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ほぼ月イチ連載・第9回 〜止まらない 技術者人性の法則〜 「スピードだけでは物足りない」法則 ほぼ月イチ連載・第9回 〜止まらない 技術者人性の法則〜 「スピードだけでは物足りない」法則
ほぼ月イチ連載・第9回 〜止まらない 技術者人性の法則〜 「スピードだけでは物足りない」法則

(イラスト/工藤六助)
ほぼ月イチ連載・第9回 〜止まらない 技術者人性の法則〜 「スピードだけでは物足りない」法則

クルマ、バイク、鉄道、飛行機。乗りものに象徴されるように、技術の歴史はスピードアップの歴史でもあった。エンジニアの本能はいつの時代も「速さ」を追求していくのだろうか。
(文/出川通 総研スタッフ/根村かやの) 作成日:04.01.14
乗りもの好きの心理と技術者の人性

 私たちの生活の中で、いちばん速い乗りものといえばジェット旅客機です。しかし、最高速度1000km/hのジェット機に乗ることが、100km/hのクルマに乗ることの10倍楽しいとはいえません。速度だけでは測れないものがあるのです。
 エンジニアの仕事も同じで、技術によって高速化が実現できればもちろんうれしいものですが、それだけでは満足できない本能が眠っています。

「速度」だけでなく「加速度」があること。それを自分の手で制御できること。この2つがエンジニア人性には重要だという仮説を立ててみました。
加速度の快感と、コントロールの楽しみ

 1000km/hのジェット機で満足できない理由の1つは、加速度がないということです。たとえ1000km/hの高速であっても、一定速度で飛んでいる限りは加速度ゼロだからです。乗りもの好きな人が好きなのは、単なるスピードというわけではなくて、その加速感・減速感がたまらん、ということにありそうです。

 速度だけではなく、加速度を体感できるので人気のある“乗りもの”の代表格が、ジェットコースターです。だから絶叫マシンは、最高速度だけでなく、「5.6Gの連続宙返り!」のように加速度(G)を売りものにするのですね。
 この観点で遊園地の乗りもの(アトラクション)を見てみると、速度はほどほどでも、加速度があれば楽しめるものになることがわかります(図1)。

図1.速度を楽しむものと加速度を楽しむもの

図1.速度を楽しむものと加速度を楽しむもの

 ただしこの図1には、その加速度を自分自身で制御できるかどうか、という要素は入っていません。ゴーカートやティーカップには、加速度の快感に加え、コントロールする楽しみがあるといえるでしょう。これは、ジェットコースターにも、ジェット機にもない(パイロットは別かもしれませんが……)楽しみなのです。

 ご存じのとおり、加速度というのは微分値、すなわち時間単位当たりの速度変化を示すもので、これを制御することがスピードのコントロールにほかなりません。そのためにエンジニアは、いろいろな推進力を駆使するのですが、加速一方だけでなく、減速のメカニズムの知識と経験も必要となります。
相対速度のからくり

 ここで、自ら加速度を制御して、どんな速さを目指すのか、ということについても考えておきましょう。実は、ジェット機のスピードでは満足できない理由がもう一つあるからです。
 それは相対速度の問題で、すべての乗客が1000km/hで移動している、すなわち相対速度がゼロのときは、乗客は速さが実感できないということです。いくらエンジニアが頑張って加速度をつけ、速度を上げても「相対的にはゼロだね」と評価される危険もあるわけです。

 地球の自転周期は約23時間56分で、円周(緯線の長さ)をこれで割って自転速度を算出してみると、北緯35度上の点で約1370km/hとなり、ジェット機をはるかに上回る速さで動いていることになります。さらにいえば公転速度は10万km/h以上で、私たちは常にこのような高速で移動しながら生活している、ということもできます。
 しかしこれは絶対速度の話で、びっくりはしますが、「それがどうした」といったところもあります。自分もまわりも同じように動いている限りは相対速度ゼロで、速さに意味がありません。

 世の中みんなが50km/hで動いているときには、自分も50km/hで動いていたら相対的には動いていないのと同じで、80km/hで動いてやっと、相対速度が30km/hということになります。また、自分は20km/hで前進しているつもりでも相対的には−30km/h、止まっていれば−50km/hで、どんどん遅れていくことになります(図2)。

図2.相対スピードのイメージ(場の流れを一定と仮定)
図2.相対スピードのイメージ(場の流れを一定と仮定)
ベクトルの重要性

 加速度の制御には「加速」もあれば「減速」もあると言いましたが、もう一つ、「方向(ベクトル)の変化」があります。
 本来、速度というのは、大きさ(絶対値)だけでなく方向性の要素を含むベクトル量です。しかし、スピードアップ(大きさを上げること)だけに集中していると、「方向性がある」ということをつい忘れることも多いものです。

 時代の変化に敏感な表現として、あまりよくない表現ですが、「風見鶏」というのもあります。風のスピードは無視して方向性だけを感知するもので、それだけではあまり意味のあるものではありません。
 しかし、エンジニアにとって、技術全体の方向性を把握しておくことは、戦略的に大事な指針です。そうしないと、図2の中で示したように、せっかく速く動いても「迷走」してしまうことになるからです。
ボトルネック、律速段階に注目する

