その仕事、命よりも大切ですか?普通に働いていた私が、うっかり「自殺」しかけたワケ――汐街コナ

「死ぬほどつらいなら、会社を辞めればよかったのに…」

過労死に関するニュースを目にした時に、そう感じた方も少なくなかったのではないでしょうか。しかし、そういった考え方ができるのは、ある程度心が元気な状態にあるから。人間は過度のストレスを受け続けると「会社を辞める」という選択肢が見えなくなってしまうのです。

今年、線路への飛び込み自殺を図った経験を描いた汐街コナさんのコミックエッセイ『「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)』が12万部を超えるヒットを記録しました。「仕事が楽しいと思っていたのに、実はストレスがたまっていたんです」と語る汐街さん。いま仕事にやりがいを感じている方であっても、もしかしたら想像以上にストレスがたまっているかもしれません。

汐街コナ(しおまち・こな)

広告制作会社のグラフィックデザイナーを経て漫画・イラストの活動を開始。装丁画・挿絵・ゲームキャラクターイラスト等を手掛けている。デザイナー時代に過労自殺しかけた経験を描いた漫画をTwitterに投稿したところ30万リツイートされ“リアルすぎて泣ける”と話題に。『「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)』として、2017年4月に書籍化され、12万部を突破するベストセラーとなっている。

http://shiokonako.wixsite.com/illust-home

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飛び込む瞬間に考えていた“いいこと”

―やりがいをもって、楽しく働いていたはずなのに、なぜ自殺をしそうになってしまったのでしょうか?

大学卒業後、夢を追いかけて広告制作会社にデザイナーとして入社した私は、毎月100時間以上の残業をしていました。今思えば異常な状況ですが、当時はそれが当たり前。世の中には200時間、300時間も残業をする人もいると聞き、自分は楽なほうだと思っていたんです。不眠や食欲不振など一般的な鬱病の症状はなく、まさか自分が自殺をしそうになるとは思っていませんでした。

そんなある日、“いいこと”を思いつきました。疲労が蓄積して、時々めまいがするようになっていた頃だったと思います。終電に間に合うよう駅まで走り、人気のないホームに立ったとき、「ここから一歩踏み出せば、明日は会社に行かなくていいんだ」と気づいたんです。それは私にとって、会社帰りにコンビニでアイスを買おう、というアイディアと同じくらい気軽な話。いいことを思いついたラッキーな自分に、少しだけテンションが上がってしまったほどでした。ホームの端に立ち、宙に足を上げた瞬間、電車の音にハッとして我に返りましたが、あのまま線路に落ちていたら命はなかったと思います。

8,568通り、あなたはどのタイプ?

人が「会社を辞める」より「死」を選んでしまうワケ

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―追いつめられる前に会社を辞めることはできなかったのでしょうか?

精神科医のゆうきゆう先生によると、心理学の有名な概念に「学習性無力感」と呼ばれるものがあるそうです。これは、長期間人間や動物がストレスを受け続けると、その状況から逃げ出そうとする努力すら行わなくなるという現象。長時間労働などによる過度のストレスが、「会社を辞める」という選択肢を脳内から消してしまうのです。

例えば、両側を崖に挟まれた細い道があるとします。その道にはいくつもの分かれ道や扉があるのですが、真面目な人は「親に心配をかけたくない」「もっとつらい人はいくらでもいる」と思い、分かれ道の案内板や扉を塗りつぶして前へ突き進んでしまいます。そのうち視界が狭まって他の選択肢が見えなくなり、限界を迎えてしまうのです。そうなる前に会社を休んだり、精神科や心療内科で診察を受けたりして、心身を休めることが大切です。

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一番危険なのは「まだ頑張れる!症候群」

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―汐街さんは、精神科や心療内科に通いましたか?

