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崩壊の危機にあった⽼舗鉄⼯所が「ノリノリプロジェクト」で復活!  3代目の発信する「ワクワク」が職人魂に火を付け、全国の若者を惹きつける

株式会社乗富鉄工所
取り組みの概要
若手の集団離職を防ぎ、かつ社員がワクワクしながら働き、自社に誇りを持てるようにするために、副社長の乘冨賢蔵さん(現社長の後継者/3代目)を中心に二つの取り組みを実施。一つは、待遇改善や勤務時間選択制度、男性育休取得推進施策、そして社内業務を円滑にするITシステム導入など、さまざまな労働環境の整備。もう一つは、地域のデザイナーや大学生と共同で新商品の開発に取り組む「ノリノリプロジェクト」の始動。自社の活動や製品が全国から注目されるきっかけを作ったことで、古参の社員も新たに入社した若手も、ともにものづくりの喜びを実感できる職場・環境に生まれ変わった。
取り組みへの思い
乗富鉄⼯所は創業70年を超える福岡県の⽼舗⽔⾨メーカー。モノづくりを大切にしてきた会社として、その思いを受け継ぎながら、今の時代に合ったやり方を模索してきた。芯の部分を変えるのではなく、昔から頑張ってくれている職人さんも新しく入社してくれた若手も共感してくれるように事業や組織を作っている。経営者としての野望も重ね合わせ、「職⼈のクリエイティビティとオープンマインド」をキーワードに経営改⾰に着⼿した。 (取締役副社長/乘冨 賢蔵さん)
受賞のポイント
1.若手の集団離職が起きたことから、社員の強みを社会の中で再実感させることで働きやすくクリエイティブな会社へ変革
2.若手が進んで挑戦できる環境が醸成されエンゲージメントが高まっている
3.これまでのBtoB事業から、若手も進んで参加できるBtoC事業「ノリノリプロジェクト」を推進し、リブランディングに繋がっている

旧態依然の企業体質から脱却し、事業存続の活路を見出す

「このままでは、⼈がいなくなって会社がつぶれてしまう」

家業を継ぐために⼤⼿製造業を退職。当時⼊社2年⽬を迎えていた社⻑の息⼦・乘冨 賢蔵さん(取締役副社長)は、強烈な危機感に襲われていた。

株式会社乗富鉄⼯所は、福岡県の水郷・柳川で創業70年を超える町工場である。水門などの水利施設の設計から製造、メンテナンスまでをトータルに手がける技術⼒には定評があり、公共工事が中心ということもあって事業は安定していた。

しかし、工場を取り巻く環境はいつまでも不変ではない。職人の高齢化は進み、工場長も定年間近。昭和から活躍していたかつてのオールスターもこぞって退職が近づいていた。それを補う若い人材を採用しても、旧態依然の企業体質が災いし、入っては辞め、入っては辞め……気付けば、2017年から2年間で職人の3分の1にあたる10人以上が離職してしまっていたのだった。

改革の第一歩は「普通の会社になること」

「なんとかしなければという一心でしたね。私自身、ものづくりが好きで工学系の大学に進み、設計志望で造船所に入社したくらいですから、小さい頃から育った工場がこのままなくなるのは耐えられなかったんですよ」

そう振り返る乘冨さんの経営改革は「職⼈のクリエイティビティとオープンマインド」をキーワードに、二つの軸で進められた。一つは「働き方改革」、もう一つは「事業再編」である。

「働き方改革というと聞こえはいいですが、実際は、時代遅れの労働環境を脱し、『まずは普通の会社になる』ことが目標でした。辞めていった社員の離職の理由を伝え聞くと、給与への不満、働き⽅への不満、コミュニケーションへの不満など、課題が山積みでしたからね」(乘冨さん)

真っ先に着⼿したのは賃⾦改善。離職した職⼈の給与の8割を残った職⼈に分配する思い切った手を打った。さらに、労働環境を改善するために、ITによる業務管理システムを導入。属⼈化していた情報が電子化・クラウド化されて円滑に共有されるようになり、工程会議の会議資料作成時間は8時間から1分に短縮。会議時間も2~3割ほど短くなりました。

その結果、1カ月ごとに勤務時間を選べる「勤務時間選択制度」の導入、年間休日の増加(110日→117日)、平均有給取得日数の増加(9.5日→12.5日)など、働き方への不満の解消にもつながった。

取締役副社長/乘冨 賢蔵さん

「ノリノリプロジェクト」で、職人たちにもっとワクワクを

次に取り組んだのは「事業再編」だ。

不採算事業からの撤退を進めつつ、新規事業の開拓にも力を入れた。水利事業は夏場が閑散期となる。繁閑差が大きい公共分野メインの事業構造から脱却し、多角的なビジネスモデルの構築に取り組んだのだ。

「ここにいる職人さんたちは、図⾯がなくてもさまざまなものを形作ることができる最高のモノづくり能力を持っています。閑散期にこの技を生かせないのはもったいないと思いました。それに、自分たちの技を広くアピールできる機会を作ることで、職人さんたちにもっとワクワクしてもらいたいと思ったんです。そこで始めたのが『ノリノリプロジェクト』でした」(乘冨さん)

水利事業は受注型のBtoBビジネスだ。それに倣い、初めは「ノリノリプロジェクト」でもBtoB商品を開発。しかし、ニッチかつ高額だったこともあり、一般的な認知にはあまりつながらなかった。そこで、2020年からはBtoC路線に大きく方向転換。乘冨さんがSNSや勉強会で知り合ったプロダクトデザイナーや⼤学の商学部のゼミ生たちと共同し、「ありそうでなかったものを作る!」をコンセプトとした商品開発に乗り出した。

