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ABSからVDIMまで、「止める」技術を極めるエキスパートに聞いた
デンソーの隠れた技術資産、ブレーキにかける想いとは
「環境」「安全」「快適」「利便」の4つの分野を中心に、新技術・新製品の研究開発に取り組むデンソー。今回はブレーキ技術の開発をテーマに、ABS制御、ABSアクチュエータをはじめとする先端技術を紹介する。
(取材・文/広重隆樹 編集/宮みゆき 撮影/早川俊昭)作成日:11.12.20
ブレーキ制御は、車両全体を制御するトータルマネジメント技術へ

 ブレーキ制御によるクルマの安全走行技術は、1970年代のABS(アンチロック・ブレーキ・システム)技術によって飛躍的に高まったと言われる。ABSは急な制動時に油圧を制御して、車輪ロックを防止する技術で、車両の安定性と操舵性を確保することを目的としている。機械式ABSの研究は1930年代のドイツで始まったといわれるが、世界的に電動式ABSが導入されるようになったのは、1970年代の後半からだ。

 ABSで始まった電子制御によるブレーキ制御システムは、その後、発進・加速時のタイヤの空転を防止するTCS(トラクション・コントロール・システム)、急ハンドル操作による横滑りを防止するESC(エレクトロニック・スタビリティ・コントロール)へと発展してきた。近年はABS、ESC、電動パワーステアリングなどを統合制御するVDIM(ビークル・ダイナミクス・インテグレイティッド・マネジメント)という考え方が登場し、トヨタの高級車種はいち早くこれを搭載している。

 従来のABS、TCSでは、車両の挙動が限界状態になると、個々のシステムが独立して車両を安定させようと動き出すのに対して、VDIMでは車両挙動を事前に予測し、車両が不自然に滑り出す前から制御を開始することができるようになった。

 このような高度な制御が可能なのは、一つにはブレーキをかけるかどうかを判断するコンピュータ(電子制御ユニット:ECU)の高度化にある。デンソーがブレーキ制御技術に関わったのは、国内における本格的なABS導入が始まった1980年代からで、1983年のトヨタ自動車「クラウン」に搭載されたABSでは、デンソーは初めてABS用のECU開発を担当し、その後の「スープラ」(1978─2002年)における4輪ABS開発では、ECUだけでなくアクチュエータ開発にも関わった。現在では、ECUのICチップから、油圧ポンプ、バルブ、モータなどの細かい部品に至るまでデンソーが生産している。

ESC システム構成
常用域制御、燃費コントロールが新たな課題に
岸本 正志氏
走行安全技術4部長
岸本 正志氏

「ブレーキ制御が重要になったのは、元々は緊急時の車両の安全のためです。雪道で急ブレーキをかけても車体がスピンしないようにとか、アクセルを急に踏んでも後部が滑り出さないようにとか、緊急時に必要なものでした。それが次第に、普通にクルマを運転しているときの安全性・安定性を高めるための技術へと流れは向かっています。VDIMはその一つで、普通にドライブをしているとき、ハンドルを切ってもクルマがスピンしないように、常にセンサでモニタリングしているわけです」
 と説明するのは、走行安全技術4部の岸本正志部長だ。ブレーキ技術が緊急時から常用域へ広がる中で、常用域でのブレーキ制御は、今後、車載レーダ、ミリ波カメラなどから得るセンサ情報と統合し、さらにはカーナビ情報やVICS情報などとも連動して、最終的には自動運転の方向へ向かうことになる。

 もう一つ、今後のブレーキ技術に求められる課題は「環境」だ。2011年の東京モーターショーにも数多く展示されたEV、HV。こうしたエコカーの燃費向上で重要な技術が、回生協調ブレーキだ。これまでのエンジンブレーキでは、ブレーキをかけるとそのエネルギーは摩擦熱として外部に放出されていたが、回生ブレーキではそれを電気として回収することができる。

