プロ論。

なぜ、あの人はいい仕事ができるのか。 第一線で活躍する人物の「こだわりの仕事術」を紹介します。 商品に必要なのは、ワクワク感。それが付加価値となり、ヒットを生むんです 鈴木喬さん(エステー株式会社 代表執行役会長(CEO))
すずき・たかし●1935年、東京生まれ。東京都立新宿高等学校を経て、59年一橋大学商学部卒業。父と兄がエステー化学工業(株)を設立していたが、「もっと広い世界で活躍したい」と日本生命に入社。年間契約高1兆円以上のトップ営業として活躍した。85年にエステーに出向。企画部長や営業本部首都圏営業統括部長などを経て、98年に社長就任。「消臭ポット」「消臭力」「脱臭炭」「米唐番」などヒットを連発。2005年には創業以来最高の純利益18億円を達成。07年社長を退任し会長に就任。しかし、09年にはリーマン・ショック後の危機を打開するため社長復帰。現在は代表執行役会長を務める。
2013年3月6日

東日本大震災で自粛ムードが流れる中、
ミゲル君がリスボンで歌う
「消臭力」のCMが話題になった。
そのとき、経営トップはどんな思いだったのか。
エステーの鈴木会長に聞く。

社内から反対された「消臭力」のCM

社内からは反対されましたよ。東日本大震災で工場が被災して商品がない状態なのに、何でCMを作るんだって。でも、僕は絶対にやろうと。

僕が10歳の時、戦争で家が燃えてね。今回の震災でそれを思い出した。このままでは日本中の人が下を向いてしまうんじゃないか。若い人の人生がダメになってしまうんじゃないかと、心配になったんです。

だから、エールを送りたいと思って急きょCMを作りました。アイディアを考えたのは宣伝部長の鹿毛です。彼には「絆」とか「がんばろう」とか、そういうベタな言葉は使うなとだけ、言いました。精一杯、心を込めて、だけど、これまで皆さんに愛されてきたCMと同じように、くすっと笑えるものにしろと。

そうしたら、鹿毛が新しいCMの企画書を持ってきたんです。撮影場所がリスボンだっていうから、「よくやった。いいところを思いついたな」とほめたら、彼はきょとんとしている。リスボンは、1755年の大地震で津波に見舞われた場所なんです。でも鹿毛はそれを知らなかった。「ゲーテを読んでいないのか」と言ったんですけどね。MBAを持っていても、そういうことを知らないんだから、驚いちゃうよ。

僕は普段、自社のCMを放送前に見ないし絵コンテも見ない。実際にテレビで流れるタイミングでCMを見るだけ。このときもそうしたんだけど、さすがに緊張しました。震災から1カ月経っていたけど、流れているのはACだけ。万一バッシングが起こったら、と内心ドキドキだった。でも、実際に流れているCMを見た時、ほっとしました。歌を聴いていると、霧が晴れたような気持ちになった。なんだか元気になった。採算度外視で作ったCMだったけど、日本が少し元気になれるのなら、やってよかったと。本当にそのときはそれだけだったんです。

でも、神様はいたんですね。なんと「消臭力」の売り上げが2割伸びたんです。初めは「作っても意味がない」って、営業に怒られたけど、結果的には増産を重ねることができたんです。

未来は誰にもわからない。だからニーズは考えない

不況で大変だとか、就職難だとか言うでしょう? 「100年に一度の大不況」だなんて言われ方もする。でも僕にしてみたら、今の状態が普通だ。

僕らが若いころは戦後の混乱期で、もっとひどかった。仕事選びどころか、仕事そのものがほとんどなかったんです。食べるものにも困って、家もなくて。みんなが苦労した時代でした。

それに比べたら、今なんか全然いい方だと思う。それなのに今の企業社会はまるで元気がない。僕に言わせると経営者が悪いよ。経営者に必要なのは、「運」と「勘」と「度胸」。何があっても、ドンと構えてなければならない。腹をくくって取り組めばどんな状況だってなんとかなるのに、時代のせいにして考えるのをやめてしまっている。そんなことでは、どんな時代だって生き残ってはいけませんよ。

僕はいつも、企業は「グローバル・ニッチ・ナンバーワン」でなければならないと言っています。そのために必要なのが、イノベーションを起こすような優れたアイディアです。ニーズをどうつかむか、って、必死になっている人が多いけれど、ニーズなんて考えたって分からないもの。だって、未来は誰も教えてくれないんだから。部下がマーケティングと称して市場調査を持ってくるけど、そんなのいくら最新のものだって、しょせんは過去の話でしょ。当てになんかならない。じゃあ、イノベーションには何が必要なのかというと、「妄想と確信」なんです。「これは世の中に絶対必要なんだ」というトップの思い込みが、イノベーションを生むんです。

