上司を自分で選べるようにしたら、若手社員が自律した。「上司ガチャ」による退職を阻止するために「上司選択制度」を導入
さくら構造株式会社
上司を自分で選べるようにしたら、若手社員が自律した。「上司ガチャ」による退職を阻止するために「上司選択制度」を導入
さくら構造株式会社さくら構造株式会社は、「構造設計」を主力事業とし、全国に展開している企業だ。構造設計とは、建物の土台や骨組みが荷重に耐えられるよう、建築基準法に基づく安全性能を満たしながら、かつ経済的に設計すること。地震大国日本において、その役割はとても大きい。
そして、役割が大きいぶん、専門性の高い仕事でもある。大学や専門学校で学んだ人が、すぐに設計現場で活躍できるかといったら、そんな甘いものではない。活躍できるまでには、血の通った現場で先輩や上司からたくさん学び、技術を習得する、経験値を増やす——と、とにかく時間がかかる。
ところが、共に過ごす時間が密なぶん、「先輩や上司とのミスマッチ」が若手社員の⼤きなストレスとなり、辞めてしまうというケースも少なくなかった。せっかく入社した若手社員が抜けるのは、会社としては貴重な財産を手放すのと同じことだった。
「構造設計という業界は、良くも悪くも職人気質。しかし、これまでの常識を引きずっていてはやっていけない時代になったと思っています。なにより、若手が入ってきては抜けていく状態で、会社を存続できるはずがありません。教えるべきことをしっかりと教え、一方でサポートすべきところはしっかりとサポートする。そのための仕組み作りが急務だと考えました」
そう語るのは、代表取締役の田中 真一さん。この課題を解決するため導入したのが、社員が自分の上司を自分で選ぶ「上司選択制度」という奥の手の人事だった。
上司選択制度の運用において最も重要なのは、上司となる管理職・班長のパーソナリティをしっかりと理解してもらうことに他ならない。それを行わなければ、単なる⼈気投票になり下がると危惧したからだ。
そこでまず、班長一人ひとりの「能⼒・性格・特徴」などを網羅した、一人あたり5〜6ページにもわたる「班⻑活⽤マニュアル」を作成し、余すところなく社員に公開。文面では、「管理職・班⻑にはそれぞれ得⼿不得⼿はあるが、⾼い技術⼒を持ち会社に収益をもたらしてくれる重要な存在であること」、「指導が厳しい班⻑も、その指導が部下の成⻑につながること」などをありのままに記載した。社員にはこれを理解した上で志望を出してもらうのだ。
上司選択というと、ミスマッチの原因が上司だけにあると言っているようにも思えるが、田中さんの考えはそうではない。
「上司だけに原因を求めたわけではありません。そもそも、人間の相性はさまざまです。上司と部下の性格が合わないという問題は、今に限らず、時代も世代も超えて常にあることです。上司も完璧な人間ではないから、コミュニケーションがうまく取れなかったり、うまく仕事を教えられなかったりということだってあります。ただ、そうはいっても、会社という組織は存在し、組織が動かなければ事は成しえません。その前提で、会社としてできるのは、上司を選択できるという、あくまで『手段』であり『権利』を、社員に提供するということだと考えたのです。ですから、社員にも『自分で選んだ』という自覚と責任を持ってもらいます」(田中さん)
一方で、上司選択制度にはミスマッチの解消の他に、もう一つの狙いもある。それは社員の成⻑の促進だ。
「班⻑活⽤マニュアル」には、各人の得意分野や技術も記載されています。例えば社員が「〇〇の分野を極めたい」という志望をもっていたら、〇〇分野のプロフェッショナルである人を上司に選べばよい。また、「〇〇分野は経験したから、次は△△分野を学びたい」という志望が出てきたら、今度は△△分野に詳しい上司を選べばよい。そこで学ぶことにストレスなく集中できたら、相乗効果で成長スピードもかなり速まるだろう、ということだ。
社員にしてみれば⾃分の志望どおりキャリアアップでき、上司にとっても得意分野の継承者を育成できる、お互いにとって嬉しいことばかりなのである。
運用としては、3⽉に入社2年目以降の全社員から⼀緒に働きたい上司を選ぶアンケートを実施。実際には、制度導入後に計8人が異動を実現した。その成果について田中さんは、「上司を自分で選ぶことによって、社員の中には責任感が芽生え、上司に対する愚痴はほとんど聞かれなくなりました。でもそれ以上に、社員一人ひとりが班長の弱みを自主的にフォローしようという動きがでるようになったのが嬉しかったですね」と、目を細める。