あまりよく覚えていないのですが、抗うつ剤を処方されたことはあります。ただデザイナー時代よりも、転職して事務職に就き、副業として漫画家をしていた時のほうが実はストレスフルでした。もともと漫画家を目指していたので仕事にやりがいを感じていましたし、自分の好きな仕事をしている満足感もありました。

でも、精神的に限界だったみたいで……。当時は、「ネーム」と呼ばれるマンガの企画は通るものの、どれほど描いてもマンガ雑誌への掲載に至らず、形にならない状態が続いていました。数か月から半年の歳月をかけて作った作品がことごとくボツになり、マンガを描き始めると脳内に担当編集者がダメ出しをする声が響く日々。最終的には、会社に行っても自分の席に座っていられないほど疲弊してしまい、自宅ではペンを握ろうとしても腕が上がらなくなってしまいました。好きな仕事だからこそ、成果物に思い入れが生まれたんだと思います。それを否定され続けたことが、私を追い込んだ一番の理由でした。

しかしそれは後日、過去の自分を振り返ってわかったこと。当時は充実している毎日を過ごしていると思い込んでいました。そのため病院で医師に精神的な苦痛について話すこともできず、検査をしても病名が出ず、上司にも言えず、治る見込みもなく、インフルエンザよりつらい時期が1か月続きました。鬱と診断されることはありませんでしたが、近い状態だったかもしれません。

―「このままではマズイ」という体のサインはありましたか?

私はもともと自律神経が弱いので、腹痛や発熱がありました。でも人によっては、全くストレスを感じていないと思っていても、知らない間に限界値を超えてしまっていることがあるそうです。過去の私のように、好きな仕事についた人は要注意。仕事にやりがいを感じているから、少し体調を崩しても自分で認めようとせず「まだ頑張れる」と思ってしまうんです。だからこそ症状が長引いてしまったり、ある日突然倒れてしまったり……。

本の中でも精神科医のゆうきゆう先生が「『自分で決めた仕事』でも『無理をしすぎないこと』『自分はどこまで無理をしても大丈夫かをきちんと把握すること』は大切です」と書いています。自分の思うように体が動かなくなるなど、ちょっとした異変を感じたら「気力ではカバーできない何かが体の中で起きている」と思ったほうがいいかもしれません。

脱ストレスを叶える「夫婦のスキンシップ」

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―「生きる勇気をもらいました」「人間関係に悩んでいる人に読んでほしい」など、汐街さんの本を読んだ方から多くの感想が届いたそうですね。中には意外なところからの反響があったとか。

一番意外だったのは、子育て世代からの反響が大きかったことです。パートナーの単身赴任や病気、激務等により一人で育児を行うワンオペ育児に悩む妻から反響がありました。直接の反響としては確認できませんでしたが、子育て中の妻に何も言えずすれ違ってしまう夫も、同じような思いを抱えているかもしれません。頼りたい相手がいるのに頼れない。一番理解してほしい人にわかってもらえない。そんな辛さを抱えている方々に、「つらいときは、どうか頑張りすぎないで」というこの本のメッセージが届いたようです。

―ストレスを軽減するために、どんなことができるでしょうか?

私のおすすめは、家族同士でのハグです。実は私も出勤時と帰宅時に夫とハグをする習慣があり、どれほど激しいケンカをしてもその習慣だけはやめないようにしています。特に男性は自分の考えや気持ちを言葉で表現するのが苦手。女性のように話してストレスを発散することができず、「怒らせたくないな」「言ったら話がややこしくなりそうだな」と口をつぐんでしまいます。だからこそ、スキンシップはおすすめ。もしハグが恥ずかしくても、手をつないだり、肩に触れたり、体温を伝えるだけで安心感が生まれます。

実際、私が人生初の手術をしたとき、看護師さんが手を添えていてくれたことがありました。弱っているときに優しく笑顔でお世話をしてもらうと心が落ち着きます。恋に落ちるかと思ったほどです(笑)。それに、日々スキンシップをしていると、その行為が突然なくなったとき「何か大変なことが起きているかも!」と察知することができます。

今、疲れを感じている人はもちろん、ストレスを感じていない人も、ぜひ一度ストレスがたまっていないか自分や家族に問いかけてみてください。もし身近に顔色が悪い人や、口数が少なくなってしまった人がいたら、命を危険にさらす前に休ませてあげてください。例え世の中に数百時間残業できる人がいたとしても、人は人、自分は自分です。「死ぬくらいなら会社辞めれば」と思えなくなる前に、自分らしい生き方を取り戻したいですよね。

【参考】

精神科医・ゆうきゆう 監修・執筆協力

汐街コナ 著

『「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)』

(あさ出版/1200円)

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仕事や会社に追いつめられている人が自分の人生を大切にするための方法を描いたコミックエッセイ。精神科医のゆうきゆう先生が、心の問題や心療内科に関する質問に答えるコラムもあり、日常的な悩みから専門知識まで幅広くカバーした1冊です。

取材・文:華井由利奈

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