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あらゆるボーダーが消えていくネット社会のグローバリゼーション【前編】
出井伸之×石井裕 日本からは見えていない世界の視点
Apple、Twitter、Facebook etc. 世の中を大きく動かすビジネスやサービスは、いまやほとんどが海外発だ。どうしてこうなったのか。今、世界で起きていること。日本に見えていない世界の視点を元ソニーCEO出井伸之氏とMIT教授石井裕氏が熱く語り合う。
(取材・文/上阪徹 総研スタッフ/宮みゆき 撮影/栗原克己)作成日:12.07.13
国というボーダーはもはや存在しない
出井 伸之氏
クオンタムリープ株式会社
代表取締役ファウンダー&CEO
出井 伸之氏
出井

インターネットが普及して、今はもうあらゆるボーダーがなくなっていますよね。ウェブ上ではもともと境界ってないんですけど、それが企業や個人のリアルな世界にも影響を与えてきています。例えば、最近はもう「外国の企業」とかって概念はないんですけど、日本は相変わらず日本と海外っていう枠を気にしますよね。一番国の枠を気にしているのが、スイスと中国。極端に小さい国と極端に大きい国というのが、面白いんですけど。逆に、グローバル企業に勤めている人には、国の概念そのものがない。

石井

そうですね。一番困るのは、アメリカに比べて「日本は」「日本人は」もっとこうしなきゃいけない、という議論。いまや突出した個人もいて、ネットの時代になって、スペクトラム(周波数帯域)が広がっている。それなのに、先入観や偏見で平均的な日本の話をする。それ自体が、闘う前から自分を萎えさせてしまっている気がします。「日本は」「世界は」というありもしないくくりでもって、平均的に論じることは極めて危険です。

出井

政治家の仕事は、基本的に国単位で考えているんです。あとは官僚も。これだけボーダーレスになっている時代に、そのボーダーに引きずられてしまっているから、おかしくなる。

石井

MITのメディアラボ所長と副所長が日本人になったのはすごい、なんて言われ方もしたんですが、そうじゃなくて、伊藤穰一も「たまたま日本人だった」のに過ぎないんです。そもそも僕に言わせれば、伊藤穰一は宇宙人なんですけどね(笑)。

出井

住んでいる場所は世界のあちこちにありますしね。

石井

僕自身、もちろん日本人であることに誇りを持っています。京都の禅寺の美学は本当にすごいと思いますし、知らないうちに自分のデザインも影響を受けていたりする部分もある。でも、それは日本だけの問題じゃなくて、世界が共鳴する何か普遍的な美意識があるわけです。だったらそれをもっと広めたり、いろんな形にトランスレートすることこそ必要です。日本対アメリカみたいな対極で考えるのは、本当にナンセンス。

さらに、どうもその手の会話は、最初から答えを持っているフシがある。日本人はどうも創造性が乏しいのではないか、と。昔ならメモリは量産できても、オリジナルのCPUはデザインできないのではないか、などと言われた。でも、そんなことはないわけです。セルプロセッサなど、とんでもないものをつくっているわけですね。そういう思い込みは、ある意味で頭に銃弾を撃ち込んでいるようなものです。各個人の突出した個人の可能性は無限です。出る杭をどんどん伸ばすような発言をしなくちゃいけない。

仕事の境界がソフトウェアによって消されていく
石井

あと実は、ITとテレビの境界ももうないんですね。MITに来ると8割の人がテレビを持っていない。でも、今のアジアの会社はテレビが大事だという。親の時代はそうかもしれませんが、今やテレビは機能要素に還元され、そしてネット世界で、全く新しい形にソフト的に再構成されている。すべてが要素に還元されるカルチャーのシフトを経験して、自分の専門性を変えていく。要するに、電気でやってきたから電気でやりたい、機械工学でやってきたから機械工学でやりたい、それじゃ手段と目的を混同している。そういうのではなくて、ソフトでやってしまえばはるかにいいのだから、全部プログラムにしようというのが本当はあるべき姿なんです。でも、これまでやってきたことがあるから、なかなかすぐに変えられない。