 速度・加速度を自分自身で自由に制御したいというのがエンジニアの本能ですが、一方で、仕事の中では「成果を出せ」「スピードを上げろ」と経営者に尻をたたかれることもままあります。いったい、尻をたたかれるだけでスピードは出るのでしょうか? 街の中での一人歩きのように、「走りたいと思えば走る、ゆっくり歩きたいと思えば歩く」と単純に制御できる場合ばかりではないでしょう。

 コンピュータシステムで、システム全体の中でもっとも遅い部分のことを「ボトルネック」といいます。一般的な生産工程においても、生産効率を阻害する一部のことを同じように呼びます。
 ボトルネックというのは、文字どおりビンの首の細い部分のことで、ほかがいくら太くても、ここの太さで全体の速度が決まってしまいます。
 化学の用語では、「律速段階(過程)」という言葉があって、全反応を構成する複数の(段階的な)反応のうち、もっとも遅い反応のことをいいます。全体の反応は、この段階によって「律速される」=速度が決まる、というわけです。英語ではrate-determining(control) process で、まさに「速度を決める(制御する)過程」です。
 ボトルネックというにせよ律速段階というにせよ、「全体の足を引っ張る遅い部分」を改善しない限り、ほかを直してもダメだということです。
流体の速度と仕事の速度

 では、ボトルネックを改善し全体のスピードを上げるにはどうすればよいか、流体の流れを例にとって考えてみましょう。

〔断面積の増大〕まさにパイプの太さを大きくし、流れをよくすることです。このためには、単に流路の直径を増やすこともあれば、パイプのバイパスを作って複線化することもあります。まさにボトルネック=細い部分自体をなくしてしまおうというわけです。通路の障害物を除去し、パイプの中の詰まりをなくすのも、この方法の変形です。

〔流体への圧力の増大〕動くものへの推進力を増大させることです。流体の場合には、流量を増やすか、ポンプの出力を強くして圧力を上げることです。

〔粘性の低下〕流体の場合には、流れる物体自身の抵抗を減らすことが大切です。一般には、温度を上げることや、粒子などの邪魔者を取り去る(均質化する)ことで粘性が低下し、スムーズに流れていくものです。

〔流体の整流化〕外部環境の整備ですが、乱流などの方向性の不一致が起こらないよう、流路の設計に配慮することです。

〔境界面の潤滑〕流体の場合は、通路の表面とのインタラクションをできるだけ避ける必要があります。最適の潤滑材とか界面の濡れ性の低減とかが重要になります。

 これをもとに、日常の仕事とのアナロジーを示したのが表1です。

表1.流体のスピードに関するボトルネックと仕事のアナロジー

環境側の要因
流体側の要因
流体における
ボトルネックと解消方法

 技術者の仕事における
ボトルネックと解消方法

 パイプの太さを太くする
 複数のパイプを使う
 いろいろな可能性の検討
 アライアンス、協力社(者)の活用
 ボトルネック部の設備増強
 パイプの内部の詰まりの解消、掃除  アイデアキラーの排除
 評論家の排除
 ストレートな形状のパイプの使用  わかりやすい、シンプルな
 製品ターゲット仕様
 (明解な理念とシンプルな運営)
 流体と容器の境界面の潤滑  外部との円滑なコミュニケーション、
 信頼関係
 (情報交換)
 流体の整流化  仕事グループ内部における円滑な
 コミュニケーション
 (ノミ(飲み)ニケーションなど)
 流体の粘性の低下  やわらかな組織運営、自由闊達な展開
 流量の増加
 流体への圧力印加、ポンプの高圧化
 人員の投入
 プレッシャー、インセンティブの付加
自らコントロールするスピード

 ボトルネックを解消し、速度・加速度を制御するには、実に幅広い対策が必要だということがわかります。図2で示したバイクに乗っているのがエンジニアだとすれば、「車体性能の向上」や「ドライビングテクニックの習得」だけでなく、「道路の整備」「交通規制の検討」までがかかわってくるというわけです。
 それをエンジニアの仕事領域が広がる可能性ととらえるか、負荷(本質的でない作業)の増大ととらえるかは、やや悩ましいところですが、ポイントはやはり、「自分でコントロールする」か、それとも「コントロールされる」かではないでしょうか。

 ぼやぼやしていると、いつのまにか一方的にスピードをコントロールされているかもしれません。知らない間に、標準速度と称して速さや方向が限定されていたり、猛スピードで飛ぶロケットの座席に縛りつけられていたりということです。あるいは、全力で走らされ、気がついたときには息も絶え絶えなどということも起こりかねません。

 コントロールはされる側でなく、する側になり、自分のスピードは自分でコントロールしているぞ、と言える技術者になりたいものです。
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根村かやの(総研スタッフ)からのメッセージ
 仕事の中で「私が律速段階でゴメン」と謝ったら、「わからない言葉で謝られても」と困惑されたことがあります。通じない言葉を使った私が悪いのですが、一方で、「律速段階」という概念(言葉)を共有せずに、律速段階を解消→全体を加速するのはたいへんだなあと思ったできごとでもありました。
 みなさんの採点、そしてご意見・ご感想をお待ちしています。

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