相手の話に注意深く耳を傾ける「傾聴」は、ビジネスでも重要なスキルだと言われます。でも、実際にいつ役立つのか、どう実践すればいいのか、わからない人も多いのではないでしょうか。そこで、数々のヒット商品を生んだマーケティング戦略プランナーで、『「超」戦略的に聴く技術』の著者である大嶋慶さんに、ビジネスで意図を持って聴くことの重要性と、傾聴を実践するコツについてうかがいました。

「傾聴」とビジネスで「戦略的に聴く」ことの意味
まず一般的な「傾聴」の定義と、私の考える「戦略的に聴く」ことの意味や、ビジネスでの重要性についてお話しましょう。
「傾聴」とは?
「傾聴」とは、相手の話に耳も心も傾けてありのまま話を聴き、共感や理解を示すというコミュニケーションの技術のこと。一般的には、アメリカのカウンセリングの大家である、カール・ロジャーズが提唱した「積極的傾聴」がベースとなっており、次の3つの姿勢を柱としています。
- 共感的理解=相手の話を、相手の立場に立ち、気持ちに共感しながら理解しようとする。
- 無条件の肯定的関心=相手の話を善悪や好き嫌いの評価を入れずに聴く。相手の話を否定せず、肯定的な関心を持って聴く。
- 自己一致=相手と自分に対して真摯な態度でいる。話が分かりにくい時は分かりにくいことを伝え、真摯に真意を確認する。
ビジネスで「聴く」ことが重要な理由
私は長年、広告業界で、大勢のクライアントやユーザーの話を聴いてきましたが、その中で「傾聴すること」の重要性をいつも実感してきました。
例えば、私が若いころに手がけた商品が、ターゲットに購入意向を聴いた時は手応えがよかったのに、フタを開けたらほぼ売れなかったことがありました。私の「この商品の感想は?」という問いに「とてもいい」と言い切れる人より、「いいけどね…」と、本当は続きがある人の方が多かったのでしょう。それなのに、表面的な聴き方しかしておらず、全然深掘りできていなかったのです。
「けどね…」の先に隠された本質を探れなければ駄目だ。それが「人の話を集中して聴くことは大切」と考えるようになったきっかけです。
戦略的に聴くことは「傾聴」+「問いをデザインする」こと
広告作りは、クライアントの「本当にやりたいこと」を引き出し、形にする仕事です。それを探るために話を聴くのですが、本質的な課題を言語化してもらうのはとても難しいことです。課題をどうやって引きだそう?という時に、じっくり聴くことはもちろん必要ですが、同時に核心に迫るための「問い」の設定が大切だと考えるようになりました。
クライアントとの会話は、9:1で私がほぼ聞き役に徹していますが、その1割でいかに相手が話しやすい投げかけをするか、本音を引き出すストーリーを描くか。「問いのデザイン」も含めて、意図を持った傾聴を、私は「戦略的に聴く」と呼んでいます。戦略というと堅苦しいですが、要は相手を気分よくさせ、本音を引き出すワザのこと。小さなコツを押さえれば誰でも上達することができるでしょう。
【基本編】傾聴力を向上させる3つのコツ
ここからは私がおすすめする、聴く力を向上させるコツをご紹介します。まず、あらゆる場面で効果が上がる「聴くための姿勢」についてご紹介しましょう。
促したり褒めたりする「あいづち」で共感を示す
人の本音を引き出す時に大切なのは、相手に気持ちよく話してもらうこと。簡単にできるのは、「そうですか!○○なのですね」と話をなぞったり、「それからどうなりました?」と促したり、「素敵ですね」と褒めたりする「あいづち」です。人は、自分に共感してくれる相手に心を開きます。積極的なリアクションで「自分を受け入れてくれる」という承認欲求が満たされることで、相手はあなたを信頼し、安心して話を続けてくれるのです。
相手を褒めるあいづちは、興味のない話や共感できない話を聴く時にもおすすめです。例えば、話が脇に逸れた時などにあなたが興味を失うと、それはすぐ相手にすぐ伝わってしまいます。でも、「面白い考え方ですね」「すごいですね」と、前向きにリアクションを続ければ再び話に集中できますし、相手のあなたに対する好感度アップにもつながるでしょう。
表情・アクションは少しやりすぎがちょうどいい
傾聴には非言語のコミュニケーション力も大切です。例えば、人の話を無表情で聴くと、「私はつまらないことを話しているかな?」と話し手を不安にさせてしまいます。ですから、相手が面白いことを言ったら笑い、悲しいことを言ったら悲しむというように、全身で聴く姿勢を見せるのがおすすめです。