出井

全くその通りです。エレクトロニクス産業の世界では、もともと電気のエンジニアとメカのエンジニアは、考え方がまるで違いました。電気屋は、9回裏、2死満塁ホームランで勝つ、みたいなことを考えている。オプティミスティックなんです。ところがメカ屋の場合は、プログラムと似ていて、どんどんつくってきちゃったらもう変えられない、みたいなところがある。僕はどっちでもないから様子を見ていると、間に今度はソフトが入って来たわけですね。そうすると、ソフトの仕様を誰が決めるか、ということになってきた。

基本的にソニーは電気が主体でしたけど、自動車メーカーに行けばメカ主体でしょう。だから会社によって違う。でも、ソニーの場合は、考え方が似ているみたいだから、とメカの人をずいぶんソフトにコンバートした。それで、ソフトが得意になった。それで、ソフトというか半導体の中にどんどん部品が吸い込まれていって、部品が減って。ものすごい勢いで、メカが半導体の中に吸い込まれていった。ボールベアリングもモーターも、今やハードディスクドライブもなくなってしまった。

石井 裕氏
マサチューセッツ工科大学(MIT)
メディアラボ教授
石井 裕氏
石井

AppleのLisaを初めて見たときは、シリアルポートの制御をここまでソフトウェアでできるのかと感動しました。最近ではソフトウェアに加えて3Dプリンタがでてきて、誰でもプロトタイプがつくれる、というパーソナルファブの時代に入ってきました。さらにそれが民生化されて、家でコーヒーを飲みながら自分の好きなプロトタイプがつくれる、というようにすらなってきています。

出井

そう、ボーダーがなくなってきているんですよ。職種だって、昔はきれいに分かれていたけれど、今は違う。デザインという機能は、昔はアートだったけれど、今はエンジニアリングでしょう。その意味では、デザイナーとエンジニアの差もない。コンピュータの進化もあって、エンジニアが、設計からデザインに寄ってきている。実は僕は、「この流れはどこかで止めろ」と言っていたんですけどね。そうじゃないと、下請けになるぞ、と。仕事の区別が昔とまったく違ってきて区別がないんです。これもコンピュータの進歩でしょう。人間そのものが変わってしまった。

石井

その意味でソニーがすごいと思ったのは、クリエイティブセンターのデザイナー達は強烈な【美学】を持っていること。アーティストであること。

出井

僕は、ブランドはアートだと思っていたんです。それがデザインだと思ったときに、ダメになってしまう。ブランドをつくるための宣伝、みたいな発想になる。それではダメなんです。

原点となるような発想やアイデアが日本にはあった
石井

これから必要になるのは、新しいエコシステムだと思うのです、単なるプロダクトではなく、ソフトも超えたフローを創らなければいけなかった。でも、エンジニアリング、もっといえばモノやデバイスにあまりに目がいってしまって、気が付くと上流のほうは、みんな持っていかれてしまった。

出井

昔はモノそのものがあれば、すごいだろう、と言えたものが、これが単なる入り口になっちゃったんですね。そこに気付けなかったから、気付いたアップルにかなわなくなってしまった。

石井

僕は蛇口というメタファーを使っているんですが、今、人々が持っているデバイスは要するに蛇口に過ぎないのです。どこに情報が吸い上がっていくか、どこに水源があって、どう流れて、どこから取り出せるのか。そこを考えないといけない時代になっている。

出井

先日、昔のソニーのメンバーとお酒を飲んでいて、ふと話題になったんですが、YouTubeとか全部、昔のソニーに原点となるような発想やアイデアはあったのです。問題は、それがどうしてできなかったのか、ということです。

石井

確かに悔しいですね。モノ=蛇口は、入出力機能に過ぎない。これから注目すべきなのは、流水としての情報の循環系=エコシステムだと思っています。例えば、写真をアップする。共有という楽しみもあるわけですが、実は自分が死んだ後も写真は残るわけですね。エステートプランニングというか、遺言やお墓に関わってくる。これはものすごいビジネスになると思います。蛇口からクラウドへ情報をアップすると、世界と、そして未来の人類と共有できるという全く新しい可能性が拡がってくる。

