現在の仕事に取り組んでいるとき、配置転換やプロジェクトに抜擢されたとき、あるいは異動先転職先で、「この仕事、私のスキルでは無理かも…」と感じたことはありませんか?
求められている仕事と、自分の能力がマッチしていないスキルギャップはなぜ起きるのか、どうしたらスキルギャップを埋められるのかを、株式会社人材研究所代表で組織人事コンサルタントの曽和利光さんに聞きました。

目次
それって本当にスキルギャップですか?
スキルギャップとは、一般的に、企業が従業員に求めるスキルと、従業員が実際に有しているスキルとの間に、溝がある状態のことを指します。ITやDXなどテクノロジーの進化が速まる中、求められるスキルと現実のギャップやズレを、お互いの成長を損なう問題として取り上げられることが増えているようです。
実際、現場ではどのような仕事と社員の能力のミスマッチが起きているのでしょうか。転職にしても配置転換にしても、採用する人や人事を判断する人、受け入れる組織があって、初めて成立します。
その人がこの仕事に向いている、つまりスキルにギャップはない、もしくはあったとしても埋められると考えて採用や配属が行われています。実は、自己効力感やセルフ・エフィカシー(自信)が低い状況にいるだけで、必ずしもスキルギャップではないケースが多いというのが、私の実感です。
では、なぜスキルギャップだと感じてしまうのでしょうか?大きく分けて3つの理由が考えられます。
スキルギャップを感じる理由(1)スキルを発揮できるまでの過程にいるだけ
新たな部署や職場で、スキルや能力がきちんと活かせるまでにどれくらいの期間がかかると思いますか?
人事や経営者の多くは半年後を一つの目安としています。実際、多くの会社が、転職してきた人の最初の半年は評価の対象にしないとしています。いわば、半年は慣らし運転の期間。持っているスキルや能力を発揮できるような状態にないからです。
スキルを発揮できるようになるまでには2段階があります。
1.受容感、心理的安全性のある状態になる
新しい職場やプロジェクトで、だれもがすぐに馴染めるわけではありません。メンバーに受け入れてもらえたという感覚、受容感を持てるようになるまでには、少なくとも3カ月ほどはかかります。オフィシャルなやりとりだけでなく、雑談をしたり、日々コミュニケーションを重ねたりしていくことで、相互理解が進み、自分という存在を受け入れてもらっているという実感が持てる。
そうした受容感や心理的安全性が担保されて初めて、自分のできることやスキルを安心して発揮できるようになるのです。
2.組織の不文律にたどり着く
受容感を持てるようになって、たどり着くことができるのが不文律です。組織には、例えば「出張申請は1週間前まで、出張報告は3日以内」など明文化されたルールやマニュアルがあります。
しかし、それだけでなく明文化されていない不文律ともいえるものがあります。それぞれの職場での仕事のやり方や価値観、誰がキーマンなのかなど、いわば暗黙の了解事項がわかってきて、もともと持っているスキルや能力を活かせる土壌ができてきます。
受容感を得て、不文律にたどり着き、ようやく期待されたスキルが発揮できてギャップが埋まった状態になる。それ以前は、単にスキルを発揮できるまでの過程にいるだけなのですが、スキルギャップを感じる人の多くは、まだこの段階にいるからだと言えるでしょう。
スキルギャップを感じる理由(2)期待の表れをスキルギャップと感じてしまう
もう1つの理由が、本当にスキルギャップがある場合です。しかし、その背景を知っておく必要があります。仕事を誰かにアサインするとき、そのジャンルに慣れている人、できる人を選ぶのが一般的です。そうしないと会社の業務がスムーズに進んでいかないからです。
一方で、人材育成に重きを置く日本企業の場合、できないからこそ、あるいはこれまでやってきていないからこそ、新たな業務に就けるケースがあります。全員がやり慣れたことだけをしていたら、組織全体で見たときに伸びしろがなく、成長が止まってしまいます。組織に活力を生み、全体の能力を底上げしていきたいからこそ、今後の成長を期待する人材にそうした教育的アサインが行われます。
ですから、スキルギャップがあるところに配属されたり採用されたりしたとしたら、組織から期待されている証拠といえます。会社にとっては教育的投資であり、すぐにはパフォーマンスが出せなくてもいいから、その人に能力を身に着けてパワーアップしてほしいという考えがあるのです。
スキルギャップを感じる理由(3)単に組織側の見誤り
決して多くはありませんが残念なケースとしては、単に会社側の見間違いで、できると思っていたのにできなかった、ミスジャッジによるスキルギャップがあります。
