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大量離職が続く介護施設を一変させた「週休3日・1日10時間勤務制」。残業ゼロを実現し、職員が介護職のやりがいを取り戻した

社会福祉法人幸知会
取り組みの概要
24時間対応が求められる特別養護老人ホームでは、長時間労働が原因でスタッフの離職が相次ぎ、新規採用にも苦戦していた。そこで、残業を削減して休日を増やし、スタッフがリフレッシュできる環境を作るために「週休3日・1日10時間勤務制」を2018年1月より導入。業務内容の見直しやスタッフとの面談を通じて制度を定着させ、スタッフの年間休日は以前の107日から156日へと大幅に増加した。残業0時間(2022年1〜12月)を実現しながらも、朝夕の多忙な時間帯にスタッフを手厚く配置することでサービスレベルも向上。制度導入から現在に至るまでの退職者は1名のみと、定着率も大幅に改善している。
取り組みへの思い
過酷な労働環境によって職員が相次いで離職し、労働環境改善が急務だと感じていた。そこで週休3日・1日10時間勤務制を導入。形式的にシフトのあり方を変えるだけではなく、意識の統一が重要だと考え、運営側も職員もともに意識改革に取り組んだ。介護業界では、新しい取り組みに対して保守的で、「やらない理由を探す」傾向が強いように感じる。しかし「できないよね」から入ると何も進まない。私たちも最初は1日10時間勤務をうまくイメージできなかったが、業務の見直しやシフトの工夫を積み重ねて成功させることができた。 (法人本部 事務長/角田 竜司さん)
受賞のポイント
1.長時間・時間外労働が常態化しやすい業界で、業界初の「週休3日・1日10時間勤務制」を導入し、業務の効率化を実現した
2.ネガティブな会話やギスギスした関係があった職場から、業務だけでなく、職員一人ひとりのプライベートにも寄り添い、ポジティブに円滑なコミュニケーションが取れる職場へ変化
3.業務時間にゆとりができたことで施設の利用者と接する時間が長くなり、職員のみならず施設全体がイキイキとしている

介護業界の宿命的な課題を乗り越えるため、「週休3日・1日10時間勤務制」へ

世界が直面している少子高齢化という大きな課題。中でも日本は、「超高齢化」が諸外国も経験したことのない速度で進行している。それゆえ、日本社会において介護施設の需要は年々増加の一途をたどっている。

しかしその一方で、供給側となる介護施設は、運営において絶えず苦戦を強いられているのが現状。その大きな要因となっているのが、介護職員の慢性的な不足だ。入居希望者がいて居室やベッドに空きが有っても、国の人員配置基準を満たせず、受け入れができないというケースも珍しくない。

施設継続の危機さえ感じていた

では、なぜ人材不足が起こるのか?

一つは、仕事が専門性の高いものであるということ。充分なスキルを身に付けるまでには一定の期間を要する。そしてもう一つは、離職率の高さにある。ただでさえ人手不足の現場では、体力面・精神面での負担に、労働時間の長さ・残業の多さという実質的な負荷も加わり、離職に拍車がかかるのだ。とくにベテランの離職は後進の育成にも影響を及ぼし、「新人が新人を教えるから育たない。結果、離職する」という悪循環を生み出していた。

「離職率の業界平均は15パーセントくらいだと言われています。当社も以前は10〜15パーセントくらいありました。デイサービスなど日中だけの施設では若干下がりますが、特別養護老人ホーム(特養)だけで見るとさらに厳しいですね。時間外労働はだいたい月250時間。約20人の職員がいるので、1人あたり10時間程度は発生していました」

こう話すのは、栃⽊県で「特別養護老人ホーム トータスホーム」を運営する社会福祉法人幸知会、法人本部 事務長の角田 竜司さんだ。

「施設の継続に大きな危機感を感じていました。そもそも介護施設は、定員を超えた利用者募集はできません。つまりそれは、売上に限度があるということ。ですから、容易に職員の給与を上げることもできないのです。そういった状況下で、人材を集め、定着させるにはどうすればいいのか? 考えた末に行き着いた最善の策が、思い切った労働環境改善、つまり『週休3日・1日10時間勤務制』に踏み切ることでした」(角田さん)

法人本部 事務長/角田 竜司さん

鍵は、現場の不安をいかに取り除くか

取り組みにあたり角田さんは、実際に施設に勤める介護支援専門員の海老原 宏祐さんと、早瀬直人さんに協力を求めた。トップダウンではなく、現場の職員の意識から変えなければ、成功は望めないと思っていたからだ。

「正直、私も最初は1日10時間勤務をうまくイメージできませんでした。でも、できないと思ったら何も進まない。あくまで私の感想ですが、この業界は新しい取り組みに対し保守的で、やらない理由を探す傾向ばかりが強いと感じていたので、これは良いチャンスだと思いました」(海老原さん)

実際の取り組みはこうだ。これまでの1日8時間勤務では日勤・夜勤あわせて1日17人を配置していたものを、1日10時間勤務では1日14人に削減。ただし、特に忙しくなる食事の時間などは多めの人数でカバーできるよう、その時間帯に1~2時間のシフトの重なりが生まれるよう調整した。1~2時間というと些細なことのように感じるかもしれないが、これまではその時間帯の多忙さが残業の原因にもなっていたので、現場にとってはかなり大きな変化だった。

