• はてなブックマークに追加
  • Yahoo!ブックマークに登録
エンジニアのための経済学最適インストール File.3 経済学で戦争は止められますか?
「そんなことをしても誰も幸せにならないよ」というのが、戦争。経済学で「そんなことをしても、誰も儲からないよ」ということになれば、戦争をなくすことができるかも? 経済学と景気と戦争について、“エンジニア代表”が質問します。
(構成・文/総研スタッフ 根村かやの イラスト/岡田丈)作成日:07.03.21
『年収300万円時代を生き抜く経済学』『平和に暮らす、戦争しない経済学』といった著書のある、三菱UFJリサーチ&コンサルティング客員研究員・獨協大学経済学部教授の森永卓郎先生に、戦争の経済学などにまつわるお話を伺いました。今回の“エンジニア代表”は柴田研さんです。
森永卓郎氏
森永卓郎(写真左)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング客員研究員・獨協大学経済学部教授。東京大学経済学部を卒業後、日本専売公社、経済企画庁などを経て現職。専門分野はマクロ経済、計量経済、労働経済。

柴田研
Web関連零細企業でアルバイトとして働いているエンジニア。経済学には最近興味をもち始めたばかり。
Part1 戦争には「利益」や「効用」があるんですか?
 地球上のどこかで、いつも戦争が起きています。「社会のみんなを幸せにすること」が経済学の目的ならば、その視点から“不幸”の象徴のような戦争を眺めると、いったいどのように見えるのでしょう。
Q.戦争は経済学的には、得なのでしょうか損なのでしょうか? A.戦争は“大損”です。けれど、戦争で儲かる国や人が例外的に存在するのも事実です。
戦争は一時的な経済効果がある……が本当は大損だ
柴田:
お金を使って何かを生み出していく、ということが経済活動だという印象があります。戦争で使われたお金は、いったい何を生み出していくものでしょうか?
森永:
戦争は、全体として見れば、本当のところ何も生み出しません。ただ、無駄な公共事業をするのと同じように、一時的、直接的には効果があります。例えば、ミサイルが売れれば、それを作るための鉄や電子部品が売れて、関連業種に経済効果が波及していきますよね。
柴田:
戦争をするにはいろいろなモノが必要になって、確かにたくさんモノが売れそうですね。
森永:
しかし、本当の経済効果というのは、その後を考えなきゃいけないんです。例えば、橋や鉄道といった“社会資本”を作る公共事業の場合、それによってのちのち物流が効率化したりすることで、経済が活性化していきます。
柴田:
未来への“投資”ということですね。
森永:
ええ、それが本来の公共事業です。けれど、戦争の場合には、逆に社会資本を壊すわけです。そして、同じものを再建するために莫大なお金が後で必要になるので、最終的にはむしろ大きなマイナスなんですね。戦争は、人を幸せにするという本来の経済学の目的から考えたら、何の意味もないものですよね。
戦争の経済効果と、安定業種!?の軍需産業
柴田:
経済学的にも最終的には“大損”の戦争が、なぜ起きてしまうのでしょうか?
森永:
地球全体としてみれば確かに戦争は損です。けれど、損をしない国や企業が例外的にあるんです。だから、戦争が絶えることがないんです。
柴田:
その“戦争で損をしない例外的な国”というのは、どんな国なのでしょうか?
森永:
その国が軍需産業をもっていて、自分の国は攻撃されず、相手の国を壊すだけ壊し、その戦費を外国に押しつけたうえ、さらに、その国の利権を確保する、というのが“戦争で儲かる国”の基本パターンです。近年の戦争は、そのパターンを狙ったと疑われるようなものが多いですね(図1)。
図1
軍備を利用すれば、兵器の販売、維持費、駐留費などの形で、コンスタントな収入を他国から得ることができる。また、戦費を他国に多く負担させれば、戦争を起こしても自国の負担金額は少なくなる(戦争の当事国より「同盟国」の追加的な戦費負担金額が多い例もある)。A国は、他国から得た戦費を使って、自国の軍需・関連産業で利益を出しつつ、戦地B国の復興事業を通じてさらに収入・利権を確保する。
柴田:
図1のA国のような、戦争を通じて儲けることができる国は、ごく少数の“例外”なんでしょうか?
森永:
例えば、朝鮮戦争直前の日本は、戦後復興がままならなくて不景気で厳しい状況だったんです。それが、朝鮮戦争の特需で一気に経済発展の足掛かりをつかんだわけです。当時の日本の場合、朝鮮戦争を戦ったということではありませんが、実は戦争を通じて得をしたんですよね。
柴田:
戦争で損の部分を被らない国なら、戦争関連の産業や復興関連の産業などを通じて得をすることになるわけですか。ちなみに、戦争にかかわる産業は、ほかの業種に比べて儲かりやすい商売なんでしょうか?
森永:
価格競争が激しく働くような業種でないことは確かですから、安定して高付加価値を取ることができる業種であるのは間違いないですよね。
