「会社なんていつ潰れるか分からない」
その言葉が説得力を持っている理由は、ある日突然自社のトップが逮捕された「ライブドアショック」を経験しているから。
2006年に起きたこの事件の裏側をつづった『社長が逮捕されて上場廃止になっても会社はつぶれず、意志は継続するという話』の著者、小林佳徳さんは、これまでに9回の転職を経験。
現在は株式会社マナボにて中高生向けのデジタル教育サービス「スマホ家庭教師manabo」の開発を行っています。
「転職回数=マイナス」と捉えられがちだった時代から、大企業からベンチャーへ、そしてまた大企業へ。そして現在はスタートアップ事業に関わっています。9回の転職に「失敗したと感じたことは無い」と語る小林さんに、失敗しない転職とは何か、お聞きしました。
「給与ダウン」は失敗転職なのか?
―小林さんは9回転職を経験されていますが、その都度の転職を決めるきっかけはなんだったのでしょう?
一般的には給与アップを期待して転職をするケースが多いと思うのですが、私は給与を動機に転職したケースはほとんどありません。それよりも、「この会社にいて自分が将来やりたいことが果たせるだろうか?」と常に考えるようにしています。
また、私は仕事において「新しいことをやりたい」という想いが強いため、そのうえで「いまの会社で自分がやるべきことをやりきったか」を考えます。自分の役割をやりきったと判断したら、環境を変えて別の新しいことを始めます。次の環境に過剰な期待をしていないため「転職しなきゃよかった、失敗した」と感じたことは一度もないですね。
ただ、ベンチャー企業にいるとき急に「来月から給与が減ります」ということが起こって、独身の頃ならば気にしませんでしたが今は「家族がいるのでそれは困ります」といって転職する、ということはありました。しかし、ベンチャーにいる以上は、そういったリスクも想定もしています。
ライブドア時代に感じたことなのですが、大切なのは「会社に養ってもらっている」と考えるのではなく、全員が経営者目線を持ち「自分が会社を回している」という気持ちで仕事をするということだと思います。それくらい頑張って仕事に向き合っていれば、例え会社が明日潰れたとしても、すぐに働く場所が現れると思うんです。
もし次に働く場所が見つからない、納得がいく仕事に就けないという場合は「転職に失敗した」のではなく、そこまでの価値を身に付けることができなかった「これまでの働き方」が失敗だったのではないかと。
例えば、転職するエージェントの人に「あなたの年収はこれくらいです」と提示されると思うのですが、前の会社で年収700万円だったのに「あなたのスキルや実績では500万円です」と言われたらかなりショックですよね。そこで「年収が下がるなら転職をやめよう」ではなくて、下がるならその分がんばって自分の価値をあげなきゃ、と考えるべきだと思います。
「出戻り転職」は失敗なのか?
―これまでの転職に、小林さんなりの一貫した流れはあったのでしょうか?
行き当たりばったりと一貫性、両面あると思います。私が初めて就職した1998年頃はインターネットサービスの黎明期だったのですが、その後企業を転々としつつも極端に横道に逸れることはなく、一貫してインターネット関連事業の仕事をしていますね。
以前は実現できなかったことが、インターネットによってどんどん可能になっていく。そんな時代の流れと、根本にある「新しいことがやりたい」という自分の気持ちが一致していた……というか、一致させるためには、ひとつの会社にずっといては時代に追いつけないと思いました。
私はベネッセを2002年に辞めたあと、2012年にまたベネッセへ戻りました。そのとき2002年当時の同期と私を比べたら、10年間で「ライブドア事件」をはじめ4つの企業を経験した私と、ずっとベネッセを辞めずにいた人では、得てきた見聞や知識に差があると感じたんです。私がいた会社の周りにはYahoo!やGoogle、GREEなどの企業があり、そのコミュニティーで得られる情報もベネッセとは全く違います。
もちろん、そういう働き方が誰にとっても良いとは思いませんが、私にとってはベネッセという大企業を辞めて、常に最先端の空気に触れられるベンチャー企業へ行き、結果としてずっとインターネット関連の仕事をしているのは、果たして偶然なのか必然なのか、正直わかりませんが間違っていなかったと今なら思います。
―ベネッセだけでなく現在のマナボも含め教育関連の企業を経験されていますが、教育にも興味がおありだったのですか?
