ビジネス環境が大きく変化している昨今、「仮説思考」への注目が高まっています。仮説思考とはどういうものか、重要視される背景、活用のメリット・注意点、活用方法、トレーニング方法などをご紹介します。ビジネススキル研修を手がける株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズ代表の高田貴久氏に解説いただきました。

目次
仮説思考とは
皆さんは仕事で何かしらの課題解決に取り組む際、上司から「論点を出してみて」と言われたら、何をしますか?
私はコンサルティングファームに入社して間もない新人のころ、あるクライアントの課題解決に際し、上司からそう言われて戸惑ったことを覚えています。
「論点って…。何を出すんですか?」
「議論のポイントだよ。仮説を立ててみるんだ」
「はぁ…」
とりあえず私の考えをパワーポイントにまとめて提出したところ、突き返されてしまいました。
「???」
「仮説思考って何?」と思っている皆さんは、このときの私と同じような反応をするのではないでしょうか。
「仮説思考とは何か」を簡潔に表現すると、次のとおりです。
<仮説思考とは>
- 効率的に「よりよい答え」を探すアプローチ
- 0点から50点ぐらいを作るアプローチ
- 「One of better answer」を出す
仮説思考と対比されるのが「ファクト思考」です。
仮説思考が「One of better answer」を出すのに対し、ファクト思考は「The best answer」を導き出すものであり、95点を100点に持っていくときのアプローチです。
仮説思考が重要視されるようになった背景とは
私が20年ほど前にプレセナ・ストラテジック・パートナーズを創業し、企業向けの教育・研修サービスを始めて間もないころ、「論理思考」→「仮説思考」→「問題解決思考」という段階に分けてプログラムを提供しようと考えました。
しかし「仮説思考」の研修だけ、ニーズが低かったのです。コンサルティングファーム、商社、システムインテグレーターなどでは導入していただけたのですが、メーカーなどの事業会社にはあまり受け入れられませんでした。
当時、多くの大企業では事業運営のフローやオペレーションが確立されていて、基本的には毎日同じものを作り、毎日同じサービスを提供することを日々繰り返していました。その中では、95点のオペレーションを100点に近づける努力が続けられていたのです。
しかし、近年は状況が一変。「仮説思考」に注目し、社員研修にも取り入れる企業が増えています。あらゆる業種・業態の企業が、「50点から80点へ高める」「0点から50点を創り出す」といった必要に迫られているためです。
DX(デジタルトランスフォーメーション)と言われるように、急速に進化したテクノロジーを取り入れて業務やビジネスを変革させていかなければなりません。また、少子化や海外企業との競争激化を背景に、既存事業だけでは今後の成長が見込めないことから、異分野の新規事業に乗り出す動きも活発です。
つまり、企業は次のような局面に立たされていることから、「仮説思考」が必要となっているのです。
- ビジネス環境を取り巻く変化が激しく、前例がないことに取り組まなければならない
- 過去の延長上では、未来を描けない
- 過去の成功体験が通用せず、「上司も答えを知らない」時代になった
コンサルティングファームで経験を積んだ私は、もともと「仮説」というワードを自然に使っており、20年ほど前には大手自動車メーカーのお客様に対して「仮説」と言うと怒られたものです。「地に足がつかないことを言うな」と。
そんな自動車メーカーも、今は米国テスラや中国BYDといった新たな競合の脅威にさらされているほか、GoogleのようなIT企業も競合となり、ソフトウエア開発に注力しています。これまでのやり方では通用せず、車に新たな価値を生み出すために、「仮説思考」が欠かせなくなっているのです。
仮説思考をビジネスで活用するメリット・注意点
「仮説思考」をビジネスで活用することでもたらされるメリット・注意点として、次のようなものが挙げられます。
仮説思考を高めるメリットとは?
仮説思考力を高めると、次のような効果が期待できます。
- 複雑な状況にも対応できる
- 効率的に考えられる
- 着実に物事を前に進められる
- 変化に対し、柔軟に対応できる
課題を階層的に分解して整理するフレームワーク「論点ツリー」「ロジックツリー」を活用し、アップデートさせていくことで、複雑な状況や変化にも対応しやすくなるのです。
仮説思考を高める注意点とは?
仮説思考を使うにあたっては、次のような注意点も想定されます。
- 最良の答えではないこともある
- 「自分の頭」は超えられない
- 大発見をすることはできない
この前提を頭に置き、より視野を広げて考える意識を持つことが大切です。
仮説思考を活用した問題解決のプロセス
仮説思考を活用して問題解決に取り組むにあたっては、次の前提を理解しておきましょう。
●問題解決──「What(何を)」「Where(どこで)」「Why(なぜ)」「How(どうする)」のあるべき姿を導き出す、仕事の手順・進め方
●仮説思考──「目的」「論点」「仮説」「仮定」「検証」「示唆」の思考方法
これを前提として、活用する方法には次の2パターンがあります。
【2】仮説思考を行う際に、問題解決のフレームワークも活用する
具体的にどのように進めていくか、課題の例を挙げてご説明します。以下に紹介するのは、私の会社が「教育・研修事業で韓国市場に参入」を検討した際の実例です。
【1】問題解決の流れに沿って、仮説思考を使う
「Where(どこで)」=「どの市場に参入するか」の検討にあたり、目的・論点・仮説・(仮定)・検証・示唆を考えます。
論点:人口が多い市場は?教育投資が多い市場は?
仮説:韓国財閥企業のミドル層ではないか?