難しいのは、そのトップの思い込みをどう社員全体に刷り込むか。特に、「営業部隊にいかに思い込みを浸透させていくか」はとても重要です。日用品の営業は、陣取り合戦みたいなもの。いい棚をいかに確保できるかで売り上げが大きく変わってくるんです。だから何が何でも営業部隊にはモチベーションをあげてもらわなければならない。僕はそのためだったら、何でもやりますよ。

僕は、社長に就任してすぐ、経営を立て直すために「新商品をひとつに絞る」「商品の数を860から280にする」といった大改革をしました。そのたった一つしかない新商品が「消臭ポット」だった。発売のときは、「年間販売目標1000万個」というとんでもない数字を打ち立てた。だから、絶対に負けられない戦いだったんです。全国の営業所を回って「俺が言うのだから、絶対に売れる!」と毎日激励しました。「朝起きたら枕元に女神が出てきて、消臭ポットでエステーは救われる、とお告げがあった」なんて朝礼で言ったりね。もちろんお告げなんてありませんよ。大ボラだけど、社員があきれるくらいでちょうどいい。

営業部隊に任せっきりにはできないから、自分も全国の販売店を回れるだけ回った。そのとき「絶対売れる、絶対売れる」って、何度も自分に言い聞かせてね。ホラでもはったりでもいいんです。ホラも本気になれば、現実になるんですから。

できる営業は、しゃべらないで、しゃべらせる

リーダーは、部下が「それはとてもできない」というようなことをやらなければダメ。私がエステーの営業部長に就任したころ、防虫剤は国内トップシェアだったけど、首都圏だけが弱かった。そこで、首都圏のトップシェアをとるために、卸だけではく、小売りの社長にも会いに行きました。「私を男にしてください。今までの2倍、いや3倍は売ってください」なんて言って、その場で土下座したこともある。そこまですると、相手は驚いて、話を聞いてくれます。なかなか商品を入れてくれない店の前を毎日毎日掃除したこともあったなあ。向こうも気味悪がって、「まあ、店に入って…」となる。それでウソ泣きしたり(笑)。リーダー自ら本気を見せると、部下はついてくる。やって見せるのがいちばんなんですよ。

僕はよく部下に「お客様のところに連れて行ってほしい」と言うんです。それで、いちばん難しい担当者のところに一緒に行きます。部下の目の前で難攻不落な担当者を落としてみせるんです。コツは、「事前準備」です。営業に行く前に、徹底的に相手のことを調べます。「得意なこと」「好きなこと」「休日の過ごし方」「家族構成」など、何でもいい。相手が今、一番興味を持っていることを調べ上げるんです。哲学が好きな人だったら、「仏教哲学について話がしたい」と言って、会っていただく。そしてお会いできたら「さすが、お話が深いですね」と相手をほめる。すると向こうは喜んでどんどんしゃべり出す。

できる営業は、話さないんです。じっと相手の話を聞くんです。商品説明なんてしなくていい。さんざん相手にしゃべらせていると、しばらくして「しゃべり過ぎて申し訳ないな」と思うようになる。そしたらしめたもの。もっと言うと、家族の悩みなんかを話し出したら最高です。こっちに秘密を握られたわけでしょ?その会社の商品を買わないわけにはいかなくなるんです(笑)。


鈴木会長は、
斬新な改革とアイディアマンで有名だ。
バブル崩壊後、役員の数を半分に、
5つあった工場を3つに減らした。
時代に合わない定番商品を捨て、
社長自ら発案した「消臭ポット」がヒットし、
2005年には過去最高益を記録した

聞いてわかる、見てわかる、使ってわかる

いい商品なのに売れないっていう人がいるけど、日用品は物がよくて当たり前。だから、そんなのは勝負にならない。

僕は「聞いてわかる、見てわかる、使ってわかる」この3つを大事にしなさい、とよく言います。「聞いてわかる」のは、ネーミング。「米当番」という商品は、米びつに入れる防虫剤だけど、どんな商品か連想できるでしょ? 使ってわかるは、品質のいい商品を作ること。見てわかるは「効き目が見てわかる」ということ。「ムシューダ」は使って1年経つと、「おわり」という言葉が出てきて、取り換えの時期がわかるようになっています。すると「おお、1年経ったんだ」と。そこには感動が生まれます。

