• TOP
  • アーカイブ
  • 既存の会社や仕事に、無理やり自分を合わせなくてもいい。働き方への不安を抱える人に「アルバイトとボランティアのあいだ」で新たな可能性を!

既存の会社や仕事に、無理やり自分を合わせなくてもいい。働き方への不安を抱える人に「アルバイトとボランティアのあいだ」で新たな可能性を!

一般社団法人NIMO ALCAMO
取り組みの概要
未経験から挑戦したいと考える方や、メンタル不調などを理由に休職・離職している方を対象とするリワークプログラムとして、『しごとの間借りプロジェクト』と名づけた独自のワークシェア制度を実施。参加者とは雇用契約ではなく期間を設けた業務委託契約を結び、飲食店の運営を委託して、売上の一部を報酬として支払う。参加者は固定収入ではないものの、複数人で業務をシェアすることで個々の負担を軽減する働き方が可能。また経営側も、賃金と能力を天秤にかけることなく就労を支援できるようになった。初年度は代表・古市邦人さんが経営するカレー店の休業日に「芋煮屋」を運営。これが反響を呼び、2年目には7名を受け入れている。
取り組みへの思い
重要なのは、「仕事に個性を合わせるのではなく、個性に合わせて仕事を作ること」。新しい職場のルールは、困っている人の声をもとに生まれていくのが一番いいと思っている。しかし、行政の制度の網から漏れてしまっている人たち、すなわち現状の福祉制度では支援を受けられない、課題が一般的に認知されていない方々が社会と関わることができる機会は少ない。そういった方々に対して「自分ができること、できる範囲」で働ける場を作りたいと思った。一方で、労働者を守るための制度である最低賃金制度が、こうした人たちの就労の機会を奪っている側面もある。この2点を突破する取り組みを生み出したいと考えていた。 (代表理事/古市 邦人さん)
受賞のポイント
1.時間的制約やスキル、経験がないなどの、働くことへためらいのある休職者・離職者が働けるきっかけとして、間借り店舗を利用し無理のないペースで働ける仕組みを創出
2.働くことや人とかかわることに苦手意識を持っていた若者の気持ちが前向きに変化した
3.自立支援、復職・再就職といった「リワーク」の新たな仕組みとして、「理想の働き方とは何か」を考えるきっかけになっている

「働き方」は、従来の常識に縛られすぎているんじゃないか

日本には最低賃金制度がある。言わずもがな労働者を守るための法律の一つだが、近年は景気が停滞している中にあって最低賃金の上昇幅も大きく、とくに小さな店舗においては新規雇用に対し二の足を踏ませているという側面もある。

他方、日本ではこの10年間、精神的な事由で休職する人の数が急増し、中でも20代にその傾向が顕著だ。個人でカレー店を営んでいた古市 邦人さん(NIMO ALCAMO 代表理事)は、こうした現実にもやもやとした気持ちを抱えていた。

現実と理想との間で、心を痛めることも多かった

話は戻るが、最低賃金制度は労働者を守るための法律である。しかし、賃金を「雇用側のコスト」という側面から見ると、「賃金に見合った戦力でなければ雇用できない」という現実にもつながる。

大企業ならまだしも、小さな店舗となれば、未経験者を育成することになかなかコストは割けないからだ。せっかく労働者側に働く意欲があり、雇用側に未経験者を育成する想いがあり、相思相愛だったとしても、気持ちだけでは雇用は叶わない。そんな現実に直面する経営者は少なくないはずだ。

古市さんもそうした経営者の1人だった。

「ある日、20歳の若者がアルバイト募集に応募してくれました。その子は未経験で、『いずれ飲⾷の仕事をしたい』と語ってくれました。でも、私の店はスタッフがワンオペで運営するような小さな店だったので、採⽤することができず……。経験を積みたいと⾔っている若者を、経験がないからという理由で断る⽭盾に心が痛みました」(古市さん)

