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上司に反対されても信念は曲げない。たった1人で「20億円の下水道事業費削減」を実現した市職員の改革ストーリー

岡山県備前市市役所
取り組みの概要
下水道整備事業が巨額赤字に陥っている状況を知った備前市職員の同前嘉浩さんが、上司の反対に遭いながらもたった一人で事業費削減に向けた取り組みを進めた。まず、自身の担当エリアで大きなコストを要する特殊工法を見直し、約1億円の事業費削減を実現。この成果をベースに、工事発注や契約手続きなどの業務の無駄も次々と改善。さらに自身で難関資格である技術士を取得し、よりいっそうの事業費削減を進め、浮いたコストを他公共事業へ還元することで、地元住民からは全面的な協力を得られるようになった。こうした活動に上司も理解を示し、大きな裁量を得たことで計約20億円の事業費削減を達成。この行動は他の職員へも影響を及ぼすこととなった。
取り組みへの思い
破綻しそうな下水道事業の問題を放置しておくと、その負担を背負うのは次世代の人たち。それが分かっているのに、何もしないわけにはいかなかった。目の前の川で誰かが溺れていたら、迷わず助けようと思うのと同じ感覚だった。当初、周囲からは取り組みに反対されることも多かったものの、組織や市民の方と正面から向き合い、やれることをやり尽くしたことで実現できたのだと思う。 (同前 嘉浩さん)
受賞のポイント
1.事業破綻の危険性に気づき、市役所内の反対に対して根気強く、丁寧に業務改革を推し進めた
2.前例踏襲主義の職場の中でも、職員有志の会が発足されるといった自発的な動きが生まれている
3.地域住民からの信頼感が深まり、協力してもらいやすい関係構築が出来始めている

反対する上司と、備前市民約3万人の将来。本当に大切なのは……?

都市部に住んでいる人には想像し難いかもしれないが、全国では現在も、下水道の敷設が整備しきれていない自治体がある。市職員・同前 嘉浩さん(現在は総合政策部 事業推進課 課長補佐)が勤める岡山県備前市もその一つ。同前さんが下水道課に赴任した2017年頃の整備率は80%ほどで、市は100%を目標に整備を進めようとしていた。

しかし一方で、この政策には市民からの苦情も多かった。「下水道を整備すれば衛生面も向上するし、それによって土地の価値も上がる。それなのに、なぜ苦情の声が上がるんだろう?」――そう思った同前さんは、声に耳を傾けた。これが、長く険しいいばらの道になるとは、思ってもみなかった。

大赤字の下水道事業に寄せられた苦情は「忠告」だった

「使いもしない下水道を整備して、市民へ負担金を要求するのか!」「わざわざ大赤字事業を進めるなんて、役所は何を考えているんだ!」。苦情は概ねこのような内容だった。

苦情の背景には、下⽔道が整備されると市民には負担⾦約30万円を⽀払う義務が発⽣すること、さらにその下⽔道を利⽤するためには、約100万円のトイレ改造費を負担しなければならないことがある。そのため、高齢の住民からはとくに「この先何年も生きないのに、なぜ高い負担金を払わなければいけないのだ」と反発が大きかったのだ。

そして最悪だったのが、整備後の収支予測。全体の整備費⽤28億円に対し、将来収益は50年間でわずか8億円という大赤字の事業だった。実際、当時の備前市は県内で2番目に高額な下水道料金を徴収していたにも関わらず、収益率ワースト2位だった。

「目標ばかりが先走って、私を含め職員は大赤字に気づいていなかったり、知っていても見て見ぬふりをしていたり。今にして思えば、あれは苦情ではなく忠告だったんですよね」(同前さん)

誰かがやらないといけない……! 同前さんはここから一挙に行動に移す。

まずは上司に事業そのものの中止を訴えた。しかし、「いくら赤字でもいいから今の計画のままやってほしい」と取り付く島もなかった。当然納得できるわけもなく食い下がったが、上司の考えは変わらなかったという。

そこで次は考え方を変え、事業費を抑える代替方法を探すことにした。事業費がかさむ原因を調べたところ、下水道を効率的に敷設しようとすると現存の施設が支障となり、それを回避するために用いられる特殊工法にあることが分かった。

「ということは、工法を転換することで事業費を抑えられるのではないか」。一縷の望みに同前さんの心は沸き立った。

総合政策部事業推進課 プロジェクト係 水素まちづくり係 係長/同前 嘉浩さん

妻には「市役所を辞めることになるかもしれない」と話していた

同前さんが最初に手を付けたのは、自身の業務効率化だった。帳簿管理やコミュニケーション方法などを見直し、自分で仕組みを作り、実行し、問題がなければ上司に同意を取りつけて横展開。さらに深い知識と説得力を身につけるために、自身で難関資格である技術士を取得した。同前さんは当時のことをこう振り返る。