そして、このプロジェクトから第一弾として「スライドゴトク」、第二弾として「ヨコナガメッシュタキビダイ」という2つのキャンプ用品が完成。これらの新商品はその後、会社の運命を大きく変えることになる。

職人は「メタルクリエイター」。現在では全国の若者が注目する会社に

一般向け製品の販売が初めてだったこともあり、ノウハウもなければ、予算も大きくは割けない。それでも、ECサイトを立ち上げてみたり、大学生とともに動画を撮影してSNSで発信したりと、試行錯誤を続けた。

すると、「スライドゴトク」や「ヨコナガメッシュタキビダイ」はコアなキャンプファンたちの間で話題となっていった。彼らがこぞってSNSで発信してくれたことで、今度はその噂を耳にした地元テレビや新間、アウトドア専門のウェブ情報サイトなど、さまざまなメディアに取り上げられた。

「ノリノリプロジェクト」ブランドはあっという間に一般に知れ渡り、「ヨコナガメッシュタキビダイ」は、初回生産分の100台が5日で売り切れるほどの人気だったという。

福利厚生にも「楽しさ」を

「当初は1〜2名でコツコツと自社製品を作っていました。それがメディアに注目されるようになると、若手社員も古参社員も『こんなに世の中で話題になっているんだから協力しないと』と言ってくれるようになったんです」(乘冨さん)

ノリノリプロジェクトは、社員の職人魂に火を付けていった。それと同時に、乘冨さんはさらなる福利厚生の強化を決めた。

「『ノリノリ手当』と名づけ、年間2万円まで趣味に使える手当の支給を始めました。アウトドア、クルマ、パイク、自転車、釣り、スポーツ、ゲーム、おしゃれ、本当に何でも構いません。

社員に伝えているのは『とにかく自分の趣味を満喫して、その熱意を仕事に持ち込んできてほしい』ということ。うちの福利厚生には『なにかが足りない』と思っていたんですが、それって『楽しさ』だと気付いたんです。働きやすさはもちろん、楽しい会社じゃないと、面白いことなんてやり続けられませんからね。それもあって、職人という呼び方も『メタルクリエイター』に改めました」(乘冨さん)

メディアで取り上げられた反響は、採用面にも及んだ。

「地元だけでなく、遠⽅の方からの応募が増えました。それ以上に驚いたのは、工場見学や会社説明会に来てくれた方の7~8割が女性だったこと。それをうけて女性用トイレと更衣室を改修しました」(乘冨さん)

面白いことをやり続けられれば、きっと目標を達成できる

変化していく会社について、社員はどう思っているのか。

「SNSなどで発信することで、昔ながらの鉄工所とは違うイメージの会社として若い人が集まるようになりました。伝統的な自社の技術を教えるだけでなく、若い人たちがやりたいことも応援してあげたいですね」(製造工事部 工場長/石橋 隆信さん)

「正直、以前は若手がどんどん辞めていくのが寂しくて仕方ありませんでした。だから、若手がイキイキと働いている現在の状況はとてもうれしいですね。うちで身につけた技術はどこでも通用するものだから、その技で食べていけるまでに育ってほしいです」(生産管理部 品質管理課 課長代理/武内 信吾さん)

「重要な仕事を任される若手が増えてきたことで、職場がやる気で満ちている気がします。私は水利事業の営業で役所の方と話す機会も多いのですが、最近はキャンプグッズの話題で盛り上がることがとても多いんですよ。みんなが注目してくれるので、自慢できますね」(営業部 営業1課 主任/若林 耕平さん)

「普段は総務ですが、ノリノリプロジェクトではイベント開催も多く、そのお手伝いもしています。イベントでは直接お客さまと出会えるのでとても刺激的です。今は採用活動にも携わっており、地域の高校や大学を巡ると、生徒さんや先生の反応が以前とは明らかに変わったと感じます」(総務部 総務管理課 係長/吉田 悠さん)

「前職はいわゆる大企業だったので、全体プロセスの一部にしか関われませんでした。でも当社の新規事業開発では、商品開発からお客さまへ届けるところまで、すべてに携わることができます。大企業時代よりも日々の変化が激しく、苦労も多いですが、今はとても充実していますね」(サブリーダー/川久保 健太郎さん)

2021年、乗富鉄工所はそれまでの活動が評価され、経済産業省「はばたく中⼩企業・⼩規模事業者300社」の認定を受けた。だが、それに甘んじる乘冨さんではない。

経営改革の手は止まることなく、夏季の暑さを和らげる⼯場遮熱塗装、男性育休100%宣⾔、制服のリニューアル、職⼈の製作物や社員のクリエイティブな取り組みを共有しほめ合う「みんなのクリエイティブ」アプリの運⽤など、福利厚⽣の充実や設備投資が積極的に行われている。

「今後も地域の企業やデザイナーや学校などと幅広く協業しながら、関わってくれる多くの⼈が楽しくクリエイティブに活躍できるノリノリな会社を⽬指します。『乗富鉄工所で働いてるんだ』と、社員が自慢できる会社にしたいと思っています。目標は、5年後に『ノリノリプロジェクト』で売上2億円。面白いことがやり続けられたら、きっと実現できると信じています」(乘冨さん)

(WRITING:大水崇史)

※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。

第9回(2022年度)の受賞取り組み