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日頃のマニュアルを離れ、真剣に職業体験イベントを企画する「みんなの郵便局」が社員のモチベーションを大きく向上させた

日本郵便株式会社
取り組みの概要
2019年にかんぽ不適正募集の問題で行政処分を受けた日本郵便では、再発防止と信頼回復に向けた取り組みを最優先とする一方で、社員のES(従業員満足度)調査では総合満足度が大幅に落ち込んでしまっていた。そこで、社員が仕事の意義と誇りを再び見出せるよう、かつて徳島で実施した企画をもとに、子ども向けの郵便局職業体験イベント「みんなの郵便局」を全国各地で開催。2021年6月以降、全国21カ所でイベントを実施し、通常のルーティン業務にはない企画を自分たちで一から立案しやりきったこと、イベントを楽しんだ参加者からの感謝の声が届いていることなどから、イベントに関わった社員のモチベーションが大幅に向上した。
取り組みへの思い
みんながみんな、やりたい仕事ができているわけではない。好きな人とだけ仕事ができているわけでもない。そんな状況でも、何事も面白がれるマインドがあれば、人生の大部分を占める仕事の時間はもっと豊かになるはず。そのきっかけを「みんなの郵便局」を通じて見つけてほしいと思った。お客さまに喜んでもらうという仕事の醍醐味を、もう一度感じてほしいと思った。もちろん、大きな組織ではいきなり全体を変えることは難しい。しかし、局地的にでも少しずつ変えていけば、影響は確実に波及していく。ひいては事業全般にも大きな影響を与えていく、と思いを巡らせた。 (網師本 祐季さん)
受賞のポイント
1.自由にものが言える関係性ではなかった社内の間柄でも、仕事へのやりがいや誇りを見い出すために社員一人ひとりが主体的に関われる取り組みを推進した
2.社員から局長へアイデアを伝えられるといった活発なコミュニケーションが生まれるようになった
3.単発的な取り組みとして終わらずに、全国へ波及し地域に根差した接点作りがなされている

顧客からの信頼回復には、まず社員のモチベーション向上が急務だった

2019年、日本郵便はかんぽ不適正募集によって行政処分を受けた。この出来事を機に、日本郵便は再発防止とお客さまの信頼回復に取り組むことになるのだが、一方で別の大きな問題が顕著になっていた。信頼回復の担い手となるはずだった、社員のモチベーション低下である。実際のところ、不祥事を起こしたのはごく一部の社員で、ほとんどは真面目にひたむきに活動していた。だが、現場では顧客から日々厳しい言葉が寄せられていたのだ。

そんななか、2021年に郵便事業は創業150年という節目を迎えた。郵便事業には『縁の下の力持ちになることを厭うな。人のためによかれと願う心を常に持てよ』という「創業の精神」というものがある。雨の日も風の日も郵便を配達する人、窓口に立ち笑顔でサービスを提供する人、彼ら「縁の下の力持ち」がなければ、信頼回復など到底実現できない。

「この節目を機に、社員に再び自らの仕事の誇りを実感してもらい、なんとかモチベーションアップを図れないだろうか」——閉塞感漂う社内に一つのアイデアをもって表れたのが、本社事業共創部課長の網師本 祐季さんだった。

アイデアにたどり着く前の、地方での成功体験

網師本さんのアイデアとは、子ども向けの郵便局職業体験イベント「みんなの郵便局」を全国各地で開催しようというものだった。じつは網師本さんには、このアイデアに至るかつての成功体験があった。

それは、遡ること5年、網師本さんが徳島県内の郵便局で局長を勤めていた頃のこと。当時、網師本さんはある悩みを抱えていた。

「実は、優秀で意欲的だったはずの社員がモチベーションを低下させ、退職してしまうというケースが少なくなかったのです。私は民間企業からの転職組だったので、確かに思い当たる節が無かったわけではありません。社内には特有の縦社会風土が残っているのを感じることもありましたし、全国一律のサービスを提供するためとはいえマニュアルに縛られすぎじゃないかと思うこともありました。そうして仕事が自ずとルーティン化されることで、徐々に社員のモチベーションが侵食されていたのです」(網師本さん)

そう、網師本さんは既に地方の郵便局で、同じような課題に対峙していたのだ。思い立った網師本さんは、同じく徳島県で局長を勤め、信頼できる仲間でもあった島田 雅仁さん(徳島県 高畑郵便局 局長)と村越 健治さん(徳島県 鳴門斎田郵便局 局長)に相談。ここで生まれたのが、子ども向けの郵便局職業体験イベント「アクア・チッタ郵便局」——のちの「みんなの郵便局」の前身である。

