【今、気になるビジネス書の要約】『時間資本主義の到来 あなたの時間価値はどこまで高められるか?』

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2000年代のインターネットの本格的な普及により、情報の格差は劇的に小さくなったが、それはまだPCの前で作業をするという制約の上で成り立っている事象だった。しかし、2010年代のスマートフォンの普及は、我々をその空間的制約から解放し、いつでもどこでもインターネットに接続し、フェイスブックやLINEなどのサービスに触れることが可能にした。そのため、「すきま時間」と呼ばれていたものの価値が急激に高まっており、何もすることがない「すきま時間」は消滅したと言えるかもしれない。

そのような背景において、本書は「時間資本主義」という新しい概念を提示している。それは我々が普段感じていながらも整理できていない現象をクリアに体系化し、企業経営やキャリア選択に使える実践的な知見にまで高めてくれる概念だ。通常新しい概念が提示されるとその解釈に時間がかかるものだが、著者の明解な語り口によって、誰にでもすぐに論理的・直感的に理解できるように構成されていることは、驚きを感じざるを得ない。

著者の鋭い観察眼による明解な理論とともに、事例や教養が随所にちりばめられており、読み始めるとあっという間にその世界に引き込まれる書籍に仕上がっている。本書に関連して既に多くのインタビュー記事や特集がメディアで掲載されているように、「時間資本主義」というコンセプトは各所で話題を集めている。2014年を代表するビジネス書の1冊ともなるであろう本書は、読者の期待に応える知的な時間を提供してくれるに違いない。(大賀 康史)

いま、なぜ「時間資本主義」なのか?

「時間価値」という補助線

本書は「時間価値」に焦点を合わせて、企業行動や消費者行動の変化に対する理解を深め、人間の未来図を提示しようという試みである。小学校の算数、中学校の幾何の時間で解いてきた図形問題を思い出してほしい。ある1本の補助線により、複雑な図形問題の本質が見えた経験はないだろうか。本書では、「時間価値」という補助線を引くことで、現在の企業行動や消費者行動の変化の本質を提示していくものである。

「時間価値」という考え方により、行動パターンが変わっている理由は何だろうか。

第1のポイントは、スマートフォンなどの情報通信端末の急速な発達や、SNSを始めとするサービスの開発によって、時間のロングテールの価値が高まっていることだ。スマホ以前の頃は、通勤電車が来るまでの数分、トイレに行く数分などのこま切れの時間を生産的に使うことは難しかった。しかし、スマホを手にした今では「PC画面の前」という固定化された空間から解放され、こま切れの時間を有効に活用できるようになった。まるでまわりの空間の一部が、連続的に仮想空間へとグラデーションのように変容し続けるかのように。

第2のポイントは、高齢化と都市化の波が押し寄せていることだ。明治から戦後まで日本人の平均年齢は30歳以下であったが、現在は45歳、20年後には50歳近くになる。平均余命は減少し、国民全体で見ると時間の稀少性は否応なく高まった。さらに都市部への人口流入は進み、都市部でのサービスや売買の速度を上げ、付加価値型サービス業の生産性を上げている。

このように携帯情報端末の発達、高齢化、都市化によって、世はまさに「時間資本主義の時代」に突入したのだ。

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【必読ポイント!】時間資本主義の到来

人類にとってのさまざまな制約条件

人類はその歴史において、さまざまな制約条件を克服してきた。まず克服したのは自然状態である。狩猟という成否が運に左右される不安定な状態から、農耕によって安定的な食糧確保ができるようになった。他にも、衣服、武器、火を手に入れて、自然状態の制約から脱していく。

次には身分や職業選択などの社会的制約を克服する。自然権のジョン・ロック、社会契約説のルソーなどの啓蒙思想家が相次いで著作を発表し、市民革命が起こった結果、人類は社会的制約からも解き放たれる。

交通手段の発達等により空間移動も格段に自由となり、活版印刷技術の考案以降、知識・情報の格差もなくなっていく。

さまざまな制約条件から解放されたように見えるが、依然として横たわる条件が「時間」である。1日は24時間、平均寿命も長くなっているとはいえ、人類の身体を形作っている細胞の寿命の存在から、寿命の長期化にも限界がある。そのため、時間が限られているという客観的事実は、ますます存在感が大きくなり、我々は「時間価値」を意識せざるを得ない状況にある。