 蓄えた電力は、モータの動力にもなる。HVではモータがエンジンの補助役を担うことで、燃費が向上する。しかし、回生ブレーキから得られる回生量(電力量)は走行条件によってさまざまに変化する。ときにはバッテリーが満タンになってしまい、油圧ブレーキに切り替えなければならない局面も生じる。つまり回生協調ブレーキの制御は決して一筋縄ではいかないのだ。
「こうした制御技術を高めて、クルマの環境性能を高めることも、ブレーキ技術に求められる新たな課題です」と、岸本氏は言う。

高精度のコンポーネントを統合できる会社

 これらの課題を克服する上で、デンソーの優位性はどこにあるのだろうか。岸本氏が挙げる第一のアドバンテージは、ブレーキ制御に関わる、ECU、センサ、モータ、バルブ、ポンプなどすべての技術を自社内に持っていることだ。ECUに至っては半導体から内製できる技術力がある。20メガパスカル(約200気圧)の高圧を数ミリ秒単位で制御する高精度バルブを作ることもできる。これらのコンポーネント技術を自社内で統合できる利点は大きい。

 ブレーキ制御技術を構成するコンポーネントでは、ギヤポンプの存在も忘れてはならない。ギヤポンプは、ピストンではなく、歯車のかみ合わせを使って、ブレーキフルードなど液体を送る機構だ。ブレーキ制御ユニットだけを取り出しても他の部品に隠れて見えないほどの小さな部品。しかし、これが意外なほど重要な役割を果たす。

 ピストンポンプに比べたときの、ギヤポンプの利点は動作音の静かさ。ブレーキフルードを送り出すためにギヤが行き来する脈動が少ないことから得られる静粛性だ。
「従来のピストンポンプに比べると約10デシベルほど音を静かにできます。この高静粛性に加え、低脈動性は特に常用域でのブレーキ制御でその効果を発揮します。従来ですと音振動があったものが、まったくなくなりドライバーもその効果を体感できます。これはデンソーが世界に誇るべき技術の一つだと思います」(岸本氏)

世界初の車載用高圧ギヤポンプに込めた想い
久田 慶武氏
走行安全技術4部 第2技術室
担当係長
久田 慶武氏

 ブレーキ制御ユニットの中でも、油圧をコントロールするハイドロリックユニットの開発に従事する技術者が、久田慶武氏(走行安全技術4部/第2技術室/技術2課/担当係長)だ。なかでも、ギヤポンプは彼の専門中の専門だ。
「ギヤポンプの最大のメリットは静粛性にありますから、ABSやESCだけでなく、常用域のブレーキ・コントロールでも使われます。ブレーキ制御を使った先行車追従機能やプリクラッシュセーフティに対応するシステム、あるいはブレーキアシスト機能、さらには回生協調ブレーキで、回生ブレーキで足りない部分をユーザーが違和感を抱かないように調圧するような場面でも非常に有効なコンポーネントです。今後は緊急時のブレーキ制御以上に、こうした常用域でのブレーキ制御で、不可欠の技術になってくると思います」

 久田氏は97年の入社。ブレーキ制御ユニットに搭載する、世界初の車載用高圧ギヤポンプの第1世代開発プロジェクトに、2001年から参加している。それ以前は車輪速度センサの開発に従事していたから、技術領域としては少し肌合いが違う。センサは基本的に静止部品だが、ギヤポンプは常時ブレーキフルードにまみれながら、毎分4000から5000回転する高稼働部品なのだ。
「ギヤポンプを作るぞと言われて呼ばれたのですが、最初はどういうものを作るのか、よく分かりませんでした。ギヤポンプを作るのは初めての人ばかりでしたから、みんなで一から勉強し直しました」

