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止まらない 技術者人性の法則「トラブルが宝の山に見えてくる」法則
身近な家電製品から大規模なネットワークシステムまで、壊れるときは壊れるもの。そのとき技術者の心には、「悲しみ」「困惑」だけではなく、「楽しみ」「喜び」が去来する。この微妙な気持ちの正体を法則化してみたい。
(文/出川通 総研スタッフ/根村かやの) 作成日:03.07.09


(イラスト/工藤六助)
THANKS! トラブルの処理は憂鬱な仕事です。ところが何人かのエンジニアに聞いてみると、「実はトラブルってなんだか楽しいぞ」との告白が続々。これはもしかしたら、仕事が楽しくなる有益な法則につながるかもしれません。
トラブルに直面したとき、あなたは

 みなさんは最近、技術上の「事故」「トラブル」に出あったでしょうか。実は私は仕事で「事故」に出あうと、ちょっとうきうきするのですが、みなさんはいかがでしょう。
 もちろん、「うまくいかない」のは単純に悲しいし、会社に損害を与えていたり、物的被害が出ていたり、なんらかの意味で世間に迷惑をかけていたりすれば心が痛む。でも“技術者の血が騒ぐ”のは、それとは別の話。トラブルに直面したとき、謙虚ながらも生き生きと現実的に反応し、解決に向けて活動するのが、技術者の本能ではないかと思います。

 機械は壊れるもの、材料は劣化するもの、プログラムはエラーを出すもの。だからトラブルは起きるもの。そんなことを言えば世間に「無責任」「開き直り」と非難されかねないから、うかつに口にはしませんが、エンジニアなら誰でも心の底で、それが真理だと知っています。
 事故調査を行う部署に配属されたとき、私は当初、「モノというのはよくもこういろいろ壊れるものだ」という強い印象を受けました。もちろん今考えると、事故対策という業務は病院みたいなもので、調子が悪いものだけを相手にするわけです。もしも病院しか知らない人がいたら、「人間というのはよくもまあ病気やケガをするものだ、この世に健康な人は全然いないのでは?」と思い込むかもしれません。それと同じことでしょう。

 その後、業務の中で多くの事故例に直面し、ガラクタの山に埋もれるようして、「原因不明。奇奇怪怪。五里霧中……」と途方に暮れながらも調査を進めていくと、教科書にない出来事がどんどん見つかりました。そんな経験から私は、トラブルを否定的にとらえるだけでなく、「奇奇怪怪なるものこそ、もしかしたら貴重な宝の山に変わるものなのかもしれない」と思うようになったのです。


「原因不明の事故」とは

 企業(特に製造業)の現場では、「事故」という言葉はあまり使いません。人的被害があったり、重大な物的被害があったりと顕在化した出来事のみが「事故」であり、単に装置が止まった、一部が壊れたなどの出来事はすべて「不具合」というのです。しかし、技術者の観点からは、壊れた・止まった・出力低下した・暴走した……であることに変わりはないので、このレポートでは「不具合」を含めて、「事故」もしくは「トラブル」と呼ぶことにします。

 そうしてみれば、誰もが頻繁に事故に出あっているはず。「モニターが映らなくなったが、たたいたら直った」のも、原子炉やスペースシャトルの事故も、大銀行のシステム障害も、「原因不明の事故」という意味では同じです。被害の深刻さを知る当事者は「古いモニターなんかと一緒にするな」と言うことでしょうが。


「人災」と「天災」を区別する

 私の考えでは、どんな事故でも普遍的にいえる要点として、次の2つがあります。

(1) 実際に事故が起こっており、事故発生には何らかの原因がある。
 いってしまえば当然のことですが、事故の発生自体を否定したり、「原因不明」のまま終わらせたりしていては、問題を解決し事故の再発を防ぐことはできません。

(2) 装置や機器の材料、部材、ソフトウェアは、図面や仕様書でどんなにきちんと描かれようと、ミクロに見ると欠陥だらけであり、完全なものはあり得ない。
 「そんなことでは恐ろしくて物は使えない。技術者がもっとしっかり仕事をすれば安心できるのに」と言う人もいますが、自然現象としての物理・化学現象は奥が深く、まさに奇奇怪怪。これまでに人類が学び、蓄積してきた知識といえども、自然法則の総体の中のほんの一端にすぎないといえます。

 技術者がトラブルに直面したときは、この要点を前提として、まずは「人災」か「天災」か区別することが有効ではないかと思います(表1参照)。

表1. 事故原因による人災と天災の区分け


事故原因パターン

具体的な原因
(エンジン破壊の例)

技術者の出番
(宝の山)


人災

単純原因、ケアレスミス

ネジが緩んでとれた

×
マネジメントによる管理・体制不足
定期点検、寿命無視
潤滑油切れによる破壊、材料・部材の寿命
過大使用条件無視
最高使用条件を超える
誤操作
稼働操作のミス、間違い


天災

既存原因の組合せ

熱と振動の重畳による破壊

限界使用条件のデータ不足
最高使用条件近辺での安易な使用
誤動作
予想できなかった計器へのノイズ
新しい原因による
まれに起こる複雑現象や知られていなかった複合要因

(不明)

原因不明
(超自然現象?)

