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エンジニアのための経済学最適インストール File.2 「本当の成果主義」って何ですか?
人気シリーズ「エンジニアに最適化された経済学」の、新装第2シーズンの第2回。“エンジニア代表”が、残業代が出なくなる!?と議論になっている「ホワイトカラー・エグゼンプション」をはじめ、気になる経済学トピックについて質問します。
(構成・文/総研スタッフ 根村かやの)作成日:07.02.22
『経済学的思考のセンス お金がない人を助けるには』『労働経済学入門』『日本の不平等』といった著書のある大阪大学社会経済研究所付属行動経済学研究センターの大竹文雄教授に、「時代や働き方の変化」について聞いてみました。今回の“エンジニア代表”は平林純さんです。
大竹文雄
大竹文雄(写真右)
大阪大学社会経済研究所教授。京都大学経済学部卒、大阪大学博士(経済学)。専攻は労働経済学。日本の経済・社会問題の解決に貢献した研究の功績を表彰する第1回「日本経済学会・石川賞」を受賞(2006年)。

平林純
技術は身についていないが、とりあえず理系人生を歩んできたエンジニア。経済学に関する知識はほとんどない。
Part1 豊かな社会を作るには、「無駄をなくす」のが大切なんですか?
「何かを作る」ことで社会にかかわる人生を選択したのがエンジニアであるならば、「経済学を研究する」というかかわり方を選んだ人たちが経済学者です。
Q.大竹先生が考える「経済学」とは、どんなものなのでしょうか? A.「無駄をなくすことで、世の中の人たちを豊かにする方法を考える」ということだと、私は思っています。
無駄なものを作らないための仕組みが“価格”だ
大竹:
無駄をなくすための方法は2つあります。ひとつめは単純に“無駄なものを作らない”ということです。“どこで誰が何を必要としているか”を的確に把握し、必要なものを必要なだけ作り、ものを必要としているところに持って行くということです。
平林:
“どこで物が足りないか”ということをきちんと把握するのは案外難しいことに思えます。実際にそんなことができるものなのでしょうか?
大竹:
その適材適所を達成する仕組みが“市場を通じた価格システム”ですね。モノが足りなくなるとその価格が上がり、余ってくると価格が下がるわけですから、価格を見ているだけで自然に“足りないもの”と“余っているもの”がわかってしまうわけです。
人がサボらず無駄なく働くシステム
大竹:
無駄をなくすためには、もうひとつ必要なことがあります。それは“人がサボらず無駄なく働くという仕組み”です。一例としては、まじめに働いている人には多い賃金を渡し、そうでない人には少なく渡すことで、人をまじめに働かせる、というようなやり方ですね。
平林:
人が頑張って働くための原動力は、“お金が欲しい”という気持ちなのでしょうか……?
大竹:
“ほかの誰かに褒めてもらうことに喜びを見いだす”などの、お金じゃない価値を得ることも、まじめに働く原動力としてもちろんあると思いますし、褒めてもらうことをインセンティブにした仕組みを作ることもできます。同じ価値観が共有されている範囲では、そのような仕組みでも成功するでしょうね。ただ、その組織が大きくなっていったときに、その“神通力”がどこまで通用するか、という問題があります。
平林:
少人数でなく大人数になった組織を思い浮かべてみると、みんながひとつの価値観を共有するのは難しそうですね。
大竹:
はい。従業員が喜ぶ“共通の価値”があれば、それを報酬体系にすればいいわけですが、人それぞれみんな異なる価値観をもつものですからね。
平林:
そんな場合でも、お金なら個々人の価値観に応じたものと交換することができるわけですね。
  ところで、もしも、お金だけが唯一無二の価値観の会社があったりすると、会社の成長が伸び悩んだ途端に消えてしまいそうな感じがしますね(図1)。
大竹:
だからこそ、現実の会社は“お金”と“お金以外の価値”をほどよく交ぜて報酬にしているのでしょうね。
図1
人が少ないうちは、「共通の価値観」を報酬として働くシステムも可能かもしれない。しかし、人が多くなってくると、さまざまな価値観の人に共通に価値をもつ報酬、つまりお金を払うことでしか対応できなくなるだろう。とはいえ、お金の報酬“だけ”を重視すると、コストがかかりすぎるかもしれないし、成長が止まると企業として存続しない……かもしれない!?
コラム 「サボらせない」と「貧しい人を貧しいままにしない」は両立しづらい
大竹:
サボらず働かせるためのシステムを甘くすると、みんながサボって働かなくなってしまいます。逆に、あまりに厳しくすると、“頑張っているのに貧しい人”が、“貧しいのはサボっているからだ”と判断され、救いの手が差し伸べられずに貧しいままにされてしまう可能性があります。
平林:
人がサボらず働くということと、貧しい人を助けるということは、両立しづらいことだったんですか……。
大竹:
“人がどれだけまじめにやっているか”“人がどれだけ困っているか”といったことが完全にわかれば、それに応じた分配をすればいいので、両立しますが、“完全に”わかるということは現実にはありませんからね。
Part1のまとめ “お金”を気にしていれば、自然と無駄はなくなる(らしい)
 どこで何が足りていないのかを把握し、人をまじめに働かせる、ということを実現するための重要な役割を“お金”が担っていたようです。“お金”恐るべし。
Part2 「ホワイトカラー・エグゼンプション」について教えてください!