ちょうど同じタイミングで、そんな未経験の若者の応募が複数あった。これをきっかけに古市さんは、ある過去の記憶を手繰り寄せていた。

代表理事/古市 邦人さん

働き方の「新しい選択肢」を、公的支援の枠組み以外に作りたい

実は古市さんは、国家資格を持つキャリアコンサルタントでもある。児童向け教育系企業での経験をもとにNPO法人へ入社し、事務局長として厚生労働省委託事業の「地域若者サポートステーション」の総括コーディネーター、大阪府委託事業「OSAKAしごとフィールド」の運営責任者など、就労支援事業のディレクターを歴任。そして2020年には自ら「一般社団法人NIMO ALCAMO」を設立した経歴の持ち主だ。

そうした中で出会ってきたのは、職場で適応障害になり満員電車に乗れなくなってしまった人や、ずっと引きこもらざるをえなかった人、体調に波はあるが病院で治せるものではない人、シングルマザーで子育てに追われていた人など、従来の労働市場では参加することが困難な人たち。彼らのことが脳裏に浮かんでいた。

「彼らはみんな、多かれ少なかれ『働く事への恐怖感』を抱えていました。だから、『できる限りハードルの低い仕事から始めたい』と考えます。そうなると仕事の選択肢は限られてしまう。みんな、仕事でやりがいを感じたいと思っているし、働くことに意欲的ではあるんです。そういった点では、あの飲食未経験の20歳の若者も彼らと同じだったのではないでしょうか」(古市さん)

そして、こう続けた。

「だから、低いステップから始められて、かつ仕事のやりがいを得られるような『働き方の新しい選択肢』を、公的支援の枠組み以外に作りたいと思ったんです。そうすれば『自分を、世の中に存在する会社や仕事に無理やり合わせていく』というおかしな図式もなくなる。働き方って、従来の常識に縛られすぎているんじゃないかと思うんです。もっと自由に、個々人が自分にできる範囲で働くでもいいんじゃないかと」(古市さん)

古市さん自身も、仕事に無理やり自分を合わせていくことの限界を感じたことがあるという。

「僕自身も多動の傾向があって、飽き性だとか根気がないとか言われることもあるんです。だから、飲食店の仕事でも『毎日同じ店に立ち続けること』に苦痛を感じていました。そこで『全国の過疎地域を移動しながら専門的なカレーを提供する』という方法をとったのです」(古市さん)

自分自身の経験をもとに、「既存の常識のもとで働けていない潜在的な労働者が社会参画できる場を増やせれば、日本社会にとってもプラスとなるはず!」と考えた古市さんは行動に移す。「アルバイトですらハードルが⾼い」と感じる⼈に、「アルバイトとボランティアのあいだ」という独⾃のワークシェア制度を⽤意。それが『しごとの間借りプロジェクト』だ。

「世の中、思っているほど悪くないかも」と感じてもらいたい

『しごとの間借りプロジェクト』の仕組みとはこうだ。

まず、働きたいと手を挙げた人は、4カ月間の期間限定で古市さんの「一般社団法人NIMO ALCAMO」と業務委託契約を結ぶ。NIMO ALCAMOはその人に店舗運営を委託し、売り上げの⼀部を報酬として支払う。

そして最大のポイントは、一般的な職場だと一人に求められる仕事量を「数人でシェア」することでハードルを下げ、一人ひとりのペースに合わせて働くことができるという点にある。店舗運営はあくまで、「これならやれるかも」のきっかけを一緒に見つけていく⼿段。そこでいろいろな可能性を試し、「⾃分を学ぶ場」として店舗を貸すのだ。

また、期間中には店舗運営とは別に、対話やキャリアコンサルタントとの⾯談の時間を設け、⾃分の価値観や特性との付き合い⽅についても理解を深めてもらっている。

参加者とは雇⽤契約ではないので、収入は固定ではない。つまり、安定した収入は約束できない。この点を捉えて「法の目をかいくぐり、労働力を搾取しているだけではないのか」と疑問を持つ人もいるかもしれない。

「この取り組みは、弁護士と相談しながら進めています。確かに業務委託という働き方にはまだまだグレーゾーンが多いことは否めませんが、だからこそ私たちは、誰よりも細部にまで目を配り、逐一確認し、クリーンな運営を心掛けています。法人の事業収益としては、売り上げの3割程度の場所代のみ。経営者としては、継続していくことへの覚悟だけでやっているんです」(古市さん)

