「今いる職場は仕事で成長できない環境だ」と感じてしまい、やる気を失っているという若手ビジネスパーソンは少なくないようです。なぜ、成長できない環境だと感じてしまうのか、そしてその要因別の対処方法について、株式会社人材研究所代表で組織人事コンサルタントの曽和利光さんに伺いました。

仕事で「成長できない環境だ」と感じてしまう5つの要因
「今いる職場は仕事で成長できない環境だ」と感じてしまうのには、社会情勢や企業の事情など、いくつかの要因が考えられます。自分自身の姿勢や考え方によるケースもあります。
まずはこれらの要因について、解説していきましょう。
要因1:労働時間の減少で、能力開発の時間が取りにくくなっている
厚生労働省の「労働時間制度の現状等について」(※)によると、一般労働者の年間総実労働時間は平成30年以降、働き方改革などを背景に減少傾向にあります。
このこと自体はもちろん悪いことではないのですが、それに伴い若手の能力開発の機会が減っていることが問題視されています。
能力開発は通常、反復トレーニングによって行われます。例えば、営業担当者が商談を何度も経験することでプレゼンテーション能力が磨かれていったり、人事採用担当者が多くの面接を重ねることで、ヒアリング能力が鍛えられて行ったりします。このように、一つの業務を何度も繰り返すことで、その業務に関する能力を自身に装着できるようになります。
つまり、能力が身に付くまでには「一定量の時間」がどうしても必要になるのですが、労働時間の減少により反復トレーニングに割ける時間の総量が減り、以前に比べて成長実感が得られにくくなっていると考えられます。
(※)出典…厚生労働省ホームページ「労働時間制度の現状等について」
要因2:経験を振り返り、内省する機会が減っている
組織行動学者のデービッド・コルブは、「経験したことを振り返り、内省の中から学びを得て、得た学びを概念化し、概念化した学びを実践に活用するという4つのプロセスを繰り返すことで、人は成長する」と説いています(コルブの「経験学習モデル」)。
つまり、ビジネスパーソンとして成長するには、一つひとつの業務について「なぜこれはうまくいったのか(もしくは失敗したのか)」「この経験から得た学びは何だろうか」「もっとうまくやる方法はあるだろうか」などと振り返り、経験を教訓化する必要があります。
しかし、労働時間の減少により、これらの機会も減少しています。特に内省からの学び(=省察)や教訓化は、自分一人で行うのは難しく、特に若手時代は上司がフォローする必要がありますが、その時間が確保しにくくなっているのです。
労働時間が減ると、人材育成の時間はどうしても削られる傾向にあります。例えば「プロジェクトを成功させクライアントに成果を届けること」や「クライアントのニーズに合った製品やサービスを納品すること」は「重要でありかつ緊急なこと」ですが、人材育成は「重要ではあるが緊急ではないこと」とする企業が大半です。
限られた時間の中では、どうしても業務の方が優先されがちであり、ましてや若手一人ひとりへの振り返り~教訓化のフォローは後回しにされやすくなります。その結果、せっかくの経験が学びとして装着されにくくなり、成長できないと感じやすくなる…というのが現状でしょう。
要因3:暗黙知の共有化がしにくくなっている
近年、リモートワークが増加傾向にありますが、能力開発の観点でいえばあまりいい傾向とは言えません。
能力向上の効率を上げるためには、形式知化(個人が持つ情報や知識を明文化・仕組化すること)された知識を習得する方法が挙げられますが、職場には形式知化された知識以外に、「暗黙知のままの知識」もたくさんあります。
「形式知化された知識」とは、仕事のマニュアルやナレッジ、ツールなどのことで、それらを読み込み学ぶことで習得することができます。
一方「暗黙知のままの知識」とは、仕事ができる人が意図せず自然に行っていることです。この暗黙知こそが実は、若手が成長するために必要なノウハウなのですが、スーパープレイヤーは、頭の中で最良の方法を自動処理して動いているため、「何をすれば成果が出るのか」を言語化する能力が低いとされています。
したがって、「できる人が仕事をしている姿を見て盗む」ことが、暗黙知の一番合理的な習得方法なのですが、リモートワークの機会が増えたことでこの「見て盗む」機会が減ってしまっていることも、成長できない環境だと感じる一因になっていると考えられます。