出井

それはよくわかります。盛田さん、井深さん、大賀さんという創業者たちを見送って、総務の人から「次は出井さんですが、何をしますか」と聞くから、僕は言ったんです。ネット上でやって、クリックしてもらおう、香典も電子マネーで送ってもらおう、と(笑)。半分冗談でしたが、技術的には不可能ではない。これからの世の中は、それくらい変わるはずだと思いますね。

石井

Twitterのbotには、盛田さん含め、亡くなられた方のものが結構ありますね。勝手にマニアがやっているのかもしれません。僕自身がフォローしているアカウントの大部分が、実は死んだ詩人のbotです。突然「私はその日人生に、 椅子を失くした」なんて中原中也の言葉が飛び込んできたりする。

人にどんなことができるのか、ということを考えないと
石井

実は亡き母が、すいぶん短歌を遺しまして、彼女のTwitterアカウントを作って、歌を流し始めたら、母の命日に墓前(Twitter)にお花が届いたのです。私のフォロワーの方から。これにはかなりショックを受けました。母は、ネット上で生きていたんだ、と。僕も、そんなふうにbotが自分より長く生きてくれるようになったらうれしい。自分が死んだ後も、自分の思想を世界に向けてつぶやき続けてくれる。こんなサービスがあったら、いくらでも払いたいという人は、少なくないんじゃないかと思っています。

出井

実はネット上にお墓をつくるサービスは、テレビ局と研究したことがあるんですよ。結局、人間って忘れていくでしょう。それを思い出す仕組みをつくる。ひ孫がおじいちゃんを思い出したら、チャリンとおこづかいが入るとか(笑)。ビジネスになり得ると思いますね。

石井

個人的なものでなくても、いろんなバージョンがあっていいですよね。東日本大震災では、「ここより下に家を建てるな」という石碑があったのに、無視してしまった。それは人類の悲しい部分でもある。だから、何度もつぶやき続けてもらう。チャーチルはこう言っています。「人間が歴史から学んだことは、歴史から何も学んでないということだ」と。

出井

時間と空間を越えるということですね。

石井

例えば、パリのルーブル美術館に行ったときに、自分のひいおじいちゃんや、亡くなった恩師が、同じ場所にたたずんでどんなことを思ったか、彼らのツイートをひもとける。そんなサービスがあったらどうか。またガウディの建物について、世界中の建築家や写真家が、思いをみんな綴っている。それを共有する。クラウドとソーシャルメディア、それを使ってどんな価値を見いだせるのか。情報流水が還流するエコシステムの中で、どんなものが創造できるのか。今はそういうことを学生と徹底的に議論しています。

出井

人にどんなことができるか、ということを考えないと、いつまでも高価なハードウェアをつくり続けてしまう。でも、得意なハードウェアから考えることもできると思います。これはソニーの人にも言っていますが、シンプルな発想としては、ハードを2つ持った人が相乗的に役に立つようなことはできないか、と。例えば今、スマホがあるでしょう。テレビがあって、パソコンがあって、タブレットPCがある。これらは全然、関連していないわけです。関連して価値を生んでいくような仕組みをインプリメントすることはできないだろうか、と。ハードから考えてもいいと思う。

今の10代と同じような空気を吸っているのか
出井

日本では、企業も人も、実はITの進歩を確実に自分の身の中に経験していないんじゃないか、という気がしています。

石井

おっしゃる通りです。恐ろしいことですが、鎖国しているとしか、僕には思えない。セキュリティや、人間の性悪説から来る不安から、安全を考えるばかりに会社も個人も本当のインターネットサービスをほとんど使っていない。もちろん守秘義務のあることをTwitterでつぶやいてはいけないのは当たり前ですが、ソーシャルメディア含め、ほとんどの Web 2.0 サービスの会社での利用禁止を行っているような現状では進化のスピードについていけるはずがない。