検証:韓国市場に詳しい知り合いに聞いてみる/文献調査を行う
示唆:仮説は外れ。財閥企業のミドル層の教育は内製化されており、外部企業に依頼するニーズはない
なお、このケースでは目的は「収益を得る」でしたが、例えば「ブランドイメージの向上」「新しい知見の獲得」など、別の目的も考えられるでしょう。
目的をベースとして、What・Where・Why・Howごとの目的・論点・仮説・(仮定)・検証・示唆を回していきます。
【2】仮説思考を行う際に、問題解決のフレームワークも活用する
このパターンでは、論点ツリーを考える際に、問題解決のWhat・Where・Why・Howを使います。
What:韓国10大財閥企業の中堅層に問題解決研修が導入されている/韓国10大財閥企業の研修内製化を支援できている/韓国地場企業の幹部研修を提供できている、など
Whereの論点:どの市場に参入するか/どの階層を攻めるか/どんな科目を投入するか、など
Whyの論点:なぜ受注できないのか/なぜ営業アポが取れないのか/なぜ信用が薄いのか、など
Howの論点:スペックの高い講師に外注してみる/世界的に有名な大手メーカーでの実績を全面に押し出してみる/コンサルでの経験を全面に押し出してみる、など
仮説思考のトレーニング方法
仮説思考の力を鍛えるために、日頃からどのような思考を心がけるとよいかをお伝えします。
「目的」を突き詰めて考える
課題に取り組むときや行動を起こすとき、「それって何のため?」を考え続ける習慣を持ちましょう。
このとき、最終的に「世界平和のため」「人類の幸福のため」という目的に辿り着くまで、「なぜ?」を掘り下げてみてください。
例えば、「議事録を作成する」という行動を例にとってみましょう。
議事録を作成するのは何のため? → 後で見返せるようにするため
それは何のため? → 会議に参加できなかった人も理解できるようにするため
それは何のため? → その人たちも仕事で遅れを取らないようにするため
それは何のため? → その人たちも成果を出せて、昇進昇格できるようにするため
それは何のため? → その人たちも幸せなビジネス人生を送れるようにするため
このように、「それは何のため?」を5回繰り返した結果、「人類の幸福」に近い目的に到達しました。
多くの課題は、突き詰めて考えると「世界平和」「人類の幸福」につながるものです。目の前の取るに足らない作業であっても、そこまで考えを掘り下げるのはトレーニング方法として有効です。これを繰り返すことで、仮説思考力が高まるだけでなく、視座が高まり、全体を俯瞰して見る目も養われるでしょう。
批判的思考で「他にもあるよね」を考え続ける
次に挙げるのは、論点を考えるトレーニングです。ここでは「クリティカルシンキング(=批判的思考)」を使います。
すぐに1つの結論を出すのではなく、結論に対して自分で「いちゃもんをつける」「絶対にイヤだと反対する」ことから始めます。
例えば、グローバルイベントの主催者の立場で参加者の「お弁当」の手配を任されたとき、「生姜焼き弁当でいいか」という結論を出したとします。それに対して「ダメだ」と反論し、「なぜダメか」の理由をなるべく多く考えます。
「生姜焼き弁当にダメ出しする理由」の例を挙げてみましょう。
「生姜味が苦手な人もいる」→ 「他にどんなメニューにするか」という論点が見える
「安っぽく感じる人もいそう」→ 「価格帯はいくらか」という論点が見える
「冷めると美味しくないかも」→ 「配達時間は」という論点が見える
「そもそも『弁当』が良くない」→ 「違う手段がないか(ケータリング・外食など)」という論点が見える
「箸が使えない人もいる」→ 「箸を使わないメニューはないか(おにぎり・サンドイッチなど)」という論点が見える
「豚肉アレルギーの人もいる」→ 「アレルギーフリー」という論点が見える
「宗教上、豚肉を食べられない人もいる」→ 「ハラル対応」という論点が見える
なお、このように論点を考えるときは、「もれなくダブりあり」でOKです。
仮説思考のプロセスを、日々の行動の前に取り入れよう
「行動」とは「How」であり「検証」であることが多いでしょう。それは「思考プロセスの後工程」であるという認識を持ち、行動の手前の部分をしっかり考える習慣をつけることをおすすめします。
何か行動をしている際に、より広い視野で「論点は何か」「目的は何か」「それ以外の仮説はないのか」を考えてみてください。
例えば、「自社サービスの無料体験サービスの集客を担当しているが、全然人が集まらない……」という悩みを抱えているとしましょう。このとき、仮説思考の目がないと、「とにかく集めよう」と必死で頑張るのみとなってしまいがちです。
一方、仮説思考の目があると、目的は「新規顧客の獲得」、論点は「いかに当社のサービスの良さを伝えるか」、仮説として「無料の体験セミナーをやってみる」という流れを整理でき、それが見えていれば、「セミナー動画を配信する方法もある」といった別の解決法を導き出せる可能性があります。
目の前の検証作業にムダな時間を費やさないためにも、「目的」「論点」「仮説」の関係性を常に意識してみてください。
株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズ
グローバルCEO・代表取締役社長 高田 貴久(たかだ・たかひさ)氏
東京大学理科Ⅰ類中退、京都大学法学部卒業、シンガポール国立大学Executive MBA修了。戦略コンサルティングファーム、アーサー・D・リトルでプロジェクトリーダー・教育担当・採用担当に携わる。マブチモーターで社長付・事業基盤改革推進本部長補佐として、改革を推進。ボストン・コンサルティング・グループを経て、2006年にプレセナ・ストラテジック・パートナーズを設立。トヨタ自動車、イオン、パナソニックなど多くのリーディングカンパニーでの人材育成を手掛けている。