要因4:仕事やキャリアの「志向」の幅が狭まっている
企業による従業員マネジメントは、一昔前の「定年まで面倒を見るから会社の指示通りにバリバリ働け」というものから、徐々に「自分のキャリアは自分で作る」という流れに変化しています。スペシャリストを育成するべく、ジョブ型雇用、職種別採用などを取り入れる企業も増えています。
その流れを受け、早い段階から「自分はこの道で生きていく」とキャリアの方向性を明確に決める人が増えていますが、そのスペシャリスト志向が逆に作用することがあります。
「自分はこの道」と1つに決めてしまうと、それだけ慣れるのも早く、どうしてもマンネリ化を覚えがちになります。その結果、「新しい能力が身についている感覚が薄れ、成長できないと感じてしまう」というケースが見受けられます。
要因5:能力が身につく直前の「飽き」の状態にある
ここまでは、周辺環境や自身の志向などによる要因をご紹介しましたが、「実際には成長しているのに、自分では成長を実感できていない」というもったいないケースもあります。
先ほど、「人は、一つのことを何度も繰り返すことで能力を身に付けることができる」とお伝えしました。これを心理学では「処理の自動化」と言いますが、無意識でも自動的に物事ができる状態こそが「能力が完全に身についている」状態です。ここまで至れば、特に深く考えなくても、目の前の仕事を高レベルでどんどんこなせるようになります。
しかし、この「処理の自動化」に至る直前が危険。仕事に慣れ、飽きも出てくる段階であるため、「仕事がつまらないし、成長も感じられない」と思う人が多いのです。
成長“感”がないだけで、実際はずっと成長し続けていて能力も身についているのですが、処理の自動化に入る直前の「飽き」のせいで、キャリアチェンジを考えてしまう人も、実は少なくありません。

要因別:「仕事で成長できない環境」への対処法
前述した5つの「仕事で成長できない環境だと感じる要因」別に、対処法を解説していきます。
対処法1:業務時間外に勉強に注力する
労働時間の減少に伴い、定時で帰れる機会が増え、自由時間も増えたことと思います。勤務先での能力開発の機会が減ったのであれば、その自由時間を使って業務に関して独学すれば、仕事で成果を上げやすくなり、成長実感も得やすくなると思われます。
「独学する」というと、新しい知識を得ることをイメージする人が多いかもしれませんが、例えば、営業ならば商談のロープレをしてみたり、人事なら面接のシミュレーションをしてみたりと、一人でできる反復トレーニングもあるはずです。それを繰り返すことにより、担当業務における能力開発を促進できるでしょう。もちろん、成長に対して同じような危機感を持っている仲間と一緒に集まり、ともにトレーニングするのも効果的だと思います。
対処法2:上司に積極的に報連相する
上司から振り返り~教訓化のフォローが受けられないのであれば、こちらから積極的に上司や先輩などに報連相するといいでしょう。報連相に対するフィードバックが、自分一人では難しい省察や教訓化の材料になります。
「報連相なんて求められていないのに、自分からやるのは面倒」と思うかもしれませんが、こまめな報連相で自分の現状をどんどん発信するほうが、能力開発の意味ではお得。より有益なフィードバックやアドバイスが得やすくなり、「経験学習モデル」の4つのプロセスも回しやすくなるでしょう。
対処法3:リアルなコミュニケーションで「見て盗む」機会を増やす
リモートワークが増えている今、暗黙知の形式知化は企業が取り組むべき課題の一つになりつつあります。ただ、個人の側からそれを促すは難しいので、このケースの解は「積極的に出社して、できる先輩とリアルにコミュニケーションを取る」しかありません。
今は、リモートワークを必須としている企業は少なく、リモートワークを取り入れているところも出社するか否かは個人の裁量に任せているケースが多いと思われます。社員の「出社したい」という申し出にNGを出す企業はないはずなので、自分からどんどん出社して「見て学ぶ」機会を増やしましょう。
「できる人」には仕事が集中するため、仕事をする環境に適しているオフィスの方が効率もよく、出社している確率は高いはず。近くの席に陣取り、場合によっては打ち合わせや商談などに同行させてもらったりして、暗黙知を学ぶ機会を自ら増やしに行きましょう。
対処法4:キャリアのストライクゾーンを広げる