出井

瞬間的に切り替わっていきますからね。

石井

TwitterでもFacebookでもWi-Fiでも、慣れてしまうと、ないと酸素が切れたみたいに息苦しくなります。プライベートでも個人でも。今のMITの18歳、19歳の学生たちもそうだし、日本の学生たちだってそうです。そういう人たちがマーケットの主流になるわけですね。なのに、そういう人たちと同じような空気を吸わずに、新しいサービスなんて開発できるはずがない。

それこそ、自分で突き刺さるようなつぶやきをして、たくさんリツイートをもらって、どんなメッセージが人の心に共鳴するのか、実験的にやってみるべき。クリエイティブに使いこなして、Twitterの創始者も考えつかなかった、新しい価値をそこに生み出すくらいの意識がないと。そうなれば当然、最低でもTwitterはやってないといけない。

出井

Twitterって、まだ個人が勝手につぶやいているものだ、と思っている人がいますからね。

石井

実はこんなに計量的に測れるマーケティングの方法はないと思っています。宣伝といえば、昔は新聞やテレビなどのマスメディア、企業のWebだった。ところが今はどんどんソーシャルメディアに移っている。こんなに大事なバトルフィールドなのに、大企業でTwitterをやっている人はほとんどいない。フォローしている人も少ない。

出井

自己増殖をしていく、という機能に関して、理解があまりになさすぎますね。これは、i-modeの影響も大きいと思う。携帯でi-modeを使ってネットを使っている気になっていたけど、クローズドなんですよね、あれは。映像サービスの「アクトビラ」は、まさにテレビのi-modeでしょう。わざわざ訪れないといけない。オープンじゃないわけです。それこそブラウズよりまだ狭い。だから、そういうものをつくってしまう国民性がまだまだあるわけです。ただ、おっしゃる通り、年代で変わると思いますね。

石井

オープンにすれば、面白い人と出会えますから。インティメートなコミュニティがどんどんつくれる。とんでもない発見がいっぱいある。僕もTwitterを通して素晴らしい方々と知り合い、さらに東京でのオフ会で語り合い、知的刺激をいっぱいいただきました。

出井

僕もTwitterでずいぶん友達ができました。面白いですよね。「僕の夢は21世紀のアイデアをつくることなんだけど」なんてなかなか返答しにくいつぶやきにも返信がくる。出井さんのアイデアとはどういう意味ですか、こんなことでしょうか、と言ってきたりする。意外にイケる若者はいるな、と思っていますよ。それこそ経歴を問うよりも、こっちで人を採用した人が面白いかもしれない。

石井

確かに企業としてはリスクがあるかもしれませんが、Twitterに代表されるメディアをきちんと体験的に理解せずに次のビジネスはつくれないと思います。お客さまはそこで生活しているんですよ。声や不満、批判もそこで上がるんですよ。それに慣れないといけない。あらゆるものに毒があってリスクがあるのに、完璧な安全を求めるのはおかしい。

通信関係でも、品質を保証するという大義名分で、集中コントロールのネットワークにこだわってきたために、Skypeにも、Google Docsにもおいしいところを持っていかれてしまった。絶対品質を保証するというドグマがある。自分でコントロールしなくちゃいけないという思い込みがある。そうじゃなくて、オープンで、それなりでいいじゃないというルーズさが、もっとあっていい。

今のサービスの限界がわからないのに、次がつくれるのか
出井

僕はFacebookも使っています。実名は危険だとか言う人もいましたが、僕はこの先がどうなるだろうと考えるのが好きなんですよ。だから、Facebookを使う。使わないと、限界もわからないじゃないですか。Twitterには無責任性があって、Facebookだとそれはかなり限定されるけれど、どういう人にシェアされるかわからないという怖さもありますよね。でも、そういうことを知った上で初めて、TwitterとFacebookの次、その2つを越えるものがつくれるのではないかと思うんです。