しかしこの場合も、理由2のケースと同じように受け止めたらいいのです。ミスジャッジを打ち返すつもりで、本当なら期待のホープにしか与えられない機会を得たというふうに、プラスに考えたらいいのです。
スキルギャップを全く感じずに済めば快適かもしれませんが、実は成長もしていない可能性があります。むしろ、スキルギャップが全くない状態が続いているとしたら、それを気にすべきでしょう。
私がもったいないと思うのは、スキルギャップを感じたからと早々に転職したり、配置転換希望を出したりして、つかんだチャンスを活かさずに退場してしまうことです。
早々に行動を起こす前に、まずは自分の強みやスキルを理解するために「自己分析」をしてみるとよいでしょう。じっくり自分と向き合う時間が取れないときは、自己分析ツール「グッドポイント診断」を行うこともオススメです。

スキルギャップへの対処法とは
では、スキルギャップにはどう対処したらいいのでしょう。
自己開示して受容感不足を解消する
先述した通り、スキルを発揮できるようになるためには、職場での受容感が必要です。そして受容感を得るためには、単に業務上のやりとりだけでなく、自己開示して、自分のことを知ってもらうことや、自分を理解してもらうことが有効です。
仕事への姿勢や、価値観や性格、自分が持っている能力や得意・不得意、これまでのキャリアなど、自分はどんな人間なのかを自分から開示していくことで、コミュニケーションがとりやすくなります。
そして理解は相互のものですから、相手のことも知ろうとすることも大切です。コミュニケーションをたくさんとることで、単純接触効果で組織にもなじみ、力が発揮しやすい環境が作れます。
単純接触効果とは、ある対象に繰り返し接することで、肯定的な印象が強まる現象のことを指します。ポーランド出身の心理学者ザイアンスが提唱したので、ザイオンス効果とも言われるものです。
チャレンジすることでスキルのギャップを埋める
知能を大きく分類すると、ホーンとキャッテルが提唱した、流動性知能(fluid intelligence)と結晶性知能(crystallized intelligence)になります。
流動性知能は、新しい環境に適応するために情報を獲得し処理していく知能で、頭の回転の速さやパターン認知、単純記憶や計算力などがあります。若いうちにピークがきて、年齢と共に衰えていく知能です。
一方、結晶性知能は、経験や学習などから獲得し水晶のように積み上がっていく知能で、言語能力、理解力、コミュニケーション力や洞察力、創造力などです。
例えば、これまでずっと総務や人事などバックオフィス部門にいたのに、配置転換で企画部に異動となったとします。コピーライティングをしなくてはいけない、営業推進部でパンフレットを作らなければいけないといった仕事に就いたとしても、経験が活きる・埋められるギャップですから、良い機会だと思って学んでチャレンジしたらいいのです。
それはスペシャリストを目指す人であっても、同様です。チャレンジしてみることで、知らなかった世界に面白さを感じるかもしれません。あるいは新たな分野にも知見が広がりスペシャリストとしての技能に奥行きができたり、他の人にはない多角的な視点が生まれたりします。
「stay within your comfort zone(あなたの心地いい場所、安全領域に留まるのか)」、「get out of your comfort zone(一歩踏み出してチャレンジするのか)」。成長しようと思うのであれば、コンフォタブルな心地よい環境を抜け出してみる。ギャップがあるからこそ、伸びしろがあり、成長があるのだとポジティブにとらえていただければと思います。
ナレッジ(知能)とスキル(技能)は違います。ナレッジは覚えたらすぐ使えますが、スキルは言葉で理解してもすぐに使えるようにはなりにくいもの、繰り返し、無意識化していくことで処理の自動化がかなう、意識しなくてもできるようになっていく過程があります。技能を身体化するまで、ある程度時間がかかることも覚えておいてください。
株式会社人材研究所・代表取締役社長 曽和利光氏
1995年、京都大学教育学部教育心理学科卒業後、リクルートで人事コンサルタント、採用グループのゼネラルマネージャーなどを経験。その後、ライフネット生命、オープンハウスで人事部門責任者を務める。2011年に人事・採用コンサルティングや教育研修などを手掛ける人材研究所を設立。『「ネットワーク採用」とは何か』(労務行政)、『人事と採用のセオリー』(ソシム)、『コミュ障のための面接戦略』(星海社新書)、『人材の適切な見極めと獲得を成功させる採用面接100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)など著書多数。最新刊『定着と離職のマネジメント』(ソシム)も話題に。