「自分のキャリアはコレ!」と決めつけてしまうと、どんどんストライクゾーンが狭まります。そうなれば、だんだん新しい能力を身に付けている感覚が薄れるのは当然。したがって、視野を広げて今までやったことのない業務に敢えて挑戦するだけでも、成長実感を得やすくなると思います。
そもそも能力開発の視点で言えば、視野を狭めてスペシャリストを目指すよりも、オープンマインドでいるほうがお勧めです。自分のキャリア観に縛られすぎていると、大きなチャンスが巡って来たときに「目指すものとは違うから」と見送ってしまいますが、オープンマインドでいれば「面白そうだから乗ってみるか」と柔軟に対応することができます。その結果、思わぬ道が開け、スキルアップもしやすくなると思われます。
対処法5:もうひと頑張りして飽きを乗り越え「処理の自動化」を目指す
仕事に飽きている状態は、「能力が完全に装着される直前」の状態にあります。したがって、たとえ仕事がつまらなくて成長感が得られなくても、あともう少しだけ頑張ってみましょう。もうひと頑張りすれば、無意識でも自動的に物事がこなせる状態になり「飽き」すら感じなくなります。そして、成長を感じつつもラクに成果を上げられる「コンフォートゾーン」(快適な空間)に入ることができます。
そして、コンフォートゾーンに達した後に、もう一段上を目指すべく努力すれば、さらに成長を実感しやすくなるでしょう。それを繰り返すことにより、成長実感とやりがいを得ながら、ステップアップすることも可能です。
育成を重視する企業は「仕事で成長できる環境」が整っている可能性が高い
これらのことを試してみても、今の環境ではどうしても成長できないと感じてしまっているならば、転職も一つの選択肢ではあります。その場合は、同じ轍を踏まないよう「成長できる環境が備わった企業」を探す必要があります。
企業にとっては、「社員に仕事でアウトプットを出してもらうこと」と、「社員を育成すること」はトレードオフの関係にあります。配属を例に挙げれば、育成に最適なのは「能力をベースにできないことをやれる環境に配属する」ことですが、アウトプットに最適なのはその逆で、「できることをやれる環境に配属する」ことです。
働き方改革の推進による労働時間の減少や、深刻な人手不足などを受け、どうしてもアウトプットのほうを重視してしまう企業が多いのが現状。それ故に、例え成果は出せていても「成長できない」と感じてしまう人が少なくないのです。
ただ、目の前のアウトプットが多少減ろうとも、人材育成に注力したほうが中長期的なアウトプットの質・量は大きくなるはず。「成長できるかどうか」を重視して転職先を探す際には、このスタンスを取れるだけの余力がある企業を探すことが大切です。
企業を見極める際は、人材育成方針を細かく打ち出しているかどうかをチェックするといいでしょう。求人情報やホームページなどで、社員の育成を第一に謳っていたり、育成のための施策を具体的に紹介していたりする企業は、成長できる環境が備わっている可能性が高そうです。
プロジェクトの公募制度、社内副業制度など、社員の新たなチャレンジを促すような制度がある企業も注目できそうです。面接の場などで、参加人数や具体的な実例などを質問することで、これらの制度が実際に機能しているかどうか確認するといいでしょう。
一方で、「効率性」や「生産性」ばかりを前面に打ち出している企業は避けたほうがいいかもしれません。それ自体は決して悪いことではないのですが、効率性などを重視するあまりに育成にかけるパワーを減らしている可能性があるので注意が必要です。
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株式会社人材研究所・代表取締役社長 曽和利光氏
1995年、京都大学教育学部教育心理学科卒業後、リクルートで人事コンサルタント、採用グループのゼネラルマネージャーなどを経験。その後、ライフネット生命、オープンハウスで人事部門責任者を務める。2011年に人事・採用コンサルティングや教育研修などを手掛ける人材研究所を設立。『人事と採用のセオリー』(ソシム)、『コミュ障のための面接戦略』(星海社新書)など著書多数。新刊『部下を育てる上司が絶対に使わない残念な言葉30』(WAVE出版⇒)、『シン報連相~一流企業で学んだ、地味だけど世界一簡単な「人を動かす力」』(クロスメディア・パブリッシング⇒)も話題に。