「従来のルールや自らの業務に縛られることなく、お客さまはもちろん、自分たち社員も楽しめて元気になれる取り組みはないかと考え、いわゆる『郵便局ごっこ遊び」にヒントを得ました。お客さまには郵便局の仕事を体験してもらうことで仕事の大切さを実感してもらい、イベントスタッフとして参加した社員には、普段自分たちが行っている仕事の意義をお客さまに伝えることで、あらためて仕事への誇りを認識してもらおうと思ったのです」(網師本さん)

事業共創部 課長 兼 日本郵政株式会社 事業共創部 グループリーダー/網師本 祐季さん

予想以上の社員の協力で、イベントは大盛況

そうと決まれば、あとは実行。ただ、そう簡単に進められるものでもなかった。当時は、局長とはいえ社員が自由に会社に提案を持っていくといった例がそもそもなかったのだ。それでも、この取り組みは絶対にためになると思い、慣れないプレゼン資料を作って四国支社に提案。すると、当時の四国支社長は想定以上に思いを汲んでくれ、なんとその場で即決。100万円もの予算を付けてくれたのだった。

こうして遂にプロジェクトは動き出した。しかし、進めば進むほど悩みは増すばかりだったのも事実。

「賛同してくれる社員がいなかったらどうしようとか、参加した子どもが事故に遭ったらどうしようとか、おろそかにするつもりはないけど、この取り組みを頑張ることで営業成績に悪影響が出たらどうしようとか……毎日なにかしら不安はありましたね」(網師本さん)

しかし、社員が集まるかの不安については杞憂にすぎなかった。「郵便局でこんなことができるんだ」と新鮮な驚きとして迎えてくれた社員が多く、社員自身がボランティアスタッフ募集のチラシを作成し、配布してくれた。いつしか、窓口業務や集配業務、営業にあたっている郵便局員など、協力してくれている社員は業務の垣根を超えどんどん増えていったのだ。

そしてイベント当日——。結果、3000人ものお客さまにご来場いただき、イベントは大盛況のうちに幕を閉じた。

徳島県内の主要マスコミすべてがこのイベントを取り上げ、注目されたことで社員も喜びに感じ、以前と比べ明らかに自信を持ち始めていた。しかし、その前兆はプロジェクト実行中からあった。網師本さんはじめ島田さん、村越さんの3人の局長は、社員の大きな変化を目の当たりにして驚いていた。

「社員と交わす会話の中身が『郵便局の仕事を発信したい」という意識に変わっていったんです。『ルールの壁を取っ払って自由に動いていいんだ」『自分たちも新しいことをやっていい、言っていいんだ」と感じたんでしょうね」(村越さん)

「イベントで使う模擬紙幣を進んでデザインしてくれた契約社員がいたんですが、郵便局でこんな仕事ができるとは思わなかったと、今まで見せたくれたことのない笑顔で話していたんですよね」(島田さん)

「年に数回行う人事面談の場で、プレッシャーが厳しいから昇進したくないと話していた人が昇進試験を受けてみたいと話してくれたり、退職をほのめかしていた人が思いとどまってくれたり、ということがありました。それに、普段は同じ局の中の限られた人間関係しか知らなかった社員が他の局の人たちと触れ、新しい友だちができたと表情も清々しく話してくれたんですよ」(網師本さん)

本来、郵便局で働く人の多くは、地元や地元の人が好きで、だからこそ「縁の下の力持ち」として働いている。その動機を、このイベントが思い起こさせたのだ。イベントに携わっているときの社員のあのキラキラとした眼には、一点の曇りもなかったのだから。

人の本質はどこでも変わらない。いざ全国展開へ!

徳島県での「アクア・チッタ郵便局」の取り組みが社内で評価され、本社に異動することとなった網師本さん。ほぼ時を同じくしてかんぽ問題と郵政創業150年が重なり、冒頭にもあったとおり、今度は日本全国の日本郵便社員のモチベーションアップに取り組むことになった。

謝るばかりではなく「ありがとう」を

しかし、今回はまったくのゼロからのスタートというわけではない。徳島での社員に対する効果と集客の実績が既にある。さっそく同じ事業共創部に所属する村松 志緒さん(デジタル事業共創部 係長)や杉崎 猛さん(事業共創部 部長/経営企画部 事業企画室長)、人事部やお客さまサービス統括部などの関係部とプロジェクトチームを立ち上げ、徳島版「アクア・チッタ郵便局」を全国版「みんなの郵便局」にアップグレードし、社長プレゼンに臨んだ。

