【イクボスなき企業に未来はない!】安藤哲也氏と“新米パパ”マネージャーの「目指せ!イクボス」対談

育児や家事と仕事を両立する「イクメン」人口が着実に増加する中で、そういう従業員を理解・応援し、環境整備に注力する「イクボス志向」の男性も増えつつあります。ただ、ロールモデルが少ないだけに、どのように行動すればいいのかと悩む人も多いようです
そこで、NPO法人ファザーリング・ジャパン代表で、自らもイクボス経験を持つ安藤哲也さんにインタビュー。「イクボス」になるための心構えや工夫、コツのほか、これからの日本にイクボスの存在が必要不可欠である理由などを伺いました。

※「イクボス」とは…男性の従業員や部下の育児参加に理解のある経営者や上司(男女含む)のこと。積極的に子育てをする「イクメン」を職場で支援するため、育児休業取得を促すなど、仕事と育児を両立しやすい環境の整備に努めるリーダー。

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NPO法人ファザーリング・ジャパン代表 安藤哲也さん
1962年生まれ、現在3児の父。出版社3社を、書店の店長、NTTドコモ、楽天など9回の転職を経験。2006年に父親の育児参加推進を目的としたNPO法人ファザーリング・ジャパンを立ち上げ、現在は講演や企業向けセミナーなどで活躍。厚生労働省「イクメンプロジェクト推進チーム」、内閣府「男女共同参画推進連携会議」委員などを歴任

聞き手:株式会社リクルートキャリア 下永田真人。1カ月前に父親になったばかりのイクボス候補。マネージャー業を務めながらの家事、育児参加に期待と不安を覚えている。

■「24時間働けますか?」から、働きやすさが評価される時代に

――イクメンだけでなく、「イクボス」という言葉も最近よく耳にするようになりました。なぜ、イクボスが今、重要視されているのでしょうか?

「イクボス」について、最近出てきたような印象を受ける人が多いようですが、今までも日本企業には存在していたのです。ただ、いたけれど評価はされていなかったということ。
 昔、「24時間働けますか?」という言葉が流行りましたが、経済成長著しかった日本においては、がむしゃらに働くタイプの男性が求められていたわけです。しかし、昨今は女性が働くのが当たり前の時代ですし、育児や介護に時間を取られる「制約社員」も増えています。男性ばかりが働いて、女性に家事や育児を任せ切るシステムは、今や通用しなくなっているのです。だからこそ、家事や育児に積極的なイクメンを含め、部下がより働きやすい環境づくりやチームマネジメントができる「イクボス」の存在がクローズアップされ始めたのです。

■イクボスを目指すなら、自分の中にある「古いOS」をバージョンアップせよ

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――イクボスとしての働きが必要とされる一方で、イクボスを目指すことに不安を抱える人もいるようですね。私はマネージャーとして部下を束ねる立場なのですが、先月子供が生まれまして…。本来ならば、自ら仕事と育児を両立し、環境整備に尽力すべきなのでしょうが、両立する自信が正直言ってまだありません。そんな状態で、果たしてイクボスが目指せるのかと。

「変わるのが怖い」のだと思いますよ。今まで仕事中心に頑張ってきて、それなりに評価され昇給もしてきたから、急に早く帰るのは怖いし、部下に「みんなで工夫して18時に帰ろう」というのも仕事が回らなくなりそうで怖い。でも、それって認識の「OS(基本ソフト)」が古いだけなんです。

 女性は、子供を産んだら一気に母としての責任が芽生えるから、OSを最新版にバージョンアップできるけれど、男性は自分で子供を産んだわけではないから、すぐには親になった実感がわかず、なかなかバージョンアップが進まない。だから、いつまで経っても「家事や育児のために早く帰っていいのだろうか…」なんて悩んでいる。考え方がWindows98なんですよ(笑)。男性は自分で意識して考え方を切り替えて、バージョンアップするぞ!と決める必要があります。