Part1のまとめ 戦争に使ったお金は、結局のところ何も生産しない
 戦争が地球全体を眺めてみれば“大損”である一方、戦争を通じて得をする国や人がいる、ということがわかりました。しかも、戦争を通じて儲かる国というのは、「ごく限られた例外」というわけでもないのかも……。
Part2 経済学で戦争は止められますか?
 戦争で得をする人たち・大損をする人たちがいるのであれば、経済学の仕組みで戦争をなくしたりすることはできないのでしょうか?
Q.経済学を活用して戦争を止めることはできませんか? A.経済学から言えば、戦争を止めることは不可能だと思います。ただ、戦争への予防策として、不況を生み出さないことは大切です。
経済学的には戦争は必ず起こってしまう……!?
森永:
今主流になっている新古典派経済学では、問題を解くことを可能にするために、すべての人が合理的経済人でできた社会、つまり、“完全情報の下で、人はみな自分の利益だけを考え、自分の利益を最大化するために行動する人”の集団という仮定を置いているんです。すると、戦争で利益が出る可能性がある人や国が一部でもある以上、経済の仕掛けで戦争を止めるということは、ほとんど不可能に近いでしょうね。
柴田:
戦争で利益が大きくなる人がいるなら、人が“自分の利益を追求する存在”である以上、その人は戦争を起こす……。戦争が起きてしまうのは必至というわけですか。
森永:
けれど、戦争がなぜそれほどには起きないかというと、他人のことを考えるからなんですよね。ほかの人の幸せを自分の幸せと感じられる心が、人間にあるからなんですよ。
柴田:
人間は、合理的経済人とは違うんですよね。
「新自由主義」の人たちが戦争を起こしたがる!?
森永:
ところが、自分の利益を最大化する“合理的経済人”という簡単かつ極端な新古典派経済学の教科書を読んで、“それが正しい世界だ”“自分だけがよければOK”という勘違い・妄想に取りつかれた“新自由主義”の人たちが、今世界を席巻しつつあるんですよ。
柴田:
お金儲けの何が悪い・お金を持っていれば何をやってもいいだろう?というようなことを言う“リッチな人たち”が、日本でも多くなりましたよね。
森永:
そういう金の亡者たちは、他者の痛みを自分の痛みとして感じられないから、戦争を支持するわけです。
柴田:
けれど、戦争を支持したくなるのは、そういった裕福な“新自由主義”の人たちだけなのでしょうか? 年収が300万円、あるいは200万円以下の人でも、戦争を支持したい気持ちをもつ人、そんな気持ちを表明する人が少なくないようにも思うのですが?
森永:
確かに、厳しく貧しい経済状況に追い込まれることで、戦争へ走ろうとする空気が生まれることは多いです。例えば、1930年代の長期不況・デフレでは、世界中で独裁者が生まれ、戦争が起きました。人間は苦しくなればなるほど、わかりやすく強いことを言う人に自分の未来を託したり、すがったりしてしまうという本質的な精神構造をもっているんですよね。
柴田:
苦しいときには、うそでも希望を与えてくれる方向へ行ってしまいそうですね。
森永:
だから、戦争を防ぐためには、貧しい人たちを生み出してしまう不況を起こさないことも大切だと思います。
図2
自分の利益を追求しようと戦争を支持する、お金持ちの“新自由主義人”もいる。そしてまた、苦しい不況下で、わかりやすく強い言葉に惹かれて戦争を支持する貧しい人たちもいる。
コラム ハゲタカ新自由主義的オークション戦法
森永:
お金を何千億とかもっている新興企業の社長たちと話していても、節税とインサイダー取引と合コンという3つの話題しかないんですよ(笑)。
柴田:
3つ目は合コンですか。
根村:
男性の関心事は「金・出世・女」だけだなんてよく言いますが、「金・ズル・女」なんですね。
森永:
私はB級グッズをたくさん集めていて、B級グッズのテーマパークを作ろうと思って、「儲からないけど、日本文化のためです」と資金提供を頼んで回ってみたんです。すると、「駄目だな、儲からないんじゃ」とみんな言うんです。文化を理解する心がかけらもないんですね。
柴田:
多忙な中でB級グッズを集めるなんて、すごいですねえ(笑)。
森永:
以前は、東京電力のミニカーをおまけでもらうために、東電の千葉支店まで電球を1個買いに行く、なんていういろんな努力を積み重ねていたんですが、最近は忙しいので、ネットオークションで、金で解決する悪い癖が付いてしまいました。
柴田:
なんだか、とても“新自由主義的”行動ですね。
森永:
そうなんです。だから、すごく抗議がくるんですよ。「森永さんは普段からハゲタカ批判をしているくせに、ヤフーオークションで僕の入札をひっくり返しました」とか。
柴田:
他の人の幸せをちょっと考えないといけないですね(笑)。
Part2のまとめ 利己的な経済観が「戦争の絶えない世界」を生んでいる
 自分の利益を最大化する合理的経済人たちがつくる社会では、戦争を止めることはできないようです。ただ、経済学を活用し不況をつくり出さないことで、戦争を減らすことができる……のかもしれません。