「商品に、期待以上のワクワク感、ドキドキ感がある」ということはとても大切なんです。ワクワク感は付加価値です。付加価値のある商品は、価格競争に巻き込まれない。価格競争に突入した企業は、おかしくなっていきます。不景気でも強い企業は、商品に付加価値をつけられる企業なんです。

生き残る人は、体力がある人。だからよく眠るといい

では、厳しい時代でも活躍できる人はどういう人か。それは体力がある人です。丈夫なやつが最後に笑う。僕は日本生命にいたころから、どんなに忙しくても残業しませんでした。17時には帰っていましたよ。だらだらと仕事をしたくなかったから。遅くともせいぜい19時。前の晩にやることを決めてしまうんですよ。それで朝会社に行ったら、そのリストを見て、わき目もふらず集中して一気に終わらせる。どんな案件も自分でちゃっちゃか、決めてしまう。高度成長期にそんなのは珍しかったけど、僕は入社当時から、上司の言うことを全く聞かなかったから(笑)。

なかには「とんでもないやろうだ」なんて言う人もいたけど、そんなの全然気にしない。当時は、部下が多いことがステイタスシンボルだった時代だったけど、部下が多いと手間がかかるから、10人いた部下を5人にした。それでも十分業績はあげられるんです。コツは簡単。仕事にとりかかる前に、その仕事の「目的、数値目標、課題、戦略、判定基準、行動計画」の6つを常に考えるようにするんです。そしてそれが決まったら、後は、ひたすら集中です。行動する前にまず、考える。順番を間違えてはいけない。考えないで向こう見ずに取り掛かるから、時間ばっかりかかってしまうんです。

大切なのは、切り替えです。集中して仕事して、空いた時間を有効活用する。休みができたら、山にでも行って体を動かした方がいい。若いころから運動は大事です。そして何もかも忘れてよく眠る。嫌なことも、やらなければならないことも、全部忘れて寝てしまう。1日8時間は眠ったほうがいい。経営者を何年もしていたら、一晩中、寝られないほど苦しい夜もありました。でもね、寝ないとダメ。いい結果は出ません。開き直って寝てしまった方が、英気も養われていい方向に向かうものなんです。

失敗したら、笑って忘れる。学ぼうとしてはダメ

僕はね、失敗したらまず笑うんです。そしてすぐ忘れるようにしています。失敗は山ほどしましたよ。ヒット商品の陰には、山のような失敗作がある。これはダメだったなあと思ったら、わははと笑って、すぐ忘れてしまえばいいんです。ハッタリでもいいですよ。失敗しても元気そうな顔をする。悪いことは耳にしない。失敗からは学べ、なんていうけど、学ばなくてもいいんです。失敗から学ばなくても、頭のどこかに残っています。それだけで十分です。それが積み重なると、失敗が「勘」に変わっていくんです。

勘が備わると、ある程度は失敗を回避できるようになります。話を聞いて「この事業は怪しいな」と思ったら、すぐに退散するとかね。撤退はすごく重要です。「よく成功するまでやり続けなきゃ」なんていう経営者がいるでしょ? そんなのウソっぱち。やってみないとわからないから何でもやってみた方がいいんだけど、やってみてダメだと思ったら、すぐ撤退すること。「見切りをつける」って、すごく大事なんです。

僕はいつも判断は3秒でします。なぜできるのかというと、やっぱり勘なんです。勘は経験から生まれるものではなくて、失敗から生まれます。失敗は本当に大事です。失敗したくない人は、いやというほど失敗したらいい。いやでも勘が働いて助けてくれますよ。

information
『社長は少しバカがいい 乱世を生き抜くリーダーの鉄則』
鈴木喬著

エステーの社長就任後、何度も危機に見舞われるも、独自の理論で乗り切り、最高益を生み出した鈴木会長の痛快経営論。「バカになるのも芸のうち」「成功体験を捨てろ」「経営は博打。人と逆を行け」「常識を疑え」「徹底したリアリストであれ」「大将がにこにこしていれば、たいていはうまくいく」など、これまでの経営本にはない経営理論とトップの本音が語られている。経営者のみならず、いつの時代でも生き残っていけるスキルを持ちたい人、必読の書だ。

EDIT/WRITING
高嶋ちほ子
DESIGN
マグスター
PHOTO
栗原克己

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