現在の科学体系では解明されていない原因不明事例

○?
「天災」の原因解明こそ活躍の場

 「人災」というのは、技術によって確立してきた基準があるのに、その内容をきちんと理解せず、守っていない場合の出来事です。例えば、原子炉用の配管、宇宙・航空機用の材料などでは「安全基準」が厳格に定められており、設計・製造および検査のいずれかの段階でこの基準がきちんと満たされずに事故につながった場合には「人災」といえます。

 「どんなに技術の完成度を上げても、事故は起こる」とはいっても、「そのときの最高の技術レベルでの設計基準を用い安全策を施したか」「その測定・検査をきちんと実行したか」が大切なことは当然です。これがおろそかな「人災」については、技術者の関知するところではないかもしれません。しかし、人災なのか天災なのか、人災の中でもどんな種類の原因なのかといった診断は、分野を問わずエンジニアの得意とする「障害の切り分け」であり、ここまでの過程にエンジニアが積極的にかかわることで、事故対策が円滑に進むということはあると思います。
■図1. 事故原因への天災と人災について


 そして、「人災」でない事故は、地震や台風とは違いますが、人知を超えた、予測の難しい出来事という意味で、「天災」といえるでしょう。これまでの基準で予測した範囲外で事故が発生した場合です。
 私は、この「天災」の原因解明に技術者の活躍の場があり、その本能が発揮されるのではないかと思っています。というのも原因不明な事故の中に、われわれの知らなかった多くの現象があり、貴重な真理、法則などの情報が含まれている可能性があるからです。

 天災であることがはっきりしたときが、トラブルから宝の山への変貌の始まりです。そこからどれだけの宝を拾えるかという真剣勝負の緊張と、新しい発見をし問題解決の糸口をつかむ喜びが、エンジニアには与えられているのではないかと思うわけです。

技術者は名探偵?

 こんなときの、技術者の思考過程はどうなっているのでしょうか。
 事故調査のアプローチは、推理小説の主人公のアプローチと似ていると思いつきました。表2は、事故調査の方法論と推理小説のそれとを比較してみたものです。SF小説(空想科学小説)と呼ばれるものの方法論も一緒に示してみました。それぞれは似ているけれども、根本的に違うところもずいぶんあるようです。


■表2. 事故調査と推理小説、SF小説におけるアプローチの比較


基本ベース

発想ポイント

方法論

具体例
(航空機事故の調査)
事故調査
アプローチ
自然科学
* 推論、論理的
* 直感、実証的
* 事実に基づいた実証的考察と推理
* 論理に基づいた、検証と再現
* 破損部品の電子顕微鏡解析から、部品の金属疲労が疑われる
* 目撃者が「右側に傾いて落ちた」と言っている
* フライトレコーダーの記録を解析する
推理小説
アプローチ
社会科学
自然科学
* 直感、実証的
* 推論、論理的
* 人間性、心理の考察
* 状況証拠の重要性
* 事実に基づいた実証的考察と推理
* 論理に基づいた、検証と再現
* 不審な荷物を持ち込んだ乗客がいたらしい
* パイロットが過労のためとっさの判断を誤った
* ボイスレコーダーの記録を解析する
(参考)
SF小説
アプローチ
空想科学
* 直感、推論的
* 実証より、こうありたいという夢が先行
* 論理よりも直感
* ある程度の論理性は必要
* 枠にとらわれない発想
* 金属を食べる宇宙人にやられて空中分解か
* その証拠に、墜落現場で回収された残骸に、金属の量が少なすぎる

 いずれにせよ、事故とは何かが「壊れた」「ダウンした」ということであり、事故対策の第一歩として、「直す」「復旧する」ために、原因を明らかにしなければなりません。そのとき解明に役立つのが、現場に残された具体的な“証拠”“ネタ”です。つまり、事故原因追究には、できるだけたくさんの関連資料を集める必要があるのです。
 現場で拾い集めるものには、もちろん、事故原因と直接関係ないものもたくさんまぎれ込んでいますが、それはそれでよいのです。事故解明および対策がうまい技術者は、事故に関係のないノイズ的な材料を、短時間で的確にすばやく分類・除去する能力を持っています。

 経験の浅い新米技術者や、素人の「技術者もどき」は、山のような関係資料を目の前にして、分析能力を失います。例えば、ぼろぼろになってしまった破片の山や、あるいは膨大に吐き出されたログを見て、ただ言葉を失うばかり。しかし名探偵シャーロック・ホームズ(のような技術者)は、それらの中から、小さくても事故と直接関係のある証拠を短時間で見つけて、的確に推理することができるのでした。
 実際には、名探偵のつもりで張り切って調査に行った先で、原因が単なる「作業員のネジの締め忘れ」「オペレータの入力漏れ」と判明して、力が抜けてしまうことも往々にしてありますが。


技術者の「困った顔」の裏側

 トラブルのない製品なんて、実はどこでもできる。ここでしかできないものを作りたい。そう考えている優れたエンジニアは、問題が起こると、困った顔をしながら、実は「ノウハウ収集のチャンス」とばかり、内心はホクホクと喜ぶのです。事故調査によって、誰でも気がつくわけではない事象を知ることができるからです。このような技術者魂があればこそ、事故そのものについても、つじつま合わせではないきちんとした対応ができるのかもしれません。

 ネガティブなイメージのある「事故」ですが、その対策をうまく行えば、ガラクタの山が宝の山に変貌するかもしれない。そのように前向きに考えることで、視界が開けてくるのではないかと思います。

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根村かやの(総研スタッフ)からのお願い
 トルストイにならっていえば、「幸福な技術者は同じように幸福だが、トラブルに直面した技術者はそれぞれに不幸である」。技術者人性の法則構築に向けて、みなさんがそれぞれに遭遇し、対応し、解決したトラブルの状況と実感を教えてください。
 前回の「100点−99点≠1点」にも、多数の興味深い法則が集まりました。今回も、ご意見・ご感想に加え、あなたの現場の法則「トラブルが○○に見えてくる」もぜひお寄せください。

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