Part3 経済学の面白さは、理系マインドにも届きますか?
 オタク心あふれる森永先生は理系マインドの持ち主でもあります。そんな“エンジニアに近い”!?森永先生が感じた、経済学の魅力を教えてもらうことにしました。
Q.どんなときに経済学にハマり、どんな感覚になりましたか? A.社会が動くメカニズムがわかった瞬間で、ロータリーエンジン開発秘話に感動したのと同じ感覚でした。
環境対策エンジンが作りたくて東大理科U類へ入学したけれど……
森永:
小学6年生のころ、マツダのロータリーエンジンの技術者の開発秘話を読んで、感動したんです。それで、自動車の環境対策エンジンを作る技術者になろうと思っていました。
柴田:
ロータリーエンジンに感動した小学生っていうのも“変わりモノ”ですね。
森永:
それで、物理化学をやろうと思って、東大の理科U類に入りました。ところが、毎日、ミミズやカエルの解剖といった実験を夜中までやらされるわけです。そんなとき、文科U類の連中を見ると、彼女を連れて楽しいキャンパスライフを送っていて、「あっちのほうがいいな」って思い転部し、経済学へ足を踏み入れてしまったんです。当時、女の子とすごく付き合いたかったんですね。『Fine』というサーファー雑誌の創刊第何号かで取材されたときも、「彼女募集中でーす」とか載せてみたりして。
柴田:
合コン大好き新興社長族と似てるような……(笑)。
ロータリーエンジンの感動と経済学の魅力はよく似てる
柴田:
理系から文系に進路を変えた後に、経済学が面白いなと感じたのはどんなときだったのでしょうか?
森永:
ロータリーエンジンに感動したのと一緒で、世の中が動くメカニズムがわかった瞬間です。経済企画庁にいたとき、多項方程式を重ねた連立方程式を解いていくと、先行きがどうなるのかを予測できる経済の模型をいじっていたんです。それで、バブルという言葉もなかった1985年に、翌年の86年から地価が暴騰するという結果が、その連立方程式から出てきたんです。計算間違いだと思って何度もチェックしたんだけれど、合っていて、その結論に確信をもった瞬間に、経済学の魅力に取りつかれました。
柴田:
世の中の仕組みがわかってみると、社会の動きが単純に見えてくるものなのでしょうか。
森永:
例えば、インフレとかデフレとかの話だって、とても単純なんです。“デフレは構造問題だから、デフレから脱却するのはとても難しい。だから、構造改革をするしかない”というのが今の政府の言い分なんですが、日銀がお金をたくさん出せば、お金の値段が下がりインフレ傾向になって、デフレは止まるわけです。それだけの単純な話なんですよ。
柴田:
そう説明されると、なるほど単純だなあ、と納得してしまいますね。
図3
ロータリーエンジンが回る仕組みがわかった瞬間は、楽しく面白いものだ。それと同じように、社会が動く仕組みがわかるとうれしく楽しくなる。
Part3のまとめ 「仕組み」がわかると「面白さ」がわかる
 経済学の面白さは「社会が動く仕組みがわかる」ことで、それはロータリーエンジンを開発した技術者たちの話に感動した気持ちとよく似ている、ということでした。ちなみに、最後に森永先生に「もう一度人生やり直せるとしたら、エンジニアと経済学者のどちらになりたいでしょうか?」と尋ねてみると、少し考えた後、“やっぱり、エンジンを作るエンジニア。まじめな、だけど女性にモテるエンジニアになりたい”という答えでした。
File.3で学んだこと
戦争を起こすのと同じ「仕組み」が、私たちのすぐそばで動いている
 エンジニアになりたかったというオタク・理系心満点の森永先生の話を伺い、モノが動くメカニズムを考えるエンジニアが感じる楽しさと、社会が動くメカニズムを考える経済学の楽しさが、とても近いものに感じられるようになってきました。そして、同じように、遠くの世界で起きている戦争も、何だか近くに感じられるような気持ちにもなってきました。
次回予告 次回の掲載は4月19日の予定です。
  • はてなブックマークに追加
  • Yahoo!ブックマークに登録
あなたを求める企業がある!
まずはリクナビNEXTの「スカウト」でチャンスを掴もう!
スカウトに登録する
根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ 根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ
現代の日本のような“豊かな”経済社会の中で暮らしていればなおのこと、「自分の利益だけを考え、自分の利益を最大化するように行動すればOK」という考え方は、その元となった新古典派経済学が現在の経済学の主流であることを通じて、知らず知らず私たちの中にも入り込んできていると感じます。私たちの中のその考え方と、「自分の身の安全と利益の最大化だけを考えて戦争すれば、どこかで誰かが爆撃で死んでもOK」という考え方との間の距離は、危険なことに、もしかしたら案外短いのかもしれません。