「アラブの春」という言葉が喧伝されましたけど、あれは情報はつながったけれど、文化はつながっていない。重いものを動かすには、文化がないといけない。その意味では、さきほどの石井さんの短歌の話は面白かったですね。

石井

今はみんな忙しくてアテンションスパンが短い。でも、詩人や哲学者の言葉がツイッターボットを介して突然降ってくることによって、リマインドされる、刺激される。ある意味、いいインタラクションです。僕自身、知的な訓練をするとき、例えば電車に飛び乗ったときに、中吊り広告の言葉を記憶し、そこに込められた「意味」を解釈する努力をする。すべては必然だと思うから。それが、訓練になる。メタファーをエンジンとしてあらゆる現象を意味解釈し、その結果を百四十字に凝縮し発信する事を、日々の知的訓練としています。最近は四文字熟語が好きなんですが、短歌も本当に凝縮の文化ですから。

出井

短歌って、日本のキーワード検索みたいですものね。

石井

Twitterをやっていて一番うれしいのは、日本の俳句や短歌の文化のありがたみですね。言葉に凝縮することの大切さ。だから、僕のツイートもどんどん俳句や四文字熟語になっているんです(笑)。

出井

短いのは、いいですよね。僕が一番嫌いなのは、日本のメーカーの取扱説明書なんですよ。長くて分厚い。ないとお客さまが怒る、と言うけれど、Apple製品にはないし、ピアノにだって、ドライバーにだってない。あの取扱説明書が、逃げや言い訳の元凶をつくっている気がする。つまらないことを並列に書いて。今どき、デジカメを初めて買う人なんていないのに延々と使い方が書いてあったり。知りたいのは、ほかと何が違うのか、でしょう。

レストランに行くと最近、「何か苦手なものはございませんか」と聞かれるんですよ。あれにも腹が立ちます。そんなの自己責任でいいじゃないですか。何かあったときに、後から「ほら言ったでしょ」と言い訳するためだけの言葉に聞こえる。もっと、客を信頼していいし、すべきだと思う。お役所がやりそうなことです。

石井

これは僕のツイートで大ヒットしたんですが、そのコンテクストでこんな話があります。僕も聞かれたんです。東京の某レストランで「何か苦手なものはございますか」と。それで思わず、こう答えちゃったんです。「苦手なもの?ウインドウズです」と(笑)。

<後編(8/1(水)公開)に続く>

クオンタムリープ株式会社 代表取締役ファウンダー&CEO 出井 伸之氏

1937年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。60年、ソニー入社。外国部に配属。2度のスイス赴任の後、68年にフランス赴任、ソニーフランス設立に従事。オーディオ事業本部長、89年取締役を経て、95年から2005年まで社長、会長兼グループCEO。エレクトロニクス、ゲーム、音楽、映画、保険、金融等の事業領域を持つグローバル企業へと成長したソニーを変革する。06年、クオンタムリープ設立、ファウンダー&CEOに就任。12年、NPO法人アジア・イノベーターズ・イニシアティブ設立。アクセンチュアのアドバイザリーボード、百度の社外取締役、フリービットの社外取締役なども務めている。多彩な趣味でも知られ、ゴルフ、オペラ、ワインなどを嗜む。近著に『日本進化論』。

マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ教授 石井 裕氏

1956年生まれ。北海道大学大学院修士課程修了。1980年電電公社(現NTT)入社。86年〜87年、西ドイツのGMD研究所客員研究員。88年よりNTTヒューマンインターフェース研究所で、CSCWグループウェアの研究に従事。92年工学博士。CSCW、CHIなどの国際会議の常連となる。93年から1年間、トロント大学客員教授。95年マサチューセッツ工科大学準教授。メディアラボ日本人初のファカルティ・メンバーとなる。2006年、国際学会のCHI(コンピュータ・ヒューマン・インターフェース)より、長年にわたる功績と研究の世界的な影響力が評価されCHIアカデミーを受賞。現在、Jerome B. Wiesner Professor of Media Arts and Sciences, およびMITメディアラボ副所長。

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