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IT活用で変わる時間の目盛り

総務省の調査から、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、インターネットのうち、3年前より使うことが増えたという回答が減ったという回答を上回ったのは、インターネットだけだったという。特にスマホでインターネットを使うことが増えた人は55%であり、スマホが生活をいかに変えているかが伺い知れよう。

スマホの登場により、人々が利用できる時間の目盛りが細かくなった。通勤時間では今まで1、2駅を通過する程度の時間だと、何もせずぼーっとすることくらいしかできなかった。しかし、スマホがあれば、メールチェックもSNSもメッセージアプリもできるようになる。

これまで捨てていた「すきま時間」を価値あるものにできるツールが増え、自らの生をよきものにする機会が与えられているのである。

かたまり時間とすきま時間

ITが発達する前は、短い時間は注意が払われず、1時間あるいは30分刻みの「かたまり時間」でスケジューリングがなされていた。そして、ミーティングの間などで突発的に発生する「すきま時間」では白昼夢にふける程度しか時間の使い道がなかった。

しかし、「かたまり時間」は価値があり、「すきま時間」は無価値であるというパラダイムがスマホによって大きく変わってきている。今ではほんの数分の時間でも、部下に指示を出すこともできるし、5分、10分で英語学習をすることもできる。「かたまり時間」が必然的に求められるのは、今となっては睡眠時間を残すくらいかもしれない。

時間資本主義の経済学

「時間資本主義」の時代では、物やサービスを選ぶ際に「時間価値」という選択要素が組み込まれ、時間制約から抜け出せる付加価値こそが重視されていく。「時間価値」は次の2つの観点で考えられるようになっていくだろう。

1.「その物やサービスを使うことによって時間が短縮でき、有意義な時間が生み出される=『節約時間価値』」

2.「その物やサービスを利用することによって、有意義な時間が生み出される=『創造時間価値』」

例えばすすぎ時間が短縮できる洗剤のような時短グッズの類いや、パーソナライズされた情報を提供するニュースアプリは1の時間価値を提供する。一方でスターバックスが提供する、落ち着いて仕事のできる時間は2に該当するだろう。

1と2の時間価値をどちらも提供するサービスとしては、「ここに行けば間違いない」というレジャー施設や旅館が挙げられる。

このように「時間価値」という観点で、物・サービスを選択していくことが、時間資本主義の特徴であると言えよう。

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時間にまつわるビジネスの諸相

情報収集における時間資本主義とは

「フライヤー」というビジネス書の要約サービスは、増加し続ける出版点数を背景に、読みたい本を効率的に探すことを提供する、まさに「時間の効率化」のサービスだ、と著者は言及する。ライブドアニュースでは、2012年の10月から、記事に「ざっくり言うと」というコーナーで、ニュースの内容を3つの箇条書きで提供している。

このように高度情報化社会における情報の氾濫の中で、情報をうまく処理してまとめてくれる「節約時間価値」のニーズは高まっている。ニュースのキュレーションサービスでも「スマートニュース」「グノシー」「ニュースピックス」などが話題になっており、現時点では自分が欲しい情報だけが過不足なく届く、という状態には至っていないものの、今後のテクノロジーの進歩と人力のキュレーションのいずれかの方法により、解決されていくように思われる。

なぜ人はディズニーランドに複数回行くのか

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時間資本主義の時代において、多忙を極めるビジネスパーソンの1週間の夏休みを想定しよう。せっかくの貴重な休暇を費やすという時間価値の高さゆえ、ハズレの場所に行こうとは思わないだろう。同僚からの評判や、アメックスプラチナカードの推薦などを頼りにホテルを選ぶという、テッパン型サービスを求めるはずである。

テッパン型サービスの代表格は、東京ディズニーリゾートである。人口減少下でも年々着実に入場者数を伸ばし、リピーターによる熱い支持を受けている。そのようなテッパン型消費は、「創造時間価値」をそこそこ満足させ、同時に「節約時間価値」の極大化を追求する、いいとこどりの消費行動なのである。

