教育担当・採用担当に携わる。マブチモーターで社長付・事業基盤改革推進本部長補佐として、改革を推進。ボストン・コンサルティング・グループを経て、2006年にプレセナ・ストラテジック・パートナーズを設立。トヨタ自動車、イオン、パナソニックなど多くのリーディングカンパニーでの人材育成を手掛けている。著書に『ロジカル・プレゼンテーション』『問題解決―あらゆる課題を突破するビジネスパーソン必須の仕事術』がある。
▶プレセナ・ストラテジック・パートナーズ 公式サイト

取材・文:青木典子 編集:馬場美由紀
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