「民間では、良いと思ったことはすぐに受け入れられますが、ここではそうとは言い切れません。同じ市役所で働く妻には、『自分は職場で嫌われるかもしれないし、最悪辞めることになるかもしれない。それでもいいか?』と話していました。妻は『やりたいことをやればいい』と、妻が背中を押してくれました」(同前さん)

奮闘する夫の姿を間近で見ていた妻の同前 絵美さんは、「公務員としてのジレンマには共感する部分もあった」と振り返る。公務員だからこそできることがある一方で、公務員であるがゆえにできないことの難しさもあるのだという。

「例外はなかなか認められないのが役所。私の職場でも『今まではどうしてきたのか』『他の自治体はどうしているのか』など、前例踏襲を重視することが多いです。例外的な取り組みは本当にハードルが高いし、周囲の協力を得ていくことは本当に難しい。それでも夫は、自分自身が正しいと思うことを曲げず、市民にとって必要なことを常に第一に考えている人なので、信念を貫いてほしいと思っていました」(同前 絵美さん)

そんな同前さんの努力が、少しずつ状況を変えていく。当の下水道課でも、ついに考えを理解してくれる上司が現れたのだ。

その結果、下水道課はわずか3年で、偉業ともいえる約20億円もの事業費削減を達成。しかも削減費の⼀部で、道路拡幅など他の公共事業も実現できた。

「新聞やテレビに取り上げられたことで、住民の方からたくさんの感謝の声をいただきました。信頼を得られたことで、その後の工事などでも協力をいただけるようになり、地域の方との関わりや公共事業のあり方に深く影響を及ぼしたと実感しています。たまに通っていたお好み焼き屋のおばちゃんからは『役所にもちゃんと仕事しとる人がいて安心だ』と言っていただきました(笑)」(同前さん)

同前 絵美さん

市役所内外で続々と立ち上がったアクション

メディアで取り上げられたことで、この一件は、想定外のところに飛び火する。ある自治体からは、この取り組みの現地説明を依頼され、同前さんが引き受けた。すると後日、約1億円の事業費削減が実現できたと報告があった。

もちろん、そういった影響は備前市役所内にも。

出る杭は打たれるけど、出過ぎた杭になれば、もはや打たれない

備前市の介護福祉課に勤める岸本 直子さん(主任作業療法士)は、同僚とともに、多忙な業務の合間を縫って同前さんが開く勉強会に参加するようになった。

「高齢者を取り巻く環境は数年で大きく変わります。でも、恥ずかしながら行政は、その変化に対応するスピードに乏しいのが現状です。止めるも始めるも新しいことは労力がかかるので、前例踏襲が続き、利用者が減っているサービスですらそのまま継続されていました。民間ではあり得ないことも、まかり通ってしまっているのです。でも、同前さんの取り組みを知り、このままではいけないと本気で思いました。出る杭は打たれるけど、出過ぎた杭になれば、もはや打たれない!私もリミッターを外して突き抜けようと思うようになりました」(岸本さん)

岸本さんは「オンライン現場同行」などITを使った業務改革を提案。現場の業務のあり方が変わりつつある。年配の職員が順応できなかったりし、改善という取り組みの難しさも感じているが、ご利用者となにより職員の負担軽減のためと思ってやっているので、もはや進むことへの迷いはないという。

「今後は、内部からだけではなく、外部の目でも無駄を指摘してもらえるようにしたいと思っています。厚生労働省は専門家派遣のスキームを組んでいて、自治体から手を挙げて要請することも可能。今年度も上司に提案したのですが、どうしても通常業務が多忙すぎて実現しませんでした。それでもめげずに提案を続けていきたいと思います」(岸本さん)

「やる気に不可能なし!」を信じて

当の同前さんを取り巻く環境もがらりと変わった。現在は事業推進課プロジェクト係⻑となり、他部署との連携で新しい事業の創出や、広報業務の改⾰に取り組んでいる。

また、オンラインコミュニティでの講演や業務改善系の書籍の執筆、県内外の⾃治体職員が集まるOFFJT合宿の主催など、市役所の外でも活動の場を大きく広げている。中でも、同前さんに触発された先輩がはじめた「空き店舗の多い地元商店街を復活させよう」という活動には、共同代表を務めるほど入れ込んでいるという。

「困っている人がいたら手助けしたいというだけなんです。目の前の川で誰かが溺れていたら、迷わず助けようとしますよね? 下水道事業のことも一緒です。問題を放置しておけば、負担を背負うのは次世代の人たち。それが分かっているのに、何もしないわけにはいきませんでした。

私は、若い頃に働いていた建設会社で出会った『やる気に不可能なし!』という言葉を今も信じています。前例主義の象徴に思われるような役所だって、実際に変わっていけるんです」(同前さん)

ひと言ひと言を丁寧に話すその語りは、全国の悩める自治体職員への、強くあたたかいエールに感じた。

(WRITING:大水崇史)

※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。

第9回(2022年度)の受賞取り組み