なぜ今、人的資本経営が注目され、どのようなキャリアへの意識が求められるのか?──「人的資本経営」の時代【第一回】

近年、「人的資本経営」という言葉をよく耳にするようになりました。「人的資本経営」とはどのようなものなのか、企業では何が起きており今後どう変わっていくのか、人的資本経営時代にビジネスパーソンが意識して備えたいことなどについて、企業を対象としたビジネススキル研修を手がける株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズ代表の高田貴久氏が3回にわたって解説します。

若手ビジネスパーソンイメージ画像
Photo by Adobe Stock

企業における「人」の捉え方が「コスト」から「資本」へ変化

人的資本経営とは、「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」であると、経済産業省では定義しています。

経済産業省では2020年9月、「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の最終報告書を発表しました。研究会の座長を務めた一橋大学名誉教授・伊藤邦雄氏がとりまとめたことから「人材版伊藤レポート」と呼ばれています。これが、日本国内で「人的資本経営」が注目されるきっかけとなりました。

「人材=資本」。長年、研修を通じて人材育成を行ってきた私たちから見ると、「ごく当たり前の話をしているな」という感覚です。

私たちが企業に提供している研修では、「経営とは何か」「マネジメントとは何か」と問いかけることがよくあります。私たちの解釈は「リソースを成果=社会に提供する価値に変えていく」ことです。

経営のリソースには、4つの要素があると言われています。「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」です。このうち、「ヒト」は唯一、「創造性を発揮できる」リソースです。「情報」のうち、最近注目を集めている「生成AI」などはある程度のクリエイティビティが期待されていますが、やはり人の創造性には及ばないでしょう。

しかし、実際のところ、人を「資本」ではなく「コスト」と捉えている企業は少なくありません。日本の高度経済成長期、モノをたくさん作って消費していた時代には、人が工場の生産設備などと同様の使われ方をされている部分もあったのも現実です。その感覚が続いていて、人=コストと見なしているのでしょう。

それも「人的資本経営」の概念の広がりに伴い、変わりつつあります。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

なぜ今、「人的資本経営」が叫ばれるようになったのか

近年になって「人的資本経営」が叫ばれるようになったのはなぜなのでしょうか。背景として次のようなものが挙げられます。

世界の「高度経済成長」の終焉

日本の高度経済成長期がはるか昔に終わったのは言うまでもありませんが、アジア諸国を中心に世界の経済成長が続いていたことから、日本企業も大量生産・大量輸出を続けてきました。

しかし、最近では世界経済をけん引してきた中国の経済も頭打ちとなり、戦略の転換へ。情報通信をはじめさまざまな分野でイノベーションを起こそうとしているようです。

DX(デジタルトランスフォーメーション)も進んで産業構造が変化していく環境下において、日本企業でも人の「創造性」を活かし、新たな価値の創出に取り組む必要性に目を向けているのです。

「サステナビリティ」への意識の高まり

世界的に「サステナビリティ(持続可能性)」の意識が高まっています。「非財務資本」が企業価値を判断する指標とされるようになってきました。

非財務資本として世界からの投資を呼び込むためにも、人的資本経営の実現が重要となっているのです。

人材活用の変化

日本では労働人口が減少に向かっており、人材獲得競争が激しくなっています。採用の難易度が高まっている状況において、限られた人材の能力を引き出し、最大限に活かすことも課題視されています。

一方では、テクノロジーの進化により、AI(人工知能)やRPA(Robotic Process Automation:ロボットによる業務自動化)などの導入が進み、人の手を必要としなくなっている業務もあります。人が価値を発揮する業務領域を見極め、強化していく上でも、人的資本経営の考え方が注目されていると言えます。

若手ビジネスパーソンのイメージ画像
Photo by Adobe Stock

8,568通り、あなたはどのタイプ?

若手ビジネスパーソンに求められる「キャリア自律」

人的資本経営の実現に向けての取り組みが広がっていくこれからの時代、若手ビジネスパーソンはどのような準備をすればいいのでしょうか。

一言でいうと、求められるのは「キャリア自律」です。キャリア自律とは、個人が自身のキャリアを主体的に考え、開発していくことを指します。わかりやすく言えば、「未来の自分の履歴書」を想像して、実際にそういう自分になるための道を自ら切り開いて歩いていくというイメージでしょうか。

転職するにせよ、一つの会社内で歩んでいくにせよ、自分自身で「どんな履歴書を作っていきたいか」といったキャリアプランを考えながら進んでいく必要性が高まっていますが、背景としては、人的資本経営が実践される中で、雇用が「メンバーシップ型」から「ジョブ型」に変わっていくという流れが影響しています。

「メンバーシップ型」とは、人材を採用した後に企業が仕事を割り当てます。メンバーシップ型が主流だったこれまでは、新卒を一括採用し、会社が配属を決めていました。働く人は、会社から与えられた仕事を行い、キャリア開発も会社が決めた道筋に従って進めていく「受け身」の姿勢でした。「就職」というより「就社」という感覚も強かったと言えるでしょう。

しかし「ジョブ型」では、採用ポジションに必要な知見・スキルを持つ人材を採用します。これからの世の中で創造力を発揮し、変革を推進していく上では、会社から与えられるものに受身で対応するような人材ではなく、会社が目指す方向性やビジョンを理解し、必要な機能や知識・スキルなどを自ら学び取る人材が評価されるようになるでしょう。

「キャリア自律」を実現するためには、自己分析・自己理解が欠かせませんし、自己鍛錬も重要です。また、社内外にある仕事を理解することも必要です。

社内で異動希望を出したり社内公募に手を挙げたりするにしても、転職するにしても、どのような事業部門がどのような役割を担い、どのような業務を行っているのかを知らなければ次の一歩へ踏み出すことはできません。社内外にアンテナを張り、自身がどのような役割や仕事に適性があるのかを理解することが大切と言えるでしょう。

次回は、人的資本経営への意識の高まりによって企業がどう変化し、働く人にどんな影響がもたらされるのか、そうした環境下で「キャリア自律」を実践していくためにはどうすればよいかについてお話しします。

【関連記事】
人的資本の情報開示義務によって、企業はどう変わり、働く人はどう対応すべきなのか?─「人的資本経営」の時代【第二回】
人的資本経営の実現を担う専門職「HRBP」というキャリア価値──「人的資本経営」の時代【第三回】

株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズ
グローバルCEO・代表取締役社長 高田 貴久(たかだ・たかひさ)氏

高田貴久氏_プロフィール画像東京大学理科Ⅰ類中退、京都大学法学部卒業、シンガポール国立大学Executive MBA修了。戦略コンサルティングファーム、アーサー・D・リトルでプロジェクトリーダー・教育担当・採用担当に携わる。マブチモーターで社長付・事業基盤改革推進本部長補佐として、改革を推進。ボストン・コンサルティング・グループを経て、2006年にプレセナ・ストラテジック・パートナーズを設立。トヨタ自動車、イオン、パナソニックなど多くのリーディングカンパニーでの人材育成を手掛けている。著書に『ロジカル・プレゼンテーション』『問題解決―あらゆる課題を突破するビジネスパーソン必須の仕事術』がある。
▶プレセナ・ストラテジック・パートナーズ 公式サイト

取材・文:青木典子 編集:馬場美由紀
PC_goodpoint_banner2

Pagetop