私の場合は話が乗ってくると、「本当ですか!」と、体をぐっと前に乗り出します。また、面白い話には必ず「面白い!」と手を叩いて笑います。それだけでも話し手には「あなたの話を興味深く聴いていますよ」という熱が伝わります。表情やジェスチャーは少しやりすぎなぐらいでOK。ちょっとしたオーバーアクションが、話し手を気持ちよくさせると心得ましょう。
話を最後まで集中して聴く鍛錬をする
人は自分の話を遮られるといい気持ちがしないものです。なのに、人の話を黙って聴けず、遮ってしまうことがよくあります。一説によると、人間の脳は有能すぎて、相手の話を聴いているだけでは「手持ち無沙汰」になるため、つい別のことを考えたり、口を挟んだりしてしまうのだそうです。
傾聴力を磨くには、この手持ち無沙汰な脳を手懐けて、相手に集中することが大切です。相手に集中する聴き方が習得できればコミュニケーション力がグンと上がり、「この人は私の話を聴いてくれる」という周囲の信頼につながります。まずは家族でも友人でも、身近な人の話を集中して最後まで聴く練習を始めましょう。

【実践編1】顧客の信頼を勝ち取る傾聴のコツ
傾聴はビジネスのあらゆるシーンで必要になります。ここからは、実際のビジネスシーンで戦略的に聴くための実践編をお話しします。
どんなに企画力やプレゼンが優れていても、その提案が通らないことが往々にしてあります。それは相手の本当の希望がわかっていないことが原因です。相手の本音を引き出すのに役立つ聴き方のコツをご紹介しましょう。
新しく会う人の情報収集は手を抜かない
新しく任された取引先で担当者と初めて会う場合は、事前に出身地や家のあるところ、家族構成、趣味など、パーソナルな情報を少しでも多く知っておくことをおすすめします。その人を知る関係者にさりげなく尋ねたり、既存のお客様であれば、先輩社員から聞き取りをしたりしてもいいでしょう。人は、相手に自分と似た部分や、共通の話題を見つけると、グッと距離が近くなるもの。情報が多いほど会話が盛り上がる確率が高くなり、それだけ気持ちよく話してもらうことができるはずです。
事前に相手を知ることで、本番で何を話そうか悩まなくてすみますし、初対面でも親近感を覚えて、自分が緊張しにくくなるメリットもあります。ぜひ実行してみてください。
ジャブを繰り出してリアクションをひたすら聴く
例えば、我々の広告業界での話ですが、初対面のお客様に対して良い印象を持ってもらおうと、最初の提案から完成度の高いプレゼンをする人がいます。もちろん大事な一面ではあるのですが、自分たちの案に時間を使って説明することになるため、提案に対する反応は頂けるのですが、本音を聴きだすための傾聴ができないというデメリットがあります。
まずは提案よりも、クライアントの潜在的な欲求を引き出すことを大切にしましょう。そのために、最初はジャブを繰り出すように複数の軽いアイデアを当てながら、反応を見ることがおすすめです。「こんなアイデアはどうですか?」「あのお話はこれで合っていますか?」などと率直に訊くのもいいでしょう。その時の言葉に耳を傾けるうちに、相手が本当に実現したいことが見えてきます。
なお、その過程で否定されることを怖がる必要はありません。むしろ、「それは違うよね…」という違和感を引き出すことができれば、相手の考え方を理解する足がかりとなり、大きな前進なのです。さらに、クライアントから「実はね…」とうい言葉を引き出すことができれば、100点の傾聴と言えます。
相手が思わず本音をもらす「3つの質問」
クライアントと仲良くなれたとしても、「問いの設定→課題の理解」が正確でなければ、真のニーズはつかめません。そこで、ビジネスの成功率を高めるため「もう一押し」する時に、私がよく使う質問を3つご紹介します。ぜひ、あなたの仕事に合わせてアレンジしてみてください。
1.「10点満点で言うと、今何点ですか?」(課題を探る質問)
ここで「10点です」と答える人はほぼいません。高くても8点、9点なので、「あと○点、足りないものは何ですか?」と訊くことができます。その時に返ってきた「足りないもの」が、相手にとって一番の課題である可能性が高く、深掘りする価値があります。