このレポートの連載バックナンバー

エンジニアのための経済学最適インストール

エンジニアは経済より技術! とはいえ新聞の経済面すらよくわからない…。そこで、毎回“エンジニア代表”が経済学者に質問をぶつけます。

エンジニアのための経済学最適インストール

このレポートを読んだあなたにオススメします

エンジニアのための経済学最適インストール

「本当の成果主義」って何ですか?

エンジニアのための経済学最適インストール人気シリーズ「エンジニアに最適化された経済学」の、新装第2シーズンの第2回。“エンジニア代表”が、残業代が出なくなる!?と議論に…

「本当の成果主義」って何ですか?

技術者たち、ニッポンの未来をよろしく

森永卓郎 エンジニアはずる賢く、そしてかわいく

技術者たち、ニッポンの未来をよろしく経済アナリストとして、アキバ愛好家として、Tech総研で何度か取材をさせていただいた森永卓郎さん。テレビのコメンテーターに文筆業…

森永卓郎 エンジニアはずる賢く、そしてかわいく

経済アナリストの森永卓郎氏とエンジニア400人が語る

円安・株高より経済成長!アベノミクスとエンジニア

アベノミクスで株高と円安が続き、景気も持ち直しているようだ。この状況をエンジニアはどう見ているのか。アベノミクスは今後…

円安・株高より経済成長!アベノミクスとエンジニア

エンジニアのための経済学最適インストール

経済が低成長でも、「豊か」な暮らしができますか?

エンジニアのための経済学最適インストール豊かに暮らし、幸せに生きること。それが人びとの望みであり、経済学は、そのための学問のひとつであるはず。では「豊かさ」「幸せ」って…

経済が低成長でも、「豊か」な暮らしができますか?

エンジニアのための経済学最適インストール

エンジニアは経済学とどう付き合ってきたんですか?

エンジニアのための経済学最適インストール経済学は、一般的なエンジニアにとっては“別世界”だ。ところが、この連載でいろいろ話を聞いてくると、自然科学や工学と“親しい”とこ…

エンジニアは経済学とどう付き合ってきたんですか?

スキルや経験はよさそうなのに…(涙)

人事が激白!悩んだ挙句、オファーを出さなかった理由

オファーが来る人、来ない人の差って何だろう?過去にスカウトを利用したことがある企業の採用担当者55人の声をもとに、「惜しいレジュメ」の特徴を…

人事が激白!悩んだ挙句、オファーを出さなかった理由

この記事どうだった?

あなたのメッセージがTech総研に載るかも

あなたの評価は?をクリック!(必須)

あなたのご意見お待ちしております

こちらもお答えください!(必須)

歳(半角数字)
(全角6文字まで)
  • RSS配信
  • twitter Tech総研公式アカウント
  • スカウト登録でオファーを待とう!
スマートグリッド、EV/HV、半導体、太陽電池、環境・エネルギー…電気・電子技術者向け特設サイト

PAGE TOP