実際のところ、制度を活用する側となった社員と、制度を受け入れる側となった上司の双方は、どのように感じているのだろうか。一部ではあるが彼らの声をお届けしよう。
まずは社員側。
「今は構造の計算担当をしていて、それが得意な上司の下で技術習得に邁進していますが、将来はマネジメント側に進んでいきたい考えもあります。なので、今の技術を習得したその次は、マネジメントに強いあの上司がいいな、と既に見当を付けはじめています」(入社5年目/門田 太陽人さん)
「私は今年の新卒なので、まだ制度を使っているわけではないのですが、この制度に魅力を感じ入社した部分もあります。この制度をフル活用して、一人の上司からだけではなく、さまざまな上司から得意分野を効率的に吸収したいですね」(2022年4月入社/恒川 知諒さん)
続いて上司側。
「正直はじめは、班⻑活⽤マニュアルに載った自分の評価に『×』が付いた項目があったのは、ショックなところもありました。でも、個々の得意を最大限に活かすという方針に納得したので、今はもう苦手なものは苦手だとメンバーにもオープンに言えてスッキリしています。それに、『×』があるのは私だけじゃありませんからね。私の班は13人の大所帯なんですが、メンバーには『正直一人じゃ見切れない』とはっきり言っています。そうしたら、中堅社員たちが率先してフォローしてくれるようになったんです。技術などは仲間がフォローしあうけど、何かあったときの責任は自分が取る。その自覚が、私も含めて強まった気がしますね」(班長/山本 健介さん)
「この取り組みが始まることについては、私は特になんとも思わなかったですね。部下に選ばなければ自分に原因があるわけだし、そこはちゃんと受け入れなければいけません。できることをやって、それでもダメなら向いていないということ。そもそも、評価は自分でするものじゃないと思いますから、私も含め班長は自分自身を見直すよい機会にもなったんじゃないかなと思います」(班長/山田 恵一さん)
第三者からすると「反発も大きかったのではないか」と考えがちだが——。
「もちろん一部からはありましたよ。でも、会社の健康診断だと捉えれば、こういったことが必要なんだと理解してくれたんだと思います」(田中さん)
実は、この制度を導入したことで、ある班長のもとには人が集まらず、班そのものが消滅してしまう出来事もあったのだという。
「こういったことも想定はしていました。でもその時は、班長に任命した自分の人事を反省しました。本人も落ち込んでいましたが、ただこれは、単に『マネジメントに向いているか、いないか』だけの問題。彼の普段の仕事ぶりを否定することではないので、彼には今後、スペシャリストとして一層邁進していこうと伝えました。彼に限らず、評価全部が『◎』になることはありません。できないことがあっても仕方がないんです。パーフェクトな人間なんていないんですから」(田中さん)
一般的な会社で、社員が相性の問題で異動したいと言えば、ただのワガママだと言われるのがおちだ。苦手な上司と関わることで成長することもある、と諭されることも少なくないだろう。しかし、思い切ってそのワガママを許容する方向に舵を切った田中さん。最後にこう結んでくれた。
「ある選択肢から物事を選ぶときには、必ずメリットとデメリットが存在します。その両面を見て、自分で判断するのが上司選択制度です。苦手な人とコミュニケーションを取ることが人間力を鍛えるために重要だという大人たちもいるでしょう。
でも、それは選択肢を用意できない大人が、若者に都合よく強制するための方便の側面があると考えています。苦手な人とコミュニケーションを取ることが、極端にストレスになる人がいますが、その弱みをさくら構造は許容しています。その分、別の強みを発揮して活躍してくれればいい。——未来を予測するのが難しくなった現代において、ひとつの選択肢を押し付けても、それが社員の幸福につながるとは限りません。だから私たちができることは、判断が短絡的にならないよう俯瞰的な情報開示を行って、なるべく多くの選択肢を用意し、社員が自ら選択できる環境を作り出すことで、未来ある若者が潰れてしまわないようにしたいんです」(田中さん)
笑顔の中にも、決意と覚悟を秘めた眼差しが、そこにあった。
(WRITING:大水崇史)
※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。
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