伊勢神宮もその一つで、2013年は式年遷宮の年であったとはいえ、1420万人以上もの参拝者数を記録している。これは過去3回あった式年遷宮の参拝者数よりも、突出して多い数字である。これらの現象は、テッパンのサービスを確立することで、長期にわたる超過利潤を獲得する可能性が高まることを示唆している。

選ぶ時間の二極化

自信のないことはテッパンで選ぶようになり、興味のあることは時間をかけて自分だけの一品を選ぶという方向性が見えている。

衣料品にこだわりのない人が重宝するのがユニクロだ。スタンダードなデザイン、無難なコーディネートであれば、短時間で要望の品が手に入る。

一方で、こだわりのある人は、新宿伊勢丹に行き、多様な品揃えやゆったりした試着室を堪能し、こだわりの品を選ぶことを選択していく。

つまり、「ユニクロ化」と「伊勢丹化」のどちらかを突き詰めることこそが、生き残りの道となっていく。

「時間の効率化」という方向性では、圧倒的な勝ち組が一人勝ちをしていく構図になりがちだ。宿泊予約の一休、ネット販売のアマゾンなど、「時間の効率化」では勝ち負けがデジタルに決まりやすい。一方で、「時間の快適化」では消費者の好みの数だけ生き残る道があり、勝ち組がセグメントごとに林立する可能性が高い。

そうであれば、資金力を背景に圧倒的なマーケットシェアを取りに行くのか、小資本で独立的に事業を発展させるのかに応じて、目指すのが時間の効率化なのか快適化なのか、あらかじめ思案しておくべきである。

あなたの時間価値は、どのように決まるのか

時間資本主義時代の勝ち組・負け組

現代の職業人のマッピングをするためのマトリクスを使い、今あなたがどこに属しているか考えてみよう。縦軸は収入であり、横軸は時間の有無である。

大企業のホワイトカラーは伝統的エリート層と言える。収入は高く時間はない。ここにはコンサルティングファームや官僚などの人がマッピングされる。勉強熱心かつ、ビジネス書も多く読むなど、彼らは努力を惜しまない。ただ、クリエイティブなことに時間を使えないことから、時間資本主義時代には負け組になりかねない。

次にお金もなく時間もない層は、賃金は低くともまじめに働くことから、戦後の日本経済を支えてきた層である。本人自身もまじめに仕事をしているという自負もあり、幸福度も自分なりに高い。この層が不満に思わないようにすることが、政治の安定のために重要となる。

お金もあって時間もある層は、「クリエイティブ・クラス」である。まさに時間資本主義時代の勝ち組だ。ベンチャー企業の創業者や大企業や中小企業の一部のクリエイティブな従業員も該当する。人に会うことを積極的に行い、既存のルールで競争する気はないことも特徴だ。

お金がなく時間はある層、まさにこの層の存在が許されていることは、戦後資本主義の勝利と言えるかもしれない。フリーターやブロガーなどが所属し、わりと楽しく暮らし、ある意味では時間資本主義の勝ち組と言えるかもしれない。

過去は忙しく働き高収入を得ることが勝者の道だった。しかし、これからは時間に余裕のある人が勝者となるように、勝ち組・負け組の図式は崩れていく。「さて、あなたはどこに入るだろうか。」

今回紹介した本

『時間資本主義の到来 あなたの時間価値はどこまで高められるか?』

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著者: 松岡 真宏
定価:1,512 円
単行本: 256 ページ
出版社:草思社(2014/11/25)

著者情報

松岡 真宏(まつおか・まさひろ)
フロンティア・マネジメント代表取締役。東京大学経済学部卒業後、野村総合研究所やUBS証券などで流通・小売り部門の証券アナリストとして活動。UBS証券で株式調査部長に就任後、金融再生プログラムの一環として設立された産業再生機構に入社し、カネボウやダイエーの再生計画策定を担当。両社では取締役に就任し計画実行に携わる。2007年に弁護士の大西正一郎氏と共同で、フロンティア・マネジメント株式会社を設立し、共同代表に就任。経営コンサルティング、M&A助言、企業再生を軸とした経営支援を行う(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

※本記事は、本の要約サイトflierより転載しております。

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