 行動を見直し、バージョン変更することで、一時的に成果が落ちる可能性はもちろんあります。会社からの評価が下がるのではないか…と不安に感じる人もいるかもしれません。でも、仕事の集中力が増すことで成果はすぐに上げられるようになりますし、「家庭を重視する働き方を認めてくれた上司や会社に対して、もっと貢献したい」という感情も芽生えます。長い目で見れば、イクメン、イクボスの増加は会社の売り上げUPにつながり、会社を永続的に成長させるものだと考えています。

■「ワーママ」が最高の手本!彼女たちの超効率的な働き方を参考に

――OSのバージョンアップは、どのようにすればいいのでしょうか?

 考え方を変えろと言っても、急にガラリとは変えられないでしょう。まずは「時間は資源であり、有限である」ことを理解するのが第一歩。その後、自身の行動を見直して、少しでも家庭に割ける時間を増やす努力をしましょう。

 実は私も、父親になりたての頃は悩みました。今から十数年前、第一子が生まれたときは本屋の店長で、店は夜22時までの営業でしたし、その後転職した大手企業も忙しくて、どうしても家庭がおろそかになりがちでした。でも、家を妻に任せきりにした結果、妻との関係は悪くなり、子供と触れ合う時間も減って、完全に「パパはカヤの外」になってしまって…。このままでは、何のために結婚し、家庭を持ったのかわからない!と、考え方を一から変え、行動を見直す決意をしたんです。

 私の場合、まずは「定時に帰る」という目標を決めました。部下にも朝イチに「残業する気じゃないだろうな?ロスタイム(残業時間)で成果を出そうと思うなよ?」と声をかけていましたね。“お尻”が決まれば、どう今日の仕事をこなせば定時で帰れるか考えることができます。少しの時間も無駄にしないよう、効率的に仕事ができるでしょう。

 例えば、細かいことですが、私はメールの返事は3行以内、5行書く必要がある内容ならば電話をする、10行以上かかるならば会って話をすると決めました。メール対応は、時間がかかる業務の一つ。ここを短縮すればかなりの時間が捻出できるからです。
 メールを増やさないためにCCをつけるのも止めました。CCで出すから、すごい数のメールが届くし、いろいろな人から質問が来て仕事が増えちゃうから。そして、相手からのCCメール対策のために、自分の名前で検索を掛けて必要なメールだけ読むようにしています。

 参考になるのは、「ワーキングマザー」の働き方です。どうやったら今よりさらに早く帰れるか考えていた楽天勤務時代、ずっとお手本にしていました。
 彼女たちの働き方は、本当に効率的です。「お迎えがあるから17時に帰る」などとお尻が完全に決まっているから、動きに全く無駄がありません。朝、出社したらまずPCの電源を入れ、お茶をくみ、冬ならばコートを脱いで洋服掛けに吊るし、席に戻った頃にちょうどPCが立ち上がっているからすぐに仕事に取り掛かる。…一方のおじさんたちは、PCが立ち上がるのをぼーっと見ている(笑)。これだけで3~4分の差があります。

■部下には「ホウレンソウ」ではなく、「シュンギク」を徹底

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――うちの職場にもたくさんワーママがいるので、参考にしてみます。では「イク“ボス”」として、部全体の効率化を進めるためにはどんな工夫をされましたか?

 一番時間を取られる、会議や打ち合わせの方法を見直しました。まずは立って行うことでダラダラ議論をなくし、会議時間を短縮したほか、部下には「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」ではなく「シュンギク」を徹底しました。
 ホウレンソウを強いると、部下は時間をかけて立派な報告を作りますが、それは部全体の効率化にはつながりません。シュンギクは「瞬間的に聞く」という意味。何か気になることがあったら、その場で聞く。それで大きな問題は大体解消されます。部下は子供と同じ。悩みや失敗を抱えている部下は、顔色でわかります。それを見逃さずにその場で聞き、すぐに対応することで、早期に問題の芽をつぶすことできます。