 その後、より小型軽量化に向けて進んだ第2世代(現行製品)にも関わり、低コスト化や高寿命化を課題とする次の第3世代への橋渡しの部分にも関わっている。

 小型化・効率化・低コスト化は自動車電装部品の技術開発では宿命のようなものだ。一見、ギヤポンプはブレーキ制御ユニット部品の一つにすぎないので、これだけを小型・効率化しても仕方がないようにも思えるが、「ポンプトルクが下がれば、より小さなモータが使えるようになります。モータを小さくすると、電子部品のリレーも小さくできます」(久田氏)というように、どんな小さな部品にも連動効果があるのだ。

 デンソーのギヤポンプは20メガパスカルの高圧を吐出できるように設計されている。他社製品は6〜7メガパスカルが限度と言われていることからも、その抜きんでた技術力が分かろうというものだ。高圧の鍵を握るのが、ブレーキフルードを外に漏らさないシール技術。一般にはテフロンが使われるが、その素材や構造の開発も久田氏の担当だった。

 さらに製品を量産化するに当たっての、生産工程の改善にもひと肌脱いだ。
「ブレーキ制御ユニットは車両メーカに乾燥した状態で納入する必要があります。一方、精密部品のギヤポンプは、組立てる前にブレーキフルードを通して検査しなくてはならないのです。しかし、検査した後の濡れた状態では組めないわけで、乾燥しなければならない。どういう仕組みだと、乾燥がしっかりでき、より効率的に組み上げることができるか、そのあたりも担当していました。当然、設計という領域を超えて、製造部や材料技術部などとの協業になります」

 直径30ミリの小さなギヤポンプ一つとってもこれだけの工程があり、工程の数だけ開発の工夫が求められる。かくして、各部署の専門家の知恵を結集する「総智・総力」というデンソースピリットは、このギヤポンプ開発にも活きているのである。

ピストンポンプとギヤポンプ(アドヴィックス)
「機電一体」の幅広い技術が活かされる

「ギヤポンプ自体は珍しい技術ではありません。しかし、それを乗用車のブレーキ制御ユニットに使ったり、誰もやったことのない高圧を実現したりということは、デンソーならではの技術と言えます。部品一つとれば取るに足らないものかもしれない。しかしそれが持つ効果ははっきりしている。だからこそ、デンソーの社員はみな愚直に真面目に仕事をするのです。そして結果的に世界初、日本一を実現してしまう。自社のことながら、そこはすごいと思いますね」
 と、岸本氏はデンソーの技術風土を語る。今回はギヤポンプに話をフォーカスしたが、その“愚直さ”は他のコンポーネントでも言えることだ。

 これからのクルマの安全・快適・利便と、環境性能を実現するために、ブレーキ制御技術に求められるものは限りなく大きい。ソフトウェア開発を含むECUや、ハイドロリックユニットの設計開発を専門に行う部署として、走行安全技術4部の役割もますます大きくなるだろう。その期待に応えるために、いま機械系を中心に、幅広い領域の技術者の増員が、部の最重要課題の一つとして浮上してきた。

 求める技術領域は、機械系では、バルブ・モータ・ポンプの電磁気部品設計・流体設計・強度設計など実に幅広い。さらに電気系でもECUのアナログ・デジタル回路設計から制御ソフトウェアのプログラミング経験まで、これまた幅広い技術が求められる。「機電一体」を文字通り体験できる職場だ。
「以前も組込ソフトウェア技術者の採用をした経験がありますが、プロジェクタなど映像機器から新幹線のブレーキ開発まで、いろいろな経験者を面接しました。ブレーキっていうのは、ソフトもハードも本当に間口が広いです。それだけに前職での経験が活かせるし、自分のスキルを広げることもできるはずです」(岸本氏)

走行安全技術4部長 岸本 正志氏

1985年入社、ABS、ESCなどブレーキ製品のECU開発・設計に携わる。2001年からアドヴィックス出向を経て、2011年1月から現所属へ。

走行安全技術4部 第2技術室 担当係長 久田 慶武氏

1997年入社以来、車輪速センサ、ギヤポンプ、ESCアクチュエータのハードウェア設計に携わり、2007年から再びギヤポンプ設計を担当。2011年1月から現所属へ。

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