 人を無駄なく働かせるための賃金制度といえば、最近、労働時間に関係なく成果に応じて賃金を払う“ホワイトカラー・エグゼンプション”という仕組みの導入を巡って議論が巻き起こっています。
Q.ホワイトカラー・エグゼンプション導入を巡って混乱が起きているようですが? A.ホワイトカラー・エグゼンプションの混乱の原因は、そもそも正しい“成果主義”がある一方で“ウソっこ成果主義”もあったことなんです。
「時代の変化」が「成果主義」を必要とした
大竹:
ホワイトカラー・エグゼンプションについては、話の順番として、最初に成果主義についてお話しするのがいいでしょう。
平林:
そもそも、“成果主義”って一体どんなものなのでしょうか……?
大竹:
“成果に応じて賃金を決定する”のが成果主義ですよね。その逆は、“投入に応じて賃金を決定する”やり方です。どれだけの時間働いたかとか、どれだけ頑張ったかとかで給料が決まる。
平林:
その“逆のやり方”が、これまでの日本の賃金体系だったと思います。なぜ、旧来の賃金体系から成果主義に乗り換える企業が増えてきたのでしょうか?
大竹:
成果主義が言われ出した90年代くらいから、仕事や働き方が変わってきたということがあります。“投入に応じて着実に成果が出ていた時代”なら、投入に応じた報酬を与えていれば、適切に人を働かすこともできるし、その結果として成果も着実に出ていたわけです。ところが、投入から成果が予測できないような仕事が多い時代になってしまうと、成果でしか“働き”を測ることができなくなります。そこで、成果に応じた賃金体系に変わってきたということがあります。
平林:
そういう説明を聞くと、成果主義の登場も自然に納得できますね。
ホワイトカラー・エグゼンプションは「本当の成果主義」が実現してから
大竹:
ところが企業によっては、時代の変化とは関係なく、成果主義を単なる“賃下げの言い訳”として導入したところがありました。これが“成果主義”に関して混乱を生んだそもそもの原因なんですね。
平林:
“賃下げ”と聞くと、心中穏やかではいられないのですが……(苦笑)。
大竹:
従来の日本の賃金システムは、“頑張ったらどれだけ賃金が上がるか”だったんですね。“頑張らなかったから賃下げをする”というようなことは基本的に存在しませんでした。というのは、日本はインフレの時代が長く続いてきたからです。
平林:
平均として成長が続いている限りは、マイナス査定された人に対しても去年より賃金を上げることができるという計算ですね(図2左)。
大竹:
ところが、成長率ゼロの時代になると、働きに応じて給料に差をつけようとするなら、評価が悪い人の給料の額を実際に下げざるを得なくなります(図2右)。
平林:
一定額の人件費を使って社員がゼロ・サム・ゲームをするわけですから、自然とそうなってしまいますね。
大竹:
旧来と同じような仕事内容・働き方の職場で、デフレ時代になって“なんだ、賃金切り下げするのか!”と思われることを避けるために、“これは賃金切り下げではなく、成果主義です”という理屈をつけて“成果主義を導入”した会社もあったわけです。
平林:
成果主義には、仕事内容の変化に対応した本来の意味での“成果主義”と、賃下げ非難を回避するための“名前だけ成果主義”があったんですね。
大竹:
ホワイトカラー・エグゼンプションは、基本的には本来の成果主義的な賃金制度に対応した時間管理の仕組みだと思います。だから、伝統的な仕事のやり方をしている職場、すなわち、仕事のやり方も残業時間も上司が全部決めているような職場に対しては、ホワイトカラー・エグゼンプションではなくて、残業の割増手当をつけるとか、伝統的な管理の仕方をきちっとやりましょうって言うべきなんですよね。
図2
インフレ時代(図左)なら、一般的には給料の総額が増大している。だから、働きの評価に応じて給与に差をつけたうえで全員の給料を昨年比でアップさせることができた。しかし、ゼロ・インフレ時(図右)には誰かの給料の額が増えれば、ほかの誰かの給料の額が下がる。ただし、給料の額が下がると同時に「モノの値段」も変わっていれば、必ずしも生活水準が下がるわけではない。
コラム デフレ時代の「やる気」シーソー・ゲーム
 大竹先生の著書『経済学的思考のセンス お金がない人を助けるには』の中に、こんなグラフ(図3左)があります。“お金が増えるときのうれしさ”と“(同じ額の)お金が減るときの悲しさ”はずいぶん違って、対称ではない、という話です。
  [図2]を眺めつつ、うれしさと悲しさが非対称であるというグラフを思い出すと、デフレ時代にゼロ・サム・ゲームで賃金に差をつけていくと、社員全体の総和ではネガティブな“悲しい気持ち”が多くなってしまいそうだなぁ、とふと感じました。実際にはどうなんでしょうか……。
図3
手に入れるお金が増えるのと減るのでは悲喜の大きさが異なる。……ということは、お金が増える人と減る人が同じ人数・同じ額だけいたとしても、「悲しい気持ち」>「うれしい気持ち」になってしまう!?