 ただ、それでもトラブルが起こる場面はあります。いざというときのために、毎日少しだけ「予定のないスケジュール」を組んでおきました。つまり、部下のための「バッファー」です。何もなければ、その時間が自分のための貴重な「余暇」になります。

■大前提は、権利を主張する前に「職責を果たし、成果を上げる」こと

――なるほど。ただ、一般的にはまだまだイクメン、イクボスに対する理解がない会社もあると聞きます。「イクボスではない」昔気質の上司のもとで、思うような行動が取れない人もいると思いますが、そういう環境の人はどうすればいいでしょうか?

 部長クラスの世代である50代は、それこそ「24時間働けますか」の世界で頑張ってきた世代。男が育児休暇を取ったり、定時で帰ろうとすると、「奥さんいるんだろう?何でお前が育児をしなきゃならないんだ?」なんて平気で言ってくる。根本的な考え方が違うので、「理解しろ」といっても難しいでしょう。

 ただ、どんなひどい上司であろうと、「考えが古い」と文句を言ったり「育児休暇は当然の権利だ」などと主張する前に、職責を果たし、結果を出すことが重要です。やるべきことをしっかり行い、成果も上げている人は、上司も認めざるを得ないからです。まだまだワークライフバランスは自ら勝ち取らなければならない時代。まずは自分が身を持って両立でき、成果も上げられることをアピールするべきです。

 一人でやるのに限界があるならば、周りを巻き込むといいでしょう。若い人の多くは、実際はダラダラ残業するよりも、効率的に仕事をこなして早く帰りたいと思っています。彼らを巻き込んで、業務効率化につながる働き方を皆で話し合い、「現場から変えていく」ことをお勧めします。話し合い、工夫できるポイントを皆で考え出すことで、周りの共感も得られ、実行力も高まります。

 それでも難しければ、転職も一つの方法です。ベストを尽くしても報われないということは、「イクメン、イクボス志向を持っている優秀な人は上に行けない」ということ。そういう会社に、未来はありません。

■イクボスの存在が、日本企業を救い、日本社会を支えるようになる

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――「未来はない」とは、具体的にはどういうことでしょうか?

 イクメン、イクボスを認めず、仕事重視の働き方を尊重する組織では、家庭を省みることは難しいでしょう。家族のために働けば働くほど、家族との間に溝ができてしまいます。それで本当に幸せと言えるでしょうか?

 働く女性が増え、共働き家庭も増えていますが、夫が家事、育児に非協力的であるがために、一人ですべて抱えて疲れ果ててしまい、心を壊して休職する女性は残念ながら少なくありません。そんな妻を支えるために、イクメン、イクボスに理解のある会社に移る「ワークライフバランス転職」を決断するケースも増えています。結果的に、会社にとって貴重な人材を失うことになるのです。

 また、イクメン、イクボスというと、家事や育児との両立ばかりがクローズアップされがちですが、これは一つの側面にすぎません。団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)になることで、働き盛りの団塊ジュニア世代が親の介護のためにごっそり抜けるという「2025年問題」が切実な問題として取り沙汰されています。企業にとってはベテランの中核社員を大量に失うことになり、企業の存亡すら危ぶまれます。つまりは、日本経済にとっても大打撃です。

 それに備えるためにも、限られた時間の中でも部下が生産性の高い働き方ができるように環境を整えられる「イクボス」の存在が重要。イクボス育成はもはや、一人ひとりの問題ではなく、会社単位、ひいては日本社会のために必要不可欠なことなのです。

 イクボス予備軍の方々には、ご自身の家庭や生活のためだけでなく、部下のため、会社のため、そして社会のために、イクボスになることが大切なのだと理解してほしいですね。

――イクボスになることには非常に大きな意義があると知り、背筋が伸びる思いです。まずは仕事のやり方を見直し、育児にもっと積極的に参加することからスタートしたいと思います。ありがとうございました。

EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:平山諭

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