ある参加者の変化には、親や地元の友だちも驚いた

こうして開始したプロジェクト。2021年におこなった第一期の「芋煮専門店」では、未経験だったり、復職まで小さなステップから働き始めることを希望した若者3名が参加した。

料理が得意な人は味をチェックし、接客が得意な人は来店客と会話し、得意なことが無くてもサポートで活躍するというスタンスで始まった。アルバイトではないからこそ自分を見つめる余白が作れる。ボランティアではないからこそ適度な責任感が⽣まれる。期間中の試⾏錯誤をヒントに、一人は就職し、一人はデザインの学校に進学。もう一人もあえてフリーターを継続し、各々がそれぞれの進路を進んでいるという。

そして、2022年上期には第二期を実行。応募20名弱、そのうち7名が参加し、業態は「バターカレー専門店」と「台湾かき氷専門店」の2店舗に決まった。では、実際に台湾かき氷専門店で働いた方々の声をご紹介しよう。

「メニューはスタッフ全員でアイデアを出し合い、十数種類の候補の中から杏仁氷とマンゴー氷に決めました。レシピ作りも自分たちで担当し、パティシエの方にアドバイスをもらいながら試行錯誤を重ねていったんです。また、台湾かき氷は、氷そのものにも味がついているのが特徴なのですが、それを1台のかき氷機を使い分けながら提供しなければなりません。そのための機械の使い方やメンテナンスの方法まで、自分たちで見出していきました。実は私、これまでアルバイトも含めて仕事をしたことがなかったので、はじめは不安だらけでした。でも、お店を開いてみたら、メニューや店舗のレイアウトにまで喜んでもらえて……一つひとつの経験が新鮮で、もっと挑戦してみたいと思うようになったんです」(スタッフ/いけさん)

スタッフ/しおりさん

「最初は正直スタッフ同士のコミュニケーションも微妙で……。でも、やっていく中でお互いの得意分野が見えてきて、私はかき氷を作って出すまでを担当、いけさんは接客を中心に担当するようになりました。一度、奈良で出張販売をしたことがあったんですが、なんと用意した分すべて完売!私自身はもともと修学旅行も拒否するくらい家を離れることに抵抗がありましたが、仲間と一緒に遠くへ出かけて活動した今回はとても楽しかったです! 親や地元の友だちはめちゃめちゃ驚いていましたけどね」(しおりさん)

支援の輪の面積を、どんどん拡大していきたい

2度の活動を経て、2022年下期には、チャイをギフト商品として展開するECサイトを立ち上げる計画もあると話す古市さん。

「僕が将来的に目指しているのはソーシャルファームです。この取り組みの新しいところは、就労支援の取り組みでありながら、事業とブランドが生まれていくこと。将来的に事業として確立し走り出せば、もっと新しい雇用を生み出せるはずです。チャイのECサイトを例に上げると、立ち上げた後には製造やパッケージの仕事が生まれます。例えば、この仕事を“好きな時間に好きなだけ働ける”シフトフリーで運用することも検討中。こんなふうに、新しく事業を立ち上げるごとに、既存の働き方に困っている人を対象とした『新しい働き方』が生まれるようにしていけたら、支援の輪の面積をどんどん拡大していけると思うんです」(古市さん)

そして最後に、こう結んでくれた。

「私の好きな映画に『ペイ・フォワード』があります。世の中に希望を持てなかった男の子が、少しずつ可能性を感じて世の中をポジティブにとらえられるようになっていくストーリーです。私は教育現場や就労支援の現場で、うまく世の中になじめずにいる若者たちをたくさん見てきました。そうした若者たちにも、ペイ・フォワードの主人公のように『世の中、思っているほど悪くないかも』と感じてもらいたいんです。私ができるのはそれまでのサポートに過ぎませんが、信じて取り組みを続けていきたいと思っています」(古市さん)

NIMO ALCAMOという名称には「NIMO ALCAMO(=2も、あるかも)」、つまり一度良い経験をすれば、二度目を信じることができるというポジティブなメッセージが込められている。ここから生まれる新たな取り組みが、誰かにとっての希望に満ちた「二度目」を増やしていくのではないだろうか。

(WRITING:大水崇史)

※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。

第9回(2022年度)の受賞取り組み