Part2のまとめ 仕事の実態に合わない賃金体系・時間管理は失敗する
 ホワイトカラー・エグゼンプション導入の混乱の原因は、90年代のデフレ時代に“名前だけ成果主義”を導入した企業がいた、というところにありました。職場の仕事内容、やり方を見極めることが、適切な賃金体系を考えるうえで大切なようです。
Part3 変化する時代の「働き方」や「雇い方」は?
 インフレの時代からデフレの時代に突入し、同時に、社会の姿も大きく変わりつつあります。私たちの働き方はどのように変わっていくのでしょうか?
Q.「インターネットのおかげで、求人や求職もずいぶん便利になったんですよね」 A.「その代わり、技術力をもたない人は採用されにくい状況になっていますね」
人を育てる時代から“人を検索する”時代に
大竹:
例えば、求人情報の世界などは急激に変わったと思います。紙の媒体を使って求人広告を打っていた時代には、応募してくる人も少なく時間もかかりました。けれど、今はインターネットで“こういう人が欲しい”と求人広告を出すだけで、そういう人がどんどん集まってきて、すぐ採用することができるわけです。
平林:
求人広告を出す側も、職を探す側もずいぶんと便利になっていそうですね。
大竹:
その一方、条件どおりの人を見つけるのが難しかった時代であれば、“この人は今は力不足だけど、頑張って技術力をつけてもらおう”というように人を育てることも多かったと思いますが、これからはそういうことが少なくなっていくと思います。ですから、今では、技術力をもたない人は、どこにも採用されないっていう状況になってきていたりしますね。
平林:
うぅ……。
大竹:
技術革新やグローバル化など、変化が激しい時代になってしまったら、常に自分の能力を磨くしかないんでしょうね。
平林:
……(涙)。
大竹:
ただし、自前で人を育てるということを企業が軽視しすぎるのも問題です。技術は仕事をしながら覚えるのが最も効率的な場合も多いですし、職場ごとに必要とされる技術が違うのも事実です。人を見つけることが簡単になったからといって、育てることを忘れていると、人材が枯渇してしまうかもしれません。プロ野球の球団がFAで他球団から有力選手をかき集めていると、若手が育たなくなって結局は弱くなるというのと同じですね。
図4
インターネット時代の転職・求職活動
変化の時代には「文系マインド」がオススメ!?
平林:
低収入と言われながらエンジニアを選ぶ人たちには、激しい時代の変化よりも安定を好む部分があるんでしょうか?
大竹:
私たちの研究でも、理科系には“危険回避的”で“将来のことをよく考える”という人が多かったのは事実です。しかし、仕事を選ぶ基準は安定だけではないですよね。やはり、好きな仕事ができるということが大きいんじゃないでしょうか。
平林:
確かに、そのとおりですね。……それはともかく、“理系は心配性”で、“文系は先のことなんか気にしないケ・セラ・セラ(*)的性格”というデータがあるんですか!?
大竹:
理科系のトレーニングが将来を予測する力・考える力を育てるのかもしれませんし、あるいは、そういう気質の人たちが理科系に進むのかもしれませんし、それはどっちが先かわかりませんけれどね(笑)。
平林:
“なるようになる”なんて鼻歌を歌いつつケ・セラ・セラ的に理科系の実験をやっていたら、研究室から追い出されちゃいそうな気がしますね(苦笑)。
根村:
“ちゃんと実験計画を立てて”とかのトレーニングは受けますからね。
(*)「ケ・セラ・セラ」 ヒッチコック監督「知りすぎていた男」の主題歌で、ドリス・デイが「未来のことはわからないわ。なるようになるの」と歌った。
Part3のまとめ 「いつなんどき体系が変わるかわからない」現場が増えている
 インターネットの登場により、“必要な人を育てる”やり方から“必要な人を検索する”時代に変わってきている、ということがわかりました。そして、自分の能力を磨き続けていないと、“検索されない”“採用されない”時代になってきているようです。
File.2で学んだこと
時代は変わる、人も変わるし会社も変わる
 社会を豊かにするために“社会”や“人”を眺め続けている経済学の話を聞き、今さらながら“変化する時代・社会”や“変化する人の生き方”が目の前に浮かび上がってきたように思います。
次回予告 次回の掲載は3月21日、講師は森永卓郎・獨協大学経済学部教授です。
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根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ 根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ
レポートには収録していませんが、お話の「長期で見れば〜」というくだりに、思わず「その『長期』ってどのくらいですか?」と質問したところ、「ネット社会になってきて、情報がどんどん出てくると、『長期』自体がだんだん短くなっているでしょうね」とのお答えでした。ドッグイヤーとかラットイヤーとかいわれる現象は、ITの世界の中だけにとどまるものではないんですね。

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