2.「最近気になっている企業はありますか?」(課題を探る質問)
相手が注目している企業があれば、「そこは自社にない魅力を持っている」と認識しているということです。「なぜ気になるのですか?」とさらに訊くことで、自社に足りない点や、今後実現していきたいことなどを聴けることが多く、相手の考える課題点が見えてくるでしょう。
3.「将来的にこんなブランドにしたいという野望はありますか?」(ニーズを引き出す質問)
「将来的」や「野望」というフレーズには、担当者レベルの商談の文脈から一旦外れて、相手が本音でやりたいことを引き出す意図があります。担当者が内に秘めていた本音を聞き出せることが多く、それを企画に入れ込むと仕事が決まりやすくなるのです。
【実践編2】マネジメントがうまくいく傾聴のコツ
メンバーの抱える課題や悩みを把握することは、管理職の大切な役割です。チームのコミュニケーションを円滑にし、風通しをよくする聴き方のコツをご紹介しましょう。
「いい質問だね」がメンバーのストレスを軽くする
私が若いころ務めていた外資系の広告会社で、印象的だったのが当時の上司の口癖です。「何か訊きたいことは?」という場面で、若手がどんなにたわいのない質問をしても、「それはとてもいい質問だね」と必ず一言褒めるのです。
若手社員にとって、上の人に訊いたり意見したりするのは、「変に思われるかな」「勉強しろと言われたらどうしよう」という不安を伴うものです。でも、そこで必ず「いい質問だね」と上司が言ってあげれば、それだけで若手の気持ちは一気に軽くなり、チーム全体のコミュニケーション環境もよくなります。
部下が疑問を抱えたまま仕事を進めて問題が起きるより、日々こまめに質問してもらった方が、上司は何倍もありがたいはずです。その度に「いい質問だね」と声をかけ、答えてあげることで、マネジメント側と部下との関係性は良好なものになります。メンバーの発言ストレスを軽くすることは、管理職の重要な傾聴スキルの一つでしょう。
わからないことは後輩にも教えを乞う
自分がわからないことを後輩にも素直に訊けることは、管理職に必要な傾聴力だと思います。その時は、あたかも目上の人に対するかのように真剣に聴き、良いアイデアがあれば素直に採り入れる姿勢が大切。私自身もスマホの使い方から、「あのアイドルはなぜあんなに売れているの?」まで、わからないことは恥ずかしげもなく、どんどん訊くようにしています。
上司が進んで後輩に色々な話を訊くことは、「疑問や考えは口にしていい」という強いメッセージになります。こちらが真面目に意見を求めれば、若い人は張り切って考えてくれますし、「自分が頼りにされている」と感じることで仕事に対する積極性も生まれます。つまり教えを乞うことは、自分の知識が増えるだけでなく、若手の成長にも繋がるという意味で一石二鳥だと言えるでしょう。
相談は最後まで聴き途中でアドバイスしない
若手が考える課題と上司が考える課題は往々にして違います。例えば、若い子なりに真剣に悩んでいても、管理職から見るとさほど大きな問題ではないことも多いものです。面談などで若手から相談を受けた場合、より人生経験が豊富な立場としては、途中でアドバイスをしたくなるものですが、それは正直に言うと、押しつけ以外の何物でもありません。
まずは相手に寄り添い、心のわだかまりを全部吐き出させる。悩みが「からっぽ」になるまで聴いてあげることです。その時は「そうだね」「なるほど」「たしかに」「そうなんだ」といった適切なあいづちをすることによって、部下は上司に認められていると感じ、安心して本音を言いやすくなります。励ますなり、対策を考えるなりするのは、その後でも遅くありません。
大嶋 慶さん
マーケティング戦略プランナー。青山学院大学卒業後、外資系広告代理店入社。その後、大手広告代理店等を経て、2016年、(株)MAKE DIFFERENCEを立ち上げ、ナショナルクライアントのブランド戦略、コミュニケーション戦略、キャンペーン施策を手がける。2010年には「食べるラー油」キャンペーンを手がけ、ブームの火付け役となる。MCEI International Marketing Excellence Award金賞やJPMプランニング賞を受賞。担当クライアントは日産自動車、三菱自動車、サントリー、アサヒビール、桃屋、エバラなど多数。著書に『「超」戦略的に聴く技術』(三笠書房)がある。