最初にベネッセに入社した理由は「インターネット版の進研ゼミ」といった新規事業の立ち上げに関われると聞いたためです。当時は教育そのものよりも「インターネット」かつ「新しい」という点に惹かれました。しかしベネッセでの経験を経て、現在は「教育×IT」という新たなジャンルに取り組んでいるので、結果的には教育にも興味があったのかもしれません。
あらためて振り返ると、次の仕事を決めるときはいつもそんな感じですね。「新しいこと!?面白そう!よく分からないけど、行きます!」みたいな(笑)。
「やりたいことを仕事にする(楽なら)」では失敗する
―常に自分が「やりたいことをやる」というスタイルに感じられますが、やはり若い世代の人にも「自分がやりたいことをやるべき」と考えられますか?
難しい問題ですよね。好きなことや、やりたいことを仕事にできたらいいと思いますが、一般的に思い描く「やりたいことを仕事にする」には「(楽なら)」という但し書きが隠れていると思います。ですが、楽をしたらやりたいことは実現できませんし、仕事にする以上は辛くても続けられる覚悟が必要ではないでしょうか。
私は80年代前半からコンピューターに興味を持ち「これは絶対将来的にすごいものになる」と確信して、24時間ずっとパソコンをいじっていましたし、仕事に就いたあとも、多少の困難でも食らいついて続けてきました。なぜなら、面白いし、私にとってワクワクできるものだからです。ですが、そこまで夢中になれるものを多くの人が持っているのかは疑問です。「失敗したら恥ずかしい」「挑戦するのが怖い」といって、やらない理由を正当化していないでしょうか?私は「やりたいことを仕事にしよう」というより「もっと素直に生きよう」と提案したいです。
一度就職してしまうと日常生活で自分の将来についてそんなに考える必要がないから、多くの人が転職活動で苦労するんですよね。しかし本当は就職したあとだって「自分がするべきことは何か」「自分はこういう人生を送ってきて、将来的にはこうしたい」と日々考えるべきだと思うんです。
スティーブ・ジョブズの「今日が人生最後の日だとしたら、今日やろうとしていたことは本当にしたかったことか考えよ。もし違うなら、したかったことをせよ」といった有名な言葉があり、私もまだその境地には達していませんが、例えば毎日少しずつでもいいので、資格の勉強や情報収集を欠かさず行い、自分がやりたいことを達成できる生き方をするべきだと思います。
―ちなみに小林さんは人事のご経験もおありですが、もしも同じように9回転職した人が応募してきたらどうしますか?
他の方が見たら落とすかもしれませんが(笑)私だったら、もし9回転職している人が現れたら転職回数は気にせず、それぞれの場所でどういう濃さの仕事をしてきたのか聞きますね。
最近「転職回数が多い人は優秀」という流れや「新卒一括採用」をやめる会社も出てきています。年功序列で正社員しか生き残れなかった時代から、社会全体が働き方について変化してきているんですね。そういう流れも「新しいことをやりたい」という私の思いとリンクしている気がします。
つまり、これまでと違うことを受け入れるかどうかが、転職できる人とできない人の差なのではないでしょうか。ベンチャー企業など、新しいことはリスクを伴いますが、そこでハズレを引いても気にしない精神を持つこと。
私は、たとえ居心地がよくても、一生他の場所へ行けず新しい場所へ冒険できない環境のほうがつまらないと思う性分なんです。その想いが、次に行く会社の見つけ方やそこでの働き方、全てにつながっているように思いますし、一応9回転職している理由になりますかね(笑)。
<プロフィール>
小林佳徳(こばやし・よりのり)
1998年に新潟大学大学院修了後、大日本印刷、ベネッセコーポレーション、ライブドアなど、大企業やベンチャーまでのべ10社を経験。現在は、株式会社マナボにて「スマホ家庭教師manabo」の事業統括を行う。著作に、ライブドア事件の経験を記した『社長が逮捕されて上場廃止になっても会社はつぶれず、意志は継続するという話』
<WRITING伊藤七ゑ/PHOTO岩本良介>