「社長に徳島でのイベントを記録した映像を見ていただいたんです。そして、お客さまに謝るばかりではなく感謝を伝える機会を創りたいという想いを伝えました。すると社長は快く承諾してくださり、イベント予算に加え人件費予算も付けてくれました」(網師本さん)

イベント名称も「150年分のありがとう!みんなの郵便局」に決定し、プロジェクトは本格的に動き始めた。

既存体質からの脱却で、それぞれの色を鮮明に

しかし、網師本さんには懸念もあった。

「徳島の成功例を全国各局にインストールしていくことは可能です。ですが、それではこれまでの社内体質と変わらないと思ったのです。社員自身が主体的に取り組むことが要なのにつながりませんし、それに郵便局は北海道から沖縄まであって、配達方法一つとっても各地域によって違いますからね」(網師本さん)

そこで、プロジェクトチームはある役目に徹することにした。

「私たちはあくまでお手伝いです。地域の特色は地域の方にしか分かりません。だから、それぞれの地域ごとに考えてほしいと思っています。とはいえ企画をゼロから起こすのは大変ですから、私たちが全国を回り、アイデアを聞きながら企画を形にするお手伝いをすることにしたのです」(網師本さん)

こうして初年度(2021年)は、エントリー制を敷いた中で12の地域から手が挙がり、イベントが開催された。うち4地域での開催後の感想を紹介していこう。

「ちょうど同じ年に新しく郵便局がオープンする予定だったので、地域を盛り上げたいと考えていました。それと、コロナ禍だったので社員も元気にしてあげたいと思っていました。せっかくなので年齢も性別もキャリアもごちゃ混ぜのチーム構成にした結果、関係性のなかった間柄でも活発に意見が飛び交うようになりましたね」(北海道 ひじり野郵便局局長/伊賀 俊充さん)

「包括連携協定を結んでいた小牧市が“子ども未来館”という施設を新たに作っていて、この場所を活用しようと手を挙げました。準備段階から社員が積極的に参加してくれて、知らなかった特技に驚くことも多かったです。絵が得意な社員が今では窓口のPOP作成担当で、通常業務にも変化が生まれているんですよ」(愛知県 須ケ口郵便局局長/岡松 康仁さん)

「コロナ禍で当初の開催予定日が延期になったり、イベント会場が想定外に広大だったりと、不安とハプニングがたくさんありました。でも、いいきっかけだったと思います。1人でおろおろするのではなく、先輩や同僚の協力を得て仕事を進めるスタイルが身についたのは一目瞭然で、普段の窓口業務にも生かされていますから」(富山県 西布施郵便局局長/潮 由加子さん)

「お客さまへのサービスは、会社が決めたルールに従って進めることが当たり前でしたが、メンバーはその場で考え、お客さまに喜んでもらえるよう動いていました。それからは通常業務でも、会社が決めたルールに従うだけでなく、自分で考えて動く習慣が生まれています。社員と上司との関係性も縮まりました」(高知県 神谷郵便局局長/門田 大助さん)

局長たちはとてもキラキラした眼でイベントの成果を語ってくれた。あの、徳島でのイベントに携わっているときの社員の眼と同じだった。

プロジェクトチームのメンバーも、見違えるような変化に驚き隠せずにいた。

「社員一人ひとりが、マニュアルに沿って動くだけでなく、自分で考え、仲間とともに企画を実現させたことで、お客さまに喜んでもらうという仕事本来の醍醐味をあらためて感じとれたんだと思います」(村松さん)

「人それぞれ価値観は違うので、当然意見がぶつかる場面も見てきました。きっと以前なら避けていたと思うのですが、それでは何も生まれません。とことん話せば道は拓ける。そういった経験をここで積めたことは、人の育成という意味でも非常に大きな糧になったと思います」(杉崎さん)

各地で開催し、地域社会や顧客に喜ばれ、社員のモチベーションアップにつながるという好循環が生まれたこの取り組み。しかし、ここが終着点ではない。

今年度(2022年)のエントリーは21地域。前年の12地域から9地域増え、各地でそれぞれの想いを乗せた「みんなの郵便局」が開催されている。さらに全国へと取り組みを波及させ、進化させていくために、網師本さんとプロジェクトチームの挑戦はこれからも続く。

(WRITING:大水崇史)

※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。

第9回(2022年度)の受賞取り組み