また、シフトの工夫だけではなく、業務内容や施設利用者のケアのスケジュールの見直しにも手を入れた。

「1日あたりの人手が減ると、現場は必ず不安を抱きます。この不安の解消こそが、取り組みを成功させる鍵になると、日々現場で働く私は直感しました。そこで、不安となるポイントを海老原さんと一つひとつ洗い出し、さまざまな観点から見直しに着手。例えば、シーツ交換は今までより少人数でやらなければならなくなるので、省力化を図るために現場の細かな動きから見直しました。また、必然的に複数のスタッフが関わる入浴介助に関しては、ご利用者さまごとにケアのスケジュールを見直すことから始めました」(早瀬さん)

「そして、こういった細かな取り組みを積み重ねることと並行し、私は職員一人ひとりと面談を行いました。1日10時間勤務についてはもちろん、どうやって現状を変えていくかを詳しく説明し、前向きな気持ちになってもらえるよう、不安な気持ちをほぐしていきました」(海老原さん)

こうして、2018年1月、約1年間の準備期間を経て「週休3日・1日10時間勤務制」は導入された。

特別養護老人ホーム 係長/海老原 宏祐さん

数字にも、職員の表情にも表れた明るい変化

導入時、とくに混乱はなかったものの、職員からは当初「常に残業が発生しているんだから、実質的な拘束時間はほとんど変わらないだろう」「逆に、慣れるまでは体力的に余計辛いかも」という反応がほとんどだったという。

しかし実際には、職員は良い意味で大きく裏切られることとなった。

「今ではメリットしか感じていない」。職員も驚く変化

まず挙げられるのは、休日の増加。週休3日によって年間休日は107日から156日へと大幅に増え、有給取得率も70パーセントにまで跳ね上がった。

次に業務効率の最適化だ。2022年1〜8月には時間外労働0時間を達成。年間を通しても残業をほぼなくすことができ、職員の精神的・体力的な負荷も軽減されることとなった。

一方で、運営側にもうれしい副作用があった。離職率が大幅に改善したのだ。制度導入後に退職したのは1人のみ。かつての職場では考えられない変化だった。

ここで、実際に働く職員の方から聞いた、導入後の変化について紹介しよう。

「これまでと比べて1日あたり2時間多く働くことになるので、導入前はキツそうだなと思っていました。しかし、ただ制度を導入するだけではなく業務改善にも手をつけたことで仕事が効率化され、職員間でうまく連携できるようになり、結果的に職場の人間関係も良くなった気がします。それに、以前はご利用者さまとも業務的な会話しかできていなかったのが、今は『昨日は何をされたんですか?』とか、より親身になって会話ができるようになり、お互いにすごく打ち解けられるようになってきましたね

それと、週休3日になって気づいたのは、周りで体調不良になる職員が減ったことです。ちなみに私は結婚式を挙げる際に、まとめて6 日間の休みを取りました。これは今の体制があったからこそだと思います。しっかり休みがとれる分、家のことにも時間を割くことができ、おかげで家庭もうまくいっています」(笹崎 仁宏さん/介護スタッフ/入社6年目)

「最初に聞いたときは、正直無理だと思っていました。休みが多くなるとスタッフ間の申し送りが難しくなりますし。でも、グループウェアが導入され、情報共有も職員のコミュニケーションもぐっと改善していきました。

もはや今となっては、メリットしか感じていません。私には中学生と小学生の子どもがいるんですが、以前は授業参観にも行けませんでした。それが今は、どちらの授業参観にも行けます。週休3日制って、案外融通が利きやすいんです。その日出勤するメンバー以外に、控えもたくさんいるということだから、授業参観とか急な予定が入っても対応してもらえる。もちろん逆のときはお互いさま。

いろいろ余裕ができて、最近はあらためて介護の仕事の楽しさを実感しています。ご利用者さまが好きで、本当に大切に思える家族のように感じています。長い時間を一緒に過ごして、ご利用者さまが私を信頼してくれているのがひしひしと感じ取れると、とってもうれしいんですよ」(永吉 恵美さん/介護スタッフ/入社21年目)

上辺だけを取り繕っても改革はできない

この取り組みはその後、テレビやラジオ、そして厚生労働省の働き方改革サイトで取り上げられ、各地で反響を呼んだ。そして実際に「週休3日・1日10時間勤務制」を取り入れる介護施設もあった。しかし、同様の結果を得られたケースは少ないと聞いている。その点について、角田さんはこう話す。

「17人×8時間と17人×10時間では、総労働時間がまったく違います。単純に10時間勤務で週休3日制にするだけだと、現場から『人数を減らさないで』と請われてしまい、だからといって、それに応じて人数を増やすと人件費がかさむだけ。これでは持続性もありませんし、職員にとっても施設にとっても、いいことはありません。

つまり、上辺だけ取り繕って、安易に制度を導入するだけでは改革できないということです。形式的にシフトのあり方を変えるだけではなく、意識の統一が重要。上辺だけで週休3日制にしても、現場も経営も持続しません。経営者も職員も意識を変えていかなければならないのだと実感しています」(角田さん)

なお、制度導入後も幸知会ではさらなる働き方改革を進め、有休取得率向上、在宅ワークの実施、WEB会議の実施、男女ともに育児休暇取得率100パーセント、女性社員復帰率100パーセント、フレックス勤務の導入など、次々と新たな取り組みを実現している。

その根底にあるのは、現状を変えようとする強い意志、そして「変えられる」と信じる職員同士のチームワークなのかもしれない。

(WRITING:大水崇史)

※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。